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第一話 冥界の法廷

 そこは何もない世界であった。大地も空も生物もいない、全てが夕焼けのように赤く染まった謎の広大な空間。

 その宇宙空間のような場所で、何故か人がいた。この空間の中に浮かぶ、雲のような煙が上る場所で、そこに誰かがいる。それは一人の少女であった。

 日焼けしたような褐色肌の、背丈や容貌から十五~十六ぐらいの年齢に見える少女。髪は少し伸ばしていて、後ろに結っている。その顔つきは、地球の古風なヤンキー女子のような印象を受ける。

 服装は紺色で、模様などもあまりない、地味な装いの袴の着物姿。


 彼女の身体的な姿は、現世で一般的に言われている人間とは、大きく異なっていた。

 褐色の肌色はないわけではないが、それ以外の特徴として、彼女の頭には角が生えていた。額の上部両側に、真上を突き刺すように伸びている鬼のような二本角。明らかに普通の人にはない特徴である。

 しかも口から見える犬歯は、まるで狼や吸血鬼のように、発達して伸びている。


 そんな異質(あくまで現世の地球での感覚で)な人種の謎の少女。この霧の地面に胡座をかいて座り込み、ある者と対面している。

 それは宙を浮いている、光の球であった。カンテラの明かりのような、淡い光を放つ謎の光球。しかも宙を浮いている。それは蛍などでは決してない。

 これは人魂。つまり現世から昇天してきた、死者の魂であった。その魂を相手に、その鬼娘は、見下すような目線で見ながら、口を開く。


「ギルム・マクベイン 享年41歳。元ディーク神聖王国の中級騎士。アマテラス大陸侵攻に参加中に、海難事故死。これまであなたの人生でのとりわけた善事は……特に無しね」

『何だと!? 何を言っている!?』


 鬼娘がそう口を発すると、その人魂から電子音声のような声が発せられる。その声は驚きと戸惑いが大きく現れていた。


「悪事は……すごい多すぎね。ディークの行った侵略戦争に積極的に荷担。戦場では六人を負傷させ、二人を殺害。罪のない一般市民に対する窃盗・暴行・強姦・殺人は……」

『待て!? それの何が罪なのだ!?』


 ますますもって見下した目線で、その人魂の罪を読み上げる鬼娘に、人魂は理解できないといった感じで怒りの声を上げている。

 すると今まで事務的に喋っていた鬼娘が、急に感情を露わにして喋り出す。


「何言ってんのさ? これだけのことをしでかして、罪になるに来まってんじゃないの? むしろどうしてこれが罪にならないと思うわけ? それとも身に覚えがないとでも言うつもりかしら?」

『ああ、覚えがないとも! 私がやったのは罪のない市民などではない! 我が世界を汚す蛮族共だけだ! 奴らは存在そのものが大罪だ! 私は女神の教えの通りに、あの汚れた者達の浄化に、大きく貢献したのだ! これは善事であるはずであろう!?』

「そんなわけないじゃん。むしろ私からすれば、あんたの方が蛮族よ。これほど酷いことをして、自分がいいことしてる気分なんて、ぶっちゃ馬鹿じゃないの? はあ……この台詞言ったの、これで何回目だろ? ここ最近じゃ、あんたみたいな屑がよく上って、正直げんなりしてるのよね……」


 鬼娘の見下した目線は、段々と怒りと蔑みの目線に変わっている。これに対し人魂は、ますます持って、激昂して叫び出す。


『貴様――――! この私を誰だと思っている! 私は神聖なるディークの騎士であるぞ! 女神ロア様の教えを誰よりも尊び尽くしてきた私は、天国にいけるはずではないか!』

「行けないわよ。女神ロア? そんな神霊、どこの次元にもいないし。インチキ宗教を信じ込んで、散々やってきて、天国だぁ? 残念だけど、あんたは地獄行きよ。死ぬよりつらい地獄の炎の中で、六百年悶え苦しんだ後で、来世ではケダモノに転生よ。そん時には、あんたも少しは、頭の中が清浄になってるかもね……」

