第三話 鰐人
(はぁ~~~俺今すごい幸せな状況にいます! 何と俺は、おなごのお腹と服の間にしまわれてるよ! 美女と言うには、ちょっと地味な顔立ちだが……。この密着ぶり、元の世界ではこんな体験できただろうか!? ううっ……こんな身体でも、人の体温が感じられるなんて……)
女性が山道を歩く中、一人幸せの絶頂にいる者がいた。
一つ目に襲われたときに、落とした荷物を探し回る彼女の周りには、今は誰もいない。そいつがいるのは、彼女の周りではない。それどころか人ですらない。
(しかし不思議な話だよな。あの世から怖い姉ちゃんに追い返されて、気がついたらこの変な石の姿になってるし。しかも何故か神社の真ん中に捨てられてるし……。もしかしてあれがあの姉ちゃんの罰なのか? だとしたら何て素晴らしい罰だ)
そんな思考を巡らす者は、人でもなければ生き物でもない。今女性が懐に入れている、あの勾玉それ自体であった。
それはあの時、鬼娘を怒らせて、冥界から叩き出された、沼田 源一である。あの後で、何故か彼の精神は、この勾玉に宿っていた。原因は全くの不明。
(最初に会えたのが女の子だったのは、何て幸運。このままこの蜥蜴姉ちゃんと、大冒険といこうか?)
『大変幸せな所に入れて、満足そうね沼田……』
(!?)
一切声を発していない、思考だけ行っていた源一に、何故か声をかける者が現れた。
今丁度、女性が落とした荷物の鞄(何故か現代的なデザイン)を拾い上げて喜んでいるところ。だが女性はその謎の声が聞こえないのか、特に何も反応しなかった。
『ああ、あんたは地獄の姉ちゃん!』
声を上げる源一。その勾玉の身体から発せられた声もまた、特殊な音声なのか、彼を懐に入れている女性に届いていないようである。
そして懐の中にいるのに、外の様子を知覚できるらしい彼が見たのは、今落とした刀を探している女性の目の前にいる、一人の女性。
それは以前冥界の入り口の異界であった、あの鬼娘である。
以前会ったときは、あの何もない不思議な空間であったが、今はこの生命観溢れる世界で、普通の人間と変わらない感じで立っている。
あの時怒らせて叩き出されてから、もうしばらく会うことはないと思ったら、まさかの当人との唐突な再会である。
ただし彼女の姿が現れても、女性は何一つ反応しない。視界に入っているはずなのに、それが見えていない風だ。
しかも歩き回っている彼女が、鬼娘の身体と接触するが、互いの身体が幻のように通り抜けてしまう。どうやら彼女は、実体のない霊体であるようだ。
『やあ、随分と久しぶりね沼田』
『おう久しぶり……一昨日会わなかったか?』
『あんたがどんな感覚かは知らないけどさ、こっちじゃもう十年たってんのよ』
つい最近会ったばかりなのにと思ったら、どうも彼女と源一とは、時間の感覚にズレがあるようだ。
『十年? 全然そんな感じじゃないけど? ていうか何しに来たんだ?』
『あんたを回収しに……なんだけど、ちょっと困ったことになっててね。あんた何でそんな姿になってんのよ。魔法で呼び寄せようとしても、全然冥界に戻ってこないし。しゃあないから直接現世に赴いてみて探してみたら、何か変な石の精霊になってるし。あんた現世で何したわけ?』
『いや、それはこっちが聞きてえよ。これはお前が出した罰じゃないのか?』
『そんなわけないじゃん。私の考えでは、あんたはずっと現世を彷徨ってるはずだったのに……』
彼女は僅かな苛立ちと当惑した様子で、そう説明する。どうやら彼がこの勾玉の姿でいるのは、冥界の役人である鬼娘にとっても、予定外の事のようである。
『何だよそれ……俺は今どういうことになってんだよ?』
『う~~ん、どうもこの特異な魔具に、魂を込められてるみたいね。これは普通自然には起こらないわ。誰かが故意に入れたのね……。そういやさっき、何か変身してこの人を助けたけど、あれ何?』
『変身? ……ああ』
一瞬何のことか判らなかったが、すぐにそれがあの拳銃やナイフに姿を変えたことであることを、源一は理解した。
『何かあの姉ちゃんが、危なそうな目にあってる時、どうにか助けられないかって念じたら、こんなもんが出てきてな……』
『うん? これって……』
勾玉を懐にしまう女性の目の前の空中に、奇妙な物が浮かんできた。それは空中に浮かぶ立体画像のような謎の枠組み。
ゲームのウィンドウ画面のように、白い線で覆われた四角い硝子板のような物体に、学校の黒板のように文字が描かれている。それにはこう書かれていた。
