第五十九話 伝染病
「何だ裏切り者……また私に説教か? 言っておくが、これで終わったと思わないことね。いずれディークは……」
「終わりですよ。例えまた来ても、真澄さん達がいますから。あなたに頼むことは、あなた自身のためです。すぐにロア教の教えと、ディークという国を捨ててください。貴方だって本当は、ロアなんて信じてはいないでしょう? このままディークと教会に付き続けると、貴方は死後地獄に落とされます……。貴方は先程、私の説得を、この国の助命だといいましたが。今は違うと判るでしょう?」
「地獄ね……。それが本当だとしたら、もう手遅れね。私が今までしてきたことが、あの艦隊の召喚だけだとでも思ってるの? これまで私がどれだけ殺してたと思ってる? まあ、だからといって恐れることなんてないけどね。神も地獄も、本当はありはしないんだから……」
「そんなことありません! 冥界には人間霊だった方々が、鬼神となって、充分な裁きを受けなかった死者を……くしゃん!」
言葉の途中で急にくしゃみをしてしまったルチル。その場で鼻水をすする姿は、折角の覚悟の姿が台無しである。
美夜子がちょっと呆れながら、そんな彼女に声をかけるが……
「ちょっとルチル……大丈夫なわけ?」
「すいません……ちょっと花粉症が出てきたみたいで。すいませんが紙を少し……」
少し前から花粉症の傾向が見られていたルチル。それ自体は大したことはないのだが、何故か過敏に反応した者がいた。
ルチルのくしゃみを正面から浴びて、顔に唾液が付いてしまったルシアであった。
「花粉!? ぎゃあぁあああああっ!」
突然絶叫を上げるルシア。何がそこまで彼女を驚愕させるのか、皆が驚くというより困惑させる状況である。
「貴様! 私のためとかいって謀ったな!? こんな風に近づいて、私に病をうつしたな!? おのれぇええええっ、この蛮族以下の腐れ女!」
「病をうつす!? ちょっとルシアさん! 何言ってるんですか!? 花粉症は……」
「只で死んでたまるか! もういい! この命の全てを捧げてでも、貴様だけは……」
突如ルシアの頭上から、あの赤い門が開かれた。艦を召喚した者よりも、遥かに小さな門。そこから現れたのは、以前トーマを焼き殺した竜。
もうほとんどMPを使い切っていたはずのルシア。しかもこの体勢では、思うように魔力を発揮させられないはず。
だが発狂した彼女は、自身の命を削り切ってでも力を全開にし、彼女は特攻覚悟で、目の前のルシアに報復をしようとした。
パン!
だがその報復は、あっさりと防がれることとなった。真澄の拳銃が一発撃たれ、ルシアの頭部に命中した。
左側後頭部から侵入した弾丸が、右側前頭部から赤いシャワーと共に突き抜ける。即死であった。
その死の瞬間に、ルシアが召喚し、門から身体半分ぐらい出していた竜は、元の空間に送り返されたのか、門と共に消え去った。
「ええと……何?」
驚きと疑問で、しばしその場に静寂の時間が流れた。だがすぐに死体となったルシアを抱えていた隠密が、慌ててルチルに頭を下げた。
「申し訳ない! もう力は使い果たしたものと思って油断してしまった……」
「いえ、いいんですよ……私の方から、話したいと言ってきたんですし……」
そうしてルシアの死によって、事件は本当の意味で一件落着となった。ルシアの死体を警察隊が運ぶ中、真澄の側に戻ったルチルが、そっと声をかける。
「ねえ真澄さん……花粉症って、人にうつったり、死に至るような病なんですか?」
「そんなわけないだろ……どうやらかなり偏った知識を信じ込んだアホみたいだな」
真澄だけでなく、その場の全員が、ルシアの奇行に呆れかえっていた。それはこの場では誰にも声が聞こえない、小次郎・源一・湖川も、同じような呆れ会話をしている。
『凄いわねあの女。あんたらと同レベルの馬鹿だったわ』
『同レベルって何だよ? エイズのこと言ってんのか? あれは別に本当に信じて言ったんじゃねえよ』
『そうですよ……脚本をしたあいつが、勝手に書いたんですよ。あいつならともかく、私らまで馬鹿呼ばわりは……』
『あんたらも同じだバーカ! あんたらみたい無責任な奴らがいるから、世の中ああいう奴が増えるのよ! ちょっとは反省しろ!』
