第四十四話 暴露
「えっ!? 真澄さん!?」
「何でお前、ルチルが回復魔法ができるの知ってるんだよ?」
「あっ! くそっ……」
しまった、と言わんばかりの声を上げて、自らの発言のミスに気づいて、口元の表情を歪めるセヴァル。
確かに今の発言は、ルチルのことを知っているのを前提の発言であった。それに真澄は、呆れた風であった。
「“くそ”? 何だよ、その悔しげな台詞は? 新聞でルチルを見ていたから知っていた、とか言えば、それで済んだんじゃないのか?」
「ぬう!?」
更に発覚したセヴァルの発言ミス。ルチルが戸惑っている中、真澄は軽く笑っていた。
「ええと……その人は敵ということでいいんですか?」
「そうだな。前に私らを襲ったならず者が言ってた“虎皮で顔を隠した雇い主”てのは、こいつで間違いないな」
「えっ? ……ああっ!」
ここでルチルも思い出したようだ。以前巨人と戦う前に、自分たちの前に現れて、一時捕らえた異人狩り達。
今のセヴァルは、全身泥まみれで少々分かりにくくなっているが、近くで見れば、虎皮の被り物で、顔を隠した人物であることが判る。それは彼らが言っていた、雇い主の特徴と一致するのだ。
真澄は銃口を彼に向けたまま、立ち上がれないセヴァルに向けて、圧倒的優位の立場で問いかける。
「さて質問だ。前のならず者は、何も知らなかった上に、逃してしまったからな。あいつらを始末したの、お前だな? 今度は、きちんと話しをしてもらうぞ」
以前のように、一旦捨て置いて、後から警察に任せるという判断はしない。真澄はこの場で、自ら詰問をする。
「お前は何者だ? 見たところ妖怪みたいだが……アマテラスの者じゃないように見えるが?」
「そこまで判るのか? 万能武器の勇者は大した者だな……」
「いや、万能武器と関係ない。お前のその顔を見れば、すぐに判る。虎の被り物に見せかけた、お前の本当の顔が、めっちゃ動いているぞ……」
更なる自分のミスに、悔しいどころか落胆しているセヴァル。今彼が、目を覆って、頭の上に被っているように見える虎の顔は、今生きているように動いている。
虎の顔の瞼が開き、そこから眼球が動いて、真澄の姿に視点を向けて見上げているのだ。しかも先程から、口や耳の辺りが、感情の起伏と共に、ピクピク動いている。
頭だけだが、これはどう見ても、生きている虎にしか見えない。
「お前は完全に人間に化けられないんだな? それでそうやって、部分的に動物の部分を、被り物に見せかけて誤魔化した。そんな所だろ?」
「ああ、ご名答だ。俺は人間じゃない。猫の変化だ……」
「そうか。じゃあ次の質問だ。お前はどこの出身だ?」
「ゼウス大陸、ディーク神聖王国だ……」
「えっ!?」
黙って聞いていたルチルが、この返答に動揺する。今追い詰めた、以前自分たちを襲った者の首謀者が、自分と同郷だというのだ。
以前ブルーノという同郷者と会ったときは、彼女にとって喜ばしいことだったが、今回はあまりに違いすぎる。
「どうしてです!? 何でディーク人が異人狩りなんかを!?」
「はん! 俺もあいつらも、異人狩りなんかじゃないぜ。あいつらは、あの時だけ、俺が即席で雇った奴らだ。あの時以外で、俺が異人を襲わせたこと何てないな。単に世間を騒がしている異人狩りに真似ただけだ」
ルチルに対して、嘲るような声でそう答えるセヴァル。自分を襲った異人狩りと思われた者達は、それ以前に異人を襲った者とは違う、只の模倣犯だったのである。
唖然としているルチルに構わず、真澄は話を続けた。
「ようし……じゃあ次の質問だ。眼妖……お前の故郷じゃ魔人とか言うんだっけ? あれはお前がばらまいたのか?」
「敵に言う事なんぞ……と言っても、お前は殆ど察してるみたいだな……。そうだ、少なくとも、お前が倒してきた魔人は、全て俺がばらまいたものだ」
もう隠すこともないと思ったのか、セヴァルは少々悟ったような目で、あっさり自身の罪を白状した。これには真澄もルチルも、もう殆ど察していたので、別段驚かない。
「私が倒した分? じゃあ、ブルーノが倒した分は……いや、それより先に質問することがある。そもそも魔人ってのは、いったい何だ? 普通の妖怪とも、無限魔とも違うよな?」
更なる核心とついた質問。だがセヴァルはもう隠すこともなく、軽い口調でさっさと白状していった。
「ああ、そうだ……あれは人の感情を素に作られた魔道兵器さ。俺も詳しいことは知らないが、憎悪や邪欲といった、人間の汚い感情をかき集めて、それを泥を媒介にして生み出した、仮初めの生命だそうだ。何しろあの国は、そういった感情が、異様に濃く渦巻いてるからな。材料集めが、どの国よりも容易だったそうだ。……だがそいつは兵器としては、色々欠陥があってな、戦争には直接使えないようものだ」
ルチルは眼妖を穢れし者と呼んでいた。神聖魔法の使い手である彼女には、眼妖の悪い心を感じ取れとも。どうやらその能力に偽りはなかったようである。
元々そういった、人間の悪い心から作られたという、源一の故郷では、ありがちな設定の魔物である。
だが前者の説明には納得したものの、後者に納得できなかった。今まで戦って、眼妖には相当な戦闘力があることが判っている。だが何故それが、戦争に利用できないのか?
