第二十八話 幻の国
さて真澄たちが宿に帰り、以前ここの店主に頼まれた、店の手伝いを始めた。真澄はかなり馴れた手つきで、掃除を行っている。
だがルチルは、あまり雑事になれてないのか、結構苦戦しているようだ。さてそんな時に、小次郎は源一に言われた通りに、あのカーミラという魔道士の元を訪ねたが。
「うむ……やっと訪ねてきたか。少し遅いのではないか?」
壁をすり抜けて、堂々と部屋の中に入ってきた小次郎に、カーミラはそう言葉を口にした。
その部屋には、彼女の私物が大分詰め込まれていた。床に整理されていない漫画本らしき物が詰まれている。
部屋の机の上には、何とこの世界にはないはずの、高度電子製品であるパソコンまであった。テレビのように画面が大きく、そして横がかなり薄い、源一の世界の基準だと、かなり高価そうなパソコンである。
科学が発達していないこの世界において、明らかに場違いな備品を、彼女は所持して宿に持ち込んでいるのである。
何よりこの女、部屋に入ってきた小次郎に声をかけたのだ。小次郎の姿は、普通の人間には見えないはずだが、何故か彼女は声をかけたのだ。
目線はしっかりと小次郎のいる位置を向いており、誰かと間違えたと言うことないだろう。
『あんた私が見えるの!? じゃあ、マジであんたが黒幕なわけ!?』
「黒幕とは失礼なことを言うな。私が手を下したのは、あの二人に特別な肉体を与え、この私が見込んだ者達に、巡り合わせたところまで。眼妖が現れたのとは、無関係であるからな。後これ以上喋ると、外から独り言を言っているように思われて、変に思われるからな。ここから先は、小声でなるべく手短に行くぞ。……とりあえず挨拶といこうか? 初めましてでな、この世界の真なる神の一族の者よ。私はカーミラ。かつてこの世界に狩り場を開いた春明と同じ、異国の魔道士である」
生身の人間で、初めて小次郎の存在を知覚した謎の女は、そう言った後は、小次郎に近寄って、潜めるように話し始めた。
「おおっ、中々上達が早いな。ああ、そんな感じだ」
「はい、ありがとうございます。ええと……」
ルチルは客が外出中の宿泊室で、真澄と共に掃除に励む。ちなみに真澄とルチルは、現在店主が着ているのと同じような、女中の着物のような服を着ている。
座敷箒で部屋の畳を履きながら、少しずつゴミを集めて、袋に詰めていく。最初に行った部屋では、かなり部屋の埃を撒き散らして、二人ともむせ返りながら掃除をする始末であった。
だが二回目のこの部屋では、恐ろしいほど上達し、ほとんど埃を立てずにゴミを掃いている。ただ少々慎重にやりすぎて、時間がかかっているようだ。
客がいつ帰ってくるか判らないので、早々にここは片付けなければ行けない。
「でもまだ結構難しいです。私のいた館でも、皆さんこうして働いてたんでしょうか?」
「そうだろうな。ていうかルチルは、実はどこかのお嬢さんなのか?」
あれ程の魔法を使えるのだから、結構な身分の魔道士の家系でもおかしくない。
この大陸に来る前のルチルの生活に関して、今まで聞いてなかったが、丁度いいのでここで聞いてみようと考える。
「はい、お手伝いさんや先生方の話だと、どうもそうみたいなんです」
「そうみたい? 何で疑問系なんだ?」
「ええ……私、自分以外の同い年の子とは、一度も会ったことないんです。ずっと館の中で暮らしてて、勉強もそこでしてたから」
「ずっと館で? 外出るときに、見かけるぐらいはあるだろう?」
いくら箱入り娘でも、たまに外出するぐらいはあるはずだ。子供なら学校にも通わせなければいけないはず。その時に一度でも、庶民の子とは会わなかったと言うことだろうか?
真澄は少しずつ怪訝に思い始めた。
「いえ、外に出たことは一回もないです。教会からご命令を受けて、海に出たときが初めてです。港まで行くときも、ずっと馬車の中のいましたから」
「あん?」
「あの時は本当に緊張しました! だって生まれて初めて、お屋敷から出たんですから! いままで窓から、遠くの街を見ていて、ずっと一度でいいからあそこに行きたいと思ってたんです! 庭に出たときに、間近で初めて見たあの花、凄く綺麗でした。あと庭に生えてた樹を、初めて見たときも、凄い大きくて驚いたです。花とか樹とか、今まで本の挿絵でしか、見たことがなかったですから! ……でも残念ですけど、港まで運んで貰うときも、ずっとカーテンでしまった馬車の中で、結局街はよく見れませんでしたけど……」
当時を思い出し、心底残念そうに口にするルチル。だが真澄は話しながら振るっていた箒の手が止まり、今の話しを聞いて唖然としてた。
「生まれてから、一度も屋敷を出なかった? あんたの国じゃあ、子供の育て方として、それが普通なのか?」
「ううん、違うみたいです。他の子は、学校っていうのに、皆通って勉強してるみたいですね。ただ私は、神に選ばれた特別な子だから、お許しが出るときまで、絶対に屋敷の外に出てはいけないみたいで……」
「選ばれた子だから? 私には子供を監禁して育てているようにしか思えないけど? あんたの親が、そう言ったのか? どんな親だよ、随分子供の扱いが悪い親みたいだが……」
「親? ……いえ、私の親は知りません。生まれてからずっと、お屋敷の中で使用人の方に、お世話して貰ったので」
「はあっ!?」
思わず大声で叫んでしまう真澄。他の客もいて迷惑だというのに、それを考える余裕もなかった。
「親を知らないって、どういうことだよ!? 異国だからって、まずあり得ないだろうが!?」
「そうなんですか? 私も一度先生に聞いたんだけど、神聖な子は、親の存在なんて気にしなくていいって……」
「そんなわけあるか!」
二度目の叫び声を上げる真澄。今の話しはあまりにおかしすぎる。てっきりルチルは、元々貴族か聖職者の家の子で、自身の判断か、親に指名されて聖職者の道に入ったのだと思った。
だが実際の所ルチルは、自身の意思はおろか、自身の身元すら知らなかったのである。
「お前、ずっと屋敷の外を出なかったと言ったな。じゃあお前の祖国のディークが、どんな国なのか、知ってるか?」
「それは勿論! ディーク神聖王国は、女神ロアに祝福された素晴らしき国で……」
「いや、そうじゃなくて……お前の国はどういった人が住んでて、どんな暮らしをしている? 治めている王の名前は? そういやお前、王女の名前も知らなかったが……。後お前が住んでたのは、地理的に国のどの辺りだ? 王都の中の辺りか? それとも山奥の神殿だったりか?」
次々と連続して質問を浴びせる真澄。それにルチルは、何やら困った顔をしているが……
「ええと……そういうことは全然知らないです。私は余計なことを知る必要がない身分だと……」
「余計な事って……本とか新聞とかで、国の情報を見たりしないのか? それともそういった物も、全然見せて貰えなかったのか?」
「はい全然……。見せて貰った本は、魔法学と国語と数学と……後、神学と生物学の本ですね。さっき言った花と樹の絵も、その生物学の本で見たんです」
「その本の中に、国の歴史の教科書は、なかったのか?」
「歴史? ……いえ、なかったと思いますけど?」
真澄は脱帽していた。というか呆れかえっていた。そして大きくため息を吐いた後で、再度深呼吸。そして最後には、少し怒った風で、ルチルに責めるように言い放つ。
