15.お祭りの決戦(チェス)⑤
それはすごい大観衆だった。
場所は、この間フタバと模擬戦の練習をした闘技場。
ちょっと想像してみて。
剣技とか格闘とかをやる会場でチェスをやるんだよ!?
すごいでしょ??
しかもフィールド上にいるのは私とデイジーの他に、アービターと呼ばれる審判。
その他に、あと2人だけ。全員合わせても、5人だ。
メインスタンドのすぐ前に台と椅子が2つあってそこにボードを広げて駒が並べられているんだけど、これは普通の大きさチェスボードと駒だからスタンド席にいる観衆からは盤上がどうなっているかを見るのは難しい。ていうか、よっぽど目が良くないと見えないはず。
だから、私たちが実際に動かす駒の他に、闘技場のど真ん中に一つ一つが一抱えもある大きな駒とそれを並べるための盤があって、私たちが指した手をその2人がそのまま並べるということみたいだ。
これならスタンドの上の人にも見えるからね。
そして、対局時計には特殊な砂時計を使う。
使うのは10分の砂時計で最初は砂が半分ずつになっている。
まず試合開始と同時に砂時計が動き始めるんだけど、砂時計には私の側とデイジーの側に小さなレバーが2つずつ付いている。
私が指して一つ目のレバーを押すと、砂時計の真ん中についている弁が閉じて砂が落ちなくなる。これだけだとまだ砂時計はひっくり返らない。
そのあと大きな駒を動かしてきた人がもう一つのレバーを押すと、それで初めて砂時計がひっくり返って逆向きになって砂が落ち始める。
デイジーの側についてる2つのレバーも同じ仕組みで、デイジーが指してレバーを引いても弁が閉じるだけ。もう一人の人が大きな駒を動かした後2つ目のレバーを引くとひっくり返るようになっている。
つまり、持ち時間はお互いに最初5分ずつ持っているんだけど、自分が考えた分だけ相手の時間が増えると言う仕組みだ。
そして、大きな駒を動かす間は、砂時計は動かないようになっている。(もちろん、その間も考えてていいんだよ!)
こんな大観衆の中だとすごく緊張する、と思ってたんだけど今は不思議なことに全然平気だ。
ラルフお兄ちゃんが勇気をくれたからかな。(って思うことにする♪)
ちなみに私は、普段だったらすごく緊張する方なんだけどね。
それより今は、むしろデイジーの方がガチガチになって、半泣き状態になってる。
この間の反応からするとちょっと苦手な感じの子だったんだけど、さすがにかわいそうになって私の方から声をかけてあげることにした。
「今日はよろしくね」
だけど、デイジーの反応は鈍い。
私は2つのパターンを想定していた。
一つ目は良い方の反応で、普通に返事をしてくれるかなって思ってた。
もう一つは、この間みたいに嫌味を言われて挑発されるパターン。これも十分考えられる。
でも、今はそのどちらの反応もなかった。
デイジーはただ、真っ青な顔で観客の方を見て目を泳がせている。
ちょっと目の焦点もあってない感じ?
そして観客の中にグレイを見つけると、一目散にそちらへ走って行った。
その間にも何もないのにつまずいたりとか・・・そんな状況だ。
「お兄ちゃま、やっぱり私には無理!対局はどこか静かな部屋でやって、ここで並べてもらえばいいんじゃないの?」
もう、本当に取り乱してる、って感じ。
「デイジー落ち着いて。緊張するのは相手も同じ条件だろ?」
「でも・・・」
去年まではこの対抗戦にはグレイが出ていて、デイジーはただ見ていただけだった。
それで毎年あんまり簡単にグレイが勝っているものだから、デイジーは自分も楽勝だと思ってしまっていたらしいのだ。
それがいざ、大観衆の真ん中に自分が投げ出されてみると大パニック。
しかもそんなデイジーの様子を見て、笑い出すお客さんもいる。
それに何を言っているのかは歓声に紛れてはっきりとは聞こえないんだけど、なんかすごく失礼なことを言っている雰囲気。
あれはちょっと・・・
子供同士ならまだしも、大人が笑うってのはひどいよね!?
