第三十六話 看板娘
さてそれから四日ほど経った日のこと。以前にも増して、英雄として一躍有名になった真澄たちが何をしているかというと……
「ご宿泊ありがとうございました! またいらしてください!」
ルチルはあの宿の受付台に立っていた。いつもの司祭服ではなく、この宿の制服である女中着物である。
機嫌良さそうに宿を出る客を見送り、彼女は頭を下げて見送る。その後彼女は、しばし帳簿に目を通していた。
今日の所は、まだ新しい宿泊客が来る様子がない。しばしして、そこに同じ制服を着た真澄が、受付を訪れてきた。
「交代だ。店長の手伝いをしてきてくれ」
「はいっ、ではお願いします!」
そう言って彼女は、厨房に走る。彼女の代わりに、今度は真澄が受付台に立った。ルチルは今日の客の夕食の準備をしている店長の下へ手伝いに行った。
物覚えのいいルチルは、この数日で簡単な料理が出来るようになっていた。今まで監禁同然に過ごしていたとしては、実に素晴らしい成長速度である。いやこれは天才的と言った方がいいのではないだろうか?
文字の読み書きですら、今ではかなりできるようになっているのだ。
彼女がこの大陸に来てから、二月にもならない。この短期間でここまで習得は、普通はあり得ない。どうやら彼女の才能は、魔法だけではなかったようだ。
狩り場の事件以降、封鎖されていた狩り場は解放され、また多くの鉄士で賑わうようになる。またこの辺一帯の封鎖状態も、ある程度緩和された。
そのため一時満杯状態だったこの宿も、何人かが宿を出た。だがまた新しく泊まりに来た客もいる。ここにあの英雄二人がいると聞いて、興味を持ってここを選ぶ客がいるのである。
そして二人は、あの事件以降、ずっとこの宿で働いていた。二人はもうここの宿泊室ではなく、別棟の店主の自宅に泊まっていた。もうすっかり、ここの従業員扱いであった。
時間が立ち、仕事が一段落して、暇ができた真澄たち。まだ夕食時には、まだ時間がある。彼らは店主の家の部屋で、休憩時間に入っていた。
前店主の家族が使っていたと思われる部屋。彼らがここに入ってきたときは、多くの家具や、本棚の本などが、そのままになって、埃を被っていた。
そこは彼らが掃除し直して、ここに住み込んでいるのだ。さてその部屋で横になり、本棚の古い漫画を読みふけっている真澄。それにルチルが、戸惑いながら声をかけてきた。
「真澄さん……ちょっと聞いていいですか?」
「うん、何だ? まだ仕事で判らないことでも?」
「そうじゃなくて……真澄さんは鉄士の仕事に戻らないんですか?」
ここ数日、ルチルがずっと疑問に思っていたこと。狩り場での件以降、彼女は一度も鉄士としての仕事をしていないのだ。狩り場にも行かず、眼妖狩りにも行っていない。
「別にいいだろ? ここ最近眼妖も出てないし」
確かにそうである。狩り場の眼妖を倒してから、津軽全土で眼妖達が全く姿を現していないのだ。
あれほど全国を騒がせた魔物達の、突然の沈黙。まだ数日しか経っていないので、警察の方でもまだ結論は出していないが、もう眼妖は全滅したのではないかという声も上がっていた。
最もだからといって、真澄がここで働いている理由に、ルチルは納得していない。そもそも今までの狩りの報酬で、手持ちは充分あるのだから、無理して働く必要もないのだ。
「無限魔でしたら、私だって戦えますよ。狩り場行くんでしたら、私だってお供しますし……」
「いいんだよ。それより今は、お前の社会勉強の方が大事だ」
「社会勉強?」
「お前は私が思っていた以上に、世界を知らなかったからな……。自分の国のことさえ知らなかったし。せめてこの国でも生きていけるよう、一から勉強した方がいい。まあ見たところ上手くいってるみたいだけど。店長の言うとおり、ここで正式な店員にして貰ってもいい感じだし」
この言葉に、ルチルはますます当惑していた。真澄の言葉は、まるでルチルがこれからもずっとこの国に住むような言い方である。
「この国でもって……私、役目を終えたら、ディークに帰りますよ?」
「そうか……まあ、帰れるといいけどな」
含むような、まるでルチルを哀れむような素振りの真澄。それにルチルは、ますます困惑を深めるのであった。
