第二十四話 ブルーノ・ローム
さて時は戻って現代。真澄達とトーマがであってから、二日後のこと。弘後町から大分離れた先にある、とある山林の中。
人里近くにあるこの山林は、元々獣ががあまりいなかったが、今日は一匹たりとていない。数日前に、ここに現れた、迷惑な来訪者によって追い立てられたからだ。
その山林をゾンビのように徘徊するのは、やはり眼妖であった。十数匹の人型眼妖と、数匹の蛇型眼妖が、その山林の中を彷徨いているのである。もしここに人が来たら、彼らは真っ先に襲いかかってくるであろう。
このような危険地帯、今は誰も近づこうとは思わない……と思ったら意外なことにいた。
太陽に照らされた、その山林の木々の天辺が建ち並ぶ、葉で覆われた緑の海に、一つの大きな影が舞い降りた。
それは竜であった。先日真澄たちが新聞の写真で見た、あの小ぶりなワイバーン型の竜である。蝙蝠のような翼を広げ、その山林の上空を飛んでいる。そして眼妖達が彷徨いている辺りで停止した。
この竜は、飛行中は一切羽ばたかず、滑空するように飛んでいた。そして停止しているときだけ、羽ばたいている。
羽ばたきだけで、この大きな身体を浮かせるほどの推進力など、科学的に生み出せない。これも魔法の力で浮いているのであろうか? まあ、そんなファンタジーの定番に突っ込みを入れるは野暮としよう。
ともかくその竜は、背中に人を乗せていた。その人物こそが、あのブルーノ司祭である。険しい顔をしながら、眼妖達がいる山林を、上空から見下ろしている。
「ここに穢れた者……魔人の気配が。数は十七でしょうか? ではまたお願いしますロビン……ここから降りて下さい」
上空からは木々の葉で、地面にいる眼妖達の姿は見えない。だがこの司祭には、見えなくても眼妖の存在を、正確に感じ取れるらしい。
竜=ロビンは羽ばたきを止めて、ゆっくりとその山林へと降りていく。
バキバキ……
上から降りる際に、障害となる木々の枝葉を踏みつぶし、ロビンとブルーノは林の大地に降りてきた。大量の砕けた枝と葉が、地面に雨のように降り注ぎ、薄ぐらい林の中に、日が良く当たる箇所が出来上がる。
そこにブルーノ達が、太陽のスポットライトを当たっているかのように舞い降りた。
「「ギャシャァァァアアアア!」」
この異様な存在にも、眼妖達は全く臆することはない。ここに人が現れたと知ると、迷わず一斉に襲いかかる。
ブルーノは手早くロビンの背中から降りる。四方から取り囲まれ、一斉に襲撃を受ける形となった。だがブルーノは、恐れることなく魔道杖を天に掲げた。
「ホーリーライト!」
ブルーノが放ったのは、以前ルチルが使ったのと、全く同じ技。ただし威力と発射速度は、彼女を確実に上回る。
魔道杖から放たれる聖なる光が、太陽のように辺りを照らす。その光が周囲を取り囲む、眼妖に照射された。
勝負は呆気なくついた。光を浴びた人妖達は、いとも簡単に浄化され、ただの泥となって崩れ落ちる。
飛んで火に入る夏の虫のごとく、その光に一直線に突進した眼妖達は、瞬くまに殲滅されていった。一緒にいた竜が、戦いに出る幕は全くなかった。
「女神ロアよ……汚れしものとはいえ、命を殺めたこの私をお許し下さい……」
「ギュアッ!」
ブルーノはそう祈り捧げる。そして再びロビンの背に乗り、空へと舞い上がり、その場から立ち去っていった。
さて戦いがあった場から、数十キロほど離れた場所にある、大型の集落。真澄たちがいる弘後町を、三割ほど小ぶりにした感じの、周囲を田畑に覆われた雅な町に、ブルーノ達は空から帰還してきた。
町の上空は飛ばずに、きっちり町の入り口の方に着陸し、そこから町へ入っていく。
その過程で少しおかしな事が起きた。ブルーノが乗り物にしていた、あのロビンという名の竜が、急変したのである。