『何をほざくかーーー! そうか! 貴様実は悪魔だな!? 冥界の役人を装って、私を罠に嵌めるつもりだな! そうはいくものか! 女神ロアよ! 私は全力であなた様の、教えを守り、世界に尽くしてきました! どうか私にご加護を! この悪魔から私をお救い下さい!』


 必死になって、存在しない神に、祈りと救いの声を上げる人魂。それに鬼娘は、一言ため息をついた後で、こう口にした。


「もういいわよ。あんたとっとと逝け!」


 そう口にすると、その場は一瞬で静かになった。声を荒げていた人魂は、蝋燭火を吹き消したように一瞬で消える。

 あれがどこに行ってしまったのか? 恐らく鬼娘の口調からして、あまり良いところではないのであろう。


「よし……それじゃあ次!」


 彼女がそう口にすると、そこに新たな人魂が、マッチの火のように一瞬で現れた。

 その人魂は、見た目は先程地獄送りにされた人魂と、全く同じ姿である。だが勿論別物で、これから行われる裁定も、さっきとは異なる者になるはずだ。


「ええとまず名前は……沼田 源一 享年35歳。漫才師。死因は自殺……あら?」


 彼女の手元には、書類など、その人魂の身元を示す物はない。どうやら何か特殊な力で、この世界に送られてくる、人魂達の過去の経歴を読み取っているらしい。

 そして今、その人魂の身元を読み取るが……ここで鬼娘が不思議そうに眉を潜めた。


「……ああ、またか。私の管轄でない世界の、迷い死者ね、あんた……」


 だがすぐに事態が判ったようで、納得する鬼娘。どうやらこの人魂は、本来この世界に来るべき魂ではなかったようだ。


「悪いけどあんたは元の世界が分かり次第、送り返すわね。とりあえずそっちの担当に送っておくから……」

『……いて下さい……』

「ん?」


 事務的な口調で、その人魂を別の場所に転移しようとしたとき、その人魂がか細い声で、鬼娘に何かを口にしていた。


「何かしら? 言いたいことがあるなら……」

『抱いて下さい! ……俺一生に一度でいいから、可愛い子に思いっきり抱きしめられたいんです! もしよければ最初に頭を撫でてくれたら!』

「……はっ?」


 人魂の発した前代未聞の請願。その言葉に、鬼娘は目を点にして、絶句していた。


「あんた、何言ってんの?」

『抱いてくれって言ってるんだ……その両手で、その薄い胸でギュッと優しく……ああ、、まさか死んだ後に会う神様が女の子だったなんて……生きてる間に女子に縁がなかった俺にとって、これは最後のチャンスなんです……』

「はっ、はぁ……別に私は神様って言うほど偉くないけど?」


 鬼娘はこれに怒ることもなく、ただ呆れ、そして当惑した。

 彼女はこの世界で長いこと、罪人を裁いてきた。それで相手から、多くの反論や中傷を受けてきて、多少の傲慢さには耐性があるはずであった。

 だがこのような、風変わりな請願をされたのは始めてである。


(どうすんのよこれ? 別にこっちにくってかかったわけじゃないけど……)


 別にこんな馬鹿みたいな頼み、聞き入れる必要もない。このまま冥界の待機所に強制送還するのは簡単。

 鬼娘はとりあえず、先程中断したこの人魂の身元を読み取った。この間、人魂は一言も喋らずに、黙って鬼娘の反応を待っている。


(調べたところ、こいつには“自殺”以外の罪状はないわね……。経歴を見ると、急に漫才師をやめて、まもなく自殺しちゃったようだけど、理由は検索しても出てこないわね……)


 彼女の罪を見通す能力では、結果としての罪状は知れても、そこに至るまでの心情を読み取ることはできないようだ。


「(まあ自殺は罪だけど……そうなるからにはよっぽどの何かがあったってことよね? どれほどつらい体験をしたのか? ……しょうがないわね。人生の最後に、少しサービスするぐらいなら)判ったわ……じゃあ今回だけよ。まあ死者にもう一回もないけど」

