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第二十九話 狩り場の異変

 それから数時間後。宿の仕事も一段落した二人。普段ならば狩り場探索か、眼妖狩りに行っている時間である。

 だが二人はこの時は仕事を始める前に、あることを調べるために、部屋にしばらくいるつもりでいた。


 部屋の畳の上に、顔を向かい合わせて、座り込んでいる二人。部屋の隅には、ミルクが座布団の上で寝転んでいる。

 真澄の手には、先程本屋で買ったばかりの、一冊の本がある。あの女魔道士に言われた通りに、二人は本屋に向かった。そして店主に聞き込んで、お勧めと紹介されて買った、異国の地理と歴史を記した本であった。


「さて……この本にはディークのことが書かれているかどうか? そもそもディークなんて国が本当にあるかどうか」

「ちょっと……怖い事言わないで下さいよ真澄さん」


 自分の祖国が、実は虚空かも知れないなどと、ルチルからすれば縁起でもない言葉。

 さっきまでは、祖国に関して少し考え込んでいたものの、そこまで深刻に思い詰めてるようでもなかった。だがここに来て、少し緊張し始めたようである。


「ディーク、ディークっと……」


 本をパラパラめくって、ディークという単語を探す真澄。

 この本には、ゼウス大陸の様々な国々の、地理・歴史・文化が書かれているようだが、別にそれを調べる必要はない。知りたいのは、ディークという国だけだ。


「あっ、あった!」


 結構厚みのある本なので、結構手間取るかと思ったが、別にそんなことなく、かなり早い段階で見つかった。

 頁のかなり最初の方に、ディークの事が書かれた章が入ったのである。


「どうやらちゃんと実在する国だったみたいだな。うん……大陸中でも、ロア教の信仰が極めて厚い国だそうだ。これで間違いないか……」


 ルチルが見守る中、その章を読み続ける真澄。ルチルも見たがっていたが、この国の文字はあまり上手くないし、なにより二人一緒に本を見るというのは、かなり無理がある。それにあの女魔道士の言った注意のこともあった。

 そのため彼女は、黙って真澄が読み終えるのを待っていた。


 だがその読んでいる真澄の方は、少々様子がおかしくなっていた。最初は無表情で文面を見ていたが、その顔がだんだんと険しいものになっていく。

 それは険しいを越えて、引きつり始める。更にはその瞳に、怒りの感情さえも見せ始めていた。そして国の概要の辺りを読み終えた辺りで、真澄は少々乱暴に本を閉じた。


「あの……真澄さん?」


 真澄の様子がおかしいことに、ルチルは大分困惑している。そんな彼女に真澄は、何故か苦笑いをしている。何かを言うのを、躊躇っているようだ。


「まだ読んだのは触りの方だが……まあどんな国かは大体判ったよ。ディーク神聖王国は、ゼウス大陸じゃ、かなり有名な国みたいだ。どうも大陸の領土の二割近くを治めていて、総人口は一億人ぐらい。大陸でも有数の巨大国家なんだが……」


 その後の言葉が続かない真澄。どうもルチルにそれを告げるのを、かなり迷っているようである。


「これのせいか? 今世間で人気者のブルーノは、自分をディーク人じゃなくて、ウェイド人だって名乗ってるけど……これじゃあ当然か? 正直に自国の名前を言って、もしディークの事を知ってる奴が聞いたらのことを考えたら……」