とはいえちょっと柄の悪そうな人たちだから、私が文句を言えるかって聞かれたらそれはちょっと怖いんだけど。
グレイはおまじないとか深呼吸とかいろいろ駆使してなんとかデイジーを落ち着かせる。
さすが!慣れてるのかな。
デイジーがなんとか盤の前までもどってくると、私は改めて
「今日はお互いがんばろうね」
って言い直した。
そりゃ、勝ちたいっていうのもあるし、そのためにはデイジーが緊張して失敗してくれた方が都合がいいのかもしれないけど・・・でも、なんかそれは違う気がした。
デイジーは私のことを警戒していたからなのか、それとも情けないところを見られたせいなのかわからないけど、どう反応していいのかわからない、と言う感じで一瞬ためらってから、
「負けてもともとのあんたみたいに、気楽にそんな風には思えないわよ・・・」
って言われちゃった。
だけど、最初に貴族の子の学校の図書室で会った時と比べたら、だいぶ感じはやわらかくなってると思う。
それにしても、これまでは貴族の子がずっと勝ってるわけだから、自分も絶対勝たなきゃっていうプレッシャーは確かにすごいんだろう。
とはいえ私だって負けらんないわ。だって、みんなの税金1割がかかってるからね。
そういう意味では私へのプレッシャーだってすごいんだよ。ほんとに。
手番は最初から私が白って決まっていた。
去年は、貴族の子が白、その前は平民側が白、と、白と黒が年ごとに交互に入れ替わる仕組みだ。
正直に言うと、それがわかっていたから黒番の時の勉強はちょっとサボリ気味だったんだよね。
だから、ここでいきなり変更しますって言われちゃったらすごく困る。
要はその分、白番の時の勉強に回したっていうことだ。
ちなみにチェスは弱い人に白番(先手)を持たせてあげるみたいな習慣はないから、今回みたいな1試合だけの為の対策とかじゃない限りは黒番も白番と同じようにちゃんと勉強しておいた方がいいよ。
さあ、アービターの人の合図で対局開始だ。
私は初手を1.e4って指した。
チェスの対局は本来静かなものだけど、闘技場をつかってスタンドにこれだけの観客を集めたらそうはいかない。
中には剣術の試合でも見てるみたいにヤジを飛ばす人もいるし、要は『チェスは静かに』っていう意識すらない人もいる。
それどころか、チェスのルールも知らないけどとにかく応援するって言う人だっているんだ。
まあ、これはそもそもお祭りのイベントだから仕方ない。
町中がお祭りの雰囲気の中でここだけが静かだったらそれはそれでおかしいもんね。
そういえば、1年前には私も観客席にいて普通におしゃべりしてたような気がするし。
デイジーの初手は1…e5。
その後、2.Nf3 Nc6と進み、私は3.Nc3と指した。
実は、私たちの世界はみんなの世界みたいにオープニングの研究が進んでなくて、1.e4 e5で始まったらルイロペス(2.Nf3 Nc6 3.Bb5とした形)が常識で、それ以外の手は『意表を突く手』程度の評価しかない。
その証拠に、私の3手目を見たデイジーに
「あら、あなたルイロペスを知らないの?」
って言われた。
しかも、馬鹿にされてると言うよりも本気で言ってる感じ。
私も1週間それなりに勉強したからルイロペスはもちろん知ってる。
それでも3.Nc3の手を選んだのは、あの『異世界のチェス』の影響だ。
あんなにうまく指せるとは思えないけど、究極的にはあそこを目指したい。
「知ってるけど、これでいいわ」
私ははっきりと、意志を表明した。知らないと思われたままなのもちょっと悔しい、ってこともあるし。
まあ、オープニングの本のほとんどがルイロペスの本だから、それ以外の作戦なら相手も自力で考えなきゃならないってことでもある。
経験は明らかにデイジーの方が私よりも何倍も多いはずだからその点では不利かもしれないけど・・・でも、あの様子だとデイジーは『異世界のチェス』は知らないはず。
私は少なくともあれを丸暗記はしてるから、デイジーの方から外されるまではマネをしていこうと思っていた。(とはいっても丸暗記をお勧めするわけじゃないけどね)
次回の更新は11月23日(水)の予定です。




