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第五十話 帰郷

「あらルチル……やっぱりあなたも起きたんだ」


 階下に降りると、玄関付近で店主とばったり出会う。彼女もまた寝間着姿で、つい先程起きたようであった。


「女将さん、何かあったんですか?」

「いやね……さっき、外の方から、ドンドンと凄い音が聞こえてきてね。それで目覚めちゃったのよ。何だかお客の方も、驚いて出てきたみたいだし。東の方から、凄い光が見えたって言う人もいるし。今はまだ花火大会の時期じゃないんだけどね……」


 その言葉でルチルはあることを思いだした。真澄が美夜子と、作戦会話している内容である。


『さっきこの石から、頭の中に凄いものが流れて来たんだ。もしかしたら次の新しい変身の情報化かもしれん。この辺りに湖とか、大きな水辺はないか?』

『水辺? ……いやこの辺りにはないな。東の方に、大きな溜め池があったと思うが……』


 とまあそんな会話である。それを思い出したときに、ルチルは気がついた。


「女将さん! その東の方って、大きな溜め池とかあります!?」

「えっ? ええ、あったと思うけど……」

「ちょっと行ってきます!」


 言うや否や、ルチルは豹のように素早く動き、自室に戻って着替えをし、そしてまたとんぼ返りして、玄関から外へと飛び出した。

 女性一人が夜の道を進むという危ない行為。だがそのあまりに特急な行動に、誰も彼女を止められなかった。






 鬼鴨いらずの瞬足で、林や田畑に囲まれた街道を突き抜けて、ルチルはその光と音が聞こえたという方向に急いだ。

 そして彼女は、ある場所で足を止める。そこには店主が言っていたものと思われる、大きな水辺があった。

 石造りの水門で、水路と繋がっている、四角い形の大きな水辺。普段ならこの天気のいい夜の時間、水面に月と星の姿が、美しく映っていたであろう。

 だが今は、そんなものが気にならないぐらいのものが、その池の水面に存在していた。


『ああルチル! お前も来たのか! どうだ、すごいだろこれ! これでディークの艦隊が来ても、全然怖くないぞ!』


 水面にある“それ”から聞こえてくるのは、ルチルに向けられた真澄の声だった。だがここからは真澄の姿は全く見えない。

 しかもその声は、とてつもなく大きく、一体に響き渡る声だった。とても肉声とは思えない。


「真澄さん? これは……何ですか!?」


 月明かりと星明かりに照らされて、水面に王者のごとく、畏怖堂々と浮かんでいるそれに、ルチルは魔王にでも会ったかのように絶句していた。







 その翌日のこと、真澄たちは空便の鬼鴨で、特急で外ヶ浜町にやってきていた。その町は津軽王国きっての大きな港町。人口も弘後町を確実に上回る。

 町の中の、石造りの街道には、町内移動用に鬼鴨鳥車も、かなり多く走り回っている。それに並行して、道行く人の数も多い。


 ゼウス大陸のガルム王国との交易の入り口でもあるそこは、町の風景も弘後町と似てるようで若干違う。

 数多く建ち並ぶ、和風建築の建物の中に、チラホラと洋風建築物が見受けられる。町行く人々にも、異人の数が非常に多い。

 中には洋装姿のアマテラス人や、和装姿の異人の姿も、多く見受けられる。


 商店街の建物にも、異国からの品物を取り扱っている物が、非常に多い。中には洋食店と和食店、和服屋と洋服屋等が、意図的にお隣同士で並んで立っているのが見える。

 双方は特に商売を争っている様子はなく、気軽に隣同士の店の者が挨拶などしている。


 そして港には、国内外での多種多様な船が停泊している。恐らくその半分以上は、異国からの船であろう。

 そんな異人との交流の町である、このアマテラス有数の国際都市の外ヶ浜町。ここが真澄の故郷であり、恐らく彼女たちにとっての、決着の場所であった。


 町の駅に到着したのは、真澄・ルチル・美夜子と、美夜子の部下数人の計十人。朝一番でここに到着した。


「帰ってきちゃいました……外ヶ浜町、私みたいな人がいっぱいいますけど、ここってこの大陸じゃ、珍しい方だったんですね」

「お前みたいな奴? 尻尾や鱗がない奴か?」

