7.攻撃魔法を練習するよっ!
「・・・というわけで、攻撃魔法を教えてほしいんです」
と、私がお願いしているこの人は、ユリカの師匠のグロリアさん。
師匠がいるっていいよね。
私はたまたまほかの子よりも早く魔法を使えるようにはなったんだけど、ちゃんと習ったわけじゃないから本当にこのままでいいのか不安なことが結構ある。
そんなとき、間違ってたら間違ってると教えてくれる人がいるのはすごくうらやましい。
で、このグロリアさん、実は専門がキッチンなので、部屋には怪しげな薬とかじゃなくてお鍋とかフライパンとかその他いろんな料理道具がいっぱい並んでいる。
なんでも真水に何もいれずにしょっぱい味をつけられる『塩いらず』の魔法を開発して勲章までもらってるすごい人でもある。
庶民にはあんまり関係ないけど、濃い味付けが大好きな貴族たちにとっては味を薄くせずに塩分の取り過ぎを控えられると言うのは健康上すごくいいらしいからね。
「ん~、一口に攻撃魔法と言ってもね・・・なんかないの?イメージとか」
正直言って、漠然としか考えてなかった。
そっか。こういうときは前もってちゃんとしたイメージを持っとかないとダメだね。
「ねえお師匠様?ミルフィが得意なのは風の系列なんだけど、風の攻撃魔法で最強っていったらどんなのがありますか??」
ユリカは簡単に『最強』とか聞くけどそういうのって普通は絶対覚えられないよね・・・
でも、どんな魔法があるのか興味はある。
「ん~、そうね、『コロナ・ストーム』ってのが理論上は最強かな。ちなみに歴史上で実際に使った人はいない」
『いない』って断言した。『多分』とかそういう言葉を付けずに。
「それって、どんな魔法なんですか?」
自分が使えるとはとても思えないけど、ここまで聞いたら最後まで聞いておきたい。
「えーと・・・電子と陽子が分離してイオン化したプラズマ粒子の約100万度のガス(太陽風)を呼び寄せ全世界を覆い尽くす・・・と本には書いてあるけどトンデモない魔法だと言うこと以外は私にもよくはわからないな。こういうのはミルフィのパパのライプニッツ先生の方が詳しいんじゃないかな」
「それ、ダメなやつじゃないですか・・・誰かが使ったら世界がなくなりますよ」
グロリアさんの言う通り、それは確かにトンデモない。
セリフのうしろに(汗)とか付けたくなっちゃうぐらいだ。
そりゃ、使った人なんていないよね・・・
「まあ、『最強魔法』なんてものに手を出してもロクな事にはならないよ。覚える魔法は実力と用途に応じて選ぶのが一番だ」
そうですよね・・・私もそう思います。ほんとに。
「まあ、『最強魔法』のことはとりあえず置いといて、だ。ミルフィは風魔法が得意なら、『かまいたち』は使えるんだろ?それじゃダメなの??」
『かまいたち』は確かに超ポピュラーな魔法で、一応私も発動はできる。
できるんだけど・・・。
「攻撃魔法として使うには威力がどうしても足りないんです。魔力がうまく伝わらないというか・・・感覚としては、力を入れようとしたら『スカッ』と空振りする感じ」
実際、やわらかめの葉っぱなら何とか切れるけど固いのは切れない、という程度の威力しか出ない。
「ん~、まあそもそも『かまいたち』はそんなもんだ。ハッキリ言って魔力効率は良くないんだよ。空気は体積が縮むから・・・じゃあ、ほとんど同じ感覚でもっと使いやすい『ウォーターカッター』でも覚えてみる?」
そう言ってグロリアさんが用意したのは小さなお鍋に一杯の水、それに、何かのお肉??
手にお水をつけて・・・あ、お肉がスライスにされていく・・・
目を凝らさないと見えないほど細い水流が、肉を切っていった。
しかも水流の水はもう一度手のほうに引き戻しているから、お肉が水っぽくなっちゃうこともない。
「すごい・・・便利そうだし、すぐ役に立ちそうですね」
私がそういうと、
「よし、すぐやってみな。ユリカ、あんたも一緒にね」
と促される。
「ふふ、ミルフィよかったじゃん。これ覚えたらあんたの『水魔法のトラウマ』も解消できるし」
・・・ユリカってば、そういうツッコミはいらないから。
「ほら、無駄口叩いてるヒマがあったらさっさとやる!」
グロリアさんは手をパンパンと叩く。
私もユリカも、肉は思ったよりすぐに切れた。
最初にグロリアさんが言った通り、『かまいたち』のときの『スカッ』という抜ける感じがなく、直接力が伝わる感じだ。
多分、単なるダメージを与える攻撃魔法なら、このままで使えるのだと思う。
ほとんど練習も必要なく、新しく魔法を覚えられたことはホントにグロリアさんに感謝。
けど、グロリアさんにはすぐにダメ出しされてしまった。
「これじゃ、切り口はぐちゃぐちゃ、しかも水びたし。こんな肉、誰も食べたくないでしょ!?」
あら、なんか目的が変わってるような。
「これじゃ合格は出せないから、2人でちゃんとできるようになるまで練習してきな!」
こうして私とユリカは、グロリアさんに宿題を出されてしまったのだった。
川や湖はまだ寒い。
とはいえ室内であれを練習したら、お部屋中水びたしになっちゃう。
そうなると、思いっきり水魔法の練習ができるのはただ一つ、お風呂だけ。
家にお風呂があるのはよっぽどのお金持ちだけだけど、幸いなことに、昔王都だったころからこの町には巨大な共同浴場がある。
王城の正面がルーフバルコニー状になっていて、一番上のほうに昔王族が使っていた、豪華な感じの『第一大浴場』、その下に、昔貴族の人たちが一家に一つ持っていた小部屋が連なる『個別浴場』そして一番下に、昔から庶民に解放されていた、質素だけど一番大きい『第二大浴場』の3段に分かれている。
『第一大浴場』と『第二大浴場』はそれぞれ東西2つずつに分かれていて、両方とも西が男子用、東が女子用に分かれている。
『個別浴場』は基本的に家族単位で貸し切りになるから男女の別はない。
そんな大きなお風呂だけど、それでも混んでる時間じゃあ魔法の練習はさすがにできないから、学校が終わってすぐに行くことにした。
なぜか魔法を練習するわけじゃないフタバが一緒に来てるのはまではまあいいとして。
でも一体、お風呂道具以外のその荷物はなに?
