第三十八話 動く砲台
鳥車が緊急停止したのは、弘後町から少し離れた距離にある、とある村の田畑の農道。森中の合間にある細長い平野には、村の人々が一生懸命育てた作物が、生き生きと育っている。
だがそれを育てた農家の人々の苦労を、文字通り踏みにじる行為が、今まさにここで引き起こっていた。
「おいおいっ!? 何だよ、あのでかいの!?」
「巨人の眼妖だわっ!? ていうか眼妖はもう、全滅したんじゃなかったの!?」
「おいっ、あんた! 確か新聞にあった、万能武器の鉄士だろ!? あれ何とかできないか!? やっぱあの数じゃ無理か!?」
鳥車から飛び出してきた乗客達が、数㎞先にいる田畑の上を移動している、巨人眼妖の姿を見て驚愕していた。
それは以前、真澄たちが倒した、あの巨人眼妖と、同種個体に違いない。だが数が違う。あの時出会った巨人は一体だけであった。だが今ここにいるのは、総勢十数体はいる。
巨人達はあのスローな動きで、ズンズンと地響きを立てながら歩き、田畑の作物を踏みつぶしながら進んでくる。一体だけでも、結構地面を振るわせたのに、更にこの数になると、地響きの規模は凄まじい。
砲撃戦が行われているかのように、せわしくなく轟音の足音が鳴り響いている。正面からこちらに近づいてくるそれは、これまでで一番の脅威ではないだろうか?
巨人達からそう離れていない距離に、村の民家が建ち並んでいる場所がある。だがその村には、まだ避難中で人がいないのか、巨人達がそこに目を向ける様子はなく、まっすぐこちらに前進している。
「どっ、どうしましょう!? 真澄さん、あれ……戦いますか!?」
「いや、流石に無理だろう、あの数は……」
恐らくあれはロケット弾一発と、弾帯一つの機関銃では、全てを倒しきれない。あの狙いやすい巨体と、鈍い動きならば、攻撃を当てるのは容易いが、弾数が足りてない。
顔をしかめながら語る真澄の言葉を聞いて、乗客達は一斉に鳥車に戻っていった。倒せないならば、逃げるしかない。
「うわっ、ぶつかる! 落ち着いて乗れよ!」
「早く、鳥車を出せ!」
「おいっ! お前達、早く乗るんだ!」
未だに遠方にいる巨人眼妖達を見据えて突っ立っている真澄たちに、乗客達が必死に乗るよう勧めてくる。
「あっ、ああ……」
その言葉に従い、真澄たちも退避のために、鳥車に乗りこもうとしたときだった。彼女の懐から、何かが花火のように、一気に弾け飛ぶように飛び出してきた。
これに乗客達は驚いたが、真澄もルチルの方は特に驚かなかった。むしろ“ああ、またか”といった感じである。こっちの意思に関係なく、勝手に動くそれには、大分慣れているために。
それは言うまでもなく勾玉(=源一)であった。また変身のために、自動で真澄の懐から出てくる。
だが今回は、射出距離がいつもより長かった。いつもならば真澄の手元に移動するのに、今回は真澄たちから大分離れた、数十メートル先の農道の真ん中まで飛ぶ。そしてそこで変身を始めた。
「何だ?」
いつもと違う様子に、僅かに困惑する真澄。鳥車の真ん前の農道での変異は、場所だけでなく規模も違っていた。
光と化した勾玉は、急激に巨大化していく。それはとても真澄の手で持てるレベルではなく、もはやこの場にいる鳥車よりも大きい。
目の前の異変に、鳥車に繋がっている鬼鴨たちも驚いて騒いでいるほどだ。
「何だこれは!? これが万能武器!?」
「武器っていうか、何かでかくないか!?」
この事態に鳥車に乗りこんだ人達も、鳥車の窓から顔を出して、その異変に注目していた。
とてつもなく大きく、そして武器らしくない箱のような形になっていく勾玉。そして光が晴れて、とうとうその変身した姿がお披露目になった。
「これは……何でしょうか?」
「さあっ? 鳥車じゃないな。何か変な棒がついてるし」