その全身が淡い光で覆い尽くされ、一つの光の塊となる。そしてその身体がどんどん小さく、そして変形する。光が消えると、その姿は全く別の者になっていた。
それは源一が、勾玉の姿から、武器に変身する過程と、とてもよく似ていた。
その姿は犬であった。日本の秋田県のような外見の、茶褐色の中型犬である。先程の竜とは、似ても似つかない普通の動物の姿である。
あの変身の過程を見なければ、誰もあの竜とこの犬が、同一の存在などとは思わないだろう。
その犬=ロビンは、町の入り口に入るブルーノの後ろを、とことこと雛のようについてくる。人に吠える心配はないのか、ブルーノはその犬を紐で繋いだりはしていない。
「あっ、ブルーノさん! お帰りなさい!」
「今日も化け物退治で? ご苦労様です!」
町に入ってきたブルーノに、町民達が気さくに声をかける。他の町民達も、一様にブルーノに注目している。
ただしそれは、以前ルチルが体験したような、珍獣を見るような好奇の目とは違う。信頼と尊敬の眼差しであった。
「ええ……先程も、あの村の近くにいた魔人達を浄化してきたよ……」
「それはありがたい! あの村に帰りたがる者が何人もいて、私も心配していたところだし」
「いえ……そうすぐに安心してはいけません。敵はいつどのように現れるのか、まだ判らないのですから」
「いや~しかし、あの村で物を取りに戻りたいらしくて、少しぐらいならいかせても……」
「そうですか。ではしかたありませんね……ではその人の元に案内してくれないか? 私が護衛で一緒についていきましょう」
「えっ? いやいや……異国のお坊様に、そこまでされるのは……」
「司祭様だ馬鹿! ちゃんと覚えとけ……。司祭様、その件は警察に頼みますから、どうか今日はお休みを……」
何人もの人から礼を言われながら、町の信頼を得ていたらしいブルーノは、自分が拠点としている宿に帰っていった。
彼が泊まっているその宿は、真澄が泊まっているそれよりは、ずっと大きな建物であった。
宿泊者も三倍ぐらいは入るだろう。瓦屋根付きのマンションのような、木造建築の入り口に、待ち人がいた。
それは彼の護衛と思われる、数人の騎士達。そしてそこから少し離れた建物の壁の傍にいる、真澄とルチル、そしてトーマであった。
「お帰りなさいませブルーノ様!」
騎士達が彼に敬礼した後で、真澄たちが彼に話しかけてくる。
「お久しぶりですブルーノさん。私のことを覚えてますでしょうか?」
彼女らしくない恭しい振る舞いで、頭を下げながら話しかける真澄。それにブルーノは軽く驚いている様子であった。
「これは何と……。ああ、覚えているとも。何といえば良いか……あの時はすまなかった」
「いえ、謝罪と賠償なら、あの時もう十分受けてもらったので……あの男の事は許してませんが、あなたのことは、もう気にしていませんので」
「そうか……そう言ってくれると嬉しいよ。あの後、君がどうなったのか、結構気になっていたが……最近は随分と名を上げているようだな?」
「ええ、このルチルと一緒に、随分稼いでます」
「初めましてブルーノさん。私はルチル・バイバー。ブルーノさんと同じ、ディーク神聖王国教会の司祭です」
「私はウェイド……いや身分を偽る必要はなさそうだね。ディーク神聖王国四等騎士のトーマ・ブロードです。お会いできて光栄です、ブルーノ司祭様」
真澄に紹介されたルチルが、慌ててブルーノに名乗る。それにトーマも続く。同郷の司祭同士での対面だ。それにブルーノが、少し嬉しそうに返事をする。
「ああ知っている。君がルチルか……君と真澄の活躍は、新聞でよく見て知ってるよ……。ロアの使いとして、実に素晴らしい働きをしているようだね。私以外にも、浄化の力を持つ者が、この国にいてこれほどの働きをしているとは……私も鼻が高い」
