3.ミルフィと勇者様③
それから3日間、私は毎日放課後、ラルフお兄ちゃんに言われた課題の練習をした。
全力で走りながら魔法を使う練習、それから息が切れたときに詠唱する練習。
この辺の課題、実はかなり難しい。
それに本職の魔術師でも、常にパーティで行動する人なんかは前衛の人に守ってもらいながら強力な魔法をぶっ放すことを重視している人も多い。
けど、今回の目的は模擬戦の限られた空間で戦士系の子と1対1で試合をできるようになることだから、走りながらの魔法使用は絶対に必要。
だって、無防備に棒立ちで呪文をとなえるなんて絶対無理だからね。
幸いだったのは、私は詠唱する時の息を吐く量を最低限に抑えることができたこと。
それは、速く詠唱するにも共通して必要なことだからね。
ていうか、これが出来なきゃ全力疾走しながらの魔法はそもそも無理、といったほうがいいかも。
もちろんそれが出来たから簡単というわけじゃなくて。
だから、めちゃめちゃたくさん走る羽目になった。
これまでまともに鍛えたことなんてなかったから、たったの1日で足の筋肉痛はピークに達し、2日目にはその筋肉痛は全身になった。
3日目の朝なんて、右のふくらはぎと背中の筋肉が同時につった激痛で目を覚まして、悲鳴を上げ続けてパパをものすごくビックリさせてしまったぐらい。
あと、食欲もあんまりない・・・
食欲がないのは2日目の朝ぐらいからずっとだったけど、量は少なくなっても意地でも1日3回の食事は抜いてない。
特に朝ごはんを食べないと、パパがすっごく心配するんだもん。
それから学校にもずっと行ってるよ。サボリはよくないもんね。
授業中に居眠りしちゃっててフランソワ先生に怒られたりもしたんだけど、それは勘弁してほしい。そのぐらい、体力的にホント限界だった。
それで、今日がラルフお兄ちゃんにもう一度来るように言われてた日だ。
走りすぎたせいでただ歩くだけでもカクカクの変な歩き方になっていて、とてもキツイ訓練ができるよう状態じゃない。
「ミルフィ、だいぶ頑張ったみたいだね」
私の不格好な歩き方を見て、お兄ちゃんがすかさずフォローを入れてくれたのがちょっと救い。
「フタバ、ミルフィにあれ、やってあげて」
「はーい」
答えてからフタバは私に、床に毛布を敷いてうつ伏せに寝っ転がるように促した。
頭の中は?マークだらけの私だったけど、とりあえず言われたとおりにする。
「それじゃ、始めるよ」
私が「なにを?」って聞き返す前に、フタバは私の木靴を両方とも脱がせて足の親指の先の方から順に指圧を始めた。
うわ、意外と気持ちいい。
だけどたまに・・・
「あがっ!!??」
ちょっと痛い。
正直言うと、場所によってはすごく痛い。
「あたたたた、ちょっとタンマ、待ってってば!」
フタバは、待ってくれなかった・・・それどころか、その痛いところをさらに強く押された。
「ここが痛いってことは・・・胃に来てるかな?食欲ないでしょ??」
土踏まずの内側の、ちょっと指側の方。
「!!!!!!」
文字にしたくないぐらい可愛くない悲鳴を上げてしまった。
うう・・・ラルフお兄ちゃんの前なのに・・・
ともあれ、食欲ないのは事実で的確に言い当てられている・・・
「ここ念入りにやっとくと食欲出るからもうちょっと辛抱してね」
フタバ容赦なさすぎだってば・・・それに見かけによらず指の力強い・・・
マッサージは体の末端からだんだん心臓のほうに近づいていくのが基本であるらしく、フタバのマッサージもそれに従って進んでいった。
私が右足つったのも言い当てられたし、結構すごいスキルなのかも・・・
さっきみたいに強く押されて痛いところもあれば、ほとんど触っただけみたいな感じでも痛いところもある。
けど、マッサージが終わったところはまるで回復魔法でもかけられたみたいに痛みが取れて行ってるのがわかる。
というか、正確に言うと指先から微弱な回復魔法を併用しているらしい。
指先が当たったところが、なんかポカポカとあったかくなってくる感じ。
痛みがなくなるわけじゃないんだけど、少なくとも動きがギクシャクすることはないというか。
「じゃあ次は・・・おねしょに効くツボです!!」
「!?ぴぎゃっっっっ!!どさくさに紛れて変なとこ押さないでっ」
突如押されて、私は思わず何度目かのへんな悲鳴を上げた。
フタバが押したのは、お尻の上の方・・・尾てい骨のちょっと上の横のところだった。
「私おねしょとかしな・・・ぴぎぃっっっっ!」
「おかしいなあ、おねしょしない子はここ押されても痛くないはずなんだけどなあ・・・」
いや、ホントにおねしょとかしてないし!少なくとも小学校に上がってからは。
と思っていたら、フタバはさらに追い打ちをかけてきた。
(ラルフお兄ちゃんはおねしょする子は嫌いかも♪)
と、私にだけ聞こえるように耳打ちしたのだ。
「!?」
意地悪すぎる・・・ていうかこの子、私がホントにおねしょしてると思ってるでしょ!?
