第四話 和の町
そんなことを話している間に、この名前も知らない鰐人の女性が、森の中を通る大きな山道に入った。
明らかに人為的に作られた、森を切り開いた平らで広い、とても大きな道。地球でなら、車4台分は通れそうだ。
そう思ったら、ここに本当に車が通ってきた。ただしそれはエンジンで走る機械の車ではない。
『馬車……いや鳥車か? こっちじゃ変わった物で引いてるんだな』
『ジャイアントダック……アマテラスじゃ鬼鴨と呼ばれている動物よ。陸に空に水上と走れて、こっちじゃ馬よりも、よく使われるわ』
それは十人は乗れそうなサイズの一台の大型馬車。そしてその馬車の手綱を引いている者は、この女性と同じ鰐人の中年男性だ。服装も時代劇で見そうな和装である。ただし肌色や髪の色が微妙に女性とは異なっている。
そしてその彼が手綱を引いている動物は、馬ではなく巨大な鳥であった。外観は軽鴨に近く、足には水掻きがついており、水鳥と判る。
だがその体格は大きく、恐らくダチョウを上回ると思われる。地球にはこのような水鳥は、まず存在しないはずである。
見た目は普通だが、大きさだけでモンスターに分類できそうだ。そんな巨大軽鴨が二羽、この馬車を牽引しているのである。
「すまん! 乗せてくれ!」
「はいよ~~行き先は弘後だがいいか?」
「ああ、いいぞ!」
山道を走り抜ける鳥車が、彼女を通り過ぎる前に、女性が呼び止め、そして慣れた口調で御者が返事をして、鳥車を止める。
女性は手持ちの金銭を御者に渡し、素早くそれに乗りこんだ。ガラス張りの窓が大きく張られた、鳥車の内部には、彼女以外にも乗客がいた。内部には子供を含めた、数人の客が乗っている。彼らもまた和装で、女性と同じ鰐人である。
ただし髪の色、女性の青と違って、赤や黒など、多種多様だ。肌色も、黄緑色の肌の女性と異なって、やや白みがかったりと、各々微妙に違う。
そしてその中には、武装した者達がいた。二人の若い男女が、腰には刀を、背中に弓矢を持ち、窓から外の様子を注意深く見ている。
アイヌのような白黒の鉢巻きを頭に巻き、赤い襟の白い着物の上に、新撰組のような白い羽織を着た者達だ。揃って同じ服を着ているが、どこかの制服だろうか? どうもこの女性のように、護身用で刀を持っているのとは違うようだ。
胸元にはバイク用プロテクターのような胸当てが、着物の上に着込まれている。羽織はそれの更に上に着込まれている感じだ。
女性を乗せた鳥車は再び走り出す。ガタゴト揺れているが、その速度は地球の近代の自動車にも劣らないだろう。
『なあ、これからどこにいくんだ?』
『さあ、知らないわね』
『知らないって……ここがどの辺りか分かんないのか?』
『ええ、あんたの気配を追って、ここまで来ただけだし。私元々、現世の地理とか、あんま詳しくないし。多分津軽王国のどこかだと思うけど……』
この鳥車には鬼娘も乗りこんでいた。女性が乗りこんだ直後に、彼女は開かれたドアからではなく、馬車の側面をすり抜けて入った。無賃乗車であるが、誰にも彼女の姿が見えていないため、誰も咎めない。
『そうか……ていうことはこれから先は、完全に未知の領域か……うん、何だかワクワクしてきたぞ! やはりあの姉ちゃん、宿とか家にも入るよな? それじゃあ……』
『言っておくけど、鰐人は身体中鱗だらけだから、お風呂場には入れても、大して色気なんてないわよ……』
『ええっ!? そうなのかよ!? ああ……それは困ったな……。折角サービスシーンがあると思ったのに……。しゃあない、じゃあ代わりに鬼の姉ちゃんが、一緒にお風呂に入ってくれ』
『いやよ。ていうか私、風呂なんて入らないし』
源一のセクハラ発言を軽く受け流す鬼娘。ふと源一は、今更になってあることが気にかかった。
『そういや鬼の姉ちゃん、どうして一緒にいるんだっけ? 確か俺を連れ戻すとか言ってたような……』
『連れ戻せないから、こうして一緒にいるのよ。本当、これからどうしよう……長くなりそうだったら、向こうに代理を頼まないと……。ああ、そういえば名前名乗ってなかったわね。私の名前は、小次郎よ。よろしくね』
口ではげんなりしている風だが、鬼娘の口調はどうも、この現状を嫌がっているように見えない。
そして最初は一人旅だったはずが、いつのまにか意思を持った勾玉と、冥界の霊との三人旅になっている女性。その事実を、現時点女性は気づかずにいた。
