第五十五話 海中の敵
「ようし、残りを十発ぐらい残して、小さな矢の撃ち方はやめだ」
真澄の指示の元で、しばらくしてあきづきの誘導弾発射は停止された。あきづきに搭載された、三十二セルに四発ずつ、計百二十八発のESSM誘導弾。
その家の百十六発を発射したあたりで、一旦攻撃を停止する。敵陣の方を見ると、竜騎士の数は先程の一割以下にまで減っていた。
もうほぼ全滅と言っていいほどの損失を与えたが、敵を全て撃ち尽くしたわけではない。
「いいの? まだあと二十九匹、敵が残ってるけど?」
「やつらにまだ、予備の竜騎士がいるかもしれないだろ? その時のことを考えて、矢はとっておいたほうがいい」
実際の所、ディーク艦隊に乗っていた竜騎士は、あれが全てである。だが真澄はそんなことを知らない。それにそういった温存を考えるほど、彼らには戦力に余裕があった。
こうしている間にも、5インチ砲の砲撃は、継続して行われており、艦隊の爆音は未だに鳴り響いている。海に立ち上がる、火柱の量も、大分増えてきている。
そんな中、生き残った竜騎士達は、撤退するかと思いきや、予想以上の行動に出た。
「残りの竜騎士、こちらに再度向かってきます!」
先程まで竜騎士隊が飛んでいた海上。海面には無数の血と肉片が落ち、海面に溶けて、地獄の沼のように真っ赤に染まっている。
海面には肉片と、砕けた竜具がプカプカと無数に浮かんでいた。それはまるで地獄の沼のような光景である。
「敵はもう矢切れだ! この騎を逃すな! 多くの同胞達の、隊長の仇をとるんだ!」
そんな状況での海面の上で。もう部隊は全滅と言っていいほどなのに、彼らはまだ戦いを諦めていなかった。
もう三十騎程しか残っていない戦力。しかもその生き残った者達も、騎士やワイバーンの身体の各地に、破片が突き刺さっており、全くの無傷でいる者は、一人もいなかった。
それでも彼らは、身体中から流れ出る血を気にせずに、あきづきに向けて怒りともに進軍していく。
あきづきが誘導弾を撃たなくなったことで、これを千載一遇のチャンスと思っていた竜騎士達。だが現実はそう甘くなかった。
あきづきに搭載されているのは、誘導弾や5インチ砲だけではない。
真っ白い卵のようなタンクを、上から背負うように設置されている無人の銃座。それはこのあきづきに二基搭載されている、近接防御火器システムの、六連発の20㎜機関砲である。
二つの六連の銃口が、砲台と同様に自動で方角を変えて、こちらに向かってくる竜騎士達を狙って向けられる。
「後少しだ! まずは一気に空から竜の火を浴びせろ! そして敵艦を炎に覆ったら、近接攻撃で敵兵を海に叩き出せ!」
目標物のあきづきに接近するにつれて、ばらけていた竜騎士隊は、一カ所に纏まり始める。即座にあきづきを攻撃できるよう、敵は即攻撃態勢だ。
それに敵の攻撃を避けたり、防御したりしようとする振る舞いは、一切ない。間違いなく自分たちが、敵に先制攻撃ができると信じている。
あきづきの5インチ砲は、未だに艦隊を撃ち続けている。砲がこちらを向いていないのならば、それはチャンスと考えていた。
何故敵航空戦力がここまで迫っているのに、敵艦が砲をそっちに向けず、別の敵を狙い続けているのか?
本来すぐに気づく疑問だが、怒りと勝機で、頭が沸騰している彼らには、そこまで考えるほど冷静ではなかった。
そしてこちらに向けられている、二つの20㎜機関砲。その珍妙な形を見て、彼らはそれが銃であることに、誰一人気づかなかった。
やがて距離が一キロを切ったところで、二つの機関砲が、一斉に火を噴いた。
バルルルルルルルルルルッーーーーー!
