40.捕獲
町の憲兵たちが相手だったら絶対につかまらない自信があった。
何しろあいつらは重い鎧を着込んでいるから足が遅いし、その上それぞれに担当のエリアがあって、そのエリアの境界を超えれば追っかけてこないんだから楽勝。
相手を倒そうと思ったら固い鎧は厄介だけど、初めから彼女にそのつもりはないから関係ない。
ただ、この人間の街で盗んだ大好きな甘いお菓子を持って逃げ切ればいいのだ。
だけど今日の相手は衛兵じゃなかった。
相手は、駆け出しの冒険者2人組だ。
片方は槍を持った男で、もう片方が魔法使いの女。
そして厄介なのが、一匹の猟犬。
回復役もレンジャーもおらず、まだまともにパーティの体裁も成していないから、きっと本格的な冒険に出たことはないんだろう。
そして2人はきっと街の中でゴブリンが出ると聞きつけて、『最初の冒険を街の中で手軽に済ましちゃおう!』と都合のいいことを考えたに違いないのだ。
(それにしてもあたしのことをゴブリンと間違えるなんて、失礼しちゃうわ!)
と、ダークエルフの少女、チェルニィは思った。
槍の男はのろまだし、魔法使いの女はへっぽこ!
だいたいこの2人、図体だけはでかいけどチェルニィの半分も生きていないはずだ。
多分、初等学校を卒業したばっかりってところかな。
つまりチェルニィの方が3倍近くも年上だっていうこと。
もっともダークエルフは寿命も長いし成長のスピードもずっと遅いから単純な比較はできないわけだけれども。
でも、憲兵の時と違うのは、この2人はエリアとか関係なく追いかけてくるということだ。
それに要所で犬に邪魔されて、なかなか逃げ切ることが出来ない。
視界から外れても臭いで嗅ぎ当てられると言うのも厄介だ。
そして今、チェルニィは袋小路に追い詰められていた。
建物と建物の間になっていてかなり狭く、冒険者たちは入って来られない。
でも他に逃げ道はないからスキを見て何とか正面突破するしかない状況は、かなりのピンチと言えた。
「あれ、よく見ろよ。あいつゴブリンじゃないよ。ダークエルフだ!あんなチビでもダークエルフを退治すれば報奨金も何倍ももらえるよ!」
槍の男はようやく気付いたらしい。
今まではロクに姿すら見ていなかったと言う事でもある。
「でもどうする?こんなところ入って行けないわよ?魔法で攻撃してみる?」
魔法使いの女は一瞬槍の男の同意を待って、それが得られるとすぐに、火炎の魔法を使った。
でも、火球になっていない火炎の魔法は実際にはかなり低級の魔法だ。
チェルニィはそれを見破っていたから、相手の火炎の魔法に合わせて逆向きに突風の魔法で返す。
魔法じゃなくても炎は普通に風で煽られれば方向は変わる。
つまり、炎はそのまま術者である女魔法使いの方に跳ね返されることになる。
「熱っ!」
女魔法使いが慌てているのを見計らって、チェルニィはさらにとっておきのかんしゃく玉を投げつけた!
パンパンと激しい音が槍使いと女魔法使いの足元でさく裂する。
その瞬間に突破を図ろう、というのがチェルニィの狙いだった。
だけど、激しく動揺する冒険者2人と違って猟犬が落ち着き払っていたため、その狙いは叶わなかった。
やっぱり手ごわいのは2人の冒険者じゃなくてこの犬だ。
犬が火薬で驚きもしないなんて、相当訓練を受けているんだろう。
「今度は俺がやる!」
そう言って男の方が槍を伸ばしてくるけど、この距離なら届かない。
「投げつけてやったらどう?」
女魔法使いが提案すると、槍の男はすぐにそれを実行に移した。
けど、わざわざ先に言ってくれたらよけるのは簡単に決まっている。
だからチェルニィはそれを難なくかわした。
チェルニィの方にももう打つ手がないけど、2人組の方も手詰まりのはず。
(こうなったら相手の集中力が切れるまで持久戦でもなんでもやってやるわ!)
