第五十七話 海戦終結
海岸の砂浜に、二つのクレーターが出来上がっていた。舞い上がた砂塵が落ち、一帯に砂の雨が、その黒煙に包まれた大地に降り注ぐ。
海の方からは未だに、砲撃音と爆発音が鳴り響いており、艦隊は未だに数を減らし続けている。だがこの海岸の方は、実に静かになっていた。
クレーターの少し離れた周囲には、多量の砂塵の山と共に、無数の人の死体が転がっていた。
全身が丸焦げになっていたり、四肢がバラバラになっていたりと、原型がまともに残っている者は一人もいない。爆発点付近にいた者は、骨も残らず消し飛んだ者も、幾人かいたであろう。
その死体と共に、火が付いてもうもうと燃えるディークの国旗が、むなしく風にはためいていた。
十年に渡って、このアマテラス大陸で、再侵攻の時を待っていたディークの神聖なる兵団の、実にあっけない幕引きであった。
恐らく誰も生き残っていないであろうその凄惨な場所に、自ら来訪する者が現れた。
「どうやら……全員お亡くなりになったようですね。お可哀想に……」
薙ぎ倒された樹木を飛び越えて、ルチル達一行が、その現場に戻ってきていた。どうやら彼らは、無事にあの爆風から逃れたようだ。
誰よりも早く、爆心地から逃れたことと、ブルーノが張った結界防護のおかげである。
「ブルーノさんありがとうございました。あなたの魔法のおかげで……」
「何故礼を言うのですか? あなたが何もしなくても、この者達は討ち取られていた。彼らが、貴方の言葉を聞かないことは分かっていたでしょう? ルチルさんが、わざわざこんな危険な場所にやってきたのは、私を助けるためですか?」
さっきまで同胞であった者達の残骸を見て、ブルーノは何故か、ルチルを攻めるような口調で問いかける。
「そうですね。それと最後に……せめてルシア殿下自ら、ディークという国の本音を聞きたかったからですね。答えは判っていましたが、これで私もディークという国を、はっきりと切り捨てられます……」
「国を捨てるんですか? 貴方は強いですね……以前からディークを疑っていた私ですら、この真実をまだ完全に受け入れ切れていないというのに……これから私はどうすればいいんでしょう?」
まだ敵艦隊は残っているが、実質もう勝負は決まっている。ブルーノは、この戦いが終わった後の、自身のことで心はどん底に陥っていた。
「どうするって……まさかこれからも、ロアを信仰するとは言いませんよね?」
「まさか……さすがにそれはできませんよ」
「それが賢明です……国にも帰らない方がいいです」
ロアを信仰する者は、過去の行いに関係なく地獄に堕とされる真実。それを知っているルチルは、ブルーノの言葉に安堵していた。
「ルチルさんは随分前向きでいるが……もうこれからのことを考えているのですか?」
「いえ、何も決めていませんが……とりあえずあの宿を手伝いをと。それと機会があれば、またこの力で何かできることがあればなって、思ってます」
「もう信仰がないのにですか?」
「信仰がなければ人助けは駄目だなんて話しはないでしょう? そもそもロアなんて神霊が、本当にいるとは……」
その言葉を最後まで聞かずに、ブルーノの代わりに応える者が、突如現れた。
「ああ、いるわけないわよ。そんな適当で都合のいい神!」
「うぐっ!?」
突然割り込んできた声。ルチルとブルーノが振り向くと、本来いる筈のない者が、そこにいた。
「大人しくしなさい! さもないと首を掻き切るわよ!」
爆風での倒木の幹の側に、さっきまで黙ってルチル達の会話を聞いていた悟朗。そしてその彼を、後ろから羽交い締めにして、彼の首にナイフを突き立てているルシアであった。
「ルシア殿下……いや、ルシア! 生きていたのか!?」
ついさっき爆発で吹き飛んだ兵団の、ちょうど真ん中にいたルシア。あの有様では、彼女もまた生きている筈がない。
だが何故か、ルシアがここで生きている。そして悟朗を人質刷る構図で、彼らの前に立ちはだかっていた。
「爆発の瞬間に……テレポートであそこから退避したわ。どうにか助かったけど……」
「でも無事じゃないですよね? もう本当にギリギリでしたか?」
ルチルの言うとおり、ルシアの今の姿は、かなり良くない状態であった。あの豪華な法衣は、ほとんど焼けてボロボロである。
その下の肌も、かなり部分が火傷を負っていた。全身に土と血が付着して、以前の綺麗な姿は、見る影もなく汚れている。
そして彼女の背中から、足下にかけて、ポタポタと血が流れ出ている。ルチルのいる正面からは見えないが、今ルシアの背中には、あのミサイルの金属片が、深々と突き刺さっている。
