第四十六話 侵略の召喚儀式
「あっ、お帰りなさいルチル……ちょっとお客様が来てるわよ」
「警察の方ですか?」
「まあ、そうだけど……」
帰ってきた後で、店主に会計席からそう声をかけられる。どうやら真澄は、そのお客と取り込み中のようだ。
ルチルは無言のまま、買った物を店主に渡し、そのまま別棟の家へと向かっていった。初日には報道者がこの店にも押しかけたが、それは警察の規正のおかげで、許可なしの取材はできなくなった。
ブルーノはあの日以降、こちらに連絡を取ってこない。その上で、店の客以外に来訪者がいるとしたら、考えられるのは警察以外にない。
相変わらず生気のない返事をして、その客の元に向かう。
「ああ、来たか。待ってたわよ」
家の客間で、真澄と向かい合って座敷に座っているのは、大分顔馴染みになった美夜子であった。茶を出された様子などはなく、二人とも結構深刻な様子である。
「ついさっき王政府から、極秘裏に報告が来たわ。それと今までこの国で起こっていた、異人狩りの真相も。二人とも来てくれたからな、早速ここで話そう」
ルチルがまだ廊下の方で立ったまま、美夜子は手早く話し出す。王政府からの極秘内容を、何故か警察でも公務員でもない者に、こんな人の家で暴露しようとする警官。
そしてその最初の半分は、真澄もある程度推察していたことであった。
「まず最初にだが……とりあえず政府ではなく、現地警察が調べ上げた情報を、先に言うね。二日前に突如現れた、政府に今まで監禁されていたと名乗る五千百三十五人の異人達。それは確かに、あの千江梨刑務所にいたようね。あの刑務所は、ずっとこの大多数の異人達を、秘密裏に拘禁する施設だったようよ。あまりに大規模な人数なので、目立たない秘密施設に置いておくことはできなかったらしいわ。それで書類上は国内の犯罪者という名目で、あそこに置いていたそうね」
「いや、話を進める前に……何故そんなまだ公表されてない情報を、私らに伝えるのか聞いていいか?」
「まだ駄目よ。じゃあ話を続けるよ」
真澄の当然の問いをさっくり拒否し、美夜子は事務的に話を進める。ルチルも真澄の隣で、正座で座り込んで話しを聞く。
「その内の、刑務所建設当初からいたらしい、五千十名の正確な身元は不明。調べてみたが、奴らが名乗っているウェイド王国という名の国は、ゼウス大陸にはあるにはあった。ゼウス大陸北方にあった、無名の小国だったが、もう十五年前に、ディーク神聖王国に占領されている。王族も全員逃げたようで、今はディークの領土よ」
「十五年前? 奴らが来たのは十年前だろう?」
「ああ、その頃にはもう、ウェイド王国はなくなっているはず。その王国の領民も、ディークからの殺戮と圧政によって、当時より人口が三割ぐらい減っている。とても海を越えて、使節団を送れるような国家状況じゃない」
ウェイド王国は、当初からブルーノが名乗っていた国名だ。だがここにて最初から矛盾点が起きている。ブルーノも、その国名に関して、由来を何も知らなかっただろうが。
「さて次からは、ついさっき送られてきた、政府の……しかも国王陛下自らお送りになった文書の内容。それを是非、君に伝えて欲しいとのことよ。それと同時に、鉄士への特命依頼を申しつけたいそうよ。心して聞け……」
まさかのこの国の首脳である、国王からの特命依頼。
鉄士は狩り以外にも、今回の眼妖狩りのような、他所からの依頼を傭兵のような形で請け負うことがある。だが国からの直々の使命というのは、そうそうない。
ましてや国王自ら文書を送るなどと……。一般に生きる者ではあり得ない、超特別待遇の対応である。
「陛下が? へえ……」
この話には二人は緊張……している様子はなく、まるで紙芝居を見ているような気軽な様子で聞いていた。国王の威光は、この二人にはあまり影響がないようだ。
「その自称ウェイド王国使節団は、ディーク神聖王国の軍人達よ。ほぼ間違いないわ。捕まった直前に何人かが“我らは神に選ばれたディークの戦士だ! 蛮族が汚い手を触れるな!”とか叫んでいたらしいわ。最もしばらくしてから、誰もが自分の出自に関して、口を閉ざして黙秘を続けたようだけど。でも初日のこの発言を聞けば、もう疑う余地はない」
何とも間抜けな話しである。プライドが高すぎて、口を滑らしやすいのだろうか?