 何故か話しを中断して、ブツブツと独り言を言う真澄。これにルチルは、ますます困惑するが……


「ちょっと真澄、ルチル! あんた達にお客さんよ! 何か警察の人が来てるって! 今玄関の方で待たせてるけど、来てくれる!?」


 部屋の外の通路の方から、中にいる二人に向かって投げかけられる店主の言葉。一応店の仕事を手伝って貰っているが、二人は正式な宿の店員ではない。

 一応客の身分の者を、呼び捨てにする店主。まあその態度はどうでもいいとして、その言葉の内容に二人が驚いた。


「警察が!? どうして!? まさかトーマさんのことで!?」


 何故ここに警察が来るのか? まさかトーマを追っている者からの、引き渡し要求かと危惧するルチル。だが真澄の方は、対称的な反応であった。


「そうかもしれないな。というか、そうであってくれると、こっちも嬉しいんだが……」

「えっ?」


 真澄の謎の言葉に、ルチルは困惑がますます深まっていく。だが彼女の問いに答えることなく、真澄は急ぎ足で、その警官の元へと向かっていった。






 宿の玄関にいた数人の警官達。その先頭に立っているのは、以前病院で会った、あの女性警官であった。


「急な訪問ですまないね……。もしかして何か取り込み中だったりとかは?」


 以前以上に腰の低い態度で、真澄に話しかける警官。その様子には、捕り物をしにきたようには見えない。


「いや、問題ない。トーマならいないが、そっちとは関係ないのか?」

「トーマ? いや知らないわね。今日は眼妖狩りのことで、こちらに頼みたいことがあるのよ」


 要件は眼妖狩りであった。しかしわざわざ警官が、直接依頼しに来るとは、えらく頼りにされたものである。

 当の真澄は、ややめんどくさそうな様子である。


「また出たのか? ……本当にキリがないな。それで今回はどこだ?」

「ああ……それが少々おかしな所に出てきてね。皆困惑して、他の鉄士達も、中々踏み込めずにいるんだけど。この弘後町の狩り場を、眼妖達が占領した」

「はい?」






 さて数日ぶりに訪れた、あの狩り場。以前の眼妖襲撃に、源一が元で起こった爆発騒ぎで、一時封鎖されていた場所である。

 この町の最大の収入源である狩り場を、早いところ開放するよう、大勢の鉄士や市民達から要望されていた。だがそれが、かなり意外な形で解放されることになる。


 狩り場の入り口の周りには、大勢の警官や鉄士達が、取り囲んでいた。彼らの後ろには、彼らを運んできたらしい鳥車が何台も並んでいる。その数は二百人以上はいるだろう。

 皆武装していた、少々切羽詰まった雰囲気である。

 本来ならば、鉄士達がすぐに狩り場に続く地下に降りて、多くの獲物を狩るところ。だが今日の鉄士達は、ただ取り囲んでいるだけで、誰一人そこに降りようとはしなかった。


「お前ら鉄士だろう? 誰でもいいから、探索しに行ったらどうだ? 報酬はきちんと出るからさ……」

「冗談じゃないわよ……こんな何が出てくるかも分かんないところで。それに聞いた話しだと、もし今狩り場で死んだら……。そんなことよりあんた達警官が、これの対処したらどうなわけ? このまま放置したら、町にどんな被害が出るか。こういう時は、本来あんたらの仕事でしょう?」

「いやそれはまあ……うん、まだ上から命令が出てないからな! それが出るまで待つさ! だから今、こうして待機中だ!」

「もし潜れって命令が出たら、迷わず行くのかよお前ら?」


 皆がおどおどしている中、そこに鳥車が駆け込んでくる。警察用の鳥車だ。遅れてまた警官が来たのかと思ったら、そこから警官達と一緒に、真澄とルチルも降りてきたのだ。


「おっ、このところ噂の英雄じゃん!」

「あのブルーノっていう坊さんは来ないのか?」


 周りから歓迎ムードの二人。警官に連れられて、二人はあの狩り場の入り口に、誰よりも近くに来た。


「確かに感じます。この洞窟の先に、眼妖の汚れた気配が沢山……」

「本当かよ? しかし何でまた、こんな武装した人間しか入らない場所に?」


 狩り場で起こった異変は、次の通り。ある時に狩り場内部の入り口付近にいた警官が、洞窟の奥から、眼妖が湧いて出てきたのだ。

 これまでは人間しか襲わなかった眼妖だが、何故か今回は、狩り場の中の無限魔達を襲い駆逐し始めたのである。

 これに対処しようとした警官だが、奥から次々と、眼妖達が湧いてきて、すぐに撤退して今の事態である。


「何故こんなところに眼妖が? そもそもどうやって、狩り場の中から出てきたんでしょう?」

「さっぱりだわ……。もしかして眼妖ってのは、無限魔の変異なのかしら?」

「その説は、この国の学者達が、完全に否定してなかったか? 案外誰かが、故意に眼妖を放ったとか?」

「ええ、今一番有力視されてる説ね。でも今までこの狩り場に、警官以外の人が入っていないと報告があるわよ。まあ、こちらの監視に不備がなければだけど……。せいぜい入ったのは、急に飛び込んできた猫が一匹だけね……」

「猫? ……まあいいさ。中に入って、どうなってるのか確かめればいい」


 源一の力のおかげで、かなり自信満々の真澄。ルチルと共に、迷わずその狩り場の入り口へと向かっていく。それを女警官が、後ろから一声かけた。


「私達も貴方たちのこと頼りにしてるけど……でも気をつけないよ! 協会の調査だと、この狩り場は今、蘇生機構が機能していない可能性がある! もしここで死んだら、本当に死んでしまうかもしれないわよ!」

「そうか……だったら、いつも以上に気をつけないとね」


 その言葉で、一瞬だけ迷いを見せたものの、すぐに気を取り直し、再び狩り場へと進んでいった。


「行っちゃった……どうしよう?」


 二人が入った後、しばらくして、外で待機していた鉄士と警官達。この後どうすべき悩んでいたとき、そこにまた誰かが、足を踏み入れてきた。


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