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19.課外授業(前編)

 まだママが生きていたころ、パパが私の名前をつけたときのお話をママに教えてもらったことがある。

 パパは学者さんだから、私が生まれるまでの間、パパにとって一番大切なものは知識だったんだって。


 そして、知識って言うのは自分一人だけでぜんぶ考え出すものではなくて、それまでたくさんの人によって積み重ねられた知識の上に、自分の新たな知識を積み重ねることが大事。

 みんなはミルフィーユって言うお菓子、見たことある?

 あれの、幾重にも重ねられたところ。

 ちょうどあんな感じに、知識も重ねていくものだって言って、それを私の名前にしてくれたらしい。


 でも、お菓子と全く同じじゃひどいので、『ユ』だけ取っちゃったんだって。

 パパが一番大切に思っていることを、私の名前につけてくれたのだ。

 それはもちろん、とってもうれしいことなんだけど。

 ・・・でもその知識は本当にみんな『この世界で積み重ねられたもの』なのかな?


 不思議な夢を、見た。

私たちの世界の知識の中には別の世界のものが混ざっていて、本当はこの世界には当てはまらないこともたくさんあって・・・


私はまるで2枚の絵の中から間違いさがしをするように、この世界の知識の間違いさがしをするのだ。

そしてこの世界の、本当の姿を見つけていく。そんな、夢。


なんでかわからないけど、すごく怖かった。

 朝、目を覚ましても、ずっと心臓がどきどきしていた。

 そして、そのどきどきの意味も、その時の私にはちっともわかってはいなかった。



 今日は、月に一度の課外授業の日だ。

 この課外授業の日だけ、うちのパパが先生になる。

 最初に、私たちに一冊の手作りの冊子が配られた。

 ほとんどが、理科の教科書にのっているような事だけど、私たちのような子供が興味を持てるような実験みたいなものばかりを集めたものだった。


「今日は、皆さんにこの冊子の中から、どれか好きな実験をえらんで実際にやってもらおうと思います。皆さんはどの実験がやりたいですか?」

 私は科学とかに興味があるからどれも面白そうに見えるけど、みんながみんなそういう子ばかりじゃない。


『そういう子じゃない子』の一人が

「これがいいと思います」

 と言って選んだ実験が、『世界が丸いことを証明する実験』だった。

 こういうふうに書くとものすごく難しいことのように感じるかもしれないけど、実はそんなことはない。


 もともと子供にもできるような実験を集めたものだからね。

 その方法は、海で遠くから近づいてくる船を観察する。

 ただ、それだけだ。

 なんでそれだけで世界が丸いことがわかるのかというと・・・


 大きな帆を張った船がだんだん遠くに行くと、船の本体だけが先に見えなくなって、帆だけが見えるようになることがあるって、本に書いてある。

 もし世界が平面だったらそんなことはないんだって。

 だって、帆よりも船の本体の方が大きいんだから、大きいものの方が遠くても見えるはずだよね?


 なのに帆だけが見えて本体が見えなくなるって言うのは、水平線が平面じゃないからなんだって。わかるかな?

 私は感覚的にはわかってるんだけど・・・説明するのって難しい。


 ちなみにこの実験が選ばれた理由は、『余った時間に海で遊べるから』だった。

 フタバなんて、まだ寒いのに水着持参よ?

 その上小さな熊手とかスコップとか、砂遊びする気満々じゃん・・・

 不真面目な上に元気すぎだよ。

 うーむ・・・。



 確かに、空は晴れている。

 けど、強い海風はやっぱりかなり冷たいわけで。

 そんな中で、他の子たちとちょっと離れたところで私たちはずーっと遠くから来る船を探していた。


 あ、『私たちは』じゃなくって、私だけだった。

 ユリカはずっと私の隣で「ね、どう??」って聞いてくるだけだし、フタバにいたっては砂遊びしてるだけ。


 いくら仲良しとはいえ、グループ分け間違えたかも・・・。

 ちなみに私はお砂遊びなんてとっくに卒業したかんね。

 なのにいっつもはフタバが私のことを子どもあつかいする。

 ふつう逆だよね??