「お前な……あれだけディークは神聖だとか褒めておいて……お前自身、自分の国のことを、全然知らないんじゃないか!?」
これはギャグでは済まされない。あまりに多くの疑問に対する盛大な突っ込みであった。
さてその二日後の朝のこと。真澄とルチルは、朝一番の買い出しに出ていた。何の買い出しかと言うと、宿に出す料理の材料である。
現在宿の方では、あの店主が朝食のための料理を、一人でやっているところである。料理ばかりは、この二人にはできなかったので、真澄たちはそれ以外の仕事中である。
これが終わった後では、朝食の各部屋の届けと、朝一番に出て行く客の部屋の、布団の片付けと掃除をする予定であった。
真澄は買い物カゴを持って、商店街を歩き、渡された紙に書かれていた物を、各店で買い込んでいた。
「あれ? あんた達は、確か鉄士じゃなかったっけ? こんなに買い混んで、仲間に料理でも振る舞うのかい?」
とある野菜屋から、そのような質問を投げかけられる。この店主とは初対面だが、真澄達は新聞などで、結構顔が割れている。特に隣にいるルチルは、その装束から、外観が覚えやすい。
「いや、今は別の仕事でやってることだ。それより最近この辺りで、異人を見たりしなかったか? ここにいるこいつ以外で」
「異人? どういう人だい?」
「いや、別に決まった誰かを探してるわけじゃない。この際誰でも良いんだが……最近街の中でも、あまり見かけないしな……」
「う~~ん、確かに最近見ないよな。異人狩りが流行ってるせいで、皆閉じこもって外に出ないんじゃないのか? まあ、今の時期だと花粉症で外に出たがらない奴も多いだろうけど」
異人達がこの国に来て、よくかかるのが花粉症。生まれ育った大陸が違うと、そこにある生態系も大きく変わる。
この国に来た異人達は、時期によってはこのアマテラス大陸に生育している、ゼウス大陸にはない種類の植物の花粉を浴びることになる。結果、その花粉に免疫のない異人達が、よく花粉症にかかるのである。
そのため異人達が、風邪でもないの頻繁にくしゃみをしたりするのを、この国の人々から、物珍しく見られることがある。前に会ったトーマも、まさにその花粉症にかかっていたようだった。
ゼウス大陸本土の方では、この花粉症というものが、人にうつる死に至る病だというデマが、民の間で広がっているらしい。
まあ、それだけが理由で、異人が姿を消すと言うことはないだろう。この国に滞在している異人で、そんなデマを信じている者など、殆どいない。原因は大部分が、眼妖と異人狩りであろう。
「そうか、ありがとう……」
その後も何人かの他の店の者や、通行人にも聞いてみるが、やはりここ最近では、ルチル以外の異人は見ていないらしい。
「うん……こうなったら警察に聞いてみるかな? トーマは怒るかも知れないが」
「ていうかどうして異人のことを聞いてるんですか?」
今まで黙り込んで、この国の買い物の手順を見ていたルチル。だがさすがに異人のことを聞くのは、買い物の手順の一つ出ないだろうと気づき、真澄に問いかけるが。
「いや……ルチルの生まれた国のことを聞こうと思ってな。同じ大陸の誰かなら、ディークって国のこと、少しは知ってるんじゃないかと思って」
「そうですか……。真澄さん、ありがとうございます……。でも私のためにそこまでしてくれなくても……」
昨日真澄に論されて、ルチルも少しだが、自分の国の実体に関して、ようやく疑問を持ってくれたようだ。
歴史も文化も外観も、全く知らない国を、あれほど賛美していたルチル。今まで生きてた中で、どうして今まで少しも疑問に思わなかったのか?
