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14.お祭りの決戦(チェス)④

 さて、貴族の子の学校に忍び込んだ日の後、私はずっと学校をお休みしてチェスの勉強をしました。

 普通だったらそんなの駄目だし、私はやだって言ったんだけど・・・

 でも、学校の先生だって学長先生まで含めてみんな平民。

 そして平民にとって、1年分の税金が1割減っていうのはものすごく大きいのです。

 正直言って、みんなの期待がすごく重いです。うーむ・・・。


 もちろん私はサボってないよ!ちゃんとまじめに勉強したし。

 勉強し始めてすぐに、私はグレイが選んでくれた本の中に一冊だけチェスとは関係ない本が入っているのが目についた。

「あれ、この本は・・・」

 表紙をめくると紙切れがはさまっていた。

『チェスの本は外国の本も多いから、この魔法を覚えておくと役に立つよ』

 っていうメモ書き。グレイが書いてくれたみたいだ。


 中身は翻訳の魔法。

 これ実は、チェスをやるより前から覚えたかった魔法なのよね。

 なんか、すごく得した気分だ。

 そして、実際にすごく役立った。

 貴族の子は授業でちょっとは外国の言葉も習ったりするみたいだけど、私たちはそういうのは全くないからハッキリ言って外国語は一切わからないもん。


 だから、棋譜の付け方をグレイに教わった時でさえかなり大変だったのよね・・・

 あれは、魔法の力は借りずに頑張って覚えたけどね。

 だけど、使っているうちに翻訳の魔法の弱点もハッキリしてきた。

 それは、私が自分の国の言葉で理解していないことは翻訳しても理解できないってことだ。


 まあ、それは当たり前か・・・特にチェスの場合は、外国語で書いてあることの意味が全部分かるとしたら、魔法を使ってから目を通すぐらいで勉強する必要がない、ってことになってしまう。そんなわけないもんね。


 オープニングも、ミドルゲームも、そしてエンディングも。

 借りてきた本に書いてあることは一通り頑張って勉強した。

 本を書いた人が意図したその意味をすべて理解することなんてとてもできないけれど、はっきり言ってそれが出来る人なんて誰もいない。


 できることは全部やってきたつもりだから、後は本番で頑張るだけ・・・

 私はそこまで考えて、自分の思考がループしていることに気が付いた。

 ん~、ダメだダメだ。これは緊張してる証拠だ。


 今、私は対抗戦開始前の控室にいる。

 旧王城の一室が、そのまま当てがわれていて、しかもその部屋の中に私だけ。

 そしてまだちょっと時間がある。

 私は大きく深呼吸してから、盤を広げて駒袋を逆さまにして駒を取り出した。

 さあ、何からおさらいしよう・・・。


 そう思いながら駒のいくつかを手に取った瞬間、そっと扉が開いた。

「あ・・・ラルフお兄ちゃん!」

「ミルフィ調子はどう?」

「調子は悪くないと思うけど・・・ちょっと緊張してる」


 多分それはわかってて、わざわざ来てくれたのだと思う。

 ラルフお兄ちゃんって昔からそうだったからね。

 あ、もちろんラルフお兄ちゃんが、この旧王城の中の宿屋にいたってことはあるんだけど。

「キング対キング+クイーンのチェックメイトぐらいはできるようになった?」


 去年までの平民の代表の子だったらそれを心配しないとならないレベルだったかもしれないけど。

「あー、ラルフお兄ちゃん、私のこと馬鹿にしてる!そのぐらい、できるよ!」

 でも、私は。

 できるもん。

 できるはず・・・


 だけど、実はこの『キング対キング+クイーンのチェックメイト』って言うのは入門書にはあんまり載っていないのだ。


 難しいから載ってないわけじゃなくて、逆に簡単すぎるから載ってないんだけど。

 つまり、入門書を書く人って言うのはみんな強い人で、強い人からしたら『それはわかるでしょ』ってことだ。

 だから、自分で考えて答えが見つけられたらいいけど、たまたま答えを見つけられなかった人はそこでチェスをやめちゃう人もいるかもしれない。ちょっともったいないよね。


 で、私はというと、頭の中ではわかったつもりだけど、駒で動かしてみたことがないからちょっと不安になる。

「ほんとか?」

 私の不安を見透かされてるみたいに言われたので、ちょっと意地になって。

「できるよっ!」

 って、ちょっと強く答えた。

「じゃあ、やってみようか」

 ラルフお兄ちゃんは黒のキングと白のキングとクイーンを、私がさっき広げたボードの上にこんな風に置いた。

挿絵(By みてみん)

「さあミルフィ、黒のキングをチェックメイトにしてみて?」

並べられた局面を見て、私はまず1.Qh4って動かした。

それに対して、ラルフお兄ちゃんは1…Kd5とする。

挿絵(By みてみん)

そして2.Qf4として、内心『準備完了』って思う。

 その後ラルフお兄ちゃんは2…Ke6 私は3.Qg5。それでこの図だ。

挿絵(By みてみん)

「ミルフィ、クイーンばっかり動かしてたらキングは追い詰められないよ。キングとクイーンを両方使って追い込むんだ」

 ラルフお兄ちゃんの言う通り、たしかに、クイーンだけでチェックメイトすることは出来ない。

 それはわかってる。

 だけど、私の考えが間違ってなかったら『つかまえること』はできるはず。

「ねえラルフお兄ちゃん、じゃあ、もし私が思い通りにやってラルフお兄ちゃんのキングを捕まえられたら・・・キス、してくれる?」

 なんでこんなことを言ったんだろう。

 どさくさにまぎれて・・・って、こういう時の為にある言葉だよね。


 いっつも言いたくて、でも決して口に出せなかった言葉が、なぜかこの時は自然に出てきたのだ。

 多分この時私の顔は、耳の先まで真っ赤だったはず。

だって、すごく熱かったもん。


 そして一瞬の沈黙。

 私はすっごくドキドキしながら、ラルフお兄ちゃんの答えを待った。

「ミルフィはおませさんだな・・・けど、いいよ。もしミルフィが50手以内にこのキングを捕まえられたらね。」

 ドキドキはさらに強くなった。

 まるで直接心臓をつかまれたみたいに。


 ラルフお兄ちゃんは私がチェックメイト、できないと思ってるのかな?