ルシアの死体が町の方へと運び込まれる。半数以上の警官達と鉄士達が、その後に続いていった。残りの半数は、この砂浜に転がっている、多勢のディーク兵達の検分にかかっている。
「しかし……敵とはいえ、あまりに多くの犠牲が出てしまいました。あの方々の埋葬は、どうなるんでしょうか?」
「さあな……やるとしたら大変だろうな。これから先、ここいらの海に、山ほど死体が打ち上げられるだろうし。ところでお前、まさか前の約束すっぽかして、逃げようとか思ってないよな?」
真澄は後ろ向きに拳銃を構えている。その先には、この場から退散しようとしていた、悟朗の姿があった。
首に付いた傷に、手ぬぐいで覆った後で、彼はこの場からこっそり退散しようとしていたが、しっかり娘にばれていたのである。
「ひあっ……いや約束とは……あれは冗談だ。まさかお前も、あんな話し、間に受けてないような?」
「冗談? お前、冗談とか嫌いじゃなかったっけ? 厳格ぶって、あんな高らかに叫んでおいて、まさか反故にするとか言わないだろうな?」
銃口を悟朗に向けたまま、振り返る真澄。彼が一歩でもそこから逃げようとすれば、すぐにでも撃つといった感じだ。
そんな彼女を見る父の姿は、狼に追い詰められた兎のように、震え上がっている。
「いや……あれは些細な誤解が重なって……まさか本当に異国の軍が攻めてくるなんて。私が悪かった! どうか許してくれ!」
「些細な誤解? ただ町の危険を伝えただけで、随分無茶苦茶な解釈をして、散々私のことクズ呼ばわりして……更にはルチルを騙して利用している? お前他人に説教する前に、自分がまともな人間かどうかを、まず考えるべきだったな……」
真澄が一歩二歩と彼に近づいてくる。そしてその銃口が、彼に確実に迫ってきて、彼を更に怯えさせていた。
「待ってください!」
「待つんだ真澄!」
そこに割って入ってきたのはルチルとブルーノ。さっきルシアごと銃口を構えた時と違い、今度は二人同時に真澄の前に立ちはだかった。
「よすんだ……どうやら父上と相当なことがあったようだが、それで殺生だなんて……」
「そうだ真澄! どんなことがあろうが人を、ましてやこの父親に銃を向けるなど、言語道断! やはりお前は心が腐った……」
「あなたは黙ってください! この似非善人!」
二人の後ろで、悟朗が何か言っているところを、ルチルが神聖魔法でぶつける。彼が激痛で悶えている間に、彼らは再度話しを始めた。
「何だよ……お前らもう聖者でも何でもないだろう? 別にそうやって善人ぶらなくても……」
「聖者であるかなど関係ありません! ルチルさんが言ってました! 例え神に仕えてなくても、人を助けることは意味があります! 今ここで、意味もなく命がとられるのを、黙って見ることはできません!」
「そうですよ真澄さん! さすがに殺すのは駄目です! せめて死なない程度にいたぶるぐらいにしてください! それぐらいなら私も協力しますから!」
「そうか、ならいい……」
ルチルの説得に、あまりにあっさりと、拍子抜けするほど簡単に、真澄は銃を下ろした。
ただしその説得の内容は、あまり穏やかではないが……。二人は意気投合すると、再度振り返り、悟朗の元に歩み出た。
「ルチルさん、何を言って……暴力も駄目でしょう?」
「何を言ってるんですか! この人が真澄さんに何をしたと思ってるんです! 絶対に許せません。私は聖女でなくても、人を助ける慈善の道を進むと決めました。そしてこんな、善人を気取った愚か者には、適度な罰を決めるべきと、この人と会ったときに私は決断したのです」
「ルチル……お前、この短い間に変わりすぎだろ?」
ルチルの言動に、真澄も少々引いていた。真澄や小次郎との出会いだけでなく、この悟朗という男との出会いでも、ルチルは心は大きく変わっていたようだ。それが良いことなのかどうか判らないが……
「とりあえず……指を何本か詰めるか?」
「どうでしょう? 眼を一つとるぐらいでもよくないですか?」
「ちょっとお前ら、冗談だろ? やめろ……おい警察! お前らも見てないで止めろ!」
彼を見下ろし、やる気満々の二人。それを見て、最後の頼みで、悟朗は周囲の警官達に助けを求めるが……
「お前ら、やりすぎるなよ……」
だが警官達も止める様子はなく、黙黙とその場で仕事をこなしていた。その後彼がどういった制裁を受けたかは、まあご想像にお任せしよう……




