9.ゆーくんの初恋(前編)
「で、言われたとおりにしたんだから話だけは聞いてくれるんだよな?」
まだジャッキーは私が蹴っ飛ばした向こうずねをさすりながら言った。
ついさっきまで、私はこの男子がすっごく怖かったんだけど、今は不思議とそういう感覚はだいぶやわらいでいた。
それに、ここまできて話を聞いてあげなかったらそれはあんまりだから、私は小さくうなずく。
「実はさ、うちの弟がさ・・・と、これ見てもらった方が早いか」
そう言ってジャッキーが取り出したのは、2つに折りたたまれた小さな紙きれ。
私がそれを受け取って、中を開いてみるとそこには。
『みるふぃのことがだいすきです。おつきあいしてください。ゆりうす』
「・・・」
ちょっと、言葉がない。
困った。
だって私、好きな人いるし。
そして、頼みごとを断るのは、ものすごーく苦手なのだ。
ちなみにこの子の事は良く知っている。
ユリウス・ハウエル君6歳、初等学校1年生。
通称『ゆーくん』。
ジャッキーの弟にしてはずいぶん大人しい感じの子だ。
「ゆーくんには悪いけど、ごめんなさいとしか言いようがないよ・・・」
「だからさ」
と、ジャッキーは言った。
「それを自分で伝えてくれないかって言ってるんだってば。できれば・・・あんまり傷つけないようにしてくれると助かる。」
「傷つけないようにって言ったって、どうしたらいいか分かんないよ」
だって私自身、ラルフお兄ちゃんに嫌われたら絶対傷つくもん。
「あのさ、私もそれは直接ミルフィから伝えた方がいいと思うわ」
とユリカは言う。
フタバも頷いてるからおんなじ意見なんだろうね。
そりゃ、私も全然そう思わないわけじゃないんだけど・・・
数秒間の沈黙。
空気が重い。私が責められてるみたい。
「んもう、わかったわよ。仕方ないなあ・・・じゃあ、明日午後3時に旧王城の中庭の北側ベンチに来てってゆーくんに伝えて。あと・・・」
と、私は念のためクギを刺しておく。
「あんたたちは、絶対来ちゃダメだかんね」
案の定、ユリカは『バレたか』とばかりにペロッと舌を出す。
ホントに油断もスキもないんだからっ!
『ゆーくんを傷つけないように』って言うのは私なりにだけど結構がんばって考えた。
なんかね。どうせ無理だから、ってあきらめちゃいけない事のような気がしたんだ。
だけど私は、お菓子を持っていくことぐらいしか思いつかなかった。
具体的にはクッキーを焼いて持っていくことにしたんだけど、コゲてしまった。
おかしいなあ、パパと一緒に作った時はうまくいったのに。
ゆーくんは甘いのが好きかなと思ってお砂糖をたくさんいれたのがいけなかったのかも。
でも、もう作り直している時間はないのでせめてていねいに、銀紙に包む。
あと、お気に入りのウサギさんの絵の入った赤い水筒に紅茶を入れてっと。
ちなみにこの水筒、グロリアさんにウォーターカッターの魔法を教えてもらってから使う機会がすっごく増えた。
いつも入れてるのは魔法を使うための、ただの水なんだけどね。
さて、準備ができたらお出かけ。
10分くらい前には約束の『旧王城の中庭の北側ベンチ』に行ったんだけど、ゆーくんはもう先についていた。
「こんにちは」
とお行儀よく言って、ペコリと頭を下げる。
ゆーくんのこういう所は、ジャッキーの弟とは思えないぐらい可愛いんだけど。
私は
「ゆーくん、こんにちは」
とあいさつを返して、ゆーくんの隣に腰かける。
さて、どこから切り出そう。
・・・やだ、なんか緊張してきた。
断わるだけなのになんで?