「ええ……私最初獣人とかよく知らなくて、何であの人に、尻尾が生えてるんだろうとか、失礼なこと思っちゃって……」


 当時のことを思い出して、恥ずかしむルチル。この町はルチルにとっては、産まれて初めて見る、純人のいる町。

 彼女にとっては監禁されていた屋敷で、彼女の世話をした者以外で、初めて人というものを見た場所である。

 ここに来たのは、ほんの数ヶ月前なのに、まるで何年も前のように感じるのは、やはりその期間が反乱万丈色々な体験をしすぎたからであろう。


「私はこれから、この町の警察署に向かう。ここにも連絡はもう来ているでしょう。真澄さん達はすぐに、近くの海岸にいって“あれ”を出してほしい。後から各署から警官隊が、この町に千人以上到着するはずだ。それだけの人数がいれば、あれを出動させるのは容易だろう」

「ああ、判った。だがそいつらが着くまでの間、ちょっとの間、寄り道していいか? 少し家にも顔を出したい」

「家に……いいけど君は大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ。あいつらはもう、私にでかい顔をしたりしないからな」


 そう言い合って、真澄たちは警官隊と、駅の入り口で別れる。そして真澄は、生まれた頃から見慣れた町の街道を、急ぎ足で進んでいった。






 到着したのはこの町の商家の屋敷。この町に数多くいる、異国との商いをしている家の一つであった。

 交易の取引所であるらしい、蔵つきの大きな建物。そしてその直ぐ隣にある、塀に囲まれ、立派な庭を持った、武家屋敷のような立派な家。

 門の表札には、“酒井”という名札が書かれている。この実業家らしい一族の家が、真澄の実家であった。


「ちょっとあの人……酒井さん所の三女じゃ?」

「家出したって聞いたけど、もう帰ってきたのか? それともついに家に復讐か?」


 そこに近づく過程で、真澄のことを知っている道行く者が、何やらヒソヒソと会話している。

 ここ最近新聞で報じられている、彼女の活躍の話しもあって、人々の反応は羨望も混じっている。

 そんなことを石ころのように気に留めず、真澄たちは実家の門の前に出た。そして呼び鈴を強引に、ガラガラと鳴らす。


「真澄様!? ええと、すぐに旦那様をお連れします! 中に起こしを……」


 門から顔を出した使用人の者が、真澄の顔を見た途端に、こっちが何か言う前に、大慌てで家の中で主を呼びに行く。

 とりあえず塀の門を通り、中庭に移動する二人。そしてすぐに、この家の主=真澄の父である酒井当主が、彼女たちの前に顔を出した。


「真澄か……帰ってきたのか」


 五十歳前後に見える、着物姿の中年男性。ただし腕には、ゼウス大陸性と思われる、西洋式腕時計なんかついている。着物も高価そうな生地で、柄には西洋風の花や動物絵が刻まれていた。一目で裕福な立場の者だと判る様相だ。

 そしてその人物は、久しぶりにあった娘に対して、まるで野獣にでもあったかのように、少々怯えた様子で出迎えていた。


「やあ、元気そうで……そちらの商売はどうかしら?」

「微妙だな……お前のあの事件があってからは……」


 あの事件の後で、新聞は真澄のことを、異人の横暴から子供を救い、そして一時警察の横暴で冤罪をかけられた、悲劇の英雄として盛大に書き立てた。

 そして真澄は、報道者の質問に対し、父親=酒井 悟朗が拘留中の自分に言ったことを、かなり正確に伝え、それを記事にさせた。

 そのせいでこの酒井家の当主は、我が子を信じなかった、思い込みで人を責める愚か者と言われ、一部で評判がかなり悪化している。

 それは若干にではあるが、店の売り上げにも影響が出ていたようだ。


 この件も含めて、父親は真澄に対して、何を反せばいいか判らない。そのため、しばらくの間、沈黙が続いていた。


「とりあえず入れ。お前の部屋もちゃんと残してある。店の仕事を手伝う気ならいつだって……」

「いや、帰ってきたわけじゃない。父さんに、一つ忠告をしに来たんだ」

「何?」

「父さん今、町の近くの砂浜で、召喚の儀式をしている異国の姫様に、ずいぶんとお近づきになってるな。確かウェイド王国との国交が許されたら、真っ先にそっちに商売したいとか……」