『小次郎? もしかしてお前男かよ!? じゃあ俺って、男に抱いてもらった!? うえええええ~~~』
『安心しろ。名前はこんなだが私は女だ』
『ああ、そうか。それは良かった……』
『口調がコロコロ変わるなおい……』
やがて女性を乗せた鳥車は、広大な田畑の農道を通り抜けて、一つの町へと辿り着いた。恐らく御者が言っていた弘後と思われる町。
そこは予想通りに和風な町であった。瓦屋根の木造建築の建物が、無数に建ち並んでいる。中には石造りの建物もあるが、瓦屋根は共通していた。
寺か何かあるのか、一際高い五重塔らしき建物も、遠くからよく見えた。この建築様式は、日本だと江戸と言うより、小さな京都っぽい。
そしてこの広さと建物の数からして、恐らく万単位の人口が住んでいると思われる。
『へえ……何だか時代劇のセットみたいな町だな』
『あんたの世界じゃ、芝居にこんな大きなセットを使うのかい?』
鳥車はその町の入り口辺りで止まり、女性を含む乗客達はそこで降りていく。町の中には、時代劇のような和装姿の鰐人達が、無数に道を歩いたり、商店で買い物をしている光景が見える。
ただし時代劇と違って、丁髷姿はおらず、あちらの江戸時代と違って、髪型は自由であるようだ。ちなみに今見る限りでは、この町にいる人種は、鰐人だけであった。
『おう美味そうな匂いが……そういやこの身体で、物は食えるかな?』
『さあ? ていうかあんた匂いとか判るんだ?』
結構賑やかな町の中の中心街道を歩く女性。通り過ぎる所には、様々な商店が有り、菓子屋や蕎麦屋と思われる商店もある。
ただし看板に書かれている文字は、地球の日本の文字とは、字体は近いものの微妙に異なっており、源一にはそれを正確に読み取ることは出来なかった。
やがて女性はある場所で足を止め、そこにある建物に向かって、道先を変える。それは他の商店や家屋と比べると、かなり大きな建物。
お屋敷と言うには、庭などはなく、外観も質素な感じである。何となく小さなお城といった感じの、三階建ての建物だ。
『なあ……ここってどこだ?』
『多分……警察署ね』
小次郎曰く警察署に足を踏み入れる女性。内部は日本の役所のように、木製椅子の待合室と、警官が座る受付室があり、別の箇所に伸びる廊下にはいくつもの部屋があったりした。
そしてそれらの部屋や廊下には、警官と思われる人物が、何人も歩き回っている。
この和文化で警察と聞くと、明治時代のサーベルを持った警官を思い浮かぶ。
だがそこにいるのはアイヌのような白黒の鉢巻きを頭に巻き、赤い襟の白い着物の上に、新撰組のような白い羽織を纏った者達。そして腰には一様に、日本刀を差している。
どうもこれがこの国の警官の服装のようだ。そしてその装いは、胸当てをつけていないところを除けば、先程馬車で妙に周りを警戒していた者達と同じである。
女性はその警官が座っている受付室に向かう。今この場には、外からの客は彼女しかいない。
「はい、何のご用ですか?」
「落とし物を届けに来たんだ。山中で妙な魔物に襲われて、逃げている途中で、何やら魔具らしき物を見つけてな」
そう言って女性は受付室の机に、今まで懐に入れられていた勾玉=源一を置いた。この行動に、他ならぬ源一が驚いていた。
『えっ、嘘!? こういう展開あり!?』
『ありなんじゃないの? 普通そういうもんでしょ?』
通常RPG等では、主人公がどこかで何かを拾っても、それを役所に届け出ることなど、まずあり得ない。
その世界では、勇者はどんな形で物を手にしても、全てそれを自分の物にできる。人の家のタンスから出てきた物だろうと、道ばたで落ちた物であろうと。そしてそれが、金銭であったり、伝説の剣であったりしても、その法則は揺らぐことはない。
だが今現実の世界で行われていることは、RPGのルールとは大きく異なっていた。
『冗談じゃねえよ! 警察のロッカーにずっと閉じ込められるなんて御免だぞ!』
てっきりこのままこの鰐人の女性と、小次郎とで、女の子二人と冒険の旅に出れると思ったら、まさかの展開に源一は焦りだしていた。
一方で彼らの会話が聞こえない世界で、その勾玉を差し出された警官も、少し驚いているようであった。
「襲われた? どこでだ?」
「詳しい地理は判らないが、恐らく場所は……だな。一つ目の黒い怪物で、“狩り場”にいるのとは違うようだが……」