そこから流れ出る血の量は、決して放置してよいものではない。
誘導弾の着弾の一歩前で、彼女は転移魔法であの場から逃げていた。以前ルチルが、巨人眼妖から逃げるために、真澄を運んで使ったあの技だ。
召喚士であるルシアの、空間に干渉する魔法の力は、ルチルよりも遥かに上である。だがそれでも、艦隊召喚で消耗しきった状態では、即座に遠い安全圏まで、逃れることはできなかったようだ。
さて海岸でそのような事が起こっている中、海上の方では戦いも収束に向かっていた。残った艦隊はもう十隻ほど。その残りの十隻も、他の艦からの爆風と破片によって、船体全隊にかなりの損傷を受けている。
しかもその周りの海には、海域を呑み込まんばかりの量の、無数の船の残骸が浮かんでいた。粉々になった超大型艦の木材の欠片が、何十万と海面を覆い尽くすように浮いている。
その中には、息絶えたディークへの死体も、大量に浮かんでいた。その死体は手足だけだったり、全体が炭のように黒くなったりと、実に無惨なものばかり。
多くの船が水没したことで、炎の手は大分消えている。だが火が消えても、この海域は別方面で地獄のような状況である。
その様子を、あきづきの艦橋にいる者達が、もうすっかりやり遂げたという様子で、見渡していた。
「よし、残しておく艦は……あの目立つ大きい船を含めて、五隻でいいな。じゃあ残り五隻も沈めちゃってくれ」
「はい、じゃああと五発撃ちま~~す!」
子供のごっこの遊びのように、実に気軽にされるやりとり。それで一隻につき千人以上乗船している兵達の命が左右される。
そして更なる砲弾が放たれる。それにより今まさに砲弾から逃げようと、外輪を走らせている艦の内五隻が、またあっさりと沈められた。
「よしやったか。じゃああの逃げ腰の艦に近づくぞ! そんで降伏を呼びかける!」
「さっき、白旗を無視しておいて、今更ですね……」
艦橋の中でそんなやり取りが交わされている中、甲板の所で誰にも聞こえない会話がなされていた。
さっき誘導弾を撃ち込んだ海岸の方から、小次郎が空を飛びながら、源一が変身したあきづきの甲板の上に舞い降りる。
『おう、小次郎……ブルーノはどうだった? ルチルがさっき、あいつを助けに行ったそうだが、上手くいったか?』
どこからともなく聞こえてくる、その声を発したのは、このあきづきに乗っている誰かではない。このあきづきそのもの=源一である。
源一は、この巨大な乗り物に変身しても、通常通りに他の霊体と意思疎通することができた。勿論その声は、この場では小次郎以外には聞こえないが。
『ええ、成功したわ。でも……ちょっと変なことになってね』
さほど深刻な様子ではない、少々困ったという風の口調で、小次郎は海岸の現状を話し始めた。
そのあきづき本体は、現在東の方角=ゼウス大陸のある方向に向けて、逃走中の五隻のディーク艦を追撃しようとしていた。
外輪式のあの艦は、普通の帆船よりも遥かに速い。だが30ノットの速度で、海を走れるあきづきは、その倍以上速い。この性能差ならば、すぐに追いつけるだろう。
「さてそろそろあの機械のでかい声で勧告を……」
「真澄! ちょっと変なことが……舵が勝手に動く」
「あん?」
今から拡声器で降伏勧告をしようとしたときに、急に起きたあきづきの異変。全てが順調にいっている中で、急な変事が艦橋内を僅かに動揺する。
「何か知らんが、この船勝手に方向転換しようとしてるんだ。これってもしかして、ルチルが言ってた……」
「魔具に宿った人間の意思か? ……そうだな、確かにありそうだ」
これまでにも何度もあったこと。この勾玉は、変身するときも真澄の意思など求めずに、勝手に変身する。それどころか、自分の意思で勝手にどこかに飛ぶこともあった。それと同じ事が、今ここで再び起きたのである。
「あまり強い抵抗じゃないから、このまま強引に、元の方向に舵を切らせることもできるが……」
「いや……もしかしたら、私らに何か伝えたいのかも。速度は全力を保ったまま、方向はこいつの意思の通りに任せろ!」
勾玉の意思=源一の目的に少し興味を持った真澄。彼女は源一の意思の通りに、かの進みたい方向に向かうことにした。
「あの艦はどうするのよ? 取り逃がしちゃうわよ?」
「放っておけばいいわ。何が何でも捕まえる必要があるわけでもないし。そもそもあのボロボロの船で、ゼウスまでの大海を渡れるのかも分かんないけど……」