してないかんね!!
でも私が本気で泣きそうになると、すぐに
「あ、今のウソウソ。ただの冗談だから気にしないで」
とフォローを入れてくる。
こういう所は昔と変わらない。
そんなこんなで一通りマッサージが終わると、さっきまでの痛さが嘘みたいに体が軽くなっていた。
あと、自分で押せるツボとかもいくつか教えてもらったから今度やってみよっと。
そんなこんなで、ようやく訓練本番。
実はまだ、ラルフお兄ちゃんに言われていた『課題』は完璧じゃない。
単に走りながらの魔法ならいけるんだけど、全力疾走しながらってのは難しい。
呪文の詠唱を始める瞬間にどうしてもスピードが落ちちゃったりするからね。
でもラルフお兄ちゃんによるとこれは、実は本当に完璧な人なんてほとんどいなくて日々の鍛錬で少しずつ完璧に近づけていく、というものみたい。
言われてみれば確かにそりゃそうね。
リレーの選手がバトンを渡すところでちょっと遅くなるみたいなもんだ。
で、今日の訓練は『逆の立場を経験すること』だった。
フタバは戦士系だけど魔法もちょっとは使えたので、先に簡単に『固い風』の使い方を教えてあげた。
この魔法は私のオリジナル魔法なんだけど、だからと言って高度な魔法じゃない。
むしろもっと『正式な魔法』をきっちり学んでいない私が使えるようにいろいろ手順を省いたり簡単にしたりしてるわけで、当然効果も低い。
ただ、効果が低いからダメってわけじゃなく、簡単だから素早く発動できるとか魔力の低い子でも使えるとかそういうメリットは間違いなくあって、だからこそフタバみたいな戦士系の子でも全く魔力がないわけじゃない限りは使えないことはない。
フタバの場合は指先から回復魔法がつかえるぐらいだから、少なくても間違いなく魔力はある。
ただ『動きながらの魔法』が難しい以上、戦士系の子が使えて戦闘中に役に立つ魔法っていうのはかなり限られてしまうんだけど・・・。
だから今回教えてあげた魔法は多分、フタバが本当の戦闘で使うことは永久になさそうだ。
「じゃあまずフタバは、『固い風』で目の前に壁を作ってみて」
ラルフお兄ちゃんに言われた通り、フタバは呪文を唱えて小さめの壁を作る。
目の前にすごく集中してるって感じで、体を動かさないのはもちろんまばたきもしてない!
