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第三十三話 八岐大蛇

「うわあ……中々強そうだな」

「美夜子……あれはここの親玉ではないのだね?」

「ええ……ここの親玉は、あそこで倒れている大きな魚よ」


 一行が辿り着いたのは、地下深くに存在していた地底湖であった。この迷路のように入り組んだ洞窟には、幾つも水路が張られていた。それらの水路が、最終的に辿り着く先が、この地底湖がある領域である 。その空間は、最初に真澄が激闘を繰り広げた所よりも、更に広い。小さな町ならば、すっぽり入れそうな広さである。

 その空間の七割方が水辺になっている。入り口付近の岸辺の陸地には、幾つもの無限魔の死体があった。


 力士のような図体の半魚人。

 人間を右ハサミで捕らえられそうなぐらいの巨大蟹。

 おそらく浮遊能力を持っていたと思われる巨大海月。


 それらの水棲生物系の無限魔の死体が、そこに何十と転がっている。その中には一際大きな者が一体ある。

 それは大型肉食恐竜のような外観と大きさの巨大生物。恐竜のような体型と頭部に、全身に魚のような鱗が生え、魚のような背びれと尾ひれが生えている。手足には小さな水掻きもついていた。

 この魚と恐竜を組み合わせたような怪物が、本来のこの狩り場のボスである。


 そして他の死体は、ボスと共に出現する雑魚モンスター郡。どうやらあの地底湖から、無限に湧きだしてきて、挑戦する鉄士達に群れで襲いかかる仕様であったようだ。

 だが今ここは、その本来の役目を果たしていない。他所から来た侵略者によって、ここのダンジョンボスの座を奪われているからだ。

 その親玉も、他の無限魔達も、無惨に殺されている。ある者は大きな衝撃を受けたのか、トマトのように真っ赤に身体が潰れている。ある者は、全身を丸焦げにされて焼死している。


 岸部近くの水辺に、それを行った犯人はいた。それは一言で表すならば、日本神話の八岐大蛇。もしくはギリシャ神話のヒドラである。

 一本の太い蛇の胴体に、途中から何本もの胴体に枝分かれしている。そしてそれぞれに頭がついている多頭の蛇である。

 その別れた胴体と頭の数は、計六本。それらの頭には、鮫のような鋭い牙が生えた竜の頭があった。そしてそれは、これまでの眼妖同様に、大きな眼球がついた一つ目であった。


 いやこれまで同様という表現は、不適切かも知れない。通常の眼妖は、一つの身体に眼球は一つだけである。だがこれは一つの身体に、幾つもの頭が有り、それぞれに眼球がある。

 これらを足し算すると、この眼妖は、一体で六つの眼を持っていることになる。ちなみにそれらの眼には、しっかりあの防護膜がついていた。


 そしてその多頭蛇型の眼妖は、以前会った巨人よりも遥かに大きい。その頭一つで、人間を丸呑みに出来る程のサイズであった。


「「ギャオオオオオオオーーーー!」」


 その多頭蛇型の大型眼妖(以後、大蛇眼妖と呼称)が、六つの口で一斉に、獣のような唸り声を上げた。

 そして待ってましたかと言わんばかりに、この狩り場の最奥に訪れた一行を睨み付ける。ここの本来の主である無限魔と親玉を殺したのは、こいつで間違いないだろう。


「皆さん! これはかなり危険です! 私の神聖魔法でも、倒しきれる保障はありません! もし不利な状況だと思ったら、皆すぐにでも逃げるのです! この状況では、それは恥ではありません!」


 大蛇眼妖が動き出したときに、ブルーノは即座に、皆にそう言い放つ。そして自身は、真っ向から挑むつもりで、魔道杖を構えている。

 その険しい表情から、今までのように、余裕で殲滅とはいかないようである。


「おいおいやばそうだぞ……。こいつここの親玉より強いんだろ?」

「馬鹿言え! やばいのは最初から判って、ここに来たんでしょうが!」

「ここまで来て怖じけづけるか!? とにかく皆身構えろ!」


 この敵の脅威さと、ブルーノの言葉で、一時逃げ腰になった者もいた。だが美夜子初めとした、一部の仲間の言葉に、再度士気を取り戻す。

 大蛇眼妖の下半身の太い胴体が、水辺から上がり、その上半身全てが岸辺にのった。


「皆、眼を狙え!」


 美夜子の掛け声と共に、弓矢を持った者や、魔道士が、遠距離から先制攻撃を加える。

 魔力の力を纏った光の矢・火や雷などの魔法攻撃・刀を持った者が放つ、光る刀身から放たれた飛ぶ斬撃。それらが一斉に、自分たちを見下ろす六つの頭に向かって飛ぶ。

 ルチルとブルーノも、共に浄化の光弾を放っていた。


 ドドドン! ザザザザッ! ドォオオオン!