「そんなことよりも……あの白猫はどうしたんだろうな? もう何日も帰ってないが……」
「ええ……」
話しを切り替えた真澄の言葉に、ルチルは落ち込む。実は彼ら一行の中で、一人行方不明の者がいた。それはあの白猫のミルクである。
前に狩り場の眼妖退治に向かったときには、この宿の部屋に置いてきたのである。だが帰ってみると、ミルクの姿はどこにもなかった。
猫なのだから、最初は散歩にでも行ってるのかと、あまり気にしていなかった。だが四日も帰ってこないとなると、さすがに心配になる。
一応鉄士協会の方にも、見かけたら教えてくれるよう頼んだが、一向に便りはない。
教会から貰ったという、彼女にとっては大事な猫は、何故か急に失踪し、ルチルを心配させていた。ルチルも暇を見つけては、町の各地を探し回っているが、それで見つかる可能性は薄いだろう。
その翌日のこと、この宿に一通の手紙が郵便で送られてきた。正確には、この宿で働いている真澄たちにであるが。その差出人の名はブルーノであった。
「ブルーノさんから? また眼妖が出たんでしょうか?」
「どうだろうな? だとしたら、今日は働けないかも知れないが……」
「まあ、それなら大丈夫よ。今日一日ぐらいなら、私一人でどうにかできるから。……まあ英雄目当てで来たお客は、がっかりするだろうけど……」
手紙を持ってきた店主は、忙しそうにしながら、店に戻る。真澄とルチルは自室にて、その速達で送られてきた封筒に注目していた。
「さて……何が出るか?」
何かあったら連絡するという約束はしたが、まさか本当に来るとは驚きだ。あまり良い予感はしないながら、真澄はその封筒から手紙を取りだし、それに見通す。
そこには異人が書いたとは思えないほど、アマテラスの文字で綺麗に文章が書かれていた。ルチルのために母国文字で書かずに、真澄用に手紙を書く辺り、ブルーノは真澄がルチルの保護者と認識しているのだろうか?
それに目を通す真澄。やはり重大なことが書いてあったのか、その文を見る真澄の目は険しい。
「何て書いてあるんですか?」
一応この国の文字は、大分読めるようになっているが、前回の本同様に、文の読みは真澄に任せて、隣で待っている。そして真澄が読み終えて、彼女に伝えた。
「異人狩りをしている奴らが、今まで捕まえてきた異人が閉じ込められている場所が判ったそうだ。それで今から、そっちに殴り込みに行くとさ……」
「本当ですか!?」
まさかの朗報。四日前に敵が姿を現したと思ったら、急な進展であった。
「どうやって見つけたのかは書いてないな。だが正確な場所を、かなり確信を持っているようだが。……しかしこれは? 不可解な場所だな……」
その監禁場所に関して、何故か戸惑っている真澄。何かおかしな所であったのだろうが?
「不可解? どういうところなんです?」
「場所は刑務所だ。異人達は全員、王都の方にある、国が管理する刑務所の中にいるとさ?」
「刑務所? ……何で?」
てっきり捕まった人達は、皆非合法組織のアジトに幽閉されている者と思っていた。だがここでまさかの政府への疑念が湧く事実。
まあそもそも、この情報が正しいのかも分からないのだが……
「まさか本当に警察が!? 何か間違いがあったりしませんか!?」
「どうだろうな? 私の勘だと、何となく真実みがある気がするが。まあこの刑務所が、どういう所かも知らないけど」
さすがに刑務所の詳しい詳細は載っていない。ただ王都の近くにあるというだけだ。彼女もその刑務所の名前は初めて聞く。真澄は手紙をしまうと、急にその場で、宿の制服から着替え始める。
「真澄さん!?」
「この手紙が送られたのは昨日だ。もしかしたら、もう王都にまで着いてるかも知れない。私も今からそっちに行く……」
「えっ……? はいっ! 私も行きます! ブルーノさんと一緒に、皆さんを助けに行くんですよね!?」
張り切って制服から司祭服に着替え始めるルチル。この急展開の好機に、彼女はやる気満々のようである。その様子に真澄は、腰に刀を差しながら、何故か苦笑いをしていた。
「助けるかどうかは、あっちに行ってから決めるよ。そこに行って私自身も確かめたいことがあるからな……」




