16.お祭りの決戦(チェス)⑥
そして外れた局面は、
3…Nf6 4. Bb5 Bb4 5. O-Oとしたこの局面だった。
この後デイジーは、キャスリングをせずに5…Bxc3と取ってきた。
この時私のe4にあるポーンはc3にあるナイトだけで守られていた。
だから、そのナイトが消えればe4のポーンが取れるって言う狙いだ。
それはわかってたけど、問題はないはず。
私は6.dxc3とナイトを取り返した。
守りの駒を消して無防備になった駒を狙う。
その狙い自体はわかる。けど今はあまり良い手ではないと思う。
なんでかって言うと、黒はまだキャスリングが済んでなくてキングが不安定だっていう事と、黒のe5のポーンだって白のe4のポーンと同じように弱いっていうことだ。
少なくとも黒がどうがんばっても1ポーンの得を守り抜くことは無理。
この時点でもそこまでは読めていた。
6…Nxe4 7. Re1 Nc5
この7.Re1がポイントだ。
黒はe4のナイトを逃げるしかないし(ホントは7…f5とできるけど私もデイジーも気づいてなかった。 そして7…f5としても白が間違えない限りは有利なはずだ)、そしたらe5のポーンを取り返せる。
実際、この後は8. Nxe5 Nxe5 9. Rxe5+ Ne6って進んだ。
ここまでで、有利なはずって言うのはなんとなく感覚でわかってた。
だけど、チェスは有利なところでちゃんと決めないと逆転されたり引き分けにされたりする。
ここは多分、本当にそういう局面だと直感で思った。
だから私はここで、ちょっと時間を使った。
そして決断。
ここで黒にキャスリングされたらまた局面が難しくなるのは間違いないから、そのまえに勝負手を放ったのだ。
10.Bg5。
このビショップはナイトのきいているところにあるけど、今黒のe6にあるナイトはe5にある白のルークのせいで動けない。
もちろん10…Qxg5と取ってきたら11.Rxg5とできる。
その後は11…Nxg5ってされるけど、ここでちょっと私のノートの3番目の駒の価値の所を見てみてね。
私が取られるのはビショップが一つとルークが一つ。
ビショップは3点でルークが5点だ。
そして、取るのがクイーン一つ。
これは9点。
だから合計すると、私が1点得になるっていうわけだ。
こういう単純な駒損を、デイジーは避けて10…f6とついてきた。
あれ?
これって・・・
まずい、両取りだ。
これは失敗したかな?
考えないと。考えないと・・・
絶対有利な局面と思ってたんだけど、もうちょっとよく考えてから指せばよかったかな・・・?無理に行きすぎちゃったのかも。
かなり、あせっているのが自分でも分かる。
握ってる手の中に、いやな汗が出てるもん。
ここまででお互いに使った時間はほとんど変わらないから、ここで使える時間はほぼ5分だ。
1分ぐらい考えたところで、11.Bh4って引く手があるのに気が付いた。
つまり、もし次で黒が11…fxe5ってルークを取ってきたら、12.Bxd8とクイーンを取れる。
一ついい手を思いつくと、すぐに飛びつきたい衝動に駆られる。
だけど、もうちょっと考えてみよう。
もし、12…g5ってされたらどうする?
その場合は13.Qh5+って出る手が見える。
でもそれよりもいい手はないかなあ・・・
ん?あれ?よく見ると、13.Rxe6+って取れる!ルークの価値はナイトより高いけど、このルーク取り返されないじゃん。
だって、b5にビショップがあるから13…dxe6ってできない。(もしその手を指したらキングが取られちゃう形だから、その手は反則だよ!)
いや、どうせだったらその前にビショップを引いたりしないですぐに11.Rxe6+って取れるからその方がよさそう。
だったらそうしよう!!