ドキドキしてる場合じゃないのに。
沈黙。
私が話そうとしたタイミングとゆーくんが話そうとしたタイミングが重なってしまい、2人とも黙ってまた沈黙。
これは一番ダメなパターンだ。
しかたないから予定とは違うけど・・・
「ねえゆーくん、これ食べる?」
と作ってきたクッキーを差し出した。
「ありがとう・・・」
ゆーくんは、笑顔を見せてはくれたんだけど、なんか無理に笑ってくれてるような気がして切ない。
「ごめんね。コゲちゃったけど・・・」
「ううん。すっごくあまくっておいしいよ」
そう言ってもらえたのは、ちょっとよかった。
さあ、今切りださないとタイミングがなくなる。
「あのね、ゆーくん。もらったお手紙の件だけどね、私さ、他に好きな人がいるから・・・」
「知ってる・・・」
そうだった。
ラルフお兄ちゃんと再会した直後にゆーくんにはそのお話してたんだった。
私はあの時すっごく浮かれて話してたけど、ゆーくんの気持ちを今考えると、少し胸が痛む。
ゆーくんは私たち4年生と遊ぶこともけっこう多くて、私がトレーニングしてる時なんてすっごく応援してくれたりした。
相手がお兄ちゃんのジャッキーだったのにだよ。
それなのにゆーくんの気持ちに全然気が付かなかった私って、たぶんすっごくニブイ。
「勇者様には、かなわないよね・・・」
ゆーくん泣きそうな顔してる。
どうしよう、ここで渡してなぐさめるはずだったクッキーは先にあげちゃったし。
「ごめんね、ゆーくん、えっと・・・」
そこまで言ってはみたものの、続く言葉が出てこない。
こういう時、どうしたらいいか分からないよ。
なんか私の方がパニックになってちゃダメじゃん。
「ううん。ぼくのほうこそごめんなさい。ミルフィが勇者様のおはなしするときすっごくうれしそうだったのわかってたのに。だけど、ぜったいつたえないとこうかいするって思ったから・・・」
うう、けなげな子・・・。
この子は泣かせちゃダメだと、私はなんとなく思った。
私はいったんベンチから立ち上がって、それからゆーくんの正面にしゃがんだ。
そして
「ねえゆーくん、せっかくだから今日は遊んでいこ?」
って言ってから、ゆーくんのおでこに手を当てる。
ゆーくんは、じっと私を見てから
「いいの?」
とたずね返してくる。
もちろん私は、すぐにうなずいた。
私から言っといてダメなはずないもん。
期待させるようなことはしたらいけないのは分かってるつもり。
だけど、今はこうしなきゃいけないような気がした。
「今日だけはゆーくんの行きたいとこ、どこでもいっしょに行っちゃうよ」
「うーん、じゃあ・・・」
と、ゆーくんはちょっと考えて。
「このおしろの地下に、くんれん用のダンジョンがあるからいっしょに行ってくれる?」
と言った。
そう言えば、私はまだパーティって組んだことなかったんだよね。
だから、私の生まれて初めてのパーティのパートナーはゆーくんってことになったんだ。
旧王城の地下のダンジョンは、私は行ったことないんだけど、元々は学校の子たちのために作られた練習用のダンジョンだ。
昔地下牢だった所を改造して作ったものらしく、ちょっとこわい雰囲気。
その雰囲気が、私が今までここを使わなかった理由なんだけど、練習用だから安全対策は完璧。
模擬戦の時にも使った守護の腕輪も貸してくれるし、出てくるモンスターも本物じゃないからね。(本物のモンスターがいたら大変なんだけど)
「ミルフィ初めてだったら、最初にカード作ってこないとね」
ゆーくんは来たことがあるらしく、既に自分のカードを持っているみたい。
私はゆーくんに言われた通り、係のおじさんに言ってカードを作ってもらった。
ありがたいことに、初等学校の子は無料らしい。(学校に払ってるお金に含まれてるってことかな?)
カードを見ると私の名前と学年、それから2列に並んだマス目が書いてあって左側に挑戦した日とレベル、右側がクリアした時のチェック欄になっている。
訓練用だから、自分の実力に応じて好きなレベルを選べるようになっているみたい。
もちろん私のカードには何もチェックはついていない。
「あれ、ゆーくんすごい!全部チェックついてるじゃん」
「ううん、これはちがうの。これはお兄ちゃんについていっただけで、ぼくはほとんど何もしてないんだ」
そっか・・・アイツと一緒なら、確かに強すぎて何もやることがなさそうだもんね。
「ちなみにゆーくん、クラスの子とはいっしょに行ったりするの?」
「ううん。だって、お兄ちゃんがすっごく強いのはみんな知ってるