第三十一話 射手眼妖
次の領域は先程の通路と同様に、細長い道であった。ただし規模はかなり違う。
横幅百メートルほどで、縦はその二~三倍ぐらいはある長方形。その前方と後方の、離れた距離の辺の辺りに、この領域の入り口と出口がある。
領域の高さは三十―メートル程で、今まで通ってきた領域よりも、遥かに頭上が高い。
壁側には太い支柱が何本も、半分埋まった状態で建っている。通路の方から伸びていた水路は、横に逸れて壁際を通り、そのまま領域の右横を通って、向かい側の出口の方へと伸びていた。
この広い空間には、特に目立つような設置物はない。遮蔽物のない開けた空間で、銃で狙撃するのには、もってこいの場所である。ただしそれは敵も同じであった。
「うわっ!?」
その敵達は、弓矢を持っていたのだ。この広場にいる敵は、広間の面積に反して、意外と少なく、三十匹程度。その内の十匹ほどが、西洋のロングボウのような超級を装備していたのだ。
そして彼らは、真澄たちがそこに姿を現した途端に、一斉に矢を放った。材質不明の浅黒い色をした細長く鋭い物体が、一斉に真澄たちに襲いかかる。
即座に真澄は、ルチルを抱きかかえて、その場から飛び退いた。
真澄が立っていた場所と、その付近に無数の矢が尽き立つ。壁や床に激突して、矢がばらばらと地面に転がっていく。
あまり腕は良くないのか、矢の半数以上が、狙いを外していた。中には真っ直ぐには飛ばず、途中で地面に落ちる矢もあった。
(間一髪だった! 敵を撃ちまくるつもりが、危うくこっちが撃たれるところだった……)
ルチルを抱えながら、鰐人ならでは身体能力で、ギリギリで回避して見せた真澄。今までの眼妖は、近接戦で真っ直ぐ突っ込むだけだったため、すっかり油断していた。
(だがルチルを抱き込んでいる状態じゃ、この大きさの銃は、上手く狙いを付けられない。どうすれば……)
真澄が状況を考えている間にも、眼妖達は即座に、次の矢を用意する。彼らは矢筒を背負ってはいなかった。
見ると彼らの右上での一部が変形している。指の二本が結合して、ゴムのように一気に伸びる。それの先端が、矢のように鋭くなり、指の根元から、弓の弦に引っかけるための棘が生える。
そしてその変形した指が、彼らの腕から抜け落ちた。抜け落ちた瞬間に、そこから新しい指が、製麺機から麺が出てくるように、一瞬で生えてきた。
眼妖は弓を掴む右手の指で、自分の身体から生えてきた矢を掴み、弓にあてがう。そして再生した左手で、矢の尾を掴んで、弓を構え直した。
眼妖達は自分の身体の一部を、矢に変えたのだ。驚くことに、その矢の発生から、それを放つまでにかかる過程にかかる時間は、三~四秒程度。
これは普通にロングボウの発射速度よりも早い。だが真澄の射撃は、それよりも速かった。
パン! パン! パン!