「魔人は知性が低くて、色々不安定でな。ちょっと刺激を与えただけで、直ぐに暴走して、味方にまで襲いかかりかねん。刺激がなくても、召喚して時間が立てば、人間を見れば誰彼構わず襲いかかるからな。それにあれ、普通の攻撃にはかなり強いが、こいつが神聖魔法と呼んでる浄化の術で、結構簡単にやられちまうからな。このアマテラスでも、こんな小国じゃない、西や北の大国の方じゃ、そういった術者がわんさかいるようだしな……」
「そうなのか?」
この津軽王国では、浄化の魔法を使える者が、ルチル達異人しかおらず、色々苦戦していた。だが同じ大陸の外国の方にはいるらしい。
もし眼妖が現れたのが、ここじゃない大国の方であったならば、真澄やルチルの出番などなく、あっさりと事件は解決していたかも知れない。
「ていうか私が最初に会った眼妖は、ベラベラ人の言葉を喋ってたが……」
「あん? 何を言ってやがる? そんな魔人を出した覚えはないぞ……」
「それは同じゼウス大陸でも同じだからな。それでディークは、こいつを軍事利用するのはやめた。今は自作自演の魔獣討伐で、国と教会の名声を上げるのに、もっぱら使ってたのさ」
「ディーク? 自作自演? ちょっと、それどういうことですか!? 眼妖はディークが作ったっていうんですか、あなたは!?」
「少し落ち着け……」
先程もセヴァルの言葉で困惑していたが、次の言葉には困惑どころか、焦り始める。彼女の中で、信じていた何かが、確実に崩れ落ちようとしている。
真澄もルチルに対して、こういう時が来ることを、大分前から察していたようだ。先程から真澄の後ろで話しを聞いていたが、急に真澄を押しのけて前に出て、セヴァルの目の前に詰め寄る。
「おいおい……ここまで聞いて、まだ気づかないのか? 普通ここまでいけば、ガキでも話しの先行きが判るぞ? それともそこまで気づかないほどの、クソ教育を受けてきたのか? ……まあ、そうみたいだったな。じゃあここで教えてやるよ。良く聞け、アホガキ。ディークとかロアが、世界の全ての人を救うとか言うのは、全部嘘よ。この世で神の祝福を受けるのは、ディークの高貴な者だけ。世界はそいつらが栄耀栄華を極めるためだけに存在していて、それ以外の者は、そいつらに従い働き、金を絞る取るだけのゴミさ。それがロア教の本当の教えよ」
ルチルの顔が怒りに満ちている。彼女が今まで聞いてきた教えとはまるで違う内容。どうやら彼女は、セヴァルの言葉を信じていないようである。
「ディークが今まで、どんなことをしてるか、教えてやろうか? いや多すぎて、俺が出血で死ぬ前には全部言い切れないな! じゃあ簡潔に言うぞ。ディークはゼウス大陸の色んな国に攻め込んで、殺し、奪い、植民地と奴隷を増やしてきたのさ。ロアを信じない国は、この世の摂理に逆らう悪国だからと。世界の浄化のために、そういった国は滅ぼさなければいけないと、女神ロアが神託でお示しになったとな。勿論神託なんぞない。全部嘘か、あるいは頭の悪い信者に、催眠魔法で夢を見せただけさ。俺は王家の召喚獣として、王族に仕えながら何度も見てきたぜ。インチキ教義を口にして、何の罪もない奴らを、笑いながら殺す高貴な奴らをな! それは敵国だけでなく、自国の民だって、少しでもロアを疑えば同じ末路になる。まさにいかれたインチキ宗教国家……」
「いい加減にして下さい!」
バン!