 しょうがないから私は一人でがんばって双眼鏡をのぞく。

 近くに港があるから、船の行き来はけっこう多いんだけど、どうしても『帆だけ見えて本体が見えない船』を見つけることが出来ない。


 むしろ、『大きい本体は見えるけど小さな帆は見えない』船をいくつも見つけた。

 本に書いてあるのとは、違う。

 はじめは私の見間違いと思ってたんだけど・・・。


「・・・多分、違うよ・・・」

 いくつも確認してから、私はそう言った。

「違うって、本に書いてるのが?」

 ユリカが聞き返してきた。

「そう。たぶん、『この世界』は丸くない」

 たぶんって言ったけど、それ以外に考えられないよ。


「うーん・・・それ、発表する?」

「するよ。見たまんまを発表する」

 この世界は丸くなくて、ずっと平らで。

 だとするときっと、大地は動いていなくって、空が動いている。

 それは今ではなくて、大昔の人たちが信じたこと。


 そんなことを言って、今の人の誰がそれを信じてくれるだろう。

 正直言って、すごく不安はある。

(でも、私は)

 と、強く思う。

(私は、本当のことが、知りたい)

 

 

 私は、一つのことに集中しすぎるとほかの事に注意が行かなくなるクセがある。

 いきなり頭から何かをかぶせられ、天と地が反転する。

 !!??


 一瞬遅れて、私は悲鳴を上げた。

 分厚くて固い布で出来た袋に、足首から先だけ残して入れられてしまった。

 状況はユリカも同じらしく隣でもあばれる音が聞こえてくる。


「おとなしくしろ。死にたくなければな」

 若い男の声で、おそらくこの国の言葉が母国語ではない、なまりのある言葉。

 袋の中からは何も見えないから、私もユリカもこう言われたら従わざるを得ない。

 ・・・が、次の瞬間、袋ごとドサッと砂浜に投げ出された。


「あんたら、その子たちに何するつもり!?」

 フタバの声だ。

 私は急いでかぶらされた袋を取って、状況を確認する。

 怪しい男が3人。

 そのうちの2人は、私とユリカに袋をかぶせた男。残る1人が指示をだしているらしい、体格のいい男。


 2人は額のあたりからちょっと血を流している。

 フタバがさっきまで砂遊びに使っていた熊手とスコップを投げたのが直撃したらしい。

 私とユリカは急いで男たちと距離を取り、フタバの後ろに隠れる。


「こいつらの相手はあたしがしとくから、あんた助けを呼んできて」

 フタバの言葉に、私はとっさに反応しようとしたけれど。

「おっと、お前らのどっちかが逃げたらこの威勢のいい嬢ちゃんは切り刻んで魚の餌になっちまうぜ」

 とリーダーらしき言われてしまうとどうしてもためらってしまう。

 いくらフタバだって大人3人が相手だとさすがにきびしい気がするし。


 しかも、フタバが持っているのは小さな木刀一本。

 フタバが得意なのは片手剣と小さな盾のコンビネーションだけど、今は盾を持ってない。

 男たちの武器は、前にいる2人は両方ダガーなんだけど、片方の男が持ってるのは刃がまっすぐ、もう一人の男の持ってるのは刃が三日月型に反っている。


 そして、リーダーらしい男が持っているのはダガーよりは少し大きい、という程度の細身の剣で、部下に任せる気なのかその剣は腰に刺したままだ。 

 多分、ちゃんとした戦士じゃなくて、盗賊、とか暗殺者、とかそんな感じに見える。

 大きさはどれもフタバが持ってる木刀と同じかそれより少し短いぐらいだけど、刃がついてる本物、ってだけで威圧感が違う。


 それでもひるまないで立ち向かっていけるフタバはすごいよ。私には絶対無理だもん。

 はじめ、リーダーらしい男は手出しをしなかった。

 そして、海風ではっきりとは聞こえなかったけど、多分口の動きからすると「顔には傷をつけるな」という指示を出した。


 あと、『売り物』がどうとか・・・

 この人たち、人さらいだ。


 フタバは、無理に踏み込んでは行かなかった。

 相手が本物の武器を持ってるからリスクが大きいと言うのもあるけど、誰かが騒ぎに気付いて来てくれれば、という思惑もあったんだと思う。


 何か、私たちにできることをしないと・・・

 砂浜だから『砂漠の嵐』を使うには好条件なんだけど、間違いなくフタバを巻き込んじゃうことになるからダメだ。


 かといって『ウォーターカッター』は、射程距離が出ない。

 私が迷っているうちに、となりにいたユリカが火の魔法を発動させた。

 こぶしくらいの大きさの火球をまっすぐなダガーを持った男へ向けて撃つが、フタバにあてないように少し外側に撃ったため、命中せずに後ろの石を焦がしただけだった。


「こいつ、魔術師か!?」

 まっすぐなダガーの男がユリカの方へ向かおうとするが、フタバはその男の足の間に木刀を挟み、転倒させた。

 ユリカが真っ黒に焦がした石をみて、私は閃いたことがある。

 もしかしたら、私にできること、あるかも。



次の更新は明日12月4日(日)の予定です。

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