私がこの手を指した瞬間、デイジーは11…dxe6って取ろうとして、それが出来ないと分かるとちょっと 得意げだったデイジーの表情が歪んだ。
唇を噛みしめて、ちょっと泣きそうな感じになっている。
けど、キングがどいたら次の手でdxe6とルークを取る手は狙えるし、ルークが逃げたらfxg5とビショップを取ったらナイトとビショップの交換になるから駒の損得はほとんどない。
ここでデイジーが指した手は11…Kf7。
そして私は・・・。
なんでこの手を指せたのか、自分でもよくわからない。
それは私の知識じゃ絶対に出せないはずの答えだった。
時間もほとんど使っていない。
でも、何かに導かれるように、私はルークを捨てる12.Rxf6+という手を選んだ。
相手のデイジーもこの手の意味には全然気が付いてない。ううん、指してしまった後でも、私だって本当にちゃんとわかっていたわけじゃないと思う。
デイジーの表情はなんかわかんないけど駒得した!って感じに見えたし、私もちょっとまずいって気がしたもん。
でもこの手の意味は、手を進めると次第に明らかになってくる。
まずデイジーが12…gxf6と指した後、私は13.Qh5+。
その後は13…Kg8 14.Bh6 d5 15.Re1
この手の意味は分かる?
つぎの私の狙いは16.Re8+とすることだ。
そうすると、クイーンとキングのフォーク(両取り)になる。
黒はビショップをどけるとa8にいるルークを横にきかせる事ができるけど、私のb5にあるビショップもそこにきいてるから、単にそれだけだとやっぱり16.Re8+は防げない。
だから、デイジーの指した手は15…Bd7。
これで確かに16.Re8+は防ぐことは出来る。
もしそうしたらビショップで取ってしまえばいいだけだ。
だけど、この手を指したことでクイーンのタテへの利きがなくなってしまった。
他のいい手もなかったから、もう勝負は決まっていたのだ。
私が指した最後の手は16.Qxd5#
正確に言うと16…Be6とできるからチェックメイトはもう一手後なんだけど、デイジーはその手を指さずに、悔しさに震えながら自分のキングを倒した。
リザイン(投了)の合図だ。
しばらくの沈黙があって、大きな駒が動かされた後に結果が観客席に伝わると、わっと大歓声が上がった。
それまで何とか耐えていたデイジーがわっと泣き出してグレイの所に駆けていく。
税金の1割がかかってたから仕方ないとはいえ、このタイミングでの大歓声はちょっと間が悪かったかも。
「もう、あたしチェスなんてやめるっ!やめてやるもん!!」
すごい勢いで泣いているから、グレイもなだめるのが大変そう。
ちょっと可哀想になって私も駆け寄ったけど、逆にグレイから
「こんなに泣いちゃってるから感想戦は出来なそう。ごめんね」
って謝られちゃった。
そういうつもりじゃなかったんだけどな。
「ねえデイジー、1回負けたぐらいでチェスやめちゃったらもったいないよ。だって・・・」
だって、たぶん今の私のは出来すぎで、もう一度やっても勝てる自信はない。
それが私の正直な気持ちだ。
まあ、そこまでは言えなかったんだけどね。
デイジーは目に涙を貯めたまま一回私の方を見て、それからまたグレイの方に戻って鼻をすすり上げる。
だけど、グレイが一言、二言話してなにか促してくれたのか、もう一度私の方に歩いて来て、デイジーの方から手を差し出してきた。
「チェスをやめるのは、あんたに勝ってからにしてあげるわ。来年・・・なんて言わないから、たまにウチにいらっしゃい。それまでにはお兄ちゃまに習ってアンタより強くなっとくから」
全然素直じゃない言い方。
だけど・・・私としてはとってもうれしい。
だって、私はいつのまにか、チェスがとっても好きになっていた。
なのに、他に相手になってくれるような子は誰もいないのだ。
それに、デイジーが悪い子じゃないってのはなんとなく感じてはいたけど、だんだんそれは確信に変わっていた。
もっとお話すれば、絶対仲良くなれそうだ。
「うん。じゃあ、二人でもっともっと、がんばって強くなろうね」
私はデイジーの手を、強く握り返した。
その時はデイジーも嫌そうな顔はしなかったから、きっと私の気持ちは伝わったはずだよね!
次回の更新は11月26日(土)です。




