第五十四話 空の騎士団
「ええい、どうなってる!? さっさと反撃しないのか!?」
爆音が連続して鳴り響く艦隊内で、その中央指令の役割を放つ一番艦。多くの艦に囲まれ、全長二百メートルと、一際大型の艦。
帆には大きく、ディークの国旗の紋様が、派手派手しい色合いで描かれている。一目見て、ここが最重要艦であることが見通せる、あまり実戦的でない外観の船。
その中に、この艦の総大将となる人物が、ここの船長室に乗っていた。
まるで富豪の屋敷のように、金のかかった飾り付けや、美しい布地の絨毯など。とても海で働く男の部屋ではない。
その部屋の主である男。これまた高価そうな貴族服を着た人物は、ルシアの兄にして、この大艦隊の最高司令官である、ライアン・ディーク第二王子である。
その人物が、この連続する爆音と海の揺れ、そしてこの部屋に映し出されている、とある映像に大慌てだ。
この部屋に映し出された、小さな映画館のような場所。それは魔法による力なのか、この艦の外の光景を、判りやすく映し出されている。
その映し出されている光景は、自らの艦隊が、何も出来ないままに、次々と撃沈・炎上されている光景である。
「先程から何度も砲を発しているのですが、距離があって全く届かないのです。どうも敵艦は、こちらの砲を遥かに上回る力があるようで……」
「アマテラスにそのような艦があるなど聞いてないぞ!? だったらこっちから近づいて撃てばいいだろう! これだけの数の艦があるんだ。全部沈められる前に、いくつかは射程まで近づけるはずだろう!」
「それが先程からの撃沈で、各艦が大混乱でして、各地で衝突事故が起きて、思うように動けないのです!」
「使えない奴らだ! そうだ竜騎士隊を出せ! ……て、出てるのか!?」
たった今映像に、その竜騎士隊の姿が映し出されている。慌てふためいている総司令官の命令を待たずに、各艦独断で出撃したと思われる。
たった今、ディークの最強の航空戦力が、あきづきに向かって飛び立った。
「例え先に数騎が撃ち落とされても、決して怯むな! 構わず前進しろ! どれだけの犠牲が出ようが、最後にこちらの攻撃が届けば、我々の勝利だ! どれだけ奇怪な力を持っていようが、所詮身も心も汚い蛮族共の力! 我々が勝てないはずがない! 我らの絶対敵勝利は、女神ロアの名の下に、全てが保障されているのだ! けっしてロアの御心を裏切るようなことをするな! 死を恐れず、力の限り突き進め!」
隊長の指示の元、多勢のディーク騎士が、海上の空を舞い、あきづきに突進する。それはその名の通りに、ワイバーンという竜種に乗った、騎士団の大部隊であった。
それはロビンが変身したものや、ルシアが召喚獣として喚んだ者よりも、遥かに大型である。牛馬よりも一回り大きく、鬼鴨でもまず敵わそうな、空飛ぶ猛獣である。
全身が鉄のように硬い鱗で覆われ、更にその上の各部に、動物版騎士甲冑とも言うベき、防護器具がいくつも付けられている。
そしてそれに跨がり、手綱を引いて、空をかける騎士達。彼らもまた、重厚な甲冑を着こなし、手綱を引いていない片手に槍を掲げ、海上の空を駆け抜けていた。
その数はおおよそ二百人。竜もそれを乗りこなす騎士も、どこの国でも貴重な戦力である。それをこれだけの数、よくこれだけかき集められた物である。
(我ら、こんな小国ではなく、もっと強大なアマテラスの列強国とぶつかったときの切り札の筈だったが……まさかこんな所で出撃とはな。しかしあのようなおぞましい艦を、こんな小国が所持しているのか? だとしたら列強国は……いや、今はそんなこと考えるな! 女神ロアの御心の元に、目の前の勝利に全力を注ぐのみ!)