 この町に来たルシア達は、儀式の場所を町に要求したと同時に、使節団として津軽とウェイドの国交の意思をちらつかせた。

 酒井家も、それに飛びついた商家の一人である。彼はこの町に来た彼女の部下達数千人に、宿の手配やなどを一部協力している。


「ああ、そうだな……王政府に随分と酷い目に遭わされたのに、未だにこの国と友好を結びたいとは、大層心の広い人だ……。逆に言えば向こうが通商を求めたら、まずこの国は断れないだろう。ならば私も是非ウェイド王国と……」

「それはやめておけ。奴らの狙いは、通商じゃない。侵略だ……。今奴が召喚の儀式で呼ぼうとしてるのは、帰国のための船じゃない。この大陸を制圧するために送り込まれる、武装船団の大軍だ」


 徐々に売上が下降している酒井家に、ある意味希望となったウェイド王国。だが真澄は、その希望を迷うことなく、ばっさりと切り捨てる言葉を父に放った。


「……お前は何を言ってるんだ? 侵略だと? 意味が判らんぞ?」

「意味も何もない、言ったとおりだよ。あの女はディーク神聖王国が送り込んだ、アマテラス侵攻の尖兵だ。だから奴は、十年もの間、監獄に閉じ込められてたんだ。今すぐあの危ない女に媚びいるのはやめろ。下手したら、お前は真っ先にディーク軍に殺されることになるぞ」


 しばしの間流れる沈黙。真澄が何を伝えようとしているのか、次第に覚めた頭で理解すると、悟朗は先程まで遠慮がちに真澄に接していてのが、急変した。


「お前……何を馬鹿なことを言っているのだ! ルシア様が……あの麗しい方が、侵略者だと!? そんなことがある筈がないだろうが!」

「麗しい? あの女に籠絡されてたか……質実剛健を気取ってた割には、結構チョロいんだな……」


 バチン!


 突然はためく音。それは悟朗が真澄の顔を平手打ちする音である。盛大に叩きつけられた衝撃で、真澄の顔は一時横を向くが、すぐに平静な顔で向き直る。

 向かい合う真澄の顔は、露骨に父親を侮蔑する目をしていた。そしてそれは、悟朗の方も同じであった。


「お前は……どうやらすっかり調子に乗ってしまったようだな。眼妖狩りで名声を得た次は、また新しく異人への迫害を始めようとするとはな。確かにあの事件の時は、済まなかったし、謝ったが……。それだけでは飽き足らなかったか? よくそんな作り話を考え込んだものだ。それで私を騙して、何を望む? もっと私を馬鹿にする言葉を言いたかったか? それともそれで親から金を騙し取るつもりでいるか? 昔とは変わって、今はまともな性格になったと、一時でも思った私が愚かだったよ! やはりあの時、例え偽証をしてでも、お前を牢にぶち込むべ……」

「待って下さい! 違うんです!」


 唐突な事実の告白に、この男は頭のネジが飛んでしまったのだろうか? それとも自分が女に籠絡されて、まんまと利用されたという発言が、それほど癪に障ったのだろうか? 以前取調室で行った以上の、興奮状態に見える。

 そんな感じで激昂する悟朗に向かって、突如口を割り込んだのは、先程まで後ろで黙っていたルチル。彼女は最初は親子の語らいに口を挟むべきではないと思ったが、現状はとてもそんな状況ではなくなっていた。


「真澄さんの言ってることは本当です! あのルシアという人は、この国を滅ぼしに来たんです! ウェイド王国なんて国はありません。あの人は、ゼウス大陸で悪名高いディークの手先! 私もこの国の人達も、あの女に騙されているんです!」


 ルシアの言葉に、悟朗は最初は唖然としていたが、その表情はすぐに怒りに変わる。そして何故か、その怒りの矛先は、真澄の方に向かっていた。


「真澄! 貴様どこまでも見下げた女だな! このような幼い娘を騙し、眼妖狩りに利用し、挙げ句の果てにルシア様を侵略者などと吹き込んで、この私を謀ろうとは……恥を知れ!」


 ゴス! ゴス! ゴス!


