第二十三話 真澄の過去 弐
数時間後、再び真澄は牢から連れ出される。今回は取調室ではなく、面会室。鉄格子で区切られた二つの部屋を境に、真澄はある人物と対面していた。
それは綺麗な色彩の着物を着た、見た目裕福そうな中年男性。それは真澄の父親であった。
「やってくれた真澄……一度ならず二度までも、よくまあ……」
「言っても無駄だろうが言うぞ……私はやったのは正当防衛だ。あいつが人を殺そうとして、守ろうとしたんだ」
「ああ、確かに言っても無駄な言葉だな。そんな見え見えの嘘をついて、どうするつもりだ? 貴様があの人に“危害を加えるところ”。そしてその方に“異人は全て死ねばいい”と叫んでいるところ。駆けつけた大勢の警官が聞いている。自分の罪を認めることさえできない女の言葉など、誰が信じると言うんだ?」
厳格な顔つきで、そして静かな口調で、隠しの向こう側にいる真澄に、強い怒気を含めて責め立てる父親。
彼もまた、あの異人の言葉の方が、真実だという前提で、この面会を行っていた。警察からの説明に、脚色があることにさえ、彼は気づいていない。
「皆がお前を蔑む中、私だけは、どうにかお前を信じようとしていたんだぞ……。幼いときの過ちの時から、私がいつの日か更正してくれることを信じ、常に厳しく正しい道を教えてきた。だがそれも全て無駄だったようだ。結局私がどれだけ尽くしても、お前の心を変えることはできなかったようだ。貴様は我が酒井家を……いやこの津軽王国の名に、二度も泥を塗ったんだぞ? 最もお前のその腐った頭では、私が何を言っても響かないようだろうがな」
父親が自分を静かに責め立てるところを、真澄は無表情で黙って聞いていた。父親が何を言っても、言葉を返さない。
「嘘をついても無駄とようやく判ると、今度は沈黙か? それとも自分の卑しさと罪の重さに、少しでも自覚することができたか? どのみちもう手遅れだ。今日限りを持って、貴様と当家との縁は完全に切らせてもらう。例え牢から出る日が来ても、我が家に近づくことは決して許さん。……だがその前に、最後の最後にお前に頼みがある」
最初の蔑む視線から、今度は懇願するような姿勢で、父親は語り続ける。
「今回の件、自分の罪を正直に話せ。相手が先に仕掛けたとか、そのような見苦しい嘘や言い訳をせずに。自分が異人への妬みと怒りで、あの人を傷つけてしまったと、その真実をお前の口から、はっきりと口にするんだ。お前は最後まで間違いを犯して続けたが、最後の別れの前に、一度だけでいい……この私に人間らしいところを見せてくれないか? お前にほんの僅かでも、良心というものがあるというのなら……それぐらいのことできるはずだろう? 頼むから私だけでなく、妻や他の兄妹達まで失望させないくれ……」
父親の懇願に、真澄は無言だった。彼女の顔には、怒りも焦りも悲しみも感じられない。彼女の父親を見る目は、明らかに馬鹿を見るような、見下しきった目であった。
「そうか、それがお前の答えか……貴様に良心というものを、ほんの微かでも期待したのが愚かだった。もういいお前の事はもう忘れる。我が酒井家でも、貴様の存在は最初からなかったことにする。さらばだ……最後の最後まで、何をしても救われなかった愚かな娘よ……」
全てを悟りきった父親は、そのままゆっくり、老人のように力ない動きで退室していった。
警察署内で面会室から出てきた真澄の父親。部屋の外の薄暗い廊下にて、待機していたらしいあの警部が、神妙な顔で近づいてくる。
「酒井さん……今回のこと、本当にお悔やみ申し上げます……」
「良いのだ……全てはあいつと、あいつの教育を間違えてしまった、この私の罪だ……」
「しかしそれは……」
「警部大変です!」
突然二人の会話に割り込んでくる声。それは焦りながら、息を切らして走ってくる、警部の部下であった。その顔は明らかにやばいことになったことを現している。
「どうしたのだ一体?」
「それが……今回の被害者の上司だという方がお見えになって……」
警察署内のとある待合室にて。縦に数個並べられた、長い木製の椅子に数人が座っている中に、一人の異人の姿があった。
それはルチルより先に、この津軽王国に来訪していた、ブルーノ・ロームである。この国全般では、異人の姿を見かけるのは珍しくない。
だがこの様なところで見るのは珍しい。そしてその場で彼に話しのために訪れたのは、あの警部だけでなく、是非その人と話しをしたいと申し出た真澄の父もいた。
「どうも突然訪問、申し訳ありませんでした。私はウェイド王国司祭の、ブルーノ・ロームだ」
「(ウェイド? 聞かない国名だな……)ええ、私は酒井 雅夫と申します。あの女の血縁状の父なのです。今回のこと何と申し上げたらいいか……確かあの方の上司の方だとか」
このブルーノという人物は、別に重要参考人や承認というわけでもない。そのために他の人もいるこの広い待合室で、そのまま話しをする三人。
