第五十一話 大船団召喚
その二日後の朝のこと。外ヶ浜町の近郊の海岸にて。暖かい季節になれば、海水浴が楽しめそうな砂浜が広がる地。
すぐ近くが林で覆われ、そこと海との間にある砂浜にて、実に大勢の人がいた。それはルシアとその護衛達約二千名。かなりの数の兵士達が、ここで野宿生活をしている。その中にはブルーノの姿もあった。
そしてその世話をしている、外ヶ浜町の者達。その中には、今日は挨拶にでも来たのか、酒井 悟朗の姿もあった。
「”#$%#%#%’$&$&―――――!」
砂浜と林の間の草むら。満潮になってもギリギリ水が浸らない箇所には、巨大な魔方陣が描かれた、布地が敷かれていた。その大きさは屋敷一つが丸ごと入れそうなほど。
何だか複雑な幾何学模様が描かれた魔方陣の線は、術者の魔力を吸収して、電灯のように光っている。そしてその魔方陣の中央に、ルシアが体育座りで、座り込んでいた。
町から買ってきた輸入品と思われる、値が高そうな洋服と、甲冑に身を包んでいる。そして魔道杖を握りしめて、素人には意味不明な呪文を呟き続けている。
そして彼女の身体と魔道杖から溢れる、膨大な魔力の奔流は、一㎞以上離れた外ヶ浜町でも、すぐに気づくほど強力なもの。
もしこれらの行動を、許可なく大陸に上がり込んで実行していたならば、すぐに警察が駆けつけて全員捕らえられていたであろう。
だが今回彼女たちがしてることは、町の方でも許可されていること。そのために、彼女たちを邪魔する者はいない。
ルシアとそれを取り囲む護衛達の近くには、仮説のテントが幾つも建てられている。ルシアはこの数日、殆ど休まずに、ここでこの召喚の儀式を続けていた。
「おはようございますブルーノさん……儀式は順調で?」
テントの近くで待機しているブルーノに、何人かの商業従業員と共に酒井 悟朗初めとした、多数の商会の者達が声をかけてきた。他にも儀式の方を見に行った商人もいる。
悟朗の方は、儀式の邪魔にならないようにと、なるべく小声で、書物を読んでいたブルーノに声をかける。
ブルーノの周りには、護衛など一人もいない。もう役目は無いと言わんばかり、このテントの隅っこで、何もすることなく放置されている状態であった。
「ええ……どうももうすぐ術が完成しそうなようです。もしかしたら、今からでも召喚が行われるかもしれないな……」
「それはめでたい! これでルシア様の帰国がお叶いになりますね。皆の者も、よく頑張ってくれた」
町から雇われて、彼らの世話をしていた者達に、悟朗は激励する。だが何故か、その使用人達は、浮かない様子。
それどころか、悟朗に向かって、恨みがましい視線を向ける者までいた。
「えっ……どうしたの? 皆喜ばないのですか?」
「皆さん、ちょっと……」
何故か同郷の仲間達から、無言の圧力を受けたことに困惑する商人達。それにブルーノが、先程以上に小声で囁いた。
「皆さん……騎士達の傲慢な態度で、さんざん嫌な目にあってきて、機嫌が悪いのは当たり前です。蛮族とか下劣国家とか、汚い言葉を散々浴びせて、暴力だって日常茶飯事で……」
「!? 何ですか? こっちが聞いた話しでは、儀式場での皆さんとの関係は良好だと……」
「そう言うよう脅されたんですよ……。何だか様子がおかしいです。私は何度も諫めに入ったのですが……まるでルシア様まで、その所業を容認しているようで……」
ブルーノは以前ほどの信心深い姿はなかった。どうも疑心暗鬼に陥っているようで、ディークの騎士から、自分から一歩距離を置いているようである。
「しかし皆さん、津軽王国との友好をと……」
「私もそう信じていたのですが……嫌な予感がしてきました。召喚の儀がもうすぐ終わると言いますが……皆さん逃げた方がいいかも。ここで話しておくべきかも知れません。ウェイド王国という国は、実はありません。今まで出身を偽って申し訳ありませんでした。実は・・・・・・」
この言葉に商人達がざわめき始める。今まで彼らは、新しい取引相手として、ウェイド王国という名前を強く覚えていた。
だが今になって急に、その名前は違うと言われたのである。
「私達の本当の国の名前は、ディーク神聖王国と言いまして……」
「「!!!!」」
「今なんて言った!? ディークだって!?」
その名前を聞いた途端に、商人達が今までになく驚愕の声を上げる。特に酒井悟朗の声の大きさが大きかった。
ゼウス大陸の御国事情は、こちらの一般市民の間では、殆ど公表されていないため、取引相手の国以外は、全く知らない者も多い。
だが交易の中心にいる商人達は、ゼウスの国勢をある程度知っている。そしてブルーノが、密告に近い形で口にした名前は、彼らにとって悪い意味で名を知っている国であった。
「何だ!? 光が!?」
突如としてこの辺りの風景の色が一変した。海岸の方から何か赤い光が放たれたと思うと、それが一瞬で消える。そしてルシア達がいる海岸の方から、一斉に騎士達の歓喜の声が上がっていた。
「まさか! もう召喚が!?」
ブルーノはその場で駆け出し、その光が現れた海岸へと走り出す。商人達もまた、彼を追うようにそこに向かっていった。
「あれが召喚の門!? 大きすぎる……」
遙か彼方にゼウス大陸が存在するという、大海原の光景に、明らかにおかしくそして大きな異物が現れていた。
それは海岸線を覆い尽くすように広がる、巨大な空間の門。それは以前、ルシアが竜を召喚したのと同じ、赤い謎の空間が、そこを覆い尽くしているのだ。
だが規模が半端ではない。海外から数㎞離れた海面の上を、こちらから見えるだけでも、縦に二㎞前後は広がっている。もう海の一部が、赤い門に占領されてしまっている状態だ。
帰国のために必要な船は、五千人分を運ばなければ行けないから、かなりの数必要だ。だがだからといって、これほど巨大な門は必要であろうか?