口では絶対敵勝利を唱えながらも、隊長の心は内心怯えていた。あの飛距離と命中速度を持った砲ならば、空を飛ぶ兵も、間合いに入る前にかなりの数、撃ち落とされるだろう。
だからといって、逃げ出すことは許されない。特攻覚悟で敵艦に突っ込めという、竜騎士隊を搭乗した艦の船長の、ライアン王子名義の命令。
その命を果たすために、二百の空の勇者達が、渡り鳥の大群のごとく海に影を作る程に大量に飛び、命を賭して駆けていく。
「しかし……えらい派手に吹っ飛ぶわね。この前の試し撃ちの時より、遥かに沢山火が出てるし……」
「さあ、確かにちょっと変ね……」
5インチ砲で敵艦を、モグラが逃げないモグラ叩きのように、いとも簡単に撃沈する様子を、春日が少々不思議に思う。
5インチ砲の十キロ程度の炸薬では、あれ程の爆発は起きないはずだが……。これに真澄も不思議に思っていると、艦橋にいた別の鉄士が、己の見解を答える。
「積み荷が原因じゃないでしょうか? 多分あの中に、山ほど沢山の武器が詰め込んであるんでしょう。あれ、よく見ると着弾の後で、二回爆発しているように見えるし、多分詰め込んだ爆薬でも引火したんじゃないか?」
その見解は正しかった。召喚魔法によって、敵陣に一気に侵入したこの艦隊。必要物資の大半は、侵略先の現地調達をするつもりでいたのだ。
そのため詰め込む食料の数は少なめにし、そこに大量の人や武器・弾薬を、ありったけ船内に押し込んでいる。
旧式の黒色火薬でも、百キロの量になれば、砲弾の炸薬量を遙かに凌ぐ爆発を引き起こす。一トンになれば、どれほどの爆発力を持つだろうか? それ程の量の火薬に、引火してしまったのだ。
「成る程ね。だとしたら間抜けだな。あの派手な爆発ぶり……中に乗ってた奴は、多分の一人も生き残っていないんじゃ……おや、何か飛んできたか?」
真澄が双眼鏡で覗いて気づいたそれは、それよりも一瞬前に、艦橋のレーダーにも捕捉されていた。
「竜に乗った軍隊が、こっちに飛んできますよ? どうします、砲をそっちに向けますか?」
「それより“小さい矢”の方がいいだろう。ます最初に、三発ぐらい撃ってみて、手応えを確認しよう。砲と並行して、それを竜達に撃て。それと仕留めきれなかった分も考えて“大きい銃”も動かしておけ」
竜騎士部隊の接近は、もちろんあきづきの艦橋にも伝わっていた。時速百キロを越える速度で接近する、夥しい数の航空戦力。
5インチ砲の攻撃範囲と発射速度では、こちらに到達する前に、あれを全て撃ち落とすことは無理だろう。
だが真澄たちは、全く動じない。それどころ艦隊への攻撃も一緒に、竜騎士隊を迎え撃つつもりだ。あきづきの武器は、まだ他にも残っていたのである。
ドン! ドン! ドン!
突如あきづきの後部甲板から、打ち上げ花火が連続して放たれた。矢のように鋭い何かが、火を噴きながら、空へと駆けていく。
これは船の上からの花火大会と間違われてもおかしくない。だが当然それは花火ではない。
それは空へと真っ直ぐ昇らず、軌道を変えて竜騎士隊の方へと飛んでいく。それは最初に撃ち込んだのと同じタイプの武器=誘導弾であった。
ただし最初の90式と比べると少し小さい。その“小さい矢”と呼ばれるそれが、正確に狙いを定めて、竜騎士達に向かって飛ぶ。
「(あれは最初に撃たれた魔法の矢!?)全隊、どうにかしてあの矢を回避しろ!」
矢切れと思われたあの矢が、再び飛んできたことに驚き、すぐに回避命令を出す。だがあの速度で飛んでくる物体を、到底避けきれない。
例え避けれたとしても、あの魔法の矢=艦対空誘導弾ESSMの自動誘導によって追尾されるので、あまり意味がない。
真正面から、あきづきからもよく見える位置でぶつかってきた時点で、彼らはどうぞ狙ってくれと言わんばかりの恰好の的であった。
ドオオオオオン!