「出自も嘘なら、この国に来た目的も嘘だったみたい。奴らはこの大陸に、交渉ではなく、侵略しに来たのよ。どうやらこの大陸に、武装した大船団で襲おうとしたところを“海入道”に襲われて壊滅したらしいわ。それで部隊の大部分、およそ数万人が死んだと考えらてるわ。丘に上がった見つかった死体だけでも、生きてた奴の三倍以上はいたし」
随分と沢山死んでいたようだ。まあ大陸一つを落とそうというのだから、数万人どころか数十万人はいた可能性もある。それが一気に、一匹の怪物によって、屠られたのである。
(海入道? 何でしょうそれ?)
ちなみにその怪物の名に関して、二人の会話に説明はなかった。ルチルだけが疑問に思っている辺り、この国では知られた名前なのだろうか?
「あの時この国の海岸には、死体の他にも、沢山の大型船の破片が、海に打ち上げられていたわ。とても穏やかな交渉をするのに、必要な船の数じゃない。しかもその中には、大量の火薬や武器が詰まった箱もあったし。先程名前が出たディーク神聖王国の名前からして、王政府は彼らを侵略してきた敵国の者だと判断した。そして一度保護した彼らを、一斉に拘束した。当時彼らを介抱した近隣の村人には、報道者が騒ぐ前に、固く口止めしたらしいわ。実に迅速な対応ね……」
以前トーマが言っていた、最初は手厚く保護したのに、突如態度を急変して、自分たちを捕まえだしたという話し。これがその真相だったようである。
確かに自分たちを殺して国を奪おうとしてきた者を、只の被災者として保護することはできないだろう。
「何で口止めなどした? 後少しで戦争が起ころうとしたのに、それを政府は公表しなかったのか?」
「しなかったわね。この国は、ゼウス大陸の異国との交易で栄えている国よ。そんな国に、同じ大陸から、侵略者が来たなんて知れたら、その交易に支障をきたすと考えてたみたい。例えその国が、交易相手と違う国だとしても、異人そのものに反発を覚えるものもいるでしょう」
「はん……昔の私みたいな奴がか? そんで異人狩りは何だ? 何故かディーク人でない奴も、捕まってたみたいだけど?」
それがまだ残っている謎。以前真澄たちを襲った異人狩りは、セヴァル=ミルクが雇った、模倣犯であった。
だがあの時に、ブルーノを襲った手練れの兵達は、これまでの過程からすると、恐らく国に仕える隠密であったようだが。
「あれは王政府が、民に知られる前に、侵略の芽を摘むための策だったみたいね。眼妖が出てきた辺りで、ディークの再侵略が行われていると、王政府は考えた。それでその眼妖をばらまいている者を見つけ出すために、少しでも怪しいと思った異人を、片っ端から捕まえてたみたい。まさか犯人が猫だったなんて、誰も思わなかったみたいだけど」
「何だ、その雑な対処は? そのせいで何の罪もない奴が、大勢牢に入ったのか?」
「ええ……私も、この文書を見たときは、何て馬鹿な策だと思ったわ。そのせいで今、王政府は民からの信頼を失っているわけだけど」
まさに自業自得。海の向こうから侵略者が大軍でやってきたのだ。これは隠していいことじゃない。場合によっては、被害はこの国だけではすまないのだ。
アマテラス全土で殺戮と略奪が行われたかもしれないのだ。この国の王は、あまり有能ではないのかも知れない。
「そしてこの文書から、あなたに依頼することは、今まで活躍してきた眼妖討伐に引き続いて、警察隊と協力して、あの侵略者達のこれからの行動を阻止してもらいたいという事よ」
「阻止って、何をすればいいんだ? ていうか国家の一大事だろ? あちらさん、国の力だけでどうにかしようとは考えてないのか?」
「ないみたいね。完全に他人任せ。今の王には、早いところ退位して、別の人に就いてほしいわね……。それでどうすればいいかだけど、どうやらルシア王女は今、ここの海にまた船団を呼ぶつもりみたいよ。早ければ明後日にも……」
「明後日に船団を? 数万人レベルの船をか? どうやって? 大分前から、近くに船団が近海にいるのか?」
国一つを攻め滅ぼすレベルの軍勢など、そうそうすぐに送り込めるものではない。ましてやつい最近解放されたばかりの王女が、どうやってそんなすぐに、ここに連れてくるつもりなのか?