「何か竜骨車みたいな車輪がついているな・・・・・・」
今までになく巨大な物に変身した勾玉。その姿を見て、真澄含めて全員が、それが何なのか判らず当惑していた。
それは巨大な車のような物体である。長さ十メートル程ある、長方形の平べったい箱のような物体。
それの下部の、両辺二カ所にはこの物体を地上から支えるように、背骨のような妙な板が巻かれた物体が、それの前から後ろまで長く取り付けられている。
しかもその物体の、板が巻かれたもの上下の間には、車輪と思われる物が、カラクリの歯車のように並んでついている。
そしてその珍妙な車に支えられた箱状の物体の上には、さらにもう一つの平べったい箱状の物体が、達磨落としのように取り付けられている。
それは下の箱よりも小さめだが、その代わりに色々妙な物体が取り付けられていた。色々と小さな箱や、傘のような珍妙な物体が、その上に机の置物のように取り付けられている。
その中には、真澄の使った機関銃と似ている……というよりそれそのものもあった。
そして何よりの特徴は、上部の箱の前部側面から伸びている、長い筒のような物体。象の鼻のようなそれは、もしかしたら大砲であろうか?
それは全体が塗料で塗られていて、木製なのか金属製なのか判らない。灰色と薄茶色の模様が、太い縞模様のように全身に描かれている。
真澄たちのような、この世界の住人にとっては、何なのかさっぱり判らない謎の物体。ただかろうじて、何かの乗り物であることが判るぐらいである。
だが源一達、地球の人間が見れば、それの正体を一目見れば、一発で判るだろう。
そう、それは地球では知らない者などいない、世界中で使われている陸上機械兵器の“戦車”である。たった今、源一が変身したこの個体は、日本自衛隊の10式戦車に酷似した外観の戦車であった。
「これは武器なのか? じゃあこの乗り物についているのは大砲か?」
今までは武器に変身していた勾玉が、いきなり珍妙な巨大物体に変身したことに戸惑いながらも、真澄はその乗り物=戦車に手を触れる。
掌が装甲の表面に張り付くと、その瞬間にいつもの現象が起きた。この戦車という大型武器の使用法が、一気に彼女の頭の中に流れてきたのである。
「これは……ルチル! それと誰でもいいから一人、私と一緒に中に入れ!」
「「!?」」
真澄の突然の言葉に皆が困惑する。そして真澄は、戦車の車体に登り、車体の上部装甲のハッチを開けた。この巨大な箱と比べると、とても小さな丸いお鍋のような金属の蓋。
その蓋を開けると、真澄はそこから戦車の中に乗りこんだ。
「そこから入るんですか!?」
「窓とか全然ないけど、大丈夫なのか!?」
「いいから入れ! ほっとくと皆死ぬぞ! 後入らない奴は、早くここから逃げろ!」
巨人眼妖の群れは、どんどんこっちに近づいている。動作は鈍いが、歩幅に広いために、移動速度は人間よりも速い。このままだとこっちに追いついて、踏みつぶされるのは時間の問題である。
「判った! 行くわ!」
「あっ、はい! 私も!」
皆が悩み始める中、あの女魔道士が即決で戦車の乗車を決断する。呆気にとられていたルチルも、僅かに遅れて、その戦車に乗車した。
「何よこれ? 何か変なのいっぱいあるんだけど、これ使えるの?」
「どれでもいいから触れてみろ。使い方はすぐに判るはずだ」
戦車の内部は、窓も何もないが、電灯がついていて明るかった。そしてそこには、幾つもの画面を初めとした、無数の複雑な機械部品が、所狭しと詰め込まれている。
テレビすらないこの世界の人間からすれば、あまりに奇々怪々な密室である。真澄はその一つの砲手の座席に座って、機械に触れていた。
「あの私はどこに?」
「ルチルは車長席に座ってくれ。お前はそこの操縦席だ。急げ! 敵はもう、そこまで来ている!」