ブルーノの口調は実に静かで、少し何を考えているか、よく判らない感じである。彼らの会話を、側で黙って聞いている騎士達は、真澄たちが気に入らないのか、ずっと不機嫌な様子だ。
「それでここに来たのは、少々厄介な用がありまして……少々時間を頂けないでしょうか?」
「ああ、勿論だ。私も色々聞きたいことがあってね……そちらから来てもらうとは、手間が省けて助かったよ」
宿の中のブルーノ一行が泊まっている部屋に通される真澄たち。ブルーノと騎士一行は、全部で六人である。
ブルーノが一室で、残りの六人騎士が隣の別室で、一部屋ずつ借りているらしい。騎士五人が泊まるにはやや狭い部屋で、ブルーノは一人で広く泊まっているのだ。
しかも部屋の入り口には、常に二人以上の騎士が見張っている。宿泊中でも護衛の仕事はきっちりこなしているよう。
今日は騎士五人が全員、部屋の入り口で待機している。いつ部屋に剣を抜いて飛び込んできても、おかしくなさそうな雰囲気だ。
さてその部屋に、真澄・ルチル・トーマ・ブルーノが対面している。何故か部屋の中に、犬の姿になったロビンもいる。
宿の人々は彼の正体を知っているのか判らないが、この犬を宿に入れるのに特に問題にはしなかった。むしろ慣れた様子で、ブルーノだけでなく、ロビンにも冗談交じりで挨拶をしたりもしていた。
「……というわけで、そのトーマという男の話しだと、ここに十年前にこの国に漂流した大勢のディーク人が、どこかに囚われているらしいんだが……。そのことであなたが何かを知らないかと、話しを聞きに来た次第です」
これまでのルチルと会ってからの敬意や、トーマから聞いた話しを、ブルーノに説明した真澄。それにブルーノは、やや困ったような、不思議そうな様子である。
「……そうですか。それで真澄さんは、その囚われた方々を調べて、どうするつもりなのだ?」
「助け出す。そして私のことを、異人嫌いの屑だと言い続けた奴らを、見返してやるつもりだ」
「見返す? それはもう果たしてるのでは? 君の父上は、大層反省して、君に謝り倒していたが……」
「あれじゃまだ足りんよ……。それにあいつ、本心では私のこと、まだ疑ってるみたいだったしな。だからあのゲス顔をもっと後悔させて、踏みつけやるさ」
ブルーノに対して、ずっと礼儀正しい言葉遣いだが、この時だけ素の表情を見せた真澄。
最初は家族と一緒にいるのが嫌になっての家出だったが、現在は新たな旅の目的ができた真澄。この騒動に巻き込まれたのは、彼女にとっては幸運だったと言えるだろう。
それにブルーノは少し考え込み、そしてしばしして答えた。
「そのトーマという騎士から、そこまで聞いたのなら、私も隠すことはないだろうな。私は名目上では、この大陸にロアの教えを広めるために、この国に訪れた。だが本当の目的は、この大陸に向かったきり、行方が判らなくなった、ルシア王女の捜索に訪れたのだ」
「捜索に?」
以前ブルーノに会ったときは、彼が何の為にここに来たのか、聞かぬままに彼と別れていた。だがどうやら、例の大使の船遭難事件と、大きく関わっていたようだ。
「王女殿下は本国では、ご病気のために、遠方に治療に行っていることになっている。この国に大使を送ったことは、国内ではまだ発表されていない。私はこの国で布教しながら、ひそかに姫様をお捜しするよう、陛下から命じられてきた。ロアの教えを知り、我が国に共感してくれた人々が、この国に大勢現れれば、彼らの力も借りて情報を探るつもりだったが……」
「何で密かに探す必要があるんだ? この国の政府に、直接頼めばいいんじゃないのか?」
その話しで真澄が真っ先に思ったのは、そんな疑問であった。王族が他国で行方不明になるとは、確かに大事だ。
この津軽王国は異人に対して寛容な国。出身国を偽ったりと、別にこんなスパイのようなことをしなくても、普通に捜索を頼んでも良さそうなものだが……