 今度は平手打ちでは済まなかった。悟朗は拳を振り上げて、手加減なく真澄の顔を殴りつける。それに真澄は抵抗することなく、その殴打を受け続けている。


「やめて下さい酒井さん! 何で真澄さんが悪いことになるんです!」

「ルチルさん! あなたは騙されてるんです! すぐにこの女を追い出します! 私が責任を持ってあなたをお守りしますので……うぐっ!」


 止めに入ったルチルを、悟朗は彼女の手を引いて、強引に家に連れ込もうとする。だがルチルは、魔道杖で悟朗の腹を殴り、何とか彼の手から脱した。そしてすぐに真澄の元へと戻る。


「真澄さん、大丈夫ですか?」

「ああ、こんな碌に鍛えてないおっさんの拳など……」

「ルチルさん駄目です! そいつから離れて……いや、真澄! お前がルチルさんから離れろ! すぐにここから出て行け! ルチルさんは私が預かる! もうお前に、その人を利用させはしない! ルチルさん、目を覚まして下さい! あなたがルシア様と同じ真の聖女なら、その女の汚れた心を、読み解くことはできるはずだ! 大丈夫、あなたならできる! よく心を集中して、澄んだ意思で、見通してみるのです! そうすればその女の本性は、すぐに判るはずです!」


 必死な様子で、ルチルを説得する悟朗。彼は囚われの娘を救おうとする、正義の味方でいる。そんな彼に、真澄は心底侮蔑した目を、ルチルは心底哀れんだ目を向けていた。


「もういい、判っちゃいたが、やはり無駄だった。いくぞルチル……」

「ええ……」

「待って下さいルチルさん! どうか思い直し……」


 その場で立ち去ろうとする二人。そしてルチルを捕まえようと、悟朗が走り出した時、その場で閃光が走った。


「なっ……」


 腹に凄まじい痛みが走り、悟朗は身体をふらつかせて、その場で膝をついた。何があったのかというと、ルチルが神聖魔法で、悟朗を攻撃したのだ。

 大幅に手加減したと思われる光の球が、彼の腹部を殴打のように直撃した。それによって彼は、膝をついたのだ。


「真澄さんが、どれだけ頑張って、皆を助けてきたか……何も知らないくせに、何勝手なことを言ってるんですか? あなたも私と同じく、曲がったことを教わって育ったんですか? だとしても許せません!」

「……ルチルさん?」


 突然の攻撃に困惑する悟朗。そんな彼に、真澄が不気味なほど優しい声で、彼に語りかけてきた。


「なあ……さっき随分と過激に私を嘘つき呼ばわりしたが……もし今度もまた本当だったら、次はどう責任をとる? 土下座で謝って、はい終わりじゃすまさないぞ私は……」

「ぐう……だったら何を望む?」


 激痛に耐えながらも、未だに燃え上がる敵意の目で悟朗は真澄を見上げながら、そう言い放つ。


「そうだな……じゃあ死ねるか? もし私の言ってることが本当で、あの女が敵だったら、私の前で自害してみせることができるか?」

「ああ、いいだろう! そんな天地がひっくりかえてもないようなことが、百万歩譲ってあるようなことがあったら、お前以外の酒井家一族郎党の首を、全部お前にくれてやる! だがそれがなかったら、すぐにルチル様を解放しろ! その人に今まで自分がしてきた罪を全て告白し、誠心誠意を持って謝罪し、一生をもって償え!」

「ああ良く言った。いいだろう……」


 地面にうずくまる悟朗を、最後まで見下した目で見ながら、真澄はルチルと共に、彼に背を向けた。そして塀の門を出て、街道に出たときに、真澄は少々戸惑った様子でルチルに問いかける。


「それにしても……さっきとんでもないことをしたな? お前が人に向かって攻撃魔法を撃つなんてさ。……あれって司祭とか関係なく、かなり野蛮な行為なんじゃないのか?」

「野蛮でも構いません……。私にも譲れないものがあります! 真澄さんを馬鹿にして、傷つける人なんて、例え神でも私は許しません!」


 ルチルは堂々と、信仰とかは関係ない自分の意思で、そうきっぱり言い放っていた。自分は随分好かれてしまったものだとは、真澄は少々疲れた様子で、その言葉に否定も肯定もしなかった。


「まあいいわ……ところでルチル。お前、少し目が赤いぞ? お前も花粉症になったんじゃないのか?」

「えっ、そうなんですか!? 確かにちょっと眼が痒いような……」

「今から病院行くか?」

「いえ、お気になさらず……事が終わるまで、病院は待ちます」



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