独楽のように高速回転しながら、一斉に放射される六つ束ねた大型の銃。そこから何百発という銃弾が、おぞましい勢い放射されていく
。以前真澄が使っていた、一砲身のM2機関銃などとは、弾の大きさも、砲の数も、比べものにならない六砲身の銃撃。
それが同時に二つ、空から襲い来る竜騎士達を迎え撃った。
「なっ……」
誘導弾の時と違って、彼らは何が起こったかすら、理解することができなかった。
大量の金属の飛礫が、竜騎士達を蜂の巣に……などという表現すら不可能なほどの、大損傷を与える。
彼らの身体は、無数の巨大な弾丸を受けて、脆い紙屑のように、あっというまに粉々に砕け散った。銃弾共に、ミンチにされた竜騎士達の亡骸が、海面に赤き雨となって降り注ぐ。
高速で飛ぶ弾丸の嵐が、数秒も持たずに、全ての竜騎士を粉砕する。
彼らは誰一人、あきづきに一撃も攻撃することができないままに、全員哀れな戦死を遂げることとなった。
「竜騎士隊は全滅したようで……」
「見れば判るわ! くそっ……これではどのみち、アマテラス制圧など無理ではないか!」
あの竜騎士部隊は、アマテラス大陸に君臨する列強国との切り札の筈であった。
ところがそれが、アマテラスに到着して、一時間も経たない内に、まだ軍が陸にも揚がっていない状況で、実に手早く失ってしまったのだ。
しかも艦隊も既に、三割が沈没している。実質既に壊滅と言っていい状態だ。
初陣からこれでは、アマテラス全土に攻め入るなど不可能である。しかもあの化け物並みに恐ろしい力を持った船が、この大陸に一隻とも限らない。
「だがせめて、あの船だけでも落とすぞ! クラーケンを出せ!」
ライアン王子が下した命令は、この艦隊のもう一つの切り札の出撃である。だがこれに、命を受けた従者の驚きは、出し惜しみしない決断によるものではなく、恐怖による驚きであった。
「クラーケンを!? 危険です! あれは下手をすれば、味方にも被害を与えます! このような味方の艦が、多勢いる所で、あれを放つのは……」
「どのみちあれを倒せねば、この艦隊は全滅する! どんな犠牲を出そうが、あの船を倒さねば、我らに生き残る道はない!」
その判断は事実であるのであろう。あきづきは、こちらに向かって接近する者。もしくは逃げようとする艦を、優先的に攻撃している。
幾つもの爆風と衝突事故で、艦隊が大混乱に陥っている今、あきづきの脅威から、艦隊全てが退避することは不可能である。
ライアン王子の命の元、この艦隊の大型輸送艦に水牢に閉じ込められていた、ゼウス大陸近海の王者が二体、このアマテラスの海に放たれた。
「真澄! こっちに何か近づいてくるのがいるわ! もの凄い速度で艦隊からこっちの方に……」
「どこだ? 何も見えないけど?」
あきづき艦橋にて、春日の報告に、また竜騎士が出たのかと、真澄は双眼鏡で周囲を見渡す。だが見えるのは、現在炎上中で、しかも継続して炎が拡大中の艦隊のみであった。
「いや、どうやら水の中を進んでるみたいね。この光る地図に、反応が二つあるわ。これも敵の船なのかしら?」
「そんな馬鹿な。船ってのは、水に浮いてるもんだろ? 水に潜れる船なんてありえないよ。多分敵の召喚獣か何かだろう」
実際の所、機械技術の発達した世界では、水に潜れる船というのは普通にある。真澄の言葉は、無知故の的外れの見解だが、今この状況では、その成否などどうでもいいだろう。
実際の所、今海中からあきづきを攻めようとしているのは、船ではないのだから。
「相手が二匹ならば丁度いい。“水中の矢”を奴らにぶつけてやれ」
水中の矢とは、このあきづきに搭載されている魚雷のことである。
あきづきの船体に設置されている、最初の90式艦対艦誘導弾の発射装置によく似た、三つの金属筒を一束にしたような装置が二つ。
その装置=68式3連装短魚雷発射管が、艦隊方角の海に砲口を向ける。
そしてその発射装置が、一基につき一発ずつ、短魚雷を発射した。
さっきまで艦隊や竜騎士に飛ばしていた誘導弾とは違って、それは空を大きく飛ばない。発射して少しの距離飛んだ後で、海面に落ちる。巨大な金属の筒が、海面に衝突したことで、盛大な水飛沫が上がる。
何の知識が無いものが見れば、発射ミスかと思ってしまうかもしれない。だが実際はこれでよいのである。
海上からは見えないが、発射された二つの魚雷が、海を高速で移動し、目標物に向かっていった。




