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第二十七話 大罪なる演目

「空便を頼む。弘後町へだ」


 駅のような建物の周りに、牧場のような柵と草原が広がる、変わった場所。そこは鬼鴨を飼育し、人や物の輸送を請け負う、この町の交通の要となる場所である。

 本館の隣には、多くの鬼鴨を飼育している鳥舎があり、柵に囲まれた草原には、あの巨大な軽鴨たちが、何羽ものんびりと寛いでいる。

 近くの街道には、鬼鴨達が引っ張る鳥舎が、幾つもそこから出たり入ったりしている。最初に真澄が、弘後町へと向かうときに乗ったあの鳥舎も、おそらくこういった場所で、普段は駐留しているのであろう。


 真澄はそこの受付で、鬼鴨の空便を頼んだ。それは鳥舎に乗る陸路ではなく、空を行く移動法である。


「判りました。……帰りはお二人なんですね?」

「ああ、一人はこっちの宿に泊まった」


 駅の係員が引っ張ってきたのは、他と外見上は変わらない、二羽の鬼鴨。手綱で繋がれ、騎手に引っ張られて、真澄たちの元へとやってくる。


「今すぐ出発で宜しいですか?」

「ああ、そうしてくれ」

「ではお乗り下さい。綱はしっかり巻いて下さいね」


 最初に騎手が、その鬼鴨の背中に乗り、手綱を引く。そしてその後ろに、真澄とルチルが、一羽に一人ずつ乗りこんだ。一羽の鴨に、二人乗りである。

 巨大な軽鴨の、ふわふわした羽毛が生えた背中に、真澄たちのお尻が乗る。そしてそこに付けられていた、シートベルトの役割を果たすらしい、綱を自分の腰に巻き付けた。


「ではさっそく飛び立ちますよ! お忘れ物はありませんね?」

「ああ、問題ない」


 そう言って、騎手と真澄たちを乗せた、二羽の鬼鴨が、その場で一斉に羽ばたいた。大きな羽毛が、左右に大きく広がり、バタバタと何度も羽ばたいて、その場に風圧を生み出す。

 すると突然にその鬼鴨たちの、雄牛ほどの大きさの身体が、風船のように宙に浮いた。足が地面から離れ、全身がぐんぐんと上昇していき、彼らはとうとう空へ向かって飛び立った。

 物理的に考えれば、あの程度の羽ばたきで、これほどの大型動物が飛べるなどあり得ない。まあ竜に変身したロビンが、羽ばたかずに飛んでいるのだから、今更だろうが。


 空を飛び、街道を飛び越え、森の上空を高速で飛ぶ、二羽の鬼鴨。真澄たちは空を通って、もの凄い速さで、弘後町へと戻っていく。

 鬼鴨は、陸・空・水上を乗りこなせる、この国では万能の乗り物である。だが人を乗せて飛べるほどの鬼鴨は、あまり数は多くなく、それを乗りこなせる者は限られている。

 そのため鬼鴨の空便は、あまり大勢の客は利用できず、空便を利用するには、そうとうな代金が必要となる。


 さてそんな空の道を、優雅に進んでいる中、小次郎と源一が改めて会話していた。源一は今も、真澄の懐の中にいる。

 そして小次郎は……何と空を飛んでいた。まるで幽霊のように……と言うか、彼女は元々霊体であったが。彼女は宙に浮き上がり、何の推進力も無しに空中を突進し、全く疲れた様子もなく空飛ぶ鬼鴨の後をついて行っている。

 そんな空の旅を共にしながら、小次郎は源一に話しかけた。


『ねえ……さっきは結局有耶無耶の内に、あいつと別れちゃったけど、結局あの湖川って人何者? あんたとどういう関係なの?』


 明らかに源一と知り合いらしかったロビン=湖川。様々なモンスターに変身でき、しかも眼妖を喰うごとに、より強い者に変身できるという能力は、今の源一と相対するような存在に見えた。