「あれが召喚魔法? すごいな……」
誰かがそう感嘆の声を漏らしたとき、その門からこちらの空間に、何かが姿を現した。
「船か……おいおい……多すぎるぞ!」
その門からまるでヌーの群れのように、次々と現れる大船団。その召喚物の大きさと数に、望遠鏡で様子を見ていた商業使用人が絶句していた。
この巨大な門から、召喚獣という形で呼び出された、ゼウス大陸から転移してきた船団。それは側面に外輪がついている、部分的に装甲が着いた、木造帆船であった。
外輪が回っているから、自動走行もできるようだが、蒸気らしきものは吹いていない。動力は魔法であろうか?
そしてその船の大きさは半端ではない。全長は百メートル前後はある。
源一の世界にて有名な、中世の船であるサンタマリア号は、復元されたときの全長は三十メートル程度。これと比べると、この船はとんでもない化け物並の大きさである。
そして側面に、大量の砲門が、障子の紙のように大量に着いている。船首にはとりわけ巨大なカノン砲が設置されているのが見えた。
これは護身用と言うには、あまりに過剰な装備。この船はどう見ても、戦うために作られた軍船にしか見えない。
そしてその超大型軍船は、当然一隻ではない。広大な門いっぱいに、わらわらと向こう側の空間から、こちらにやってくる船の大軍。
巨大な船体とその上に掲げられる帆が、無数にその海に進出し、その海域一帯を、まるごと船で覆い尽くされていった。
やがて召喚の門が閉じ、あの赤い空間は消え去る。だがその代わりに、もっと物騒な者が、海を占領していた。
この平和だった外ヶ浜町の海に、百隻を越える、異国の無数の超大型軍船が、町の近くの海に浮かんでいるのだ。
「ディーク神聖王国万歳! 女神ロア万歳!」
「ディーク神聖王国万歳! 女神ロア万歳!」
「今こそ全ての蛮族に死を! そしてこの汚れた大陸の浄化を!」
「今こそ全ての蛮族に死を! そしてこの汚れた大陸の浄化を!」
大合唱のように一斉に響く、騎士達の歓声。彼らはもう、ディークの名も、侵略の意思を隠す気もないようだ。
やばい状況に気づいた、商人や使用人達が、一斉にその場から逃げだしていく。だが逆の行動をとる者がいた。
「お待ち下さい! どういうことですかこれは!? しかもディークなんて!」
「ルシア殿下! 話が違いすぎます! 何故あれほどの軍船を!? これではアマテラスに、戦争を仕掛けるようではありませんか!? 私達はこの大陸の国々との、友好のために働いてきたのでは!?」
ルシアに詰め寄ろうとし、騎士に止められたのは、悟朗とブルーノである。
その問いの真偽は、一々聞かなくても、目の前に派手に広がる光景を見ればすぐに判る。だがどうしても、これを本人に聞かざるおえない心境であった。
「友好……いえ、私達の本当の使命は違います。私達の本当の使命は、このあまりに汚れきった大地を、清く正しく作り替えること。獣人という汚れた種や、ロアを信じない愚か者を、排除と啓発し、全てを正しく導くのです……」
語るルシアには、もうあの聖女のような優しい笑みはなかった。それはブルーノと悟朗を、心底見下し侮蔑しきった目で、声色だけ優しい口調で、辛辣な言葉を口にしている。
それにブルーノと悟朗は、絶望の淵に追いやられていた。
「馬鹿な何を言って……ロアの教えは、全ての人をお救いするために……」
「全ての人とは、あくまで我がディーク神聖王国の高貴なる者達のこと。それ以外は、人とは認められません。これは神によって認められた、この世界の絶対たる心理。今まで偽りを教えてきた済みませんでしたねブルーノ。ですがあなたのような、何も知らない愚か者でなければ、神聖魔法は使えないものでしたから。ならば今ここで、お教えしましょうか? あなたの知らない、ディーク神聖王国の、数々の華麗なる行いの歴史を……」
「必要ありません! あなたはその言葉を、この国の刑務所で語ることになります……」
突然その場に割り込んできた凛とした声。皆が一斉にその声のした方向に振り向く。
この海岸からテントの方角から、こちらに歩いてきているのは、いつのまにここに来たのか、ルチルが、この場にいた。
近くには真澄の姿がなく、たった一人でこの場に現れたのである。
「ロビン!?」
ルチル登場と共に、そちらに駆け込んできたのは、竜に変身したロビン。彼はその場に飛行しながら突進する。
