第十七話 緊急経験値稼ぎ
「キィイイイッ!」
剣や鎌を持った人型眼妖(防護膜尽き)達。それに向かってルチルと真澄が、即座に迎撃する。
襲い来る敵が、彼らに到着する前に、銃弾や光の魔法で、次々と撃ち倒され、この林の地面に、大量の泥が四散していく。
(くそっ、外した!)
真澄の撃った小銃弾が、本来狙っていた眼妖の目玉を外して、となりの樹木の幹に穴を開ける。
これまで百発百中の腕前を発揮していた真澄。今回になって初めて、射撃を外したのである。やはり大量の出血と、まだ引けない痛みのせいで、集中力が鈍っているようだ。
そんなことしている間にも、あの巨人の足音と木々を踏みつぶす音が、どんどん迫ってくる。
「殲滅は無理だ! 戦いながら逃げるぞ! いけるか!?」
「何とかやってみます!」
林の中を走る二人。追ってくる敵を、次々と撃ち倒しながら、あの巨人とできるだけ距離を開けようと、ひたすら走る。
だがとうとう真澄の自動小銃が弾切れを起こしていた。
「こっちはもう無理だ! お前は……」
「きゃあっ!」
ルチルの方に振り向くと、今まさに彼女が、一匹の眼妖に一撃を入れられているところであった。
眼妖の振る剣が、ルチルの肩を切り裂いて、彼女が倒れ込む。
「はあっ!」
即座に真澄が突撃し、腰の刀を抜き放ち、眼妖を後ろから刺突した。後頭部に突き刺さった鋒が、弱点の眼球を後ろから損壊させて致命傷を負わせることができた。
倒れたルチルに真澄がすぐに駆け込む。傷は急所は裂けたが、決して軽い傷ではない。彼女の法衣から、ジワジワと赤い血が染みこんでいく。この状況は今回で二度目だ。
以前と違うのは、この近くに医者はいないことと、敵がまだ健在であることである。
「大丈夫です……回復なら自分で……」
自身に回復魔法をかけるルチル。だがその回復速度は、さっきより遥かに遅い。実は既にルチルの魔力は限界近くまで消耗しており、振り切れる力は限られていた。
真澄は刀を握り、周囲を威嚇するようにして見渡す。周囲にはあの眼妖達が、次々と集まって、彼らを囲っていた。
絶対絶命……と思ったら、急に眼妖達が、折角追い詰めた獲物を放って、その場から蜘蛛の子を散らすようにして逃げていった。
「うん……しまった!」
見るとあの巨人が、もう目前にまで迫っていた。あと十歩歩けば、充分彼らを踏みつぶせそうな距離である。
「(雑魚共は私を足止めするための噛ませか!?)ルチル走るぞ!」
「ええ……」
共に走る二人。だが完全に傷が癒えていないルチルの足取りは重い。
「うわぁっ、真澄さん!?」
「さっさと行くぞ!」
真澄がルチルを横抱きにして、持ち抱える。そして彼女を持って、再度逃走を図る。真澄とて手傷が残っているのに、かなり無理をしているのが見て判る。
息を荒くして、大量の汗で濡れた手に掴まれながら、ルチルが何やら顔を赤くしているのが見えた。
『女が少女にお姫様抱っこをして逃走劇!? 何だこの百合薔薇な展開は!?』
『馬鹿な事言ってないで、これどうにかしなさいよ! このままだとマジで殺されるわよこの人達!』
状況を見て興奮している源一に、小次郎が激昂して怒鳴りつける。
いくら純人より体力がある鰐人とはいえ、出血で本調子でない上に、人一人を抱えて走るのは相当なハンデである。
このまま行けば、林の木々という障害物に阻まれながら進む巨人に、そのうち追いつかれてしまう。
『どうするって、どうすればいいんだよ? あんなの手榴弾になっても、倒せる気がしないぜ……』
『あんたさっきの戦いで進化はしなかった!? 理屈は判らないけど、昇級すれば新しいのに変身できるんでしょ!?』
『ああ、うん……今どうなってるっけ!?』
小次郎に言われて、源一は今また、自分のステータス表を見てみた。
転生武具 源一 第三級
第一形態:軍用シーフナイフ
第二形態:自動式拳銃
第三形態:自動式小銃/手榴弾
次級 760/800
表示されるそれは、まだ昇級には至っていないようである。二人が注目するのは“次級 760/800”という文字。これが経験値のことを言っているのなら、後四十でレベルアップである。
『まだ足りない……私の計算だと、あの眼鏡付き一匹で、二十のはずだわ。じゃあ後あいつを、二匹倒さないと』
『でもどうすんだよ? もう小銃の弾は使い切ったぞ? ていうか周りにあいつらもういないし』
あの防護膜付きを倒せる形態の自動小銃形態は、現在弾切れ中だ。補充するには、あと一分待たないと行けない。
恐らく後少しで、補充が完了するだろうが、倒すべき敵が周りにはいないのだ。そして正確に敵に狙いを定めるには、源一を誰かが持って使ってくれないと行けない。変身後の源一は飛ぶことができないのだ。
そして今の状況で、真澄たちにさっき逃げた眼妖を追えというのは、あまりに無茶な話しである。しかも最低二匹倒さなければ行けないのだ。
『手榴弾になれば、狙わなくても殺せるでしょ?』
『ああ……でも一発で一匹じゃあな。爆弾になった俺を前に、黙って立ち止まってくれればいいけど……しかも二匹同時にやらないといけないし』
確かに手榴弾で二匹同時に倒すには、かなりの運が必要である。手榴弾形態だと、ピンを自力で外すことはできるが、敵を追いかけることはできない。
もし転がってきた源一に、敵が警戒して逃げてしまったら? それに手榴弾の再利用ロス時間がどのぐらいか不明だが、二回爆発するには結構な時間がかかると思われる。
しかも一匹殺してしまうと、残りの奴はあの缶のような形の爆弾を覚えて、警戒してしまうのではないだろうか?
