27.ゴブリン恐怖症③
3時間目の授業が終わった後、私はフタバにそっと耳打ちされた。
え?トイレ??
しかも1時間目から我慢してたの???
クラスの中でトイレに一緒に行く人は結構いるけど、今までフタバから、いっしょにトイレに行くように誘われたことは一度もない。
ラルフお兄ちゃんの話で、夜ひとりで行けない・・・って話は聞いたけど、今は真昼間だし。
しかもフタバが私の方を見る目がすがるよう、っていうか弱々しいっていうか・・・。
なんか事情が分かってくれば来るほど重症なのが伝わってくる。
もちろん、ついてくよ!
でも、こんな状態がいつまで続くんだろう・・・って、すごく心配になる。
ハッキリ言って、『冒険者として致命的』以前に普通の生活に支障が出るレベルだもん。
廊下では、またエイルがゴブリンのモノマネをしている。
イヤミのつもりでやってるのが余計腹立つんだけど。
フタバは震える手で私の手をギュッと掴んできた。
私は『大丈夫だよ』って伝えるつもりで、フタバの手を握り返す。
こんなんだったらフタバはもうちょっと良くなるまで学校を休んでた方が良いんじゃないか、とも思っちゃうけど精神的なものだからいつ良くなるかもわからないし・・・
でも、腰巾着のエイルはディックがいなければ私たちに絡んでくることはなさそうだから、こういうときは相手にしない姿勢を貫いた方が良いと思った。
だから私はフタバとつないだ手を引っ張って、さっさとこの場を通り抜けることにした。
その後も、何があるかわかんないから速足のまま行っちゃおうと思ったんだけど、それが余計いけなかった。
角を曲がったところで・・・。
「ヒッ・・・」
私は思わず悲鳴を上げた。けど、フタバはそれどころじゃすまなかった。
そこにはやけにリアルなゴブリン・・・の人形が置いてあったのだ。
人形だなんてすぐには分からないから、フタバは私が上げたような悲鳴の声すらあげられず、へなへなとその場にしゃがみ込んで・・・。
「だっせー、コイツ、こんな人形でビビッてんのかよ。冒険者志望のくせになっさけね~の」
ディックはフタバを指さして馬鹿にしたような言葉を投げかける。
こいつら、待ち構えてわざとこんなところにゴブリン人形を仕掛けていたんだろう。
ホントにやな奴だわ。
でも事態は私が思っていたよりももっと深刻だった。
人形だってわかったというのに、フタバはまだ怯えたままだったのだ。
「うっそー、人形だって言ってんのにまだ怖えーのかよ」
今度はエイルが面白がってフタバの方に人形を押し付ける。
「や・・いやぁ・・・」
フタバは怯えて必至で逃げようとしてるんだけど、腰が抜けてて逃げられない。
そして・・・。
『シューッ・・・』っていうくぐもった音。それが、すっごく長い時間続く。
それこそ、その場にいるみんなに聞こえるほどの音だった。
私は『嘘でしょ!?』って思ってフタバの方を見ると、疑いようのないほどの速さでフタバのお尻の下に水溜りが広がっていく。
我慢が仕切れなかったのか、怖くて漏らしてしまったのか、もしかするとその両方か・・・。
そして、フタバはとうとう泣き出してしまった。
トイレでする時だってこんな音を聞かれれば恥ずかしくて仕方がないのに・・・でもこれはそんなのの比じゃない。
でも、フタバの表情は、恥ずかしさよりも恐怖を強く感じているような表情だった。
「あんたら、いい加減にしなさいよっ!」
私は2人を怒鳴りつけた。
私が凄んでも迫力なんてないのはわかってるけど、それでもそうせずにはいられなかった。
「なんだよ、お前もこの間漏らしてたよな!お漏らしコンビで庇い合いか?2人そろって1年生からやり直せよ!!」
「1年生でもこんな人形ぐらいでビビッて漏らしたりはしねぇよな!」
うぐぐ・・・コイツら最低!
私は思わず、言い返すより先に手を出していた。
ゴブリン人形を持ったままのエイルを体当たりで倒してからディックの頬をバシッと一発!