左手でルチルを抱え、右手で銃を撃つ真澄。その銃は、先程よりずっと小さい。源一は小銃から拳銃へと変身していた。
両手で構えるのを前提に作られた小銃と比べれば、拳銃は片手でもある程度扱うことができる。それでも人を抱えているバランスの悪い状態で、真澄は相変わらず凄まじい射撃の腕を発揮した。
この眼妖達は、眼球に防護膜が張られている。それ故に、拳銃弾の威力では貫通できない。狙うのは目玉ではなく、奴らの装備。つまり今脅威になっている弓矢である。
「ギャイ!?」
眼妖達の持っている弓矢、もしくはそれを持っている手が、拳銃弾で撃ち抜かれる。一瞬の内に三匹が、弓矢を手放し、損傷した弓が地面に転がり落ちる。
間に合わなかった残りの眼妖達が、真澄に向かって弓を撃つ。だが真澄は、驚異的な身体能力で、この広間を機敏に動きながら、その矢を躱していった。
そうして動きながら、次々と発砲。走りながらの射撃であるために、普段より命中率が悪いのか、二発ほど弾を外した。だがそれ以外の弾は、見事狙い通りに当たり、敵の装備を撃ち落としていく。
あっという間に、全ての眼妖達が、弓矢を撃ち落とされた。
勿論敵もそれで終わりではない。損傷した弓や手が、見る見る再生を始める。だが弓を拾い上げ、構え直す前に、真澄が次の手を打つ。
「おい! でかいのに化け……」
真澄が頼み込むまでもなく、まるで判っているかのように、拳銃が小銃に変化した。
「ルチル、すまん!」
「はい!」
真澄の言葉にルチルが即答し、真澄はルチルを抱えていた手を離す。そして小銃を両手で持ち、眼妖達を狙い撃った。
再び鳴る小銃弾の連射音。眼妖達はこれまで通りに、あっという間に撃ち抜かれて倒れていく。
最後の一匹が、倒すのが間に合わず、こちらに一発矢をいかける。だが下手くそな弓の腕で、矢が真澄に当たることはなかった。
残りの近接型の眼妖も難なく倒していく。あっという間にこの広間の眼妖は、殲滅されたと思われた。
「真澄さん! 向こうから、沢山来ます!」
「そうだな……」
ルチルが気配を読み取らなくとも、地下内に響き渡る無数の足音を聞けば、こちらに新たな危機が迫ってくるのが判る。
この広間の出入り口の、向こう側の通路から、それが現れた。壊れた水道管の水のように、その通路から一気に溢れ出て、その広間に広がっていく。それは眼妖の大群である。
この広間に今湧いてでたものでも、数十匹はいる。まだ到達していない、通路の向こう側にいる者も含めると、それよりも遥かに多くの数がいるであろう。
通路から蟻の群れのように、わいわいと出てくる眼妖達が、あっという間に百匹を越えた。その中には、弓を持った者もいる。
そしてそんな大群が、一斉に広間の向こう側の通路の側にいる、真澄たちに突撃してきた。
「どんどん湧いてくるな……。だがこれはどうだ?」
この数相手では、小銃とルチルの魔法を組み合わせても、殲滅が間に合わない。あっという間に距離をつめてきた群れに、彼女たちは蹂躙されているであろう。
だが彼女はもっと良い武器を持っていた。真澄の得物は、今は機関銃になっていた。銃座がこの洞窟の床に設置され、それに支えられた大型の銃器を後ろから構え、真澄は眼妖の群れを狙い撃った。
これは以前村の牧場で、眼妖達を機関銃で狙い撃ったのと、とてもよく似た状況である。違うのは、大群が現れたのは、広い草原ではなく、狭い地下空間の中であること。
眼妖達の密集具合は、以前よりも遥かに高い。仲間同士、肩を寄せ合うぐらい、近くまで寄っている者もいる。
そのため、この一塊に集まった団体に、機関銃を撃ち込んだときの殺傷数率は、以前よりも上がっていた。
ドドドドドドン!
一気に放たれる大型の弾丸の嵐。それが眼妖達を、次々と粉砕していく。銃と群れの距離は、二百メートル程度。機関銃の射程としては、かなり近い。これほどの近くで撃てば、弾丸の威力も増すだろう。
弾丸一発に付き、平均して四匹ぐらいは殺しているかもしれない。中には七匹分を貫通・粉砕して、向こう側の壁にめり込む弾丸もあった。
銃座から銃を半回転させて、右に左にと銃口を移動させて、群れを殲滅していく真澄。一部の弓を持った眼妖が、真澄に向かって矢を撃った。
だが距離がロングボウの射程外であったことと、持ち前の腕前の悪さから、彼らの撃つ矢は、一発たりとも真澄に当たらなかった。
一方で機関銃の弾は、行き過ぎなぐらい命中している。銃器と弓では、射程距離に天と地ほどの差がある。
やがて機関銃の銃撃音が止んだ。真澄の足下には、二百発分の薬莢が転がっている。ようするに弾切れであった。
「追加の弾は!? ……おいっ! 出ないのかよ!」
真澄が機関銃に変身中の源一に、そう叫ぶ。だが先程の小銃の時と違い、代わりの弾帯は出現しなかった。再装填可能になるには、まだレベルが足りないのだろうか?