足から血を流し続け、徐々に弱っていきながらも、饒舌に喋り続けるセヴァル。だがこれに激昂したルチルが、魔道杖で彼を殴りつけた。
先程の話しを聞いても、最初から殆ど判っていた真澄は、さして驚いていなかった。だがたった今、ルチルが倒れている者に暴力を震う行動には、随分と驚いていた。
「嘘ばっかり! ここまでロア教を侮辱するなんて、許せません! 例えロアがあなたを許しても、私は……」
「何故嘘だと言い切れる? お前はロア教とディークを、どのぐらい知っている? ディークが世界の全ての民に、善事をしているところを、見たことがあるのか?」
「それは……」
答えは違うである。ルチルは自身をディーク人でロア教の信徒だと信じているが、彼女自身は祖国のことを何一つ知らないのだ。
真澄が突っ込んだとおり、ルチルの境遇はあまりにおかしいのである。
「お前はただ、ディークの権威を上げるための駒だ。俺はな、今までずっと貴様の側で、貴様のアホみたいに従順な信徒ぶりを見てきたぜ。お前の何も知らない哀れな姿を見て、ずっと笑いを堪えてきたぜ。だがもうお前の、ロアとかいうもんの、ありもしない夢は終わりだな!」
もう動く力もなく倒れ込んでいると思われたセヴァル。だがこの瞬間、彼の右手が素早く動いた。
身体のどこかに隠し持っていた短剣を、右手に握り、自分に詰め寄って顔を近づけていたルチルの首に、その刃を向けてきた。
パン!
だがその刃が、ルチルの首を掻き切ることはない。その前に、セヴァルの虎顔の額に穴が開き、後頭部から赤いシャワーが飛び散る方が速かった。
既にこの事態が来るのを察して、身構えていた真澄が、即座に拳銃でセヴァルの眉間を撃ち抜いたのである。
「あっ……」
目の前に突きつけられた刃が、ゆっくりと降りていき、今までうるさいぐらいに喋り続けていたセヴァルが沈黙したとき、ルチルは無表情で固まっていた。
今まさに自分が殺されかけた恐怖からか? それとも目の前で人(の形をした召喚獣)が、死ぬ姿を見て、ショックを受けたのか? もしくはその両方なのかは、判らないが。
「真澄さん……」
ルチルはゆっくりと、今発砲した真澄に振り返る。真澄はルチルと違って、何も動揺した様子がなく、むしろルチルに向かって気の毒そうに見つめている。
「これがお前の知らなかった、祖国の全てだ。悪いな……本からだけの情報を話しても、信じないと思って黙ってた。お前が極端に純心なのも、全部奴らの手の内だったんだ……」
彼女は既に全て知っていたのである。ディーク神聖王国の本性も。そしてルチルが浄化の術を覚えさせるために、隔離された世界で養育を受けたことも。
最初にルチルに会ったとき真澄は、絵に描いたような綺麗事を並び立てて、本人もそれを信じ込んでいた、嘘みたいな聖人ぶりに呆れていた。
それは彼女が演じたわけでなく、実際にそういう典型的な聖人に育つように、ディークが意図的に教え込んできた結果だったのである。
「手の内って、そんなこと……!?」
「うん? 変化が解けるか……」
突如目の前で息絶えた、セヴァルに異変が起こる。全身が光に包まれて、その姿が見えなくなる。
その様子は、ロビンの変身によく似ていた。光に覆われた身体が、どんどん小さくなっていく。そしてその形も変わり、人型から尻尾が生えた動物の形へとなっていった。
「これは……」
「何だ? 原型は虎じゃなかったのか?」
死んだことによって、人の形を保たなくなったセヴァルの姿。この大陸では妖怪と呼称されている、変身した魔物の正体が露わになった。
それはあの虎皮を被ったような人型の外観のイメージとは違っていた。セヴァルの正体は虎ではなかったのだ。
彼の身体に付着していた泥は、付着主を無くして、辺りの地面に四散する。先程の銃撃で飛び散った血は、さっきよりも量が少なくなっているようだ。
そしてその中に、一匹の動物の姿があった。それは猫であった。
泥と血で濡れた、全身が真っ白な猫の死体が、そこに倒れている。これにルチルは、絶望的な思いを味わうことになった。
「……ミルク? 嘘っ!? どうしてミルクが!?」
ルチルは即座にそれを、ミルクと判断した。慌てて死体を持ち上げて、その白猫の死体を頭部を見る。
(右耳に小さな傷……見間違いじゃない。そんな……じゃあこの人がミルクの……)
今までずっと、ルチルの傍にいたあの白猫=ミルク。その正体が露わになった瞬間であった。
「こういうことかよ。まあ、前から胡散臭い猫だと思ってたけど……」
ルチルが言葉も上げられない心境の中、真澄は気軽にそう口にする。元々何故教会が、ルチルに共を寄越さず、こんな役に立ちそうもない動物一匹を渡したのか、ずっと不思議であった。
どうやらこいつが、ルチルの周囲を暗躍して、眼妖を各地にばらまいていたようだ。
「真澄さん……私……」
ルチルのそれ以上の言葉は続かなかった。先程セヴァルが発した言葉を否定しようにも、彼女はそれを否定できる国の情報を何も持っていない。
そして今ここで、その言葉を裏付ける、確固たる証拠が出てきたのだ。しばし二人は、その場で立ち尽くし、何も言葉を発せず呆然としていた。