『ああ……あいつは俺が死ぬ前の……俺が日本で生きていた頃の相方だ』

『相方? それって漫才師の?』

『まあな。俺とあいつは、前は同じ事務所で、お笑いタレントで、漫才のコンビを組んでたんだよ』


 源一は生前は漫才師であった。以前冥界で彼に初めて会ったときに、小次郎は彼を検索して知っていた。源一は空中を飛び回る間、かつての湖川と、自分の過去を語り始めた。


『元々お世辞でも売れてないコンビだったけどよ……あるときにすげえポカをしちまってな……それで社会のどこにも、居場所がなくなっちまった』

『ポカ?』

『ああ……かなり問題のある演目をしちまってよ……。何で最初に、これはやばいと気づかなかったのか……』


 源一が騙る、その台本の内容は、このような物。




【うりゃぁあああっ! ここまで来たか! もう逃げられんぞ! 覚悟しろ!】

【ひゃぁああああっ! 殺されるぅ~~! お助けぇ~~~……何てな! こっちは奥の手があるんだ! これを見ろ!】


 通り魔の被害者役の源一が、袖を捲り上げて、通り魔役の湖川に見せつける。


【なっ、何だその黒い点々は?】

【ふっふっふっ! これは“エイズ”さ! 実は俺はエイズ感染者なのさ! 俺に触れてみろ! エイズがお前にうつるぞ! ほれほれほれ!】


 源一が手についている黒染みを見せつけながら、湖川を追いかける。


【ひゃぁあああっ! お助けぇ~~~!】




『馬鹿かあんたは!? 頭おかしいんじゃないの!?』


 源一の説明を最後まで聞き終わることなく、小次郎は激昂して叫び上げた。その怒声の勢いはとてつもなく、もし肉声で聞こえていたら、真澄たちはひっくり返っていたかも知れない。


『いやだってあれは……湖川の奴が雇った脚本家が……』

『関係あるか! そもそも何でその台本を引き受けたのよあんた! 普通見た瞬間に判るでしょうが!? 後から気づくなんて、どうすればそんなポカができるのよ!』

『いやあ……だって……エイズなんて、その頃にはニュースでもあまり聞かなくなったしよ。もう大丈夫なんじゃないかって……』

『時代なんて関係ないわよ。そもそも、それが何なのか、ちゃんと知識はあったんでしょ!? 何でそこまで頭が回らないわけ?』

『うう……なんとか団体とか、色んな奴らから、そんなこと何度も言われた……』


 先程の湖川という人物の接触を見て、一時でも源一の過去に興味を持った小次郎。だが聞いてみると、あまりにしょうもない……というレベルではすまない酷い過去に、小次郎は頭抱えていた。

 別に悩んでいるから頭を抱えているのではない。落胆しすぎて頭を抱えているのである。


『最低だわ……馬鹿みたい。聞く価値なかったわ……。そういや初めて会ったときも、エイズのこと言いかけてたけど、それが自殺の本当の理由?』

『ああ、実はそうだ』

『自分が不甲斐ないわ。私の審判の眼に、どうしてその罪を見通せなかったのか……』

『ああ、それは多分その時の俺に、悪意がなかったからだろうな。さっきも言ったとおりに、あれはうっかりで……』

『もういいわ。この話はこれで終わりよ!』


 早々にこの話に興味を失い……というより拒絶する感じで、小次郎は突っぱねた。そして話しをそこで急展開する。


『それはいいとして……どうしてあんたの生前の相方が、この世界であんな異形になってるかよね』

『そうだよな~~。そもそも何で俺がこんななのかも分かんないし。そういや湖川も、俺と同じように、小次郎がこの世界に送り込んだのか?』


 そもそも疑問点であった、源一がこんな身体になって生き返った理由も実は分かっていない。湖川の件は、謎が解けるどころか、ますます深まったようだ。


『いえ、知らないわ。そもそもあんた以外の、異世界からの迷い死者なんて、一度も会ってないわ。まあ、もしかしたら私が管轄してない所で、そういうことがあったかもしれないけど……。一応そのこと、明海の仲間に話して、後で調べてみるわね。でもまあ、これが誰かが意図的に、あんたらにそういう身体を与えたのは、間違いないでしょうけど』

『誰なんだろうな……案外もう身近にいたりして。例えばそうだな、真澄と同じ宿に泊まっている、あの魔法使いの女の子とか』


 源一が言っているのは、真澄たちがあの巨人眼妖と戦った直後に、あの宿に泊まりに来た、カーミラという魔道士の女のことである。


『まあ、私もちょっとは怪しいと私も思ったけど……。鉄士でもないみたいだし、部屋に篭もって何もしてないし。でもそれだけでしょう? この国じゃ異人なんて珍しくないし、考えすぎじゃない?』


 彼女はルチル同様に浮いた外見ではあったが、交易上異人を多く見かけるこの国では、珍しいが別に怪しむようなものではない。

 実際に彼女の姿を見た真澄も、別段彼女を不審に思っている様子はなかった。


『今度、あいつに会ったときに、話しかけてみたらどうだ? あんたの姿が見えてるようだったら、黒だろ?』


 そうこうしている間に、半日ぶりの弘後市の姿が見えてきた。いつか協力する約束をして、ブルーノと別れた真澄たちだが、その再会の時は、以外と早くやってくることになる。



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