避けきれなかった竜騎士隊員三名が、哀れいとも簡単に誘導弾に撃ち落とされた。いや落とされたという表現はあまり適さない。
直撃の瞬間に、彼らは騎乗しているワイバーンもろとも、跡形も分解・四散したのだから。しかも被害は、彼ら三名だけではすまなかった。
「あが……ああ……(苦しい、助け……)」
「腕があぁああああっ! 俺の腕がぁああっ!」
「翼がやられた! このままだと落ちる! 誰か助けてくれ!」
「目が見えない! 目が、目がぁあああっ!」
海上の空で、大勢の騎士達の喘ぎ声と、墜落して水上衝突する音が響き渡る。竜騎士隊による被害は、誘導弾による直接爆発ではすまなかった。
大勢の竜騎士達が、血と肉片を浴びて、血みどろに汚れるのは勿論のこと。被害はそれに留まらない。
それらと一緒に爆発した誘導弾の無数の金属の破片。
倒れた竜騎士の骨・鱗・甲冑などの欠片。
それらが夥しい数、爆発地点周辺に一斉に四散したのである。たかが金属片と侮るなかれ、あの爆風で飛んだ速度で、人や動物に当たれば、拳銃以上の殺傷力がある。
ある者は砕けた竜の甲冑の欠片が、喉に突き刺さり、血を吹き出しながら呼吸困難に陥っている。
ある者は、仲間の持っていた折れた槍の穂先が、ブーメランのように飛んできて、彼の腕を切断した。
ある者は竜の骨や、鉄のように堅い鱗が、散弾銃のように飛び、竜の翼の皮膜を穴だらけにして、飛行能力が低下して墜落に陥る。
ある者は、砕けた誘導弾による、無数の金属片に、両目を潰されて、喘ぎながら右往左往に飛び、仲間の竜に激突して仲良く墜落していく。
誘導弾で直接落とされたのは三旗。だがその余波で、その十倍近い竜騎士達が、大小の傷を負わされて戦闘不能に陥っていた。
「ぐう……何だ今のは!?」
隊長は頬から血を流しつつも、どうにか無事であった。彼の身体にも、飛散物は数個激突した。
だが幸いにも、命中した箇所は、甲冑の装甲部分であり、急所には一個も当たらない。
だが騎乗しているワイバーンの翼の皮膜には、いくつかの穴や切り裂かれた跡があり、飛行能力の低下が確認された。
(どういうことだ!? 奴らは矢切れだったのではなかったのか!? それとも我らが出てくるのを待って、矢を温存していたか? くそっ、卑劣な蛮族共め!)
実際そこまで向こうは考えていなかっただろうが、隊長はそう考えて、仲間を倒されたことに更に激情を駆り立てる。
そう考えている矢先にも、あきづきから次の誘導弾が発射された。出し惜しみというものを全くしない。次々と高速連射される誘導弾の数々。それに気づいた隊長及び竜騎士隊は恐怖に震えた。
「どうにか避け……」
避けようにもどこへ逃げればいいのか? そこまで思考する暇もなく、誘導弾が次々と竜騎士達に着弾する。
ドオオオン! ドオオオン! ドオオオン!
開催される誘導弾と竜騎士の身体によって彩られる一斉花火大会。無数の爆音と、竜騎士達の断末魔が、この海上の空に奏でられる。
弾を全て使い切っても構わないほどの勢いで発射し続ける、数十の誘導弾が、二百の竜騎士達を情け容赦なく撃墜していった。
爆発で粉々になる者と、飛散物で致命傷を追う者が、次々と海上におちて、海のゴミと化していく。一国を軽く蹂躙できる、強大な航空戦力が、もの凄い勢いで数を減らしていった。
「があっ!?」
それは隊長も無事では済まなかった。近い距離で爆散した仲間の飛散物が、彼の竜に幾つも突き刺さる。それは騎乗している隊長にも及んだ。
誘導弾の大きめの破片が、彼の右胸に突き刺さった。甲冑をぶち抜き、彼の肺にまで食いこんだ金属片。そしてそこから流れ出る大量出血。それによって彼は完全に戦うことはおろか、まともに動く力も失う。
彼と彼の乗る竜が、弱々しく飛びながら、ゆっくりと海へと下降していった。
(私は……こんなところで果てるのか? 無念……。だが女神ロアのために、これまで全力を尽くして戦った……これで私も高位の天国に迎えられることができる。ベネット……ビル……私は一足先に、母さんの所に行くぞ……。私達は天国からお前達のことを温かく見守っている。どうか達者でな。そして我が家を、お前達の家族を守り抜いていてくれ……)
海に落ち、水中に沈んでいきながら、彼の意識は徐々に薄れていく。鬼神達が管理する冥界のこと、この世とあの世の真実を、何一つ知ることがなかった隊長。
彼は最後まで、自分が天国に行ける者と信じていた。そして国に残した家族の事を想いながら、彼の魂はこの世から去って行った。




