第十一話 聖女の疑惑と異文化交流
「ただいま~。それと客を追加だ。こいつも今日から泊まる。部屋は同じでいい」
「はいよ。……あら、この子前に新聞に写ってた、異国の巫女さんかい?」
「巫女? いえロアの司祭です」
「それとここ、猫を連れ込んでも構わないか? こいつなんだが……」
「ああ、構わないよ。ここもう鼠が住み着いてるし、今更猫ぐらいどうってこないわ」
「ありがとう。それと風呂の用意を頼む……」
宿に戻ってきた二人。宿の店長に、ルチルの分の宿代を前払いし、部屋へと上がっていった。
ちなみに道中、ルチルは荷物らしき物を何も持っていなかった。どうやら持ち物は、全部あの異空間への収納魔法で持ち歩いているらしい。
真澄の借りた部屋に入るルチル。畳の部屋が珍しいのか、彼女はこの二人で泊まるには、少々狭い部屋を、しげしげと見つめていた。
「ルチルは、アマテラス式の寝床は初めてなのか?」
「ええ……ゼウス(大陸名)とは、かなり様式が違うと聞きましたが……」
「そうか……。じゃあそこから説明が必要だな。まず宿の着替えだが……そういえばルチルの着ている服、傷一つついてないな。替えを持っていたのか?」
ここで一つまた疑問点が出てきた。ルチルの着ている法衣らしき異国の服。それは先程、真澄の発砲で穴が開き、血で染まってかなり汚れていたはずであった。
だが今はかなり綺麗になっている。服についていた穴はなく、血を吸った布地の、赤くなった部分の面積が、かなり狭くなっている。
あの次元収納で、新しい服を出したのだろうか? それにしては、同じ部分に、少しだが血の染みができているのが、不自然な話しだが。
「いえ、これは同じ服です。この服は神聖な魔法の法衣で、傷ついてもしばらく経つと、元通りになるんですよ。汚しても、洗濯せずに自然に綺麗になるから、とても便利なんですよ」
「また“神聖”か……しかし確かにそれは便利だな。私も欲しいぐらいだ」
台詞だけ聞くと嫌みのようだが、彼女の口調は本心で感心しているよう。するとルチルは、軽く笑って意外なことを言う。
「ええ……で真澄さんだって、神聖な道具を持ってるじゃないですか。朝に見せて下さった、あの不思議な石とか」
「この石が? これは呪いの石だろうが……」
ルチルが指摘したのは、どうやら源一のことのようである。これにマスミは少々当惑する。
「そんなことありませんよ! 朝も言いましたけど、それには呪いや穢れの力なんて、何も感じませんでした! それにその石は私や真澄さんを、何度も助けてくれたんでしょう? その不思議で強大な力といい、真澄さんが自然と使えこなせることといい……きっと女神ロアが真澄さんに、この世の穢れを打ち倒させるために贈られた、神聖な武器に違いありません! 私と真澄さんが出会ったのも、きっと偶然ではなく導かれた運め……」
「いや、判ったからとりあえず風呂にいけ! 高貴な聖女が、いつまでも体臭出してると、女神様に失礼ではないか?」
「はあっ! そうでした! ではすぐに行きますね! ありがとうございました!」
熱が入り始めたルチルの言葉を遮って出た真澄の言葉に、彼女は我に返ったように立ち上がり、風呂場へと向かっていった。彼女を見送った後で、真澄は一息吐く。
(これが神聖な道具ね……あいつ、これのせいで自分が死にかけたの、もう忘れてないか?)
指で挟んで持ち上げられた源一を見ながら、真澄はこの石をどうすべきか思い悩んでいた。確かにこれは便利な道具であるが、正体が分からない怪しい物を持ち続けて良いものであろうか?