ってことは、あんまり長くはもたなそうだ。
「ミルフィはそれを杖で叩いてみて?」
私も言われたとおりに思い切り杖を振るうと、フタバの作った『固い風』はちょっと音を立てたぐらいで簡単に壊れた。
その瞬間に、フタバはびっくりして2、3歩あとずさったてこめかみのあたりに手を当てる。
発動させてる魔法が強制的に解除されるときって結構大きな衝撃が来るんだよね。
だから、特にこういう防御系の魔法なんかは、慣れてくると攻撃される寸前まで待って意識をわざと切り離したりする。
魔法って発動させるのをやめただけですぐに全部の効果がなくなるわけじゃなくて、ちょっとずつ効果が薄れていく感じだ。
だから、意識を切り離してもちゃんと効果はあって、それでいて術者が衝撃を受けることはなくなる。
しかも並行して次の魔法が発動できるので一石二鳥だ。
まあ、戦士系の子にそこまでやられちゃうと私らの立場がないわけだけどね。
「フタバ大丈夫?」
私が聞くとフタバはこめかみを抑えた右手の方はそのまま、左手で私を制止した。
「大丈夫だけど、ちょっと待って」
私も経験あるからだいたいどういう状況はか分かる。
平衡感覚がちょっとおかしくなるというか、ものすごくまぶしい光を見たときに目だけじゃなく頭まで痛くなるような、そんな感じ。
それとも氷みたいに冷たいものをかじって頭が痛くなる時の方が似てるかな?
目をつぶって頭を振ったりするフタバの仕草が子犬っぽい感じでちょっとかわいい。
それからフタバは自分のほっぺたをパンパンとたたいて、こっちに合図する。
「うん、大丈夫!」
それを聞いてから、ラルフお兄ちゃんはフタバに一言、二言指示を出した。
「よし、じゃあもう一本やってみて。今度はさっきみたいには行かないはずだぞ」
お兄ちゃんはちょっと私にヒントをくれていたんだけれど、私はそれに気づいていなかった。
もちろんさっきお兄ちゃんがフタバに小声で言ったのも聞こえてないから、とにかく杖を振るうだけだ。
けど、2本目の開始の合図があってすぐに私は異変に気が付いた。
(あら・・・)
壁が、私の体の方にあった。
これだと勢いがつけられないから、それほど強固ではないフタバの魔法でも突破できない。
思い切り力を入れて押してみたけど無駄だった。
これが実際の試合中なら、ものすごい大きな隙だから、この時点で即座に負け決定だ。
(じゃあ・・・)
私は大きく一歩後ろに飛びのいてから、自分の体を阻んでいた『固い風』を杖でガンガン壊していった。
最初の時よりも範囲が広いから、勢いをつけて何発も当てていく。
なんか集中しすぎてて、お兄ちゃんが止めてくれるまでそこしか見えてなかった。
「ミルフィ、ストップして、フタバがのびちゃう!」
ていうか、もうのびていた。
(きゅぅ)ってかんじで。
そっか、さっきの衝撃受けすぎたんだ。
ごめんねフタバ。
まあ物理的に直接ダメージ受けた訳じゃないし、しゃがみこんで頭押さえたままではあったけど、自分で
「ちょっと休ませてもらうからあとよろしく・・・」
って言ってるから大丈夫とは思うけど・・・
「でも、ヒントはあったろ?」
「うん。なんかつかめたと思う・・・ありがとうございます!」
私は即座にそう答えた。
本当はヒントどころじゃなくて、そのまんま答えに近いものを与えてくれたんだと思う。
防御系の魔法の強度を補うにはそりゃ、剣で攻撃されるとこにあるより相手の体近くにあった方が有効だし。
それにさっき私は一歩下がってから『固い風』を破壊していったけど、もし相手側にそうされたとしたら、私なら逆に一歩踏み込んで、相手の下がったところに新たに『固い風』を発生させることができるから、同じ展開にはならないと思う。
常に相手の体のそばに『固い風』を発生させ続ければ相手の動きを制限できるからこっちのペースに持ち込めるはず。
「よし、じゃあ今日の特訓はこれまで。次は模擬戦の前の日に仕上げをするから来て。もちろん最初の時に言った全力で走りながら魔法を使う訓練は欠かさないように!」
さすがラルフお兄ちゃん。
なんかホントに勝てるような気がしてきたよ。
次回の更新は、10月8日(土)の予定です。