 それとも・・・

 私はこの後も、自分で考えたやり方を変えなかった。

 ここで変えたら、ズルいような気がしたからだ。

 黒のキングはラルフお兄ちゃん。

 そして、白のクイーンが私。

 2人で盤の上で、ワルツを踊る。それが、私が考えた方法だった。

 

 ラルフお兄ちゃんが横に一歩進んだら、私も横に一歩進む。

 ラルフお兄ちゃんが斜めに一歩進んだら、私も斜めに一歩進む。

 そうすれば、ほら、私がラルフお兄ちゃんにエスコートされてワルツを踊っているように見えるでしょ?

 ちょっとステキじゃない??


 ちなみに棋譜にすると、こうだ。

 3…Kd6 4. Qf5 Kc6 5. Qe5 Kd7 6. Qf6 Kc7 7. Qe6 Kd8 8. Qf7 Kc8 9. Qe7 Kb8 10. Qd7 Ka8

 挿絵(By みてみん)

 でもここで、ワルツは終わり。

 だってもう一手11.Qc7ってしたらステイルメイトで引き分けになっちゃうからね。


 だからここで私ははじめて、白のキングをつまんで11.Kf2って動かした。

 「もう逃がさないよ。ラルフお兄ちゃん」

 自分で考えたやり方で、上手くいく。私はそれを、確信した。


 いつか私がもっとおっきくなったら、盤の上だけじゃなくこんな風にラルフお兄ちゃんを、捕まえることが出来のかなあ・・・

 ともかく、あとはラルフお兄ちゃんのキングはa8とb8を行ったり来たりするしかないから、キングをゆっくりc6まで近づけて、最後はQb7とすればチェックメイトだ。


「チェックメイトまでやる?」

 私はラルフお兄ちゃんに、聞いてみた。

「いや、いいよ、ここまでで。この方法、自分で思いついた?」

「うん・・・」

 私はちっちゃく頷く。


 そして次の言葉を口に出す前から、またすごくドキドキしてくる。

「ラルフお兄ちゃん、約束・・・」

 ラルフお兄ちゃんは、確かに約束をしてくれたんだけど。

 それはもしかして、私がチェックメイトにできないって思ってたから?

『あれは冗談だった』なんて言われて拒否されてしまうのが、すごく怖い。


 それはただ『キスをしてもらえない』ってだけじゃなくって、今までよりもラルフお兄ちゃんとの心の距離が、すごく遠くなってしまいそうな気がしたからだ。

 そんな風になってしまうぐらいだったら、あんな約束なんて言い出さない方がよかった、とすら思う。


「ミルフィは、ホントにおませさんだな」

 ラルフお兄ちゃんはさっきと同じ言葉をもう一度言った。

 私はラルフお兄ちゃんがが拒否しにくいように、目の前に立ってできるだけ背伸びをしながら目を閉じる。


「ミルフィ、目を開けて」

「や。ラルフお兄ちゃんが約束を守ってくれなきゃやだ。」

 私は別に、ラルフお兄ちゃんのことを困らせたいわけじゃなくて。

 結果的にそうなっちゃってるんじゃないか、とは思うけど、でも、ここでワガママを言わなかったら一生後悔するかもしれないって感じるから・・・


 だから私は、意地になってさっきまでよりもっと背伸びをした。

 そしたら。

 目をつぶっていた私は、ラルフお兄ちゃんの顔の位置を見失っていて、おでことおでこがコツンとぶつかった。


「あ・・・」

 私は思わず声を上げた。

 まるで、お熱をはかってもらってる時みたいに、すごく高くなった私のおでこの体温が、ラルフお兄ちゃんのおでこに伝わってる。


「ねえ、ミルフィ、目を開けて」

 ラルフお兄ちゃんにもう一度そう言われると、今度は言う通りに目を開けた。

「ごめんなさい。私にはまだキスは・・・早いよね」


 本音じゃない。

『約束だから』って言う理由だけでされるキスが初めてなのは、なんか嫌な気がした。

 急に、そんな風に思えてきた。

 それが私の気持ち。

 伝わっていたらうれしいけど、多分これじゃ伝わらないって自分でも分かってる。


 おでこと、おでこはくっついたまま。

 ラルフお兄ちゃんはそのまま

「頑張れよ」

 って言ってくれて・・・。

 その瞬間、もしかしたら唇と唇が触れたかもしれない。

 触れたのか、息づかいを感じただけなのかわからないほどの、微かな感覚。


 でもきっと、今の私には、これで十分。

 ちゃんと勇気をもらったよ。

「さあ、そろそろ時間だぞ」

 急に時間のことを言い出したラルフお兄ちゃんは、ちょっと照れてるのかな、って思った。


 照れてるってことは意図的にキス、してくれたのかな?

 だけど、私がそれに気づいたらいけないような気がして・・・

 ううん、それはただの私のカン違いかもしれないけど。

 どちらにしても今は、

「うん。がんばってくる」

 って素直に答えることにした。


 それに、いつまでも浮かれてはいられない。

 さあ、ついに決戦だよ!


次回の更新は11月19日(土)の予定です。

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