「ようし判ったわ! それと一緒に戦う前に自己紹介。私の名前は春日よ! よろしく!」
言われるがままに、二人は指示された席に座る。そして早口で名乗った女魔道士=春日が、画面と向かい合った操縦席で、訳の分からない機械の一つに触れてみた。
すると例の現象が起きた。源一がこれまで起こしてきた奇跡の中では、初めて真澄以外の者が体験した現象である。
「本当だ……色々と頭の中に流れ込んできたわ。うん、これならいける!」
春日と真澄は、初めて乗る戦車で、馴れた手つきで迅速に作業を始めている。そしてこの農道に現れた戦車に、エンジン音が鳴り響き始める。
敵はもう距離五百メートルにまで迫っている。戦車で対抗するには、少々距離が近い。他の人々は、先程言われた通りに、鳥車に載ってここから脱出している。
エンジン音を鳴り響かせ、この世界ではまだ発明されていない機械の乗り物に変身した源一が、初起動を開始する。
まず最初に戦車は、方向を前に突きつけながら、一気に後退を始めた。車体全体の方向を変えずに、後ろ向きに走る。この世界の乗り物では、まずない光景だ。
しかもその速度は、あの巨体からすれば、とても速い。平らで走りやすい街道の上とは言え、巨人達の移動速度より確実に速いだろう。
砲塔が回転を始め、主砲の上下位置が変わっていく。砲口の先は、こちらに最も近い位置にまで迫っている、戦闘の巨人の顔に向けられていた。
ドン!
そしてその細長い砲口が火を噴いた。後退走行をしながらの、行進間射撃。バランスの悪い撃ち方の筈だが、特に問題なく、砲弾は敵に命中した。
この世界にも大砲はあるが、それとは比べものにならない、途方もない速度で放たれた、矢のように鋭い砲弾。
それが眼妖の弱点である、眼球に見事命中。砲弾は衝撃で物を壊す物ではなく、敵を貫通する様式の物。巨人眼妖の眼球を守る、分厚い防護膜を、紙のように簡単に破る。そして眼球を、豆腐に指を突っ込むように、簡単に穴が開けられた。
以前撃破した巨人は、ロケット弾が頭部を跡形もなく粉砕した。だが今回は、頭部の形がしっかりと残っている。
ただ一点だけ、巨人の大目玉に、ポッカリと綺麗な穴が開いている。眼球を頭部ごとぶち抜いた砲弾は、遙か彼方にいずこかへと飛んでいった。あれがどこかに当たって、事故がなければいいのだが……
そして先頭にいた巨人が、そのままゆっくりと倒れ込む。そしていつも通りに、その巨体が溶けていき、そこに大きな泥山が形成され初めて行く。
これに反応したのか、他の巨人達の移動速度が速まった。今まで余裕でいたが、敵にこちらへの攻撃手段があると知って、焦ったのだろうか?
真澄が初日に遭遇した者を除けば、これまでの眼妖には全く知性が感じられないので、その辺は謎であるが。
ドン! ドン! ドン!
どんどん迫り来る巨人眼妖に、戦車に乗りこむ真澄たちは、休むことなく発砲を繰り返す。砲口を機敏に動かし、近い位置又は狙いやすい位置にいる敵を、正確に狙い撃つ。
敵に間合いを取られないように、後ろに高速で走りながら。途中で田畑を越えて、戦車が走る街道は、林の中に突入する。
林の木々が視界を覆い、少々狙いにくくなったが、それでも構わず撃つ。数秒おきに発射される砲弾は、林の木々の幹を、容易く粉砕し、標的を高確率で当てていった。
砲が鳴り響く度に、巨人達が倒れる音が、連鎖して鳴り響く。戦いは実に一方的で、簡単に終わった。
結果は戦車を装備した真澄たちの圧勝。巨人達は真澄たちに、一度も攻撃を加えることもできないまま、林の中に入る前に、全てが討ち取られた。
この田畑は、巨人眼妖達の足跡が無数にでき、さらにそこに巨人眼妖の残骸が、ドロドロになって横たわる。
この田畑の持ち主には、何とも気の毒な勝利であった。




