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第二十五話 万能魔獣

「それは私も思った……。だが理由は分からないが、陛下はこのことを、アマテラスの政府に知られたくないらしい。それだけでなく自分の身元も隠すようにまで言われた。何故か現地に着いたら、ディーク神聖王国ではなく、ウェイド王国の出身と名乗るように言われたのだ。嘘をつくのは後ろめたくて、新聞記者の方には、出身国のことはぼかしてしまったが……」

「ウェイド王国? ふうん……」


 何故か出身国を隠すように言われていたらしいブルーノ。

 同じ使命を受けたルチルは、最初から堂々とディーク人を名乗っていたが、あれは良かったのだろうか?


「そういえば、私もそんなこと言われてたみたいな……すっかり忘れてました」


 どうやら良くなかったらしい。単純に本人のど忘れであった。


「とにかくあまり大事にせずに、殿下を見つけ出せと、難解な命令を出されてしまった。だから少々、この国の人々に対して、失礼なことをしてしまった……」

「そうですか……じゃあもう一つ疑問に思うことが。先程表向きは布教と言いましたが……ブルーノさんが、それまでそういうことをしたと聞いたことがありませんが?」


 ルチルがこの国で布教を始めたときは、世間から色物扱いされて、新聞にも取り上げられていた。

 ブルーノも同じ事をしてるなら、同じように世間の注目を集めていそうだが?


「それが少々……君の前は言いにくいんだが……。実はこの国に来て僅か数日後に。布教の準備を始めていたときに、私の護衛騎士が不始末を起こしてしまってね。この国の何の罪もない子供を殺そうとし、しかもそれを止めに来た者に、冤罪をしかけてしまった。それでこの国で、大層騒ぎになってしまって、私も迂闊に布教とはできなくなってしまった」

「そうですか……」


 それはまさに、真澄が体験した事件である。下手に布教など目立つことをして、あの逮捕された騎士の仲間などと報じられたら、世間からどんな糾弾を受けるか判らないだろう。


「これが私のこの国にいる理由の全てだ……。しかし君とトーマの話を聞いて、少々驚いたよ。まさかこの国で、そのようなことがあったとは……。その保護された船員達に、殿下の姿は?」


 ブルーノがトーマに問うが、トーマは悔しそうに首を縦に振る。


「それが私にも判りませぬ。奴らの会話を聞くと、生きていた者は他に百人以上いたと聞くが……」

「そうですか……無事であるといいが……」


 肝心のお姫様のことは、消息はおろか、まだ生きているかどうかすら判らない。可能性が高いとは言えない状況に、ブルーノはガッカリした様子である。


「そういえばルチル君……君はこの国に布教に来たと聞くが、ルシア王女のことは、何も聞かなかったのか?」

「はい、私には何も……ただこの国でロアの教えを広めろとしか、命じられていませんでした。眼妖といい、何だか思ってみないことが、次々とあって、何だか不思議な感じなんですが……」

「そうか……。不思議な話だが、きっと陛下も何かお考えがあってのことだろう。ルチル、君は命じられたとおり、そして君の良心の行くままに事をなしなさい。君がしてきたことは、本来の任務からずれているだろうが、決してそれは恥じることではない。君がしてきたことを、女神はきっと祝福してくれるだろう」