転生武具 源一 第二級
第一形態:軍用シーフナイフ
第二形態:自動式拳銃
次級 140/150
そう大きくない空中に浮かぶウィンドウ画面に、このような文字が書かれていた。これに鬼娘は、ますます困惑した。
『何よこれ? 地球世界のゲームみたいな表示ね……』
『俺も思った。ていうかあんた俺の世界のゲームやるのか?』
『まあよく時間を見つけては……それはどうでもいいのよ。ここに書かれてるのって、あんたが化けた武器よね? それで化けられるようになったわけ?』
『う~~ん、そうなんじゃないのか? 何か念じたら、あんな姿になれたわけだし。そんで結局これって何?』
『だから……そんなの分かんないっての……』
『何だよ、あんた神様だろ?』
『だから神様じゃないって……これも前に言ったでしょうが? 全く意味が判らないわ。島流し中の魂を、こんな妙な器に入れるなんて。判ってやってんなら、こっちから厳罰を入れてやるけど』
「ああ、ここにあったか」
二人が首を傾げながら話している間、女性は探しの物を見つけたようだ。
林の中の草藪の中に、刃毀れした日本刀が落ちている。どうやらこれが彼女の持ち物らしく、それを拾い上げて鞘に収める。
ちなみに彼女が動き回っている間、あのウィンドウ画面は最初に現れた位置にずっと止まっている。女性が動いて鬼娘の位置から離れても、両者は電話で会話しているように、普通に会話していた。
女性は自分の持ち物を全部見つけると、その森の中の獣道のような小さな道を進んでいった。どんどん鬼娘のいる位置から離れていく。
それに鬼娘は、女性を追いかけて森を進む。霊体であるためか、途中で障害になる木々や草花を、空気のようにすり抜けていく。
地面を歩いているが、地面には足跡はつかず、草を踏んでも足音などは鳴らない。女性も当然、自分の背後に、鬼の姿の霊がついてきているなど、全く気がつかない。
『なあ、この姉ちゃんどこにいくんだ?』
『そんなの私が判るわけないじゃん。どうも旅人で、偶然あんたを拾ったように見えるけど……本当に偶然かは怪しいけどね』
『そんじゃさ……この姉ちゃん、何者?』
『だからそんなの知らないっての……』
『そうじゃなくて……この姉ちゃん、人間じゃないだろ?』
源一が今まであえてスルーして、そして今まで文中でも伏せていた事実。この和風装束の女性には、明らかに普通の人間とは異なる、身体的特徴があった。
基本的な体型等は、人間と何ら変わりない。顔つきも日本人に近い、丸みのある顔立ちだ。
だが違う点には、服から除く彼女の素肌には、どうも衣類とは違う、爬虫類のような鱗がびっしり生えていることだ。
腕の部分には、蜥蜴のような細かい鱗が広く生えており、指の爪は鳥のような鋭いかぎ爪になっている。
そしてその鱗は、顔にも少しだが生えていた。全体的に黄緑の肌で、頬の部分にうっすらと細かい鱗が、頬の半分ぐらいを覆っている。何だか遠くから見ると、妙な化粧を施しているように見える。
また口の中の歯もおかしかった。この鬼娘や、あの一つ目達も、異常に発達した犬歯があった。
だがこの女性は、犬歯だけでなく、全ての歯が鋭く尖っているのだ。時折開く口から、まるで鰐や鮫のような、ギザギザした歯が生えそろっているのが見える。これでは肉食獣の口だ。
外からは見えないが、一応奥歯の部分は臼歯になっていて、食べるときに物を噛み砕くことは可能である。
そして彼女の下半身、袴の後ろの部分には、穴が開いており、そこから尻尾が伸びてるのだ。
飾り物ではない。実際に彼女の反応に合わせて動いている、生きている尻尾だ。
それはやはり鱗で覆われており、先端に進むほど平べったく、その形状は鰐の尻尾を少し細くした感じだ。
彼女の外見は、人に近いが人ではない。1:9の割合で、鰐のような爬虫類の要素が混ざっている。
『あれ? あんたの世界じゃ、獣人とかいなかったっけ?』
『ああ、まあな』
『そうだったか。あっちの世界のゲームじゃ、獣人なんて普通に……。まあいいわ。あれは鰐人て言って、この辺りで多く見かける種族らしいわよ。むしろこのアマテラス大陸じゃ、純人(普通の人間)の方が数が少ないし』
『へえ……てかここって、本当に異世界なんか?』
ここは自分が生きていた世界ではない。何となく判ってはいたが、今初めてはっきりとその事実を認識した源一であった。




