22.狩り
そんなわけで、私は不本意ながらフタバのゴブリン狩りになかば強制的に付き合わされる事になってしまった。
もしもうまく狩れたとしても、先生にばれたら超怒られることは間違いないから今日のことは絶対内緒だ。
でも、フタバも分かってると思うんだけど、ゴブリン狩りってそんなに簡単じゃないよ?
真っ向から戦ってゴブリンに勝てるからってゴブリンを狩れるわけじゃない。
「ねえフタバ、狩りって言ってもそもそもゴブリンを見つけないと話にならないよ?」
そうなのだ。
私たちが冒険者志望って言ってもちゃんとした知識を習ってるわけでもないし、ましてや経験も足りない。
2人で街を出て森に入り込んではみたものの、まだゴブリンどころかウサギ一匹遭遇していないくらいだ。
「そりゃそうだけど・・・」
この反応は、フタバ何も考えてないよ。絶対。
「もうさ、無謀なことはやめておとなしく帰ろうよ。ゴブリンの見つけ方を知らないでゴブリン狩りするなんて、釣竿なしで釣りするみたいなもんだよ?」
まあ、例えが適切かどうかはスルーしておいてね。
「ここまで来て帰るわけないでしょ!適当に歩いて探してでも絶対一匹は狩るわよ!」
フタバってこういう所が頑固だからなあ・・・あれ?
「・・・ねえフタバ、何か音聞こえない?もしかして・・・」
見つけたのはフタバよりも私が先だった。けど、私が言い終わるより前にフタバに口を塞がれた。
それはゴブリンじゃなくって・・・。
ゴブリンを狩りに来てる大人たちだ。ジャッキーも中に入ってる。
「見つからないようにこのままやり過ごすわよ」
フタバは小声で言う。
私は口を押さえられたまま、ゴクッとつばを飲み込んだ。
「なんかこのままこっそりついて行って、狩りのやり方を見せてもらった方が効率いいんじゃない?」
私も小声でこう言い返したんだけど。
だって、そう思うよね?でも・・・
「ダメ!見つかったら元も子もないじゃん!!」
がフタバの答え。
ん~、ここでクシャミするふりでもしたら見つかるかな・・・?なんかあえて見つかっちゃった方が良いんじゃないかって思うんだけど。
でも迷ってる間にタイミングを逃してしまった。
決断力のない自分にちょっと自己嫌悪だ。
ここから先、どうするのか。フタバはちょっと迷っているようだった。
道は分かれていない。
先へ進めば大人たちがいるし、逆は町に戻る道だ。
「・・・道を外れて中に入るわよ」
フタバはそう、決断した。
確かに木と木の間にはけっこう間隔があるし、下草は私たちの身長でもヒザとそんなに変わらないぐらいの高さだから、入って行けないことはない。
でもね、なんかどんどん状況が悪くなってる気がするんだ
けど、フタバも意地になっちゃってるから説得するのは無理そうだし、ついて行くしかないんだけど。
あの『規格外』のジャッキーですら、『大人と一緒』なのに私たちは2人だけ。
そのことの違和感に、本当は絶対に気づかなければいけなかった。
森の中は、平たんではなく、結構起伏もある。
フタバはずんずん進んでいきたがる。
せめて迷わないように木に印をつけて行かないと!って思ったんだけど、残念ながら書くものがない。
これ、迷うよふつうに。
何も出なくても迷う。
迷子になって帰れなくなって泣いてるところを捜索隊に見つけてもらって大恥かく・・・ってところぐらいまでは想像した。
丘みたいになってるところを一つ越えて、元の道が見えないだけですごく心細いんだけど・・・。
その後も、そういうアップダウンを何回も繰り返した。
中にはちょっとした沼みたいになったところがあったり、ちょっと開けているところがあったりするんだけど、それが1カ所や2カ所じゃなくてたくさんあるから結局ちゃんと覚えてないと目印にはならない。
そんな中を、どのくらい歩いただろう。
一度道を外れた後は、再び道へは出なかったし、他に人が踏み込んだ気配も感じなかった。
そんなんだから、もう帰り道はわからない。
あ痛っっっ!なんかチクッとした。
棘のヤブ?
それらしいものは見当たらないけど、草の中に紛れていたのかな?
そういえばちょっと草が深い。この中か・・・。
もうやだ!