一時名案かと思われた考えに、すぐに問題点が提示されて、思い悩む小次郎。
考えに考え込む中で、真澄たちはどんどん、背後に聞こえる巨大な足音に追い詰められていく。そして小次郎は、意を決してある決断をした。
『仕方がないわね……冥界の役人の決まりを少し破っちゃうけど……背に腹は変えられないわ。源一、敵を止めるのは私に任せなさい! 私が声を上げたら、すぐにこっちに飛んで、手榴弾に化けなさい!』
『おお……お前ってばよ……』
この状況をどうにかしようと、必死な様子の小次郎。これを見て源一は、何故かかなり当惑しているようだ。
『何よ?』
『こんなまともに話したこともない二人を助けるために、そんな必死になるなんて……。人を平気で地獄に落とす冷血漢と思ってたけど……。実はお前って、人の命を思いやれる、すげえいい奴だったんだな! 見た目も口調も、ヤンキーぽくてきつくて、見た目完全に悪女な感じなのに、これは驚愕の事実だぜ!』
『舐めてんのかてめえ!? いいからここで待ってろ!』
小次郎の人間性に関する衝撃の事実。それは源一からの視点で、一般に考えれば、とてつもなく失礼な考えと物言いである。
震え上がるほどに感嘆する源一。それにブチ切れながらも、小次郎はさっき逃げていった眼妖達を追って、林の方へと飛んでいった。
「キキイッ!」
「キイッ~~~」
林の中で数匹の眼妖達がたむろしていた。先程真澄たちを襲った者達だ。
彼らはもう自分の役目は終わったと言わんばかりに、既に真澄達への興味はなく、この林の中を猿のような鳴き声を上げながら徘徊していた。
近くにリスやウサギが通りかかっても、全く気に留める様子もない。今はただ、次の獲物を通り過ぎるのを待つばかりといった風だ。
もしこの光景を、真澄が見ていたならば、色々と不思議に思ったかも知れない。
最初に真澄を襲った眼妖達は、明確な知性と言語を操る能力を持っていた。そして性暴力的な欲望を持ち、明確な自我を持って真澄を追っていたのだ。
だが彼らには、そういった知性や自我は全く感じられない。只の獣以下、いや機械のように低レベルな意思しかないように見える。
だが生憎この場でそれを見て、判断する者はいなかった。たった今、この場に飛び込んできた者も、そういったことを観察する余裕もなく、彼らに飛びかかったのだ。
『その身体貸せぇえええっ!』
妙なノリで叫びながら、人型眼妖に飛びかかる小次郎。眼妖には彼女の姿が見えていないようで、彼女の突撃に対して、何の反応も示さない。
そのまま何の抵抗もなく、小次郎は眼妖の身体に接触した。
奴と繋がる前に、小次郎の本体が、急に歪み始める。その全身が光の粒子になって分解されたかと思うと、一つに固まって一個の光の球となる。
それはかつて、小次郎が審判を下していた、あの罪人の人魂と同じ姿であった。
光の球が眼妖の腹に直撃し、小次郎は眼妖の身体に吸い込まれたように消える。人魂となった小次郎が、その眼妖の身体に乗り移ったのである。
「キィ?」
眼妖は一瞬、不思議な感覚に当惑するが、それは一瞬で終わる。
今まで規則性なく徘徊していた眼妖が、急に動きを止める。そして辺りを見渡し、一番近くにいた、一匹の眼妖に狙いを定める。
『あんたちょっと一緒に来なさい!』
「キィ!?」
突然走り出した、小次郎憑依の眼妖。そして近くにいた同類の身体の眼妖に飛びかかったのである。
後ろから胸に手を回して、抱きつくようにして密着する二匹の眼妖。別にじゃれ合っているわけではない。
後ろから掴みかかれた眼妖は、全力で締め上げられて拘束される。眼妖はジタバタ藻搔き始め、背後からの拘束に抵抗を試みる。
『よしっ源一! さっさと爆発しろ!』
この声に呼応して、真澄たちが逃げている方角から、弾丸のように光速で飛んでくる、一個の勾玉。
それは二匹の眼妖の目の前に転がり、その場であの手榴弾に変身して見せた。
『何してんだ! さっさと……』
『判ってるよ! 自力でピンを外すのは、ちょっと時間がかかるんだよ』
背後からの拘束から逃れようと暴れる眼妖。このままだとすぐに逃げられかねない。
彼らの足下に転がった手榴弾は、カチカチとピンが揺れ動いているが、まだ外れる様子がない。どうやら人の手を借りないと、一気に引き抜くことができないようである。
眼妖の後ろ蹴りが、小次郎憑依の眼妖の脛に激突する。この拍子に二人揃って転がり落ちる。
その勢いで小次郎の拘束が緩み、その両腕から解き放たれようとしていた。その直後に、手榴弾のピンが、勢いよく弾け飛んだ。