「コイツ、図星突かれて言い返せなくなったからって暴力かよ!手を出すつもりはなかったが、いいんだぜ、そっちがその気ならっ!」
ディックは仕返しとばかりに手を振り上げてくる。
けど、たまたま近くにいたジャッキーが、その手をグッと掴んだ。
「ガキの喧嘩に口出しするつもりはなかったが、そいつはやめとけ」
ガキって言うけどあんたも同い年じゃん!
・・・とも思ったけど、まあ助かったので口は出さない。
「待てよ、先に手を出してきたのはアイツ・・・痛てっ!」
ジャッキーはディックの掴んた腕をぐいと捻じり上げる。
「お互い仕返しし合ったらいつまでたっても終わんねえだろうが!」
「くそ!わかったよ。やめる。やめるから離せっ」
ディックもさすがにジャッキーとやり合う気はないらしく、あっさりと引き下がった。
ジャッキーに助けられたのは意外というか、訳が分からないレベルで謎なんだけど。
でも、助かったのは事実だから一応お礼は言っとかないと。
「あ・・・ありがと」
なんか、自分で言うのもなんだけどすっごく『逃げ腰なお礼』だった。
さすがにもうちょっとちゃんと言った方が良かったかな、って一瞬思ったけど、ジャッキーの方はそんなこと、気にもしていない様子だ。
「そんなのいいから、早くフタバを保健室に連れて行ったら教室に戻って来い。あとお前、『自分は全然悪くない』って思ってそうだけど、それ大間違いだからな!」
えー、何よそれ!
さっきのお礼は撤回。
どう考えたってディックが悪いに決まってるじゃん!
でも、フタバを早く保健室に連れて行かなきゃって言うのには同意。
だって、このままじゃ晒し者みたいなものだからね。
私は腰を抜かしたまま泣きじゃくるフタバに肩を貸してあげた。
本当は慰めてあげなきゃって思うんだけど、こんな時、かける言葉が思いつかない。
そのかわり、手をギュッと握ってあげたり肩をさすってあげたりした。
こういう時ってちゃんと気持ちは伝わるんだろうか。
もしかしたら、イヤミみたいに思われてないかな?
すっごく心配。
でもそれよりももっと気になるのは、私はフタバを守ってあげられなかったってことだ。
私は無力なんだ。
逆にフタバには、何度も守ってもらったのに・・・。
本人は嫌がっていたけど、それでもやっぱり『恐怖症』の事を先にみんなに話しておくべきだったかもしれない。
多分、それを強く主張できる可能性があったのは私だけで・・・。
だけど、私はそれをしなかった。できなかった。
強い意志で、フタバを守ってあげようと思っていればきっとそれが出来たはずなのに。
私がフタバを思う気持ちは、きっとうわべだけだった。
それがすごく後悔の気持ちを沸き立たせる。
保健室につくと、私は
「ここまでで大丈夫?」
ってフタバに確認した。
教室に戻れとは言われてたけど、フタバが1人じゃ心細いなら、ついていられるのは私しかいない。
けど、フタバはまだ涙声で、何とか一言だけ絞りだしたような感じで
「大丈夫」
とだけ言った。
「じゃあ、お昼休みに宿まで送って行くから、お着換えしたらそれまでここで休んでてね」
お昼休みに来るよ、ってことをちゃんと伝えておいた方が良いと思ったから、私はこういう言い方をした。
だって、着替え終わっても教室に帰ったら晒し者だし、みんなと下校時間が一緒になってもやっぱり晒し者だもん。
だったらしばらく保健室で休んだらみんなより先に帰るしかない。
それも、一人で帰るのが厳しいような状況だから、私が一緒に行ってあげないと・・・。
あと、遅いって言われるのはわかっていたけど、私は教室に戻る前に、フタバがお漏らしした現場の水溜まりも、保健室まで歩く間に落ちた雫も、全部バケツと雑巾で痕跡をなるべく残さずに綺麗に掃除した。
おかげで授業時間の半分ぐらいの時間はかかっちゃったけど、知らない誰かが見ても何が起きたか分からないぐらいにはしとかなきゃいけないような気がしたからだ。
なかったことにできればいいのに・・・って、自分の時よりも強く思った。
だからこそ、あの2人は絶対許せない!
そして私が教室へ戻ると、待っていたのは『クラス裁判』だった・・・
次回の更新は明日12月31日(土)です。