これまで彼女が、どんな教育を受けていたのか、ある意味気になる問題でもあった。
「別にお前のためだけじゃないよ。奇々怪々すぎるんだよ。お前の事も、この国で起きてることも……。どうもディークが何か関係してる気がするわ」
「……それでしたら、ブルーノさん達の所に行って、聞いてみます?」
「いや……それはやめておこう。それだけのために、わざわざ聞きに行くのも迷惑だし……」
口ではそう言ったが、真澄がブルーノに頼らない選択をしたのは、本当は別の理由。彼の護衛の騎士達が、少々厄介だったからだ。
あの時話を終えて帰るときも、こちらに対して明らかに敵意のある目で、睨んで見送っていた。どうやら自分がそっちに接触するのが、相当気にくわないようだ。
……それに、当のブルーノの方も、ルチル同様に祖国のことを何も知らないのでは?という疑問も持っていた。
「しょうがないな……宿を一軒一軒回って、異人を探すか? または貿易港の外ヶ浜町に行ってみるか? でもあそこに今更戻るのはな……」
真澄は外ヶ浜町の出身である。だが過去のいざこざで、あそこに戻るのは躊躇われた。ふとそんな時に、彼らに声をかける者が現れた。
「あら真澄じゃないの。何か鉄士らしくない身なりね」
「ああ、まあな……て、あんたは?」
真澄たちに声をかける者は珍しくない。彼女は慣れた口調で適当に挨拶を交わして終わらせようとしたが、その相手の顔を見て、反応が変わった。
「あら……私のこと忘れたかしら? まあ会ったの、あの一回だけだったし、仕方ないけど……」
「いや、覚えてるよ。あの時狩り場で会った奴だろ?」
その人物は、前に真澄がこの町に初めて来た後で、狩り場の洞窟で一時共闘した、あの鉄士の女魔道士であった。
狩り場内で負傷した後で、真澄に外に連れ出されて衛生兵に引き渡された後(※第八話)、すぐにあの眼妖襲撃の騒ぎがあって、それっきり一度も会っていない。
「そういえばあなたにお礼言い忘れてたわね。あの時は助けてくれてありがとうね。おかげですぐに、仕事に復帰できたし……」
「ああ……助かったようで何よりだ。こちらもついででやっただけだから気にするな」
「真澄さんのお知り合いですか?」
彼女と初対面のルチルが、そう問いかける。ルチルの女中ぽい着物姿に、女魔道士は物珍しげに眺めている。
「ああ、前に一回会っただけだが……そういやあんた、ちょっとついでで聞いてみたいんだが、お前はディーク神聖王国について、聞いたことがないか?」
相手は異人でもなければ、異国との交易商人でもない。この国では、交易相手国以外との異国の存在は、一般人は殆ど知らない。本当についでの、ダメ元での質問であった。だが当たりだったのか、ルチルを眺めていた女魔道士の表情が急変した。
「ディーク……まあ話しぐらいでなら、聞いたことがあるけど。昔通ってた魔道学校で、異国の歴史とか習ったし」
「そうなのか? それは良かった。じゃあ聞きたいんだけど、ディークってどんな国だ? 実在するんだよな?」
何やら訝しむような、そして少し身構えるような表情の女魔道士。僅かだが、ルチルを見る目に、警戒しているような雰囲気がある。
女魔道士の反応が不可解だが、とりあえずディークという国は、実在する国であるらしいことに、真澄は少しホッとして、そう陽気に質問していた。
「……何でそんなことを聞くのかしら? ディークに興味があるの?」
「興味ていうかな……こいつはディークの出身らしいだが、おかしなことに自分の国のこと、何も知らないんだよ。何でも生まれた頃から、館に閉じ込められて育ったらしくて……」
「そう……確かにおかしな話しね」
女魔道士のルチルを見る目が、何故か警戒から同情に変わった。一体何なのかと、ルチルは彼女の反応に、不思議に思っていた。
そして女魔道士は、何故か小声で真澄の方に語りかける。
「悪いけど、この場でこの子がいる所で、説明できることじゃないわ……。ディークの事だったら、異国関連の本とかも載ってるはずだし、図書館にでも行けば……いやこの町に図書館は無かったっけ? じゃあ本屋でも寄ってきなさい。そしてその本は、最初に貴方が見て、その後でこの子にも伝えるかどうか考えて。じゃあ私はこれで……」
「おい!?」
何故か逃げるようにして、その場から去って行く女魔道士。彼女の後ろ姿を見送りながら、二人は不思議そうに首を傾げていた。