さてそんな風に見られている当の源一だが、彼もまた少々考え込んでいた。真澄がそれを下ろし、新聞を読み始めた辺りで、源一は同じ部屋にいた小次郎に問いかける。
『なあ小次郎……あのロリッ子、シロだと思うか?』
『ああ、やっぱりあんたも怪しいと思った?』
彼らの交わす言葉はつまり、この眼妖の騒動と、ルチルとの関与を疑うものであった。
『まあ私も少し疑ったけど……でもあの子はシロで間違いないわね。少なくとも人を襲わせてはいないわ』
『何で判るんだ?』
『私の“審判の眼”よ。私って、人の罪を見通す力があるからね。それであの子を鑑定してみたら、この子に罪状は全くなかったわ。生まれてこの方、犯罪とは無縁の、健全な身の上みたい』
『ああ……そういえばそんな力あったっけ?』
冥界で小次郎は、贈られてくる死者の魂の、過去の罪を正確に見通し、彼らに審判を下していた。どうやらあれは生者に対しても有効のようである。
『しかし健全とかあるのか? 俺なんて、やっちまってから後悔した罪なんて、生まれてから何度も……』
『日常的な軽い罪なんて、細かく検索しないわよ。そんなことしたら、情報量が膨大すぎて、私の頭がパンクするわ。でも私が検索した範囲内だと、化け物を操って人を襲わせたら、間違いなくそれを見つけられるわ。その事実だけでなく、その罪を犯した現場の映像まで、全部ね。でもあの子には全くなかった。多分物心つく前から、盗みとかもしてないはずよ』
『ふうん……じゃあロリッ子は、本人が言うとおりの聖女様なわけか……』
そこまで言い切られた以上は信じるほかない。先程欲情した女子が、実は悪人ではないと知って、源一はホッとしたようである。
だが小次郎の方は、少々怪訝な様子。
『でもちょっと気になることがあるのよね……。あの子、罪を犯した前科はないようだけど、どうも善事を行ったこともないみたいなの。検索しても、何か人を危機から助けたとか、そういうレベルのことはしてないみたい』
『あん? それって変じゃないか? だってさっき、こいつ真澄を助けただろ?』
さっきのことだけでなく、彼女はそれ以前からも、眼妖から人を助けたと言っていた。それならば、善事として彼女の審判の眼の検索に引っかかるはずである。
『ええ、変ね……真澄を助けたところは、私だって見たのに。こんなこと初めて。……ていうかそもそも、私らあの子の詳しい内情全然知らないじゃん』
『そういやそうだったな』
それは普通に考えれば、誰もが真っ先に思う疑問。
アマテラスの国々とは、国交も公益もないデューク神聖王国が、何故このタイミングでロア教の宣教師など送ってきたのか? しかもベテランの司祭ではなく、あんな子供をたった一人でである。
それにあの眼妖を浄化した不思議な力。あれに関しても未だに詳しい説明がない。まあこれに関して、質問しても“神聖な力”の一言で片付けられそうであるが。
『それにもう一つ気になることがあるのよね。あの子の着てる服、傷も汚れも勝手に直る、自動修復能力のある服みたいだけど……。あれってゼウスでもアマテラスでも、そうそう簡単に手に入るもんじゃないわ。勿論神聖だからって聖女が手に入れられる物でもないし……』
『じゃあ、どうすれば手に入るものなんだ?』
『基本は金ね。確か一着分手に入れるのに、下級騎士の年収五百年分の金が必要だったはず。魔力を増幅させたり、防御力を高めたりとか、戦闘用に特化したタイプなら、さらにその数倍の金が要るわね。ただの見習い司祭に、支給されるようなもんじゃないわ。それにあの硬貨だって……』
『そんじゃあれはエリートか、よほどの金持ちの子って事か?』
『それだったらますます、そんな子が異国に一人で来たのかしら?』
本当ならそれらの疑問は、本人に問いただすのが一番早い。しかし一方は勾玉で、一方は霊体。彼らに直接問いかけることはできない。
小次郎も、現世への干渉が大きく制限されているのだ。それができる唯一の人物は、彼女を保護した真澄であるが、現時点それを聞く様子がない。
「しかし私は異人と良く縁があるんだな……」
風呂に行くルチルを見送ったときに、真澄がそう独り言を口にしたが、別段それはルチル個人に対する思いではないようであった。
「いいか……箸の持ち方はこうだ。こうして指にきちんと挟むんだぞ」
「はい……うう、少し難しいですね」
「慣れれば自然と使えるようになるさ」
夕食になって、マスミは出された食事の前で、ルチルに箸の使い方を教え込んでいた。どうやら彼女の故国では、箸という物がないらしい。地球では、日本に初めて来る外国人も、こんな感じなのであろうか?
近くではミルクが、小皿に盛られた生肉のミンチ(恐らく無限魔の肉)をモリモリと食べている。
「そういえばお前、ここに来るまでは何を食べてたんだ? 金が使えないということは、食べ物だって買えなかっただろう?」
『いや、そんな質問はどうだっていいのよ! もっと先に聞くことがあるでしょう!?』
端から小次郎が突っ込むが、勿論そんな言葉は聞こえない。
「林の中にいたウサギとかトカゲとかを、魔法で捕まえて……」
「ほう……お嬢かと思ったら、結構そういうこともできるんだな」
「ええ、あれも食べてみるとけっこうおいしいですよ。勿論ここの御料理も、もっとおいしいですけれど♫」
「そうか、それじゃあ宿の店主も喜ぶだろう」
姉妹のように和やかに会話する二人。真澄は一向に、ルチルに対して詳しい素性を聞こうとしなかった。
食後に二人で部屋に戻り、一人は戦闘の後で、一人は被弾した後なためか、早々に就寝につく二人。真澄はルチルに対して、無防備な姿を晒したまま、ルチルの隣で布団にくるまっている。
(こいつ……ルチルを全く疑ってないっぽいわね。もしかして結構間抜け?)
呆れかえる小次郎。この感じだと、前者の可能性が高いが。どうもルチルの内情を知るのは、当分先になりそうである。
パン! パン! パン!
「なっ、何だ!? この音は?」
この日の寝静まった時間に、巡回中の警官を初めとした、多数の人々が、街中に響く不振な音を聞いていた。
これで少々騒ぎになるが、真澄とルチルはその騒ぎに気づくことなく、すやすやと眠っていた。