「そんなものがいたら、また海入道に潰されて終わりね。どうやら魔法でここの海に連れてくるようだけど。あのルシアという女は、ディーク神聖王国きっての、高位召喚士。彼女の召喚魔法は、軍隊一つを空間を超えて移動させられるみたい。一気に近海までこられると、海入道もそっちに来れないみたいね」
「軍隊を召喚? それはすごいな。 ああ……だからブルーノは、あんな命令を受けてたのか」
ブルーノが本国から受けた、ルシア救出の使命。それは単に王族だから助けるということではなく、このアマテラス大陸に軍を送り込むために、彼女はなくてはならない人材だったからのようである。
「あの女は今、警察に保護されてるけど……ついさっき、外ヶ浜町に向かって動き出したそうよ。何でも帰国のための船を召喚したいから、外ヶ浜の領主に、召喚の儀式を行うための許可を取り付けさせたわ。何でもかなり大掛かりな儀式らしくてね。場所も時間も相当とるみたい。政府が糾弾されている中、領主もその請願を断れなかったらしいわ」
「だがその儀式が完了した途端に、海から異国の軍隊が押し寄せて、一気に町を蹂躙するわけか。とんだことになってるな……それでその儀式を止めるようにか?」
今まさに、この国を滅亡に追いやるおぞましい計画が始動中であった。だが王政府は世論に阻まれて、それを留めることができない。
その侵略者の計画は、まさこの国の民の容認の元で、行われてしまっているのである。
「そう具体的に指示があるわけじゃないけど……そういうことになるかしらね? あなたのあの大きな銃を使えば、儀式をしてる奴らも、一網打尽にできるでしょ?」
「儀式中の奴らを、射殺しろってのか? それは……ちょっとな……」
「やはり、人殺しは駄目か? まあ、無理強いできることじゃないが……」
「いやそれはいいんだ。つい最近、人型の猫(=セヴァル)を一人、殺したからな。その時も、割と平気でいられたし。問題なのは世論だよ・・・・・・」
人殺しに何も感じないというのは、別方面で問題だが、今重要とすべき事は、世間の反応である。
あの機関銃を使えば、その儀式を一瞬で終わらせられる。もっと確実な方法なら、戦闘機の対艦ミサイルを、その儀式の場に撃ち込むのもいい。
魔法詠唱中のルシアと、それを取り囲んでいるだろう護衛騎士も、一瞬で粉微塵にできるだろう。だがそれは、帰国のために動いている異人を、一方的に虐殺したと、世間から思われかねない。
世間体を気にかける真澄には、これは極力避けたいことである。
「奴らを殺すにしても、そらは奴らが、侵略者だって証拠を、世間に見せてからにしないか?」
「どうやって? もう時間がないのよ?」
「何簡単な話だ。儀式を止める必要はない。その儀式で出てきた敵を、私ら真っ向から打ち破ればいいのさ」
真澄の考えた作戦。それは作戦とも言えない、堂々とした力任せの考えであった。