実際に彼らの話しに、何人かが聞き耳を立てている。
「ええ上司というか……あの人は私の護衛の為に、教会から派遣された騎士なのだが……今回のことは本当に申し訳ありませんでした。私が少しの間、休みを取らせている間に、あのようなことを起こすなんて……」
「いえいえそのようなことは……え?」
ブルーノの言葉に、真澄の父と警部は、急に困惑顔を見せる。今回の件では、あの騎士は一方的な被害者の筈であった。
だが何故か、ブルーノの方が、彼らに謝罪しているのである。
「何故謝るのです? 彼は被害者の筈では?」
「いえ、違います。そのことを説明するために、私はここに来たんだ。彼はこの慣れない土地で、大分ストレスを溜めていたようだ……。それで癇癪を起こしたのか、通りがかった子供を、スリと言い掛かりをつけて、暴行を振るってしまったそうだ。しかも彼……病院で私が最初に問い止めたときに、明らかな嘘をついて、この私を誤魔化そうとした。全く信じられない……我が王国に恥をかかせてしまった……」
「「ええっ!?」」
決定事項だった事件の顛末と、明らかに食い違う関係者の証言。それに真澄の父と警部は、素っ頓狂な声を上げる。それに逆にブルーノの方が、困惑しているようであった。
「ええと……それは何かの間違いでは? その方が、何か言い間違いをしたとか……司祭様の聞き違いとか……」
むしろそうであって欲しいと、かなり強引な理屈で、証言の間違いの可能性を口にする警部。だがブルーノは、首を横に振った。
「いえ、事実です……。彼は以前にも、似たような理由で、とある町のお店の門を壊してしまっていて……その時にも私に嘘をついていた。その件は、警察にも伝わってるはずだが?」
先程あれ程のことを真澄に言った直後に、突然全てを覆す発言。真澄の父は、最初に信じられないと言った風で、硬直していた。
そしてしばしして向き直り、警部に向かって、責めるように睨み付けた。
「警部、これはどういうことですか? 先程あなたは、真澄の犯行を警察が目撃したと……」
「ええと……それは……状況的にあいつが犯人で間違いないと思い……捜査を迅速に進めようと思っての処置で……おい、お前!」
警部が突然真澄の父に背を向けて、近くにいた部下に怒鳴るように声を上げる。
「酒井 真澄の件、報道者共にはどうしてる!? まだ何も伝えてないよな!?」
「何言ってるんですか警部!? もうとっくにあいつが犯人だって、公表してますよ! ついさっき配られた新聞にだって……」
彼とは別の部下が、大慌てで新聞を持ち出して、警部に見せる。それには今回の異人男性の殺傷事件の犯人として、真澄の写真が大きく載せられていた。
しかも犯行の最中を、警官が目撃したという、捏造証拠までしっかり書かれている。もう今更、やり直しは効かない。
「何てことだ……どうしよう……?」
「警部……あなたという人は……」
「えっとだって……ほらあなただって、娘さんが犯人だと、最初から思ってたじゃないですか! 私だって、うっかりそう思ってしまって……。そうこれは事故ですよ! 些細な勘違いが重なっただけで、そう大したことじゃ……。あの……ブルーノさん、先程の証言なかったことにできません? 我ら警官としても、相応の礼はしますので……」
「あなた馬鹿ですか? 国の平和を守る勤めを持つ者として、恥を知りなさい……」
滅茶苦茶な言い訳をする警部に、ブルーノが冷め切った言葉を投げかける。
「おい、今の聞いたか?」
「ああ、捜査を偽証する気だぜ。最低だな……」
「ここの警察、色々黒い噂は聞いてたけど……デマだと思ったら本当だったのね」
しかも警部はうっかり忘れていたが、この待合室には彼らと警官以外にも、数人の市民が座っていた。
話しを聞いていた彼らは、ブルーノ同様に冷め切った視線を、彼に送っている。そんな時に、更に事態を悪化させる報を、駆け込んできた一人の警官が持ってきた。
「警部大変です! 先程子供が一人、署に駆け込んできて……。一昨日異人に襲われたところを、今日新聞に載っていた女性に助けられたと言ってますが……どうしましょう?」
この日、異人男性殺傷事件の誤認逮捕と証拠捏造が、新聞に大きく取り上げられることになる。
今回の件がきっかけで、この外ヶ浜町警察署で、以前から証拠捏造や、逮捕者に対する暴行が判明することになる。
あの取り調べで、真澄にかけられた言葉も、物覚えの良い真澄の証言により、一字一句間違いなく、全てが新聞に掲載されることになる。それには父親からの言葉も含まれていた。
この警察の信頼を失墜に追いやりかねない事件で、その後しばらく津軽王国は騒ぎ出すことになる。
ブルーノの証言により、真澄は釈放され、無事に家に戻ることになる。……だが真澄は、その僅か五日後に、家を出て行った。