 無数の衝撃音や爆発音が、この地底湖のある最奥の空間に鳴り響く。大蛇眼妖の頭は、多くの爆発・熱線・矢の射撃によって、その頭部の各地が損傷する。

 だがそれはそれほど深い傷ではなく、すぐに修復可能なレベル。眼球辺りに命中したものもあったが、それらはあの防護膜に覆われて、眼球を損傷させるほどの痛手は与えられない。ルチル達の浄化魔法でも、無理なようであった。

 これらの攻撃に、大蛇眼妖の各々の頭は、多少怯んではいたが、これではいつまで経っても致命を与えることはできない。


(あの防護膜が、前に会った巨人と同じぐらいの頑丈さだとしたら、こいつの長い鉄砲でも倒せないだろうな。だが……)


 真澄が思案するまでもなく、源一はそれに適した武器に変身した。以前巨人眼妖を倒した、あのロケットランチャーである。

 真澄は即座に、それを肩にかけて持ち上げ、ロケット弾の矛先を、あの大蛇眼妖の頭部の一つに狙い定める。皆の攻撃で怯んで、動きが止まっているそれに向けて、真澄は迷わず引き金を引いた。


「ぶはっ!?」


 ロケット弾が撃たれた発射音と同時に、一人の悲鳴が発せられた。真澄の後方付近にいた一人の鉄士が、ランチャーの噴射口から出てきた衝撃波を、もろに受けて吹っ飛んだのだ。

 幸いある程度距離があったからか、それとも鰐人の身体強度のおかげか、死んではいないようであった。


「ああ、悪い……」


 吹っ飛んだ仲間に真澄が謝罪する中、ロケット弾が炎を吹き上げながら、真っ直ぐに大蛇向けて飛ぶ。そして見事命中した。


 ドォオオオオオン!


 今までの魔道士達の攻撃とは、比べものにならない程の爆発。その爆発の光で、僅かな明かりしかない薄暗い地下空間が、一瞬昼間のように明るくなった。

 ロケット弾は頭部の一つに命中はしていたものの、眼球からはやや外れていた。だがそれでも大丈夫だった。

 爆発の威力は、眼球と防護膜もろとも吹き飛ばす。落とした花瓶のように、大蛇眼妖の頭部の一つが、木っ端微塵に砕け散った。


「やったーーーー! やりました!」

「あれ……あんたは?」


 皆がロケット弾の威力に驚き、呆然とする中、前にあれで巨人を倒してことがあるルチルが、子供のように飛び上がって歓声を上げる。


 一方の真澄の方は、先程うっかり倒してしまった仲間の鉄士に振り向く。

 そして今、地面に伏せて昏倒している人物が、以前この狩り場で共に戦い、そしてつい先程、商店街で会ったばかりの、あの女魔道士であることに気がついた。


「すごい……あれが真澄が得た神具の力だというのですか? 明らかに私のロビンを超えている……」


 ロケット弾の威力に、ブルーノも動揺していた。だが爆発で怯んだ大蛇が、体勢を整えようとしているのを見て、即座に構え直した。


「グォオオオオオッ(沼田さんに負けてたまるか)!」


 その時に誰よりも先に、一直線に突っ込む者がいた。それは赤褐色の体毛で覆われた、一頭のヒグマであった。

 ブルーノの言葉に触発されたのか、ロビンは熊型モンスターに化けて、えらい勢いよく大蛇眼妖に突進していった。


 ロビンがあの図体から信じられない俊敏な動きで、大蛇眼妖に飛びかかる。ただしそれは攻撃ではない。

 大蛇眼妖の巨体に、ムササビのように張り付いた。そしてそのまま、猫が木を登るように、その身体を駆け上がり始めたのだ。

 最初に大蛇眼妖の、下半身の胴体に取りつき、そこから爪を立ててしがみつき、そして立ち上がっている上半身の胴体へと登っていく。そして分岐した胴体の一本を、上り頭部にまで接近する。

 とうとうロビンは、大蛇の頭部の一つに乗りかかった状態になった。そしてそこにある眼球目掛けて、腕を振り上げた。


「グォオオオオン(覚悟!)」


 見ていた他の仲間達も、このロビンの行動に歓声を上げる。早くも二つ目の頭を潰せるかと思われたが……


 ガブッ!