『おおっ!?』


 何と鬼娘はこの人魂の、セクハラとも受け取れる請願を受け入れた。

 最初にこの人魂を、手でゆっくりと撫でる。犬のように優しく触れると、人魂は歓喜なのか震えているようだ。

 そしてその人魂を、サッカーボールを受け止めるように、両腕で掴み上げて、少し強めに抱きしめる。


『ああ、このまな板のような物の温かみ……何て気持ちいいんだ……これが女子の持つ力か……』

「そりゃどうも……」


 この不思議空間で、異形の娘が異形の人魂を、じっと抱きしめて離さない光景。傍から見ると、少々歪かも知れない。

 鬼娘は数分後もずっと抱き続けた。特に時間指定を言われていないので、相手が満足するまで、待つつもりであったが、本人も少し飽きてくる。そして途中で世間話のように、鬼娘は人魂に語りかける。


「ところであんたさ……どうして自殺なんてしたの? それは地獄送りにされるほど重くないけど、それでも立派な罪よ? よほど酷い苛めでも受けた? それとも失恋でもした?」


 普通ならばこのような質問は不謹慎だと思うだろう。だがここまでしてあげてるんだから、この程度の不礼儀は良いだろうと、鬼娘は人魂に問いかけた。


『それは俺がエイ……じゃない。ええと……実は俺は生きていたときに、生きがいとも言える名作の物語があったのだ。……それは古代の遺物を実に宿した女の子が、邪悪な異次元からの侵略と戦う物語で……』

「ようは好きなアニメがあったのね。そんでそれがどうしたの?」


 最初に何か言いかけて、慌てて止めたのが気になったが、とりあえず迷いながら口にする人魂に再度追及する。

 そして人魂は、何かに吹っ切れたように、情熱的な口調で語り出した。


『そうだそれは長い間ネタにつまり、事務所からも見限られつつある俺にとって、唯一の癒やしだった。毎週深夜まで起きて、生で見続けて、ずっと画面の向こうの彼女らを応援していたのだ! その物語もとうとう最終回に入り始めたが、俺は彼女らの頑張りを心に留めて、これからの人生を頑張ろうと思っていた! だがそれに酷い裏切りを受けた! その物語の主人公が、最終回直前に、何とぽっと出で登場した男とくっつきやがったのだ! 今まで恋愛ごとほとんど描かなかったのに、唐突にラブロマンスを描きやがって! このあまりに裏切りの展開に、俺は絶望し、とうとう生きる気力も……ふげっ!?』


 その情熱的な語りは、急に遮られた。彼を抱きしめる両腕の力が、一気に強まったからだ。胸の中で強く締め付けられる人魂。どうやらこの姿でも苦痛は感じるようで、その絞め技に喘いでいる。


『うおお……何という強い抱擁……だがこれは強すぎではないか?』

「ざけんなこら! 私は怒ってんだよ! くだらねえ理由で自殺なんてしやがって! 命を粗末にするにも程があるわ! 一瞬でも同情して損したわ!」


 先程まで恥を忍んで人魂の要求に応じた鬼娘は、今は憤怒の表情を見せている。頭に生えた鬼の角が、今の彼女の怒りの様子から、実に似合った姿であった。

 ある程度締め付けた後で、彼女は急に両腕を離して、人魂を解放した。人魂が彼女の胸元から、風船のように漂いながら離れていく。


「てめえは一旦現世からやり直せ! 後十年ぐらい現世を彷徨って、己を悔い改めな! この大馬鹿変態野郎!」


 バシイ!


 そして次に放たれたのは、鬼娘の強烈な平手打ちであった。生身の頬を叩くのと同じような小気味よい音が放たれて、衝撃と共に人魂が吹っ飛んでいく。

 数メートル飛んだ辺りで、彼は最初の人魂と同じように、その空間から消滅していった。十秒ほど経って、怒りが収まり始めた辺りで、鬼娘はあることに気がついた。


(何か勢いで、こっちの手で現世に追放しちゃったけど……これってつまり、後からあいつを回収するのは私がやらなきゃいけないのよね? ミスったわ……)


 十年という期限が終わった後で、彼を冥界に呼び戻すのは彼女の役目となった。これに鬼娘は、再度苛ついた様子であった。



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