何人か止めに入った兵士がいたが、あっけなく撥ね飛ばされる。そしてブルーノの側にいくと、彼を掴み上げて即座にその場から離脱し、ルチルの側に高速移動した。
どうやら彼は、ブルーノをルシアの側から、緊急避難させたようだ。この海岸線に陣取っている二千の兵団の側に、今は悟朗だけが取り残されていた。
「ルチル様……こっ、これは……」
「これが事実ですよ、悟朗さん。真澄さんに責任をとる覚悟はできてますか?」
あの時、勢いに任せてとんでもないことを言ってしまった悟朗。彼は大層青ざめ、怯えている。
最もそれ以前に、すぐ近くにいるディークの兵士に、いつ殺されるか判らない状況であった。
「あなたがルチルですか……聞いていた話しと、ちょっと違いますね。そんな嫌みを言える性格でしたとは……」
「私もこの国に来て、それなりに成長しましたから……」
丘には二千のディーク兵士。そして近海には百を越える大艦隊。この国そのものを脅威にさらす、絶対絶命の状況にも、ルチルは全く臆している様子がない。
まるで自分が優位の立場であるかのように、ルシアの言葉に平然と介していた。
「そこの愚かな蛮族から、話しは聞いてましたよ。どうやらブルーノと違って、あなたはいち早く、自分が騙されていたことに、気づいていたようですね?」
「ええ、ミルクが……あなたの召喚獣の猫が、死に際に白状しました。それに少し前に、夢の中で、この世界の本当の神からも、お告げを受けましたから。もう殆ど判ってますし、全てを受け入れる覚悟はもうできてました」
「やはりセヴァルは討たれてましたか……しかし本当の神?」
「ルシアさん……それにディークの方々。あなたに提言します! 今すぐに侵略をやめて、国に帰って下さい。そして偽りの信義で民を騙したことを公表し、これまで犯した罪を、精一杯に償ってください。あなたが救われる手段は、それ以外にありません……」
ルチルの放ったのは、ルシアだけでなく、ディーク全体に対する、贖罪を要求する言葉。その大真面目に語った言葉は、彼女たちからすれば滑稽でしかなかった。
「あいつ馬鹿か? 罪だとよ……何言ってんだ?」
「もしかして蛮族を潰したことを言ってるのか? それは善行だろうが」
「頭いかれたなこいつ。そもそもこの状況判ってんのか?」
途端に囁かれる、兵士達のルチルを嘲笑う声。小声で語られた会話も、二千人分となると、大層騒がしい声になる。
「何を言い出すかと思えば……ロアの教義に背いたばかりか、私達に罪を償えと? てっきり、蛮族達の助命を望むかと思いましたが、呆れた話しですね。あなたはこの私の解放と、召喚の儀式の成功に、少なからず貢献しました。ですからあなたにも、相応の待遇をしようかと思いましたが、残念です。あなたもまた蛮族の一人として処断し、女神ロアの名の下に、蛮族と共に地獄に送られるしか……」
「貴方は勘違いしています。命の危機に瀕しているのは、この国ではなく、貴方たちです! このまま侵攻を行おうとすれば、貴方たちは全員死にます」
この言葉に、敵軍の嘲笑が一旦止む。こいつは何を言ってるんだ?という困惑の空気が流れる。
今の状況はどう見ても、この国が今まさに蹂躙を受ける滅亡の危機の状態。だがルチルは、それをはっきり否定して見せた。
「真澄さんの魔具が、これまでにない進化をしました。恐らく貴方たちも、あの艦隊も、その力で全てが屠られるでしょう。そしてそれによって亡くなるディーク人は、誰一人としてロアのいる天国なんていけません。この世界の本当の神によって、皆死後に地獄に送られます。私は皆さんが哀れに思いました。皆さんに救われる最後の機会を与えてくて、こうして真澄さんの言いつけを破って、今この場に来ました……」
ルチルの放った、ディークに対する最後の生き残れる可能性を与える言葉。だがその想いは届くことなく、兵士達から再び嘲笑の声が放たれた。
「あの女の武器が? へえ……それは面白そうね。どれほどのことか見てみたいわ」
「もうすぐ見れますよ。少し手遅れだったみたいですね。今真澄さんの乗る船が、今こちらに来てます……」
ルチルが海の方角のある一点を指差した。皆がその方角を見ると、大艦隊の東側、数㎞ほど離れた海に、一隻の船が浮いていた。
そしてその船は、この二百隻もいる、超大型外輪船以上に、特異な外観をしていた……