この説明に、警官はかなり険しい顔をしているようだ。どうもこの世界では、あのような怪物が、そこら中にいるわけではないらしい。
「それは災難だったな……まだ全域にあの話しが伝わってなかったようだが……」
「あの化け物が何か知ってるのか?」
「ああ、最もまだ正体不明だがな。どうもこの近隣で、そういった化け物が人を襲う事件が立て続けに起こってる。お前が見たその廃村も、あの化け物のせいで、住民が逃げた後なんだろうな。詳しいことは、そのうち新聞でも見てみればいいが。それでその変な石は?」
「ああ……」
女性はあの一つ目達を、その勾玉の力で撃退したことを、詳しく話す。この話に、受付の警官も、近くで聞き耳を立てていた警官達も、驚くと言うより困惑しているようだ。
「そんな魔具聞いたことないが……ちょっとその鉄砲に変わるの、見せてくれないか?」
「いやしかし……あっ!?」
あの時は手に持っていたら、特に念じたわけでもないのに、勝手に変身したのだ。
今それをやれと言われても、発動条件が判らないので困る……と思ったら、その会話の直後に、勾玉が発光して、あの時同様に姿を変えたのだ。あの一つ目達を殲滅した自動拳銃の姿だ。
「おおっ! 本当に変わったぞ!」
周りの警官達も、これに大層驚き、ざわついている。これに女性も、少々苦笑いをしていた。
「まあ、こんな感じだ。何故かこれを持ったら、使い方が勝手に頭の中に流れてきたんだ。しかも何故か十発以上も弾を撃てた。ほらこんな風に……」
「いや、判ったからここで撃つな!」
その場で発砲して実演しようとする女性に、警官達が慌てて止めに入る。とりあえずこれで一応、話しは信じてもらえたようだ。そうしている間に、拳銃は勝手に勾玉の姿に戻る。
「判った……確かに妙な魔具だな。こちらで預かりましょう」
「ああ、頼む……あっ?」
「えっ?」
女性が警官に勾玉を手渡したとき、またおかしなことが起こった。女性の手から離れ、警官の手に渡った勾玉。すると突如、それが女性の手元に戻ったのである。
別に手渡しで戻したわけではない。勾玉が独りでに宙に浮き、弾丸のように素早く飛び、女性の手元に飛んだのだ。しかもその勾玉、女性の掌に張り付いて離れない。
「うわっ、何だこれは!? くそっ!」
女性はすぐに自分の掌に、吸着パッドのようにくっついたそれを、慌てて引き剥がそうとする。だがどんなに力を入れても、それは全く離れてくれない。
ただ彼女の皮膚が、その勾玉ごと引っ張られて、餅のように痛々しく伸びている。
「いたたたたっ、くそ! 離れろ!」
「待て待て! 無理をするな!」
勾玉を皮ごと千切れそうなほど引っ張る女性。これに警官は再度女性の行動を止めに入る。他の警官達もざわめき始めた。
「どうなってるんだこれ!? 呪われてるんじゃないのか!?」
「とりあえず水でもかけてみたらどうだ?」
「水って、ノリでくっついてるわけじゃないし……」
警察署はしばし騒ぎとなった。この後で、女性の手には水や油がかけられたり、勾玉を火で炙ったりしたが、全く離れる様子がなかった。
「くそっ! こうなったら壊してやる! 誰か金槌を貸してくれませんか!?」
「あっ、ああ……」
同じ発想を考えた者がいたようで、既に持ち出されていたトンカチを受け取る女性。掌を机の上に広げ、そこにくっついた勾玉を、その掌ごとトンカチで叩いた。
ダン! ダン!
「うぐぐぐぐっ……」
「うわあ、それもやめろ! 石の前に、手が壊れるぞ!」
掌に金属物の衝突の痛みが広がるのを、歯切りしながら耐える女性。だがその勾玉は、壊れるどころか、傷一つつく様子がない。警官の言うとおり、これでは勾玉の前に、彼女の手が壊れてしまう。
「こうなったら!」
壊すのは無理と判ると、何と女性はこの場で腰の刀を抜いた。こんな場所で抜刀など、普通なら大問題であるが、今はそんなこと気にしていられない。
「何を考えてる!? よせっ!」
「別に腕を斬るわけじゃない! これがくっついてる皮を剥ぎ取るだけだ!」
怒りで声を荒げ、少々目が血走っている女性。先程は一つ目から命を救った勾玉だが、今は明らかな敵意を、この無機物に向けていた。
その後、本当に自分の掌の皮を剝ごうとした女性は、警官達からやや強引な手で止められることとなった……