しかし、そう覚悟を決めたとき、あの厄介な猟犬が、平気ですき間の中に入ってきたのだ。
犬は四足だから体躯の割りに狭いすき間へ入り込むことができるのだ。
本当は始めからそうすることは出来たのだけど、しばらくは主人たちに命令されるのを待っていた。
だけどいつまでたっても命令が来ないからしびれを切らした・・・というところだろう。
「ひっ・・・」
チェルニィは思わず悲鳴を上げる。
大ピンチだった。
逃げようと思っても、背中にも横にも壁。
狭い中で正面から逃げ切れるとも思えない。
チェルニィは最後の手段で、腰にある短剣に手をかけた。
逃げられないのなら、無謀でも戦うしかない。
もちろん戦うと言っても、とどめを刺す必要はない。
とにかく一撃だけ当ててひるませて、そのスキに逃げればいいだけだ。
だけど、吠えもせずに唸り声だけ上げて威圧しながら近づいてくる猟犬は大きな脅威だ。
怖くて震えが止まらない。
自分の2倍以上もの体躯の犬に先制攻撃をかけるほどの度胸はチェルニィにはない。
チェルニィがこの人間の街に来るのはもう10回以上にもなるが、こんなことは初めてだ。
今までは毎回、さしたるピンチもなく悠々と甘いお菓子を目一杯手に入れていたのだ。
だから本当の意味では『人間の街には決して近づくな』っていうパパの言いつけの意味を理解できていなかった。
それを今更思い知ったところでもう遅すぎるのだけれど・・・。
チェルニィが武器を持っていても猟犬は意に介することもなく、跳びかかった。
たった一発の体当たりで、チェルニィは最後の希望であった武器も落としてしまう。
ダメだ。戦いにもならない。
チェルニィは必死で逃れようとするが、こんな大きな犬に上に乗られて4本足で押さえつけられては逃れる術はない。
そして猟犬の牙は、チェルニィの喉笛を捕らえた。
チェルニィはパニックになって暴れる。
猟犬は最初から思い切り噛み付いたわけではなかった。
主人の命令が、『そのまま噛み殺せ』の時もあれば『生け捕りにしろ』の時もある。
だから基本的には命令が出るまでは殺さない。
けど、主人の命令が例え『生け捕り』の方だったとしても、逃がしてしまうぐらいだったら噛み殺した方が良いというのが猟犬の行動パターンだ。
彼女が暴れれば暴れるほど、ググッと少しずつ顎に力を込めていく。
それは『これ以上暴れれば首の骨まで噛み砕くぞ』という、有無を言わさぬ強烈なメッセージだった。
チェルニィの首筋に、徐々に、しかし確実に猟犬の牙が喰いこんでいく・・・。
「やっ・・・や・・・ぁ・・・・」
しょろろろろ・・・
チェルニィはそのメッセージを正確に受け取ると、恐怖に屈服し、そして失禁していた。
「よし、そのままそいつを引きずり出せ!」
主人の命令は、生け捕りの方だった。
猟犬は主人の命令に従い、チェルニィの首筋を銜えたまま乱暴に広いところまで引きずり出していく。
完全に戦意を奪われたチェルニィに抵抗の余地はない。
そして2人の冒険者は猟犬が獲物の首筋を銜えているうちに、呪文を使われないようにチェルニィの口に猿ぐつわ代わりに縄を噛ませ、両手両足を一つにまとめて縛り上げた。
そして、そしてそのまま槍の先に括りつけて、その槍を大きく掲げ、一回ブンと振り回してから肩に担ぐ。
これだと槍使いは武器を使えないが、街の中だから問題ない。
「この後どうするの?」
と、女魔法使いが聞くと、
「衛兵に突き出そう。さすがにこんなチビに自分でトドメを刺したら寝覚めが悪いからな」
と、槍使いは答えた。
しかし、その後こうも付け加えたのだ。
「結局は、処刑されるんだから同じことだけどな」
・・・と。
次回の更新は2月5日(日)の予定です。




