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第六十一話 敗残兵のその後

「うん? これは……」

「真澄さんどうし……あら……」


 町に着いた辺りで、何かの違和感を覚えた真澄が、あの勾玉をとりだしたところで気がついた。その勾玉が、まるで黒曜石のように、真っ黒になっているのである。

 今まで武器になる以外に起きた、この勾玉の新たな変調である。


「何だ? また新しい変身か?」

「いえ……多分逆かと。これに魔力が全く感じられません。もう只の石にしか見えません……」

「何い!?」


 事件が終わった後で、まさかの事態に、真澄は驚愕する。だがすぐに彼女は落ち着いて、事を考え始めた。


「魔力を感じない……というと、こいつはもう変身しないのか? ていうかまだ生きてるのか? こいつ中身は人間なんだろ? 私がさっき撃ちまくったせいか?」

「そうかもしれないな……あれだけの火力を出せば、霊力の消費は相当なものだろう。……もしくは、この方はもう、真澄さんの願いを叶えたことで、役目を終えてしまったか……」


 このことにブルーノも己の見解を口にする。横にいる自分のパートナーの同類を見るが、ロビンの方は特に変調を起こした様子はない。


「まあ……確かに私の望みは完全に叶ったが……。あの馬鹿な父親に、更なる恥をかかせてやったし……。しかし困ったな、考えてみれば、もう私には旅の目的がないぞ? まさか家に帰るわけにも行かないし……」


 祖国の裏切りでルチルとブルーノは、道筋を失っていたが、実の所も真澄もまた似たような状況であることに気づかされる。

 もう彼女には鉄士をする目的がない。そもそも源一がいなければ、彼女はろくにできることなどないのである。


「ああ、そうですね。真澄さんも、私達と同じでしたね。それじゃあ私達と一緒に、真澄さんも考えましょう。これから私達にできることは何なのか……」

「まあ、そうだな……旅の続きは、宿に帰ってから考えよう」


 そうして歩き出す彼ら。真澄とルチルは、しばし警察からの取り調べを受けた後で、再び弘後町のあの宿屋に帰っていった。






 アマテラス大陸から百㎞以上離れた、東方の海にて。今日は海も天気も穏やかで、航行にはもってこいの日。

 だがここで、あまり穏やかでない様子で、船旅をしている者達がいた。それはあのディーク艦隊である。


 最初は三百隻近くいた船は、今は数を百分の一に減らして、僅か五隻のみ。真澄たちに討ち取られずに見逃され、逃走したあの生き残りの艦である。

 どの船も、あの爆風や、味方の艦の飛散破片のせいで、実にボロボロの状態である。一隻として、無事な者はいなかった。


(くそっ……何てことだ! 国家の費用をあれだけつぎ込んで、その上で侵攻が僅か一日も経たずに大失敗とは……。本国に……父上に何と説明すればいいんだ?)


 一番艦の艦長室で、ライアン王子の苛立ち悩んでいた。国の経済に大打撃を与えるほど費用を投じて、結成した艦を、殆ど失う軍事裁判どころではない大失態。

 ディークは敗北者に情けをかけるほど、心が広くない国である。例えそれが、一国の王子であっても……


(どうにかして全責任を、ルシアに押しつけられないか? 何か上手い口実は……)

「殿下、これからどうするんですか?」


 その思い悩んでいる間に、彼の従者が、もう待ってられないと言わんばかりに声をかけてきた。その従者も又、この絶望的な状況に、顔色が悪そうである。


「どうするって……そんなの決まってるだろう? まずは本国に戻って、それから……」

「どうやって戻るんですか? この船は、大海を横断するのに必要な食糧は、あまりに足りませんよ!」


 この船は元々、ルシアの召喚魔法で、大海を飛び越えてきた。

 以前にも説明したように、この船には食糧は、かなり少なめにしか積んでいないのである。これでは大海を渡りきる前に、この船の船員は飢えてしまう。


「そんなもの、海から魚を捕ればいいだろう……」

「この船には戦士と水夫しかいません……。漁の心得がある者もいなければ、漁に必要な同部も何一つ……」

「そんな問題は、お前達が考えることだろうが! それとも何だ? まさかあの大陸に戻れとでも……」


 ドオオオオオオン!