この機関銃で、眼妖を千匹近く殺した。向こう側の広間の地面には、泥化した眼妖の残骸で、沼ができたかのように汚れきっている。これまでの戦績からすれば、最高記録数達成である。
だが敵はまだ尽きていなかった。向こう側の通路から、まだまだ沢山の眼妖達が、この広間に押し寄せてきた。それに今まで出番がなかったルチルが、真澄より前に出て、魔道杖を構えた。
「よしっ! 後は任せて下さい!」
以前と同じように、弾が尽きた後は自分の出番と、ルチルが張り切って魔法を唱えようとする。だが真澄は慌てて止めに入った。
「馬鹿っ! あの数相手に、お前一人でどうにかなるか! 逃げるんだよ!」
「えっ? うわっ!?」
広間に出てきた取りこぼしは、以前よりも遥かに多い。それどころか通路の向こうから進軍してくる群れの数が、後どのぐらい残っているかは判らない。もしかした今倒した数の、倍の数がいるかもしれない。
正直こんな状態で、ルチル一人を戦わせるわけにはいかなかった。真澄がルチルの手を引っ張り、背後の通路へと駆け込もうとしたときだった。
「大丈夫、君たちだけではないさ! 真澄、共に戦おうじゃないか!」
振り返った真澄たちに、つい最近において、見覚えのある人物が、聞き覚えのある声で、彼らに勇気づけるように語りかけてきた。
「えっ、ブルーノさん!? ……それにその馬は?」
通路の方からやってくるのは、ブルーノだった。そして彼が跨がるのは、恐らく湖川=ロビンと思われる生物。
彼は今、角の生えた白馬=ユニコーンに変身している。洞窟内で突如出現した、違和感有りまくりの神聖な動物の姿。豪華な装飾の蔵が付けられた、その幻獣系の馬に、ブルーノは乗っているのだ。
神聖さが強調された人物の司祭が、白馬に跨がる様は、実に似合っている。
現れたのは、ブルーノだけではない。彼らの傍にいる、護衛の騎士達。そしてその後ろからやってくる、数十人の鉄士と警官達も、後から姿を現した。
「おおしっ、こっちは万能武器の真澄に、異国の聖者二人がいる! 何も恐れることはない! こいつら全員とっちめろ!」
「「うおおおおおおっ!」」
雪崩れ込んでくる、百人を越える警官と鉄士達。たちまちこの広間で、人と眼妖の合戦が始まった。幾つもの剣戟音・銃声・魔法の爆撃音が鳴り響き、たちまち混戦状態となってく。
「何だこいつら!? さっきは全然やる気ない感じだったのに?」
「確かに皆さん迷ってましたが……この私が真澄の助けになるよう、強く説得しました! それに皆さんも、どうにか応じて下さって……いや、今はあまり話している余裕はありません! 私達も戦いましょう!」
「あっ、ああっ!」
「ええっ、行きましょう!」
どうやら来訪したブルーノに、色々と入れ込まれたらしい。ともかく今はここにいる敵を倒すのが優先である。
ルチルとブルーノが浄化の魔法で、次々と眼妖達を薙ぎ払う。大きな熊のようなモンスターに変身した湖川が、眼妖達を千切っては投げして無双中だ。
真澄も小銃化した源一を撃ちまくり、前戦で戦っている援軍達を助け、戦い続けた。




