26.ゴブリン恐怖症②
学校につくと、私は教室じゃなくて職員室へ向かった。
もちろん、フタバも一緒に連れて。
私がフタバの所に早めに行った理由は、さっき言った『フタバの心の準備の為』と言うのの他に、実はあと2つぐらいある。
そのうちの一つが、前もってフランソワ先生にお話しておくことだ。
「先生、フタバを連れてきました」
私は軽く頭を下げて、職員室の扉をくぐった。
「ふたりとも、座ってちょうだい」
フランソワ先生は木でできた、背もたれのない4つ脚の椅子を2つ並べてくれる。
「あの・・・」
私はちょっと口を挟もうとしたけど、先生は『わかってるから』と言う風に頷いて私を制した。
実は昨日ラルフお兄ちゃんからフタバの状態を聞いた後、もう一回学校に戻ってきてあらかじめフランソワ先生には話をしておいたのだ。
フタバはかなり重度の『ゴブリン恐怖症』になってるから、その話をする時は出来るだけオブラートに包むようにして話してねって。
あの事件のあった次の日、私はものすごくコッテリ怒られて、それこそべそをかいて家に帰る羽目になったのだけれど、今のフタバにそれはマズイ。
学校に入ってから、すっごくオドオドしてるし。下手をすると、本当に二度と学校に来ない、なんてことにもなりかねない。
「ねえフタバ、今日はあなたを叱るつもりはありません。けど、それはあなたが『もう理解できた』と思うからです。あなたがしたことは命にかかわる危険な事で、先生はあなたにそれを理解させないとならないんです。わかりますね?」
フランソワ先生、言い方は私の時ほど厳しくないけどそれはやっぱりお説教だよ。今はやめてって前もって言っといたのに・・・。
フタバは話を聞いているだけでもかなりきつそうで、唇をぎゅっと噛んだまま・・・だけど小さく頷いた。
だけどこれって、ほぼ、それ以外の反応が出来ない状況だよね。
それがちょっと心配ではある。
それに、それ以上に重要なのは・・・
「ねえ先生、それより本題!」
私は前もって先生にお願いしていた話題を早く切り出すよう催促する。
忘れているわけじゃないのはわかってるんだけど、早くしてほしい事情もあるのだ。
先生はそれも落ち着きなさいとでも言うように私に目で合図してくるんだけど・・・
フタバは私と先生が何のことを言ってるのかわかっていないから、ちょっと不思議そうな顔をしてる。
「フタバ、ミルフィが言ってる本題って言うのはね、あなたの今の『恐怖症』の話を、クラスのみんなにあらかじめ話しちゃうか、それとも内緒にしておくか・・・ってこと。内緒にしておくと多分みんなからいろいろ言われると思うから、先生は話しちゃっといた方が後が楽とは思う。だって、前もって『ゴブリンの話題は出さないで』って先回りして言っとけば、少なくともみんながいる前でわざわざその話題を出すようなことはみんなしないと思うから・・・でも、あなたが話さないでほしいんだったら誰にも言わないようにします。どっちにしてもつらいことはあると思うけど、これはあなた自身が選ぶしかないから・・・」
それを聞いてから、フタバは深刻な顔で悩んでるみたいだった。
私もね、本当は先生が言うように、先にみんなに話しちゃった方が良いんじゃないかって思っていた。
けど、フタバは
「ううん、それは言わないで下さい。『恐怖症』は、すぐには無理でも自分で克服します。けど、みんなに言っちゃったらもう『普通』には戻れない気がするから・・・」
ん~、そっかあ。
何もかもがうまくいくなら、それが一番いいに決まってるけど・・・。
多分フタバの答えは『そこには一切触れないで』っていう意思表示で、心のダメージはより大きいってことのようにも思えてくる。
さっき先生が『ゴブリン』って単語を出しただけで怯えているような顔してたもん。
だから、今こうして話していること自体、早く終わりにして、って感じだ。
