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第四十二話 眼妖の正体

 それを見て、ルシアはやや残念そうにしながら、顔を別の方に向ける。


「さてここを去る前に……あちらの片付けをしなくてはなりませね。この世界を清浄にするために、少しでも多くの蛮族を駆逐しないと……セヴァル!」


 ルシアはその場にいない誰かに呼びかける。他の者達が「セヴァルとは誰だ?」と辺りを見回したときに、いつのまに当人がいた。


「うわっ、誰だ!?」


 いったいいつの間にこの場に駆けつけたのだろう? 気配を感じさせずにその場に現れた人物に、囚人達が少々驚く。

 その彼らから十メートル程離れた位置の敷地に立つその人物は、白い虎の被り物をした、顔の見えない何とも不審な人物。

 それは以前真澄が捕まえた異人狩りを、どこかに連れ去ったあの謎の男であった。


「お呼びでしょうかねマスター。もう私の出番はないかと思いますが?」


 顔は見えない者の、発せられた声は、若い男の声である。どうやら彼とルシアは、以前からの知り合いであるらしい。


「魔人の素は、あとどのぐらい残ってますか? それでどのぐらいの戦力を生み出せます?」

「今やってるのを全部使えば、ヒドラ型を二体出せるな。それで三十年間、ディークが溜め続けた魔人の素は、全部使い切る」

「ヒドラを二体? 随分少ないですね?」


 謎の会話をする二人。そしてセヴァルの回答は、ルシアにとってはかなり意外だったようで、冷静を装っているものの、目を丸くして驚いている。


「無駄遣いはしてませんぜ。何だか厄介な奴が出てきてね。そいつのせいで魔人共を、計画以上に減らされちまったよ。全く何であんなのが、急に出てくるんだか……」

「ああ、あの真澄という蛮族の方ですか……新聞に出てましたわね。思い出したわ。……本当に不愉快な方ですね。魔人を浄化して、民の信頼を得るのは、我が国の無知な聖者だけの筈でしたのに……蛮族の分際で、彼らの手柄を横取りしようなんてね。ディークに対して……いえ、この世界の全てに対して、信じられない無礼者ですわ」


 何故か急に真澄の名前が出てくる。そしてその名前が出てきた辺りから、ルシアの聖女らしい表情は、徐々に崩れてきている。

 何やら人を見下げるような、汚い表情が少しずつ出てきた。先程トーマを焼き殺したときといい、そして今の彼女の様子といい、もし先程ここから離れたブルーノが、それを見たらどう思うであろうか?


「ああ……俺も正直、あいつら邪魔だったから、偶然を装って何度も殺そうとしたんだが……いつもしぶとく生き残りやがる。さっきタイタン型を十五ほど、あいつがこっちまでに通る道に置いておいたが……果たしてそれで殺せたかどうか」

「こっちに? あの女は、ここに来てるのですか?」

「ああ、来てるぜ。あの馬鹿聖女が俺たちに利用されてることにも気づいていたようだからな。案外俺たちの救出を、止めにきたのかもな」

「それは何と迷惑な……そいつはもうすぐここに?」

「陸路だから、あと半日はかかるだろうな。だがどのみち急いだ方が良さそうだ」


 ルシアは先程ブルーノが向かった方向を見る。ここで悠長に話している間に、人質を連れ出した一団はもうこの城壁の出口辺りに集まっている。このままだと彼らが置き去りにされかねない。


「そうですね。じゃあ、後は頼みますよ。王都が滅びれば、私達への追っ手も、あまり来ないでしょうし」

「判ったよ。だがいいのか? ここもいずれは、ディークの領土にする予定なんだろう? あまり破壊しすぎると、占領後が面倒になるぜ?」

「別に構いませんよ。こんな自力で魔人を祓えないような小国。いっそ全部壊し殺し尽くして、私達の手で清い形に生まれ変わらせようではないですか」


 そう言ってルシアは、さっさとその場から離れ、この刑務所から脱出ルートへと向かった。後にはあのセヴァルと呼ばれた虎男と、黒煙を上げてすっかりジューシーになったトーマだけが残された。


 そのセヴァルもまた、先程ルシアが向かったのとは、別方向の出口にである。その方角はまさに、王都へ続く林道がある方角。恐らくもうじき、異変に気づいた王都警察が、駆け込んで来るであろう道である。

 その道の真ん中に立つセヴァル。鳥車七台分は並んで通れそうな広い道で、セヴァルは先程命じられたことを、実行しようとしていた。


「これでここの仕事も終わりか……」


 セヴァルは虎皮に隠れた身体のどこかから、何かを取りだした。彼が手に持つもの。それは黒い球体である。

 直径数センチほどの、野球ボールより少し小さいぐらいの丸い物体。表面は黒く、艶のある物体で、黒い真珠という表現が似合いそうである。


(この魔人の素も、最初に持ってきたときよりも、使い続けて随分小さくなった。最後に、この場で全部使い切ってやろう)


 セヴァルはその謎の黒い宝石を放り投げる。それはコロコロとおむすびのように転がっていき、セヴァルから距離二十メートル程の位置で止まる。

 止まってから数秒後に、異変は起きた。その玉が溶けたのである。先程まで個体だったのが、急に液体になって、その道の真ん中に溶け広がっていく。


 更に二回目の異変。その溶けた物体が、急速に巨大化していったのだ。質量保存の法則とはどこにいったのか。その最初に溶けた地点を中心に、湧き水が一気に噴出したかのように、黒い液体が急速に溢れ出て、周囲に広がっていく。

 一分も経たない内に、その液体は距離十メートル以上の円形に広がり、その場で真っ黒な沼を形成させた。


 更に第三の異変。その液体が動き始めた。まるでアメーバのように、液体が生物的に動き出し、その形を変形させていく。

 周囲に水を蒔いたかのように広がっていたのが、一気に一カ所に集まり、そこで大きな黒い塊へと変わっていく。

 その物体は二つに分かれていた。二つの巨大黒色物体は、まるで粘土をこねるように、その形を変えていった。

 その形は前後に細長くなる。そして前部が少し太くなり、それが複数に分断されていった。その分断された物体は、最初はイソギンチャクの触手のように動いている。

 そしてその先端も変形していき、それが生物の頭の形になっていった。


「「「ギャオオオオオオオーーーー!」」」


 一斉に放たれる十二重奏の鳴き声。その声を放ったものは、以前狩り場で真澄たちが倒した、あの大蛇人妖である。しかも今回は二体いる。

 人から見れば広かった道幅。だがこの巨体からすれば、あまりに狭い場所。二匹はお互いに擦りようような形で、狭苦しそうにその街道に立っている。道からはみ出た尻尾が、林の木を一本へし折っている。


 今まで謎とされた、眼妖出現の原因。その一部始終が、今まさにここで現されていた。


 前進する二体の大蛇眼妖。道からはみ出し林の木々を薙ぎ倒し、身体をうねらせながら王都に接近していく。

 この津軽という小国には、ルチルのような神聖魔法を使える術者はいない。王都を守る警察隊だけで、果たしてこの二体の怪物を倒せるであろうか?

 例え倒せたとしても、王都や警察に、相当な被害が出ることは間違いない。今この国の中枢に、未曾有の災害が押し寄せようとしていた。


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