おもちゃの船、水鉄砲、水着、スイミングキャップ・・・
「ねえフタバ、川遊びに行くわけじゃないんだからね?」
私は念を押したんだけど。
「もちろんわかってるわ。川遊びだったら釣り道具は外せないもの」
だそうだ。
うーむ・・・それはきっとわかってるとは言わないと思うわ。
どうやらフタバは共同浴場を利用したことはないらしい。
案の定、フタバは入り口で番台のおばちゃんにつかまって、持ち込み禁止のアイテム群を全部取り上げられた上にお説教まで受ける羽目になった。
(ごめんねフタバ、私たちは魔法の練習が目的だから、先に行かせてもらうね)
本当は、魔法の練習だって禁止だとは思うんだけど。
そして、目指すのはもちろん『第一大浴場』の方。
だって、せっかくどっちでも使っていいんだから豪華な方がいいよね。
私たちは実は、金ピカとかそんなのを想像してたんだけど、そうじゃなくって床は黒の大理石。
とりあえず、体を先に洗ってから魔法の練習開始だ。
時間がもったいないから髪の方は今は洗わない。
たぶん夜はパパと一緒にくるからその時洗えばいいからね。
洗面器にお湯を汲んで、ん~、切って良さそうなものは・・・
「石鹸なら切れそうじゃない?」
さすがユリカ、目ざといわ。
これももちろん、ホントは切っちゃダメなんだろうけど、まあちょっとしたイタズラと思ってもらうことにしよう。
石鹸ってお肉より固いから切れにくいかなと思ってたんだけど、やってみるとそんなことはなく、むしろ切れやすいぐらいだった。
繊維がないからかな?
でも、切れはしても水の引き戻しがうまくいかないと、すぐに泡だらけになってしまうのが難点。
でも、実際やってて分かったことがある。
それはグロリアさんが合格点をくれなかった理由だ。
この『ウォーターカッター』を攻撃魔法として使う場合、水の引き戻しができないと次の攻撃に移るためにはもう一度手を濡らさないとならない。
しかし実際の戦闘中にそんな余裕、あるはずないよね。(水の中で戦う場合以外は。)
一発で決められるほど強力な魔法ではないから連発できることが重要になってくるわけで、水の引き戻しが出来ないと使いどころがあまりない役立たずの魔法になってしまうのだ。
ん~、これはやっぱり練習させてもらっておいてよかったわ。
私もユリカも石鹸が1つなくなるころには水の引き戻しもなんとかできるようになっていた。
切れ味の方はまだまだだけど、それはこれから頑張ることにしよう。
「よ~し、なんとか水の引き戻しもできるようになったっぽいし、せっかくだからお風呂入ってこ~!」
そう思ったんだけど、無理だった。
いったん入ってはみたんだけど、熱すぎてしゃがむことが出来ずに私はあわてて飛び出すハメになった。
ちなみに私の持ってきたラッコさん(※温度計)は43.7度を指している。(普通、子供が入って平気なお風呂の温度は41度くらいで、42度を超えると熱く感じる)
ユリカもお湯に手を入れて、
「これはとてもじゃないけど入れないわね」
って感じの反応だった。
普通なら豪華な方ばっかり混みそうなもんだけど、第二大浴場のほうにもけっこう人が入っているのはお湯の熱さの問題もあったらしい。
ちなみに、第一も第二も大浴場の温度は完全に管理されていて、お客さんが水をかってに入れるのは禁止。個別浴場の方は他の人に迷惑にならないので水を入れてもいいのだけど。
つまり、お湯の温度は流れていく間に自然に下がるにまかせるだけだから、上の方ほど熱いのは当たり前だ。
「仕方ないから第二大浴場の方にいこっか」
私が言うと、ユリカもすぐにそれに同意・・・
で、お説教を受けていたフタバが小走りで入ってきたのは、ちょうどそのタイミングだった。
おもちゃを持ち込もうとしたこともそうだけど、フタバってばホントに共同浴場のルールがわかってないみたい。走ると危ないよ!?
「ふう、お説教長かった・・・わっ!?」
走っちゃダメ、と言おうとしたけどそれも間に合わず、フタバはつるっと滑って盛大に尻もちをついた。
そのときの音が、ゴキッって感じで、骨が鳴ったみたいな音だった。
下が石だからものすごく痛そう。
あと、本人は
「あたたた・・・こんぐらいでバランス崩すようじゃきたえ方が足りないわ・・・」
なんて言ってあまり気にしてないようだけど、あの転び方は女の子としては完全にアウトだよ・・・。
大きくなった時に話のネタにされたらそれこそお嫁さんにいけないよ。
今日のことは忘れてあげよう、と思ったところへ、フタバってばそこから立ち上がろうとして、さらにもう一回つるっと滑った。
(あちゃ~・・・)
あ、そういえばゴメン、そこってさっき魔法の練習で石鹸だらけにしたところだった。
大理石の上が石鹸まみれだったらそりゃ、滑るよね・・・。
次回の更新は明日10月23日の予定です。