「大変だーーーー! 海から化け物が!?」


 また誰かの声が聞こえてきた。外の方から、王子と従者以外の者達が、騒ぎ出す声である。


「化け物だと……まさか!?」


 慌ててライアンが、外の映像を映し出す。

 外からの声を聞いて、この船に乗っていた大勢のディーク兵達が、武装して艦内を外に向かって走り出し、具足などで金属的な音が聞こえる足音で内も外も騒がしくなっている。

 映像を見たライアンと、外の甲板に飛び出したディーク兵が、外の様子を見て絶句していた。


「何だ!? 黒い魔人か!?」

「違う、眼が二つだ! あれが海入道か!?」


 艦隊が向かう先の海に、突如として現れたのは、海面から顔を出す、一体の人型の何かであった。

 下半身は海中に使っており、上半身が海面から出ていて、この海を歩くように前進し、こちらに近寄ってくる。


 それは艦隊から一㎞ほど離れた距離であった、それでもその姿が、望遠鏡を使わなくても、はっきりと見える。

 それは人の形をしていたが、とてつもなく巨大であった。上半身しか見えないが、もし地上で立ち上がったら、身長は100メートルを超えるのではないだろうか? この艦の全長ほどもある、大巨人である。


 それは服などは着ておらず、全身が真っ黒な皮膚で覆われている。頭には頭髪や口はなく、ギョロリとしたガラス玉のような丸い目が二つ、艦隊を見つめていた。


 この巨人は、アマテラスの人々から、海入道と呼称されている海の精霊。アマテラス大陸に仇なす者に、制裁を与える役目を持った、アマテラスの守護者であった。


 十年前にアマテラス大陸に渡ろうとした、ディーク艦隊の第一陣を滅ぼした海入道。ついさっき現れた第一陣は、あまりにアマテラスの近海付近に現れたために、海入道は手出しできなかった。

 だが今この艦隊は、アマテラス大陸本土から、ある程度離れ、海入道の活動範囲に入り込んだために、今こうして姿を現したのである。


『神聖なるアマテラスを侵そうとした、異国の蛮族共! 今ここでこの海の主が、裁きを与えてやろう……』


 五つの艦全ての者に聞こえてきた、不思議な声。それはどうやら海入道が発した物であるようだ。

あの巨大な外見に似合わず、子供のような低い声である。その言葉を発して、海入道はこちらにどんどん接近してくる。

海入道が勢いよく海面を進む度に、その巨体のせいで海面が大きく揺れて、一帯に大波を起こしている。これは近くにいるだけで、大型船がひっくり返ってしまいそうだ。


「嘘だろ! 折角、どうにか生き残って、ここまで来れたのに、何であんなのが出てくるんだ!?」

「やめてくれ! もうあそこを攻めたりしないから! 捕虜でも何にでもなるから、助けてくれ!」


 明らかにこちらを討ち取る気で接近してくる、その海の大怪獣に、艦隊は大騒然。泣いて命乞いをするものが続出している。だが中には逆の反応を示す者もいた。


「この私を蛮族だと! それは貴様ら、アマテラスのゴミ共のことだろうが! おい、すぐにあの化け物を撃て! 大砲でバラバラに引き裂いてやれ!」


 それは映像で外の様子を見ていたライアン王子。海入道の言葉から蛮族呼ばわりしたことに、大層怒っているようである。


「お止めください殿下! あれはディーク艦隊五十隻を潰したことがある奴ですよ! ここは一旦、アマテラスに引き返して……」

「今更戻ってどうする!? あそこに行けば、蛮族どもに囲まれて、皆殺しにされるのは目に見えてる! お前も見ただろう! 白旗を上げたにもかかわらず撃ち続けた、蛮族共の冷酷な所業を! 命令だ! すぐにあいつを撃つんだ!」


 命令通りに、五つの艦隊は、一斉に海入道目掛けて発砲した。実行した船員達も、もうやけくそであった。


 ドオオオン! ドオオオン! ドオオオン!


 幾つも砲弾が、その海入道の狙いやすい的である巨体に命中した。黒い炭のような身体に、砲弾が激突し、多量の粉塵を上げる。

だがその粉塵は、砕けた砲弾の欠片であって、海入道の身体の一部ではなかった。

 砲弾が当たった後の、海入道の身体には、傷一つ付いておらず、彼の進行も全く緩まない。つまり彼には砲弾は、全く効いていないのである。

 それはとうとう艦との間合いを詰められ、僅か十数メートルの近距離で、砲弾が命中しても同じであった。


「「うわぁあああああっ!」」


 この天気の良い空の下で、艦隊の甲板を真っ暗に覆い尽くす影。海入道がすぐ目の前まで接近してきた艦は、もう逃げる事とも戦うこともできずに、恐怖に震え絶叫していた。

そんな彼らに、海入道は一切の情けを与えずに、その巨大で黒い腕を思いっきり振り下ろした。


 それからそう時間がかからずして、運良くあきづきの砲弾から逃れたディーク艦は、全て海の藻屑となることとなる。

ディークからルシアの召喚魔法で出撃した大艦隊は、結局誰一人として、母国に戻ることはなかった。



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