第四十話 刑務所襲撃
この事態には一方のブルーノも、動揺しながらも、すぐに動き出した。
「何てことだ! こんな時に……」
「お待ち下さい!」
ブルーノが、あの巨人眼妖を殲滅するために動き出そうとするが、それを護衛騎士達が慌てて止めに入った。
「今はまだ駄目です! ブルーノ様には、まだやらなければ行けないことがあります!」
「だがあれを放置しようというのか!? 救出は後回しだ! まずあいつを倒し……」
「ですが、今だからこそ好機なのです!」
「何だと……?」
護衛騎士の言葉に当惑しながらも、彼は木々の影から身を乗り出しそうだったところを、護衛騎士に元の位置に引っ張り込まれる。
「あれはどうやら、あの刑務所に向かっているようです。看守達があれと激突して、刑務所内に混乱が起きたときが、恰好の好機かと……」
「馬鹿なことを! それで犠牲者が出たら……」
「ここには非力な民間人はいません! それにあそこは魔人の背丈よりも高い城壁に囲まれています。そうそう被害は出ないでしょう……。急いで王女殿下を救出し、それが終わってから彼らに加勢するのがよいかと……」
一時とは言え、目の前で眼妖の脅威に陥っている者を見捨てる提案。ブルーノは最初は、否定しようと思った。
だがあそこには相当な屈強の兵士達がいるはずである。あの時の狩り場での戦いのように、皆そう簡単にはやられないだろうと思い、ブルーノは深く悩んだ末に、この提案に頷いた。
巨人はぐんぐんと、城壁に近づいてくる。そうしている間に、看守達は迅速に戦闘態勢を整えていた。
渡り櫓の通路から、巨人のいる方向の外に向けて、十門以上のカノン砲が設置されている。他にも弓矢を持った者や、魔道士兵達が何十人と構えている。
「目玉を狙え! 撃てぇ!」
そしてとうとう、巨人が城壁から、距離四百メートルにまで迫ったときに、彼らは一斉に攻撃を開始した。
一斉に鳴り響く砲声。巨人眼妖の頭部目掛けて、幾つもの砲弾・魔法弾・気を纏った矢が、次々と渡り櫓から、林を歩く巨人目掛けて放たれる。
大砲はあまり命中率が良くないのか、半分以上が外れていた。その内の何発かが、腕や腹に当たり、巨人眼妖を多少なりとも怯ませる。そして三割ほどの砲弾が、どうにか頭部に命中。だがその砲弾も、同じく放たれた魔法と矢も、あの防護膜を破るには威力不足なのか、そうすぐに破れなかった。
以前真澄が使った戦車砲は、紙を破るがごとく、簡単に防護膜を破れたが、あれとは兵器の性能が違いすぎるよう。
大砲で多少足止めを受けた巨人眼妖。砲兵達が、急いで再装填をしている間に、この城壁の、巨人がいる方向にある鉄門が、ゆっくりと開き始めた。
敵を前にして門を開くという危険行為。だがこの巨人は、どう考えたって、門を通り抜けられない背丈なので、そこからの侵入を気にする必要はないだろう。
そこから現れたのは、鬼鴨に騎乗した、数十人の看守達。武士の乗る乗り物といったら、地球では馬だろうが、こっちでは巨大な水鳥である。
鞍と手綱を付けた鬼鴨の背に乗り、槍や薙刀などの武器を携えて、巨人に向かって突撃する騎馬隊。鬼鴨達の動きは、地球の軍馬にも劣らないもので、もの凄い走力で、巨人の足下に失踪していく。
「うりゃあああっ!」
騎馬隊の気合いを込めた一閃。巨人眼妖の足下にまで迫った者達が、気を纏って光り輝く刃で、鬼鴨の激走の勢いと共に、その足を斬り付けた。
ザシュ! ザシュッ! ザンッ!
無数に襲い来る斬撃。大木のように太く巨大な脚であるために、一度に大勢の者が、一斉に攻撃を当てることができる。
そこらのチンピラや警官とは、ひと味違うこの国の精鋭兵士達の、無数の攻撃に、巨人眼妖の脚はズタズタに、素人が包丁で野菜を調理するように、切り刻まれていく。
動きが鈍い巨人眼妖は、その多人数の素早い攻撃に反撃することができなかった。両脚に大きな損壊を受けたことで、足下はふらつき始める。そしてとうとうバランスを崩し、巨人はその場で膝をついた。
さてそんな激戦を繰り広げられている中で、この刑務所内に侵入しようとする愚か者がいた。
高官の命令で、召喚士らしき人間の姿を探っていた看守達。彼らの間では、眼妖は召喚魔法で操られているという仮説を、ほぼ信じ切っていた。そしてそれらしき人物を、必死に探していた。
だが目の前の巨人眼妖への対処に、優先して意識を向けていたこと。そしててっきり召喚士は、この林の中の、どこか安全なところに潜んでいると思い込んでいたこと。これらの先入観が、彼らに大きな失態を犯させた。
多数の看守達が、巨人のいる方向の城壁に集まっている中、そこから反対側の城壁から、侵入を試みる者がいた。
それはヤモリのように、城壁に張り付いてよじ登る、ヒグマ形態に変身したロビン。そしてその背中の毛皮に捕まっているブルーノであった。
「ロビン、頑張ってくれ……」
ブルーノはその豪腕と、指先の鋭い爪で、城壁の壁に力一杯しがみつく。己の爪をピッケルにして、人を乗せてロッククライミングするヒグマ。
彼らは登りに少々手こずりながらも、特に障害なく、その城壁を乗り越えて刑務所内への侵入を果たしてしまった。
ズン!