あと、フタバがまだ学校に入ったばっかりって言うのも大きいような気がする。
もっと付き合いの長い仲のいい子がいっぱいいたら、だいぶ違うと思うし。
だからこそ、ここでうまくサポートできるのは私しかいない。
それも、フタバが言わないでっていうことなら、私としてはそれを前提にしてサポートするしかないのだ。
でも、やっぱり嫌な予感がするなあ・・・。
そして、私の嫌な予感はこのところ、ずっと当たっているのだ。
職員室では私の思惑よりも時間をかけ過ぎた。
それも嫌な予感の理由の一つだった。
私としては職員室での話はさっさと済ませて他の子が来る前に教室に入っちゃっておきたいと思っていたのだ。
それで、ユリカにも手伝ってもらってなるべくフタバに『あいつら』が話しかけにくいようにガードしちゃおうって・・・。
なんでそんなことが必要かって言うと・・・
「お前ら、ゴブリン狩りに言って逆に狩られちゃったんだって?ダッセーなあ。そんなんで良く冒険者志望とか言えるよな」
「な!」
・・・ほらやっぱりきた。
うちのクラスの馬鹿男子その1、ボス気取りのディック。
そして馬鹿男子その2、腰巾着のエイル。
ディックはそれまでジャッキー以外には模擬戦で負けたことがなかったらしいんだけど、フタバにケチャンケチョンに負けてからやたらと絡んでくるようになった。
それから、集団下校の時にゴブリンのモノマネしてたのがエイルだ。
聞いた話だと、『モンスターおたく』らしい。個人の趣味に文句言うつもりは別にないけど・・・。
ちなみにジャッキーは、そういう勢力争い見たいのには全く興味がないみたいだ。
そもそもあいつは、『オレ以外クラス全員ガキすぎて相手にしてらんねえ!』とか思ってそうだからね。
「うるさいわね、3日前に言ってたのと全く同じじゃん!ワンパターンすぎ!!頭の中身単細胞なんじゃないの!!!」
私は2人とフタバの間に割って入った。
3日前は『じゃああんたたちがゴブリン狩れるって言うの!?とてもそうは思えないけど!!』って言い返したんだけど、『そんなの禁止されてるからわざわざやらねえだけ。楽勝だよ。ら・く・しょ・う!!』って鼻で笑われたんだよね。
こいつすっごいムカツク!
「お前に言ってるんじゃねえよっ」
ディックはそう言ったけど、そんな事分かってるから!
むしろ私に言ってきてるんだったらちょっとぐらい言い返してやってもいいけど、フタバに言ってるからなおさら、相手にしてらんないんだけどね。
私はこいつらとフタバの間に入ったまま、その場を通り抜けようとするけど、ディックのやつ、
「おいこら、フタバ無視すんなよ!」
なんて言ってフタバの肩をつかもうとしたもんだから、私はその手をパシッと叩いてやった。
ディックはアホだから単に無視されただけだと思ってるみたいだけど、フタバはね、もう表情とか真っ青だし、泣きそうになってるし・・・なんていうか、とにかくこれ以上は絶対無理!
いくら馬鹿のディックでも、フタバの『恐怖症』の事を話しちゃえばさすがにこんなことはしないと思うんだけど・・・。
でも、フタバ本人が話をしちゃったらダメって言ってるから、出来るだけばれないようにしないとならないし、その為にはもうこういうのは完全に無視しちゃうのが一番だ。
「とにかく、今はあんたの相手なんかするつもりはないかんね!」
そう言ってから、ディックと私で睨み合い。
いつもならこんなことに意地になる必要もないんだけど、今は事情が事情だからね。
腰巾着のエイルはなんかニヤッと嫌な笑い方をしてるし・・・。
クラス中の雰囲気を悪くしちゃってる緊迫感の中、引くに引けない状況だったんだけど、そこでちょうど先生が入ってきてくれて助かった。
時計を見たらピッタリ『朝の会』の開始時間だった。
その時は『タイミングに救われた』って思っていたんだけど、実はそうじゃなかった・・・。
次回の更新は12月30日(金)の予定です。