 やられたのはロビンの方であった。巨腕を振り下ろすよりも先に、乗りかかっているのとは別の頭が襲いかかり、ロビンの身体を背中から噛みついた。


(ぎゃあっ!? いてえっ!)


 大蛇眼妖の口にある、無数の鋭い犬歯が、ロビンの背中に一斉に食いこんだ。

 ナイフのように固く鋭い歯は、マスケット銃弾にも耐えるヒグマ形態のロビンの毛皮を突き刺し、肉にまで到達し、そこから血をあふれ出させる。


 そのまま乗りかかった頭部から引き離され、噛みつかれた状態で持ち上げられロビン。両手足をバタバタと振り回しながらも、釣られた魚のように、全く手も足も出ない状態である。

 背中にかかる噛みつきの圧力と、次々と流れ出る出血。明らかにやばい状態であった。


「ロビン! 己!」


 ブルーノがロビンの危機に、即座に神聖魔法を放つ。放たれる光線が、ロビンを咥えている頭の首に命中する。

 その力で首の肉が幾つか削ぎ落とされるが、首を切断させるまでにいたっておらず、大蛇眼妖もそれしきのことでロビンを離さない。


「くそっ! 何とか助け出せ!」


 他の仲間達も、ロビンを助けようと遠距離攻撃を仕掛けるが、ロビンに当たらないようにするために、中々思うように攻撃できない。

 更に一本の頭が、咥えられて空中に掲げられたロビンの腹に噛みついた。


「やばいぞあれ!」


 背中かと腹と二カ所同時に噛みつかれたロビン。そして二つの首に、両面から引っ張られ始める。

 このままだとロビンの身体は、どちらかの肉が激しく食い千切られるか、もしくは身体を二つに切り裂かれるかのどちらか。絶体絶命の危機である。


「やめんか、こらあっ!」


 ドドドドドドッ!


 その直後に放たれる、轟音のような無数の銃声。真澄が機関銃を構え、銃口を上横に構え、今ロビンに噛みついている二つの頭の胴体部分目掛けて発砲した。

 数十という巨大な弾丸が、まず一本の胴体に命中した。その凄まじい銃撃で、胴体の肉は瞬く間に削れ、砕き尽くされ、その胴体が千切れた。

 ロビンを捕まえた口の一つが、それによって力を失って、ロビンを離す。そしてその頭は、引き千切られた胴体と共に、地面に倒れ込んだ。

 更にもう一本の胴体にも、同じく機銃掃射。その頭と胴体は、咥えたロビンと共に地に落ちた。


「ロビン! そいつから離れろ! ルチルとブルーノさんは、他の頭を頼む!」


 真澄が呼びかけるまでもなく、大蛇の口から解放されたロビンが、全身から血を流しながらも、ヨロヨロと弱った動きでそこから退避する。

 そしてルチルとブルーノ、そして他の仲間達が、まだ残っている大蛇型眼妖の頭に攻撃を開始した。


 それらの頭が、怯んでいる隙に、真澄が千切れた頭に機関銃の銃口を向けた。

 別れた胴体が、本体から引き離され、地面に転がる二匹の千切れた大蛇。水に揚げられた魚のようにばたついている彼らに、容赦なく機関銃の弾丸が浴びせられた。

 大蛇眼妖の防護膜は、機関銃の弾といえど、一発では破壊できなかった。だが一発でその膜の表面が大きく凹んでいる。

 そこに更に、十数発と撃ち込むと、防護膜は現界を越えて、とうとう破壊される。

 弾丸が蛇型眼妖の巨大な眼球をぶち抜く。するとこれまでの眼妖同様に、それらは死を迎えて、ただの泥と化した。


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