「はい! 元よりそのつもりです!」


 どうやらルチルがこの国に送り込まれた事は、ブルーノもよく知らないらしい。結局謎は何も解決しないままだ。

 互いを元気づけ合う二人に、真澄が少々遠慮がちに言葉を横から入れる。


「ところでブルーノさん……あなた今まで大丈夫でしたか? ここ最近、異人狩りが横行していて、やばいことになってますが?」


 ブルーノは現状において、身を隠すようなことは全くしていない。むしろこれでもかというぐらい、目立つ立場にいる。

 こんな事をしたら、異人狩り達から、恰好の標的にされそうだが……


「ああ確かにな……私もここ最近になって、五回ほどその異人狩りの襲撃にあったよ」


 やはり標的にされていた。ルチルはまだ一回しか体験していないが、こちらは既に五回も襲撃を体験済みである。


「だがいずれも難なく乗り越えられたよ。あれは“忍者”というのか? かなりの手練れ揃いだったが、ここにいるロビンのおかげで、この通り無事だよ」


 そう言ってブルーノが感謝の意を込めて撫でるのは、さっきから部屋の中で一緒にいる、あの変身する犬であった。


「この犬が何か?」

「うむ……ブルーノ、頼みがあるが、ここでスライムに化けてくれないか?」

「ワン!」


 ブルーノが頼み事をすると、その言葉が通じたのか、その場でロビンが変身を始めた。全身が光と化して、姿が変わるところを、真澄たちは目を丸くして見ている。


「何これ……飴のお化け?」

「そうか……この大陸にはスライムというモンスターはいないのか」


 そこに現れたのは、床の上にナメクジのように這う、ドロドロした粘液の塊のようなものであった。全身が半透明の青色であり、どうも生き物であるらしい。

 身体の上部には、いくつかの棘が生えていて、うねうねと触手のように動いている。これは源一の世界で例えるならば、ブルーノが言うファンタジーRPGで定番の、スライムというモンスターに似ている。


 さっきまで犬であった生物が、どういうわけか犬とは似ても似つかない、液状のモンスターになってしまった。最初の姿など、面影など微塵もない。

 突如この畳が敷かれた和室に、このような異質な生き物が出現して、あまりに違和感がある光景が出来上がっている。


「なっ、何と奇怪な……。ブルーノ様、これは教会か王国が渡してきたものなのですか?」


 あまりに大きな変化に、トーマは脱帽していた。だがいつまでも驚愕しているのはトーマだけで、真澄とルチルは、最初こそ驚いたものの、すぐに落ち着いてそのスライムに変身していたロビンを注視している。


「いや……これはこの地に来てから、たまたま出会った私の友達だ。眼妖と戦っている最中に、急にこの子が助けにきてくれてね。それ以来ずっと共に旅をしている」

「ええっ? それではこいつが何者なのか、判らないのですか?」

「ああ、私はロビンと名付けたが、この子が何者なのか知らない。ただこの子から何の邪気も感じられないし、何度も私を助けてくれたからな。この子のおかげで、あの異人狩りを何度も追い返せたよ。どうもこの子は、色んなモンスターに変身できるようだ。しかも眼妖の目玉を捕食して、どんどん強いモンスターになれるよう進化するらしい」

「そんなっ、そのような得体の知れないものを連れ歩くなんて……」


 トーマの危惧することは尤もだと、真澄とルチルは思った。だが自分たちも、それと同じぐらいに、奇怪な物を所持しているのである。


「真澄さん……今の変身って?」

「ああ、似てるなこの勾玉と……」


 今の変身の光景と、ブルーノが口にした特性に、源一との共通項に即座に気づいた真澄。すぐに懐から、源一の姿を取りだした。


「それが例の勾玉か? ふむ確かに不思議な魔力が感じられるな……」


 ブルーノがその勾玉を興味深く見る中、その場で彼らには聞こえない、結構重大な会話が繰り広げられていた。


『ねえっ、ちょっと……あんた私の姿が見える?』


 ロビンに話しかけるのは、小次郎であった。真澄たちには彼女の姿は見えないが、小次郎はずっとこの部屋で、彼らの話しを聞いていた。


『ええ、聞こえてますよ。あなたは何者です? 何故か他の人達には、あなたが見えていないようですが?』


 突如発せられた若い男の声。この場でその言葉を放ったらしい人間の姿はない。それどころか真澄もブルーノも、今の声が聞こえていないのか、それに全く反応していない。

 そして小次郎が目を向け、そして声をかけたのは、何とスライムに変身していたロビンであった。


 ロビンも彼女の存在に気づいているらしい。話しかけられると、僅かだがその粘液の身体が震えている。

 スライムの身体であるために、どこに視点を向けているのか? そしてその身体で、どのようにして声を出したのか? その辺は謎であるが、どうやら今の男の声は、ロビンが発したものであるらしい。


『私は小次郎、冥界の役人よ。今は訳あって、ここにいる源一と一緒に、現界を旅しているわ』

『……源一?』

『ええ、この勾玉よ。こいつも意思を持っている魔具なんだけどね。元は私の管轄に迷い込んできた、日本人の死者よ。もしかしてあんたも……』

『おい、お前……その声は……まさか湖川じゃないよな?』


 小次郎が質問を続ける前に、急に源一が話しかける。その声には、何故か驚きと怒りが混じっているようであった。


『ああ、やっぱり……沼田さんですね? お久しぶりです』


 最初はやや困惑したものの、何かに納得したのか、源一に挨拶するロビン。どうもロビンの本名は湖川といい、源一とは知り合いのようである。


『やっぱりお前か! ここであったが百年目!』


 ロビンが湖川だと認める旨の発言をした途端に、何故か源一が激昂する。勾玉の姿では表情も身振りも見えないが、この声からすると相当激怒しているようである。


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