城壁の屋上まで上り、そして反対側へと、一気に飛び降りたロビン。巨人眼妖程ではないが、大層な足音が聞こえ、太くて毛むくじゃらの熊の足が、地面にめり込む。
「グッ、グゥウウ~~~」
「大丈夫か、ロビン!?」
着地の瞬間に、足を震わせて、痛みに苦しんでいるロビン。どうやら二十メートル以上の高さからの落下の衝撃は、相当効いたようだ。
だがすぐに踏ん張り、そこから走り出す。城壁内部は随分騒がしい。看守達が慌ただしく、余計な物が何も置いていない殺風景な敷地内を走り回っている。
「ちょっと、何あれ!?」
「くっ、クマっ!? お前は!? ふぎゃっ!」
二人の看守が、侵入してきたブルーノとロビンに気づいた。だが仲間に伝達する前に、突撃するブルーノに殴り飛ばされる。そしてブルーノは、刑務所へと走り込む。
刑務所は先程出入りしたばかりなのか、幸い門に鍵はかかっていなかった。彼らは迷わずに、その中に飛び込んだ。
「お前らは!? ぎゃあああっ!」
「すいません!」
中に飛び込んだ途端に、見回りの看守と鉢合わせ。ブルーノは即座に、神聖魔法の光線で、その看守を死なない程度に吹き飛ばす。そして彼らはその牢獄の廊下を走り込んだ。
(ここが監獄か!? 意外と清潔だ……)
牢獄というと、かなり汚く、囚人達が無造作に放り投げられている印象がある。だがこの国の誠実さもあってか、ここはかなり綺麗に清掃されていた。
長い廊下に、まるで集合住宅の部屋のように、幾つもの鉄檻で廊下と阻まれた部屋が、幾つにも区切られて、この廊下の両面に伸びている。
しかもその廊下にて、両側面の牢獄は三階建てになって伸びており、かなりの数の部屋がそこにあった。しかもここはまだ、廊下一列分。この巨大な建物全体だと、どれほどの部屋があるのであろう?
一室一人分の狭い檻の中に、ベッドと食事用のテーブル、そして便所が設置されている。匂いなどもなく、囚人達の生活もそれなりにできているようである。
まあそんな刑務所の構造や、衛生環境などどうでも良いとしよう。その部屋の八割以上に、囚人が泊まっていた。囚人服の茶色い着物を着た者達が、鉄格子ごとにその闖入者に注目する。
「何だ!? クマが入ってきたぞ!?」
「おいっ、あんた誰だ!?」
「新しい囚人……じゃないよな?」
百人程の囚人達が、今し方ここに飛び込んで、看守を昏倒させた者達に、一様に動揺している。
そんな彼らは、全てが純人であった。人口の大部分が獣人であるこの大陸において、何故か純人の囚人ばかりが集められている。
そんな彼らに、ブルーノは勢いよく声を上げた。
「私はディーク神聖王国司祭のブルーノ・ローム! 探し人があってここに来た! この場において、十年前に、この大陸を訪れ捕縛された、ディーク使節団の者はいるか!?」
看守に見つかる可能性を忘れての、その大きな声に、大勢の囚人達が挙手をしはじめた。
「使節団? ……ああ、そういうことか! そうだ俺がそうだ!」
「私もよ! もう十年もここに閉じ込められてるわ!」
「ここに閉じ込められている奴の、殆どがそうだ! 十年前に捕まって、ここにまとめてぶち込まれた!」
「ああ……俺は違う。つい最近になって、異人狩りに捕まって、ここに連れ込まれた。でも俺も助けてくれ!」
何と百人以上いる囚人の、九割以上がその使節団であった。皆が皆揃って、ブルーノに助けを求めてくる。
(……? この刑務所は数千人が収用されている聞いたが……使節団はそれほどまでの大集団だったのか?)
これに一瞬困惑するブルーノ。だが考え込んでいる暇はなかった。この廊下にブルーノ以外の闖入者が、数人現れる。
「何だお前は!? ……ブルーノ・ロームか!?」
その広間に駆け込んでくる、数人の武装した看守達。彼らはこの大騒ぎの広間と、廊下のど真ん中で、彼らに話しかけている、最近新聞で見る異国の司祭の姿に驚いている。
「すいません!」
「んなっ!?」
謝りながら、看守達に神聖魔法を放つブルーノ。その場でブルーノと看守達の激闘が始まる。騒ぎを聞きつけた看守達が、次々とその場に駆けつけてくる。
ブルーノはそんな彼らを、魔法で吹き飛ばす。だが上手く攻撃を躱したり、弾いたりした者が、刀を持ってブルーノに突撃する。
ブルーノはそんな彼らの剣撃を、光の結界で受け止める。そんな戦いが繰り広げられている中、ロビンが囚人達の解放に全力を注いでいた。
「何だこいつ!? 溶けた!? いや、化けた!?」
スライムに変身したロビンが、驚く囚人を閉じ込めている、牢獄の鉄格に触れる。
そのドロドロした半液体状の肉体が、格子の鉄の棒を呑み込んだとき、その鉄が氷のように煙を立てながら溶け始めた。