なんかちょっと薄暗くなってきたし、ちょっと気味悪い感じもする。
「ねえそろそろホントにマズイよ。もう帰った方がいいよ・・・」
「・・・確かにマズイわね。もしかしたら、もう帰れないかも」
「え!?」
唐突だった。
フタバは私の手を握り、ぐっと強く引っ張って草の深いところから少し開けたところへ出る。
引っ張られてる時は小走りみたいな感じになったんだけど、おかしい。足が、すごく重い。
最初は歩きすぎて疲れたせいかなって思ったけど、違う。
空気をたくさん吸い込むのが出来なくなって、息をする回数がものすごく増えてるし、頭もガンガン痛い。
心臓の速さも絶対異常だ。
「いるわ・・・ゴブリン。多分2匹ね。まともに戦える状態なら楽勝だけど・・・毒の吹き矢を使われたみたいだわ。かなりやばそう。ミルフィはどう?まだ動けそう?」
フタバも、木刀を前について、何とか倒れないように姿勢を保っている。結構苦しそうだ。
私もものすごくきついけど、無理とは言えない。命がかかってるんだから。
「やる・・・やるしかな・・・」
やるしかないんだけど。
声を出したことで酸素が足りなくなって、視界が色を失った。
息をするのがやっとで、体のどこかに力を入れれば激しい息苦しさに襲われる。
「いいわ、あんたは休んでなさい。あたしが一人で何とかするわ」
そう言うとフタバは2度、3度大きく息をしてから、ゴブリンどもをにらみ付けた。
今、毒を受けた状態で、戦いながら息をし続けることは、すごく難しい。
だから、最初にできるだけたくさんの酸素を取り込んで、一気に決着をつけるつもりなんだろう。
でも、それは無理だった。
フタバが距離を詰めようとしても、ゴブリンどもはあざ笑うかのように距離を取った。
まともに戦ってはもらえない。
それも2匹が離れ、常にフタバの前側と後ろ側に陣取っているから、仮に無理をして突っ込み運よく一匹を倒せたとしても、もう一匹にやられてしまう。
そして追いかけるのに残り少ない体力を使ってしまったことで、フタバは余計に苦しくなっている。
そうか・・・思い返せば、私たちは初めから『狩られる立場』だった。
私たちは森の中でゴブリンを見つける方法を知らなかったけど、ゴブリンどもは私たちを関知する方法を知り尽くしていた。
私たちはただやみくもに森に踏み込んだだけだったけど、ゴブリンどもの吹き矢を使った戦法は多分手慣れた『いつもの狩り』だった。
フタバのその手も足も出ない戦いを、私は遠い意識の中で見続けていることしかできなかった。
ううん、それは本当は戦いですらなくって、獲物のささやかな抵抗にすぎなかった。
フタバはそれでも頑張っていたけれど、どう見てももう無理なのは感覚がなくなりかけていた私にも判断できる。
トドメとばかりに、後ろ側にいたゴブリンが放った吹き矢が再びフタバの足に刺さった。
『守護の腕輪』の効果があるから直接のダメージはないけど、毒のダメージまでは防いでくれない。
そしてとうとう、フタバも前のめりに倒れ込んだ。
それから、それでもなんとか立ち上がろうとしているけど、立ち上がることは出来ない。
いや、もしかすると痙攣しているだけなのかもしれない。その判別が、つかないような嫌な動きだった。
それでもまだゴブリンはフタバに近寄ろうとはしない。
長い棒のようなもので突っついて反応を見ている。
ゴブリンは本来臆病な生き物だ。
臆病だからこそ、こういう時には念には念を入れる。
ゴブリンたちは、もう動くこともできなくなったフタバに、3発目の毒の吹き矢を放ったのだ。
それからお腹を突つき、首のあたりを突つき、そして顔を突ついても反応がないのを確かめてからゴブリンどもははじめてフタバに近づいた。
そしてさびたナイフで一突き・・・
私が思わず上げようとした悲鳴は、音にはならなかった。
ゴブリンのその一撃は、守護の腕輪の効果でなんとかダメージにはならずに済んだみたいだ。
ゴブリンは何が起こったのか分からない、と言う反応。
けど、私たちにはもう抵抗する術はない。
腕輪の効果に気づかれて外されてしまえばそれまでだし、そうでなくてもひたすら攻撃され続けたら結局とどめを刺されるのも時間の問題だろう。
幸いだったのは、怖いと言う感覚すら麻痺していたことぐらいだ。
そうじゃなきゃ、きっと気が狂っていたに違いない。
だって私たちは、これからゴブリンどものディナーになろうとしているのだから。
・・・って、これで終わりじゃないよね?
これで終わったらいくら何でもひど過ぎだよ!
一応、今回が最終回じゃないみたいだけど・・・
どうか次回のお話が、ゴブリンの食事シーンから始まったりすることがありませんように・・・。
私はそう祈りながら、意識を失った。
次回の更新は12月17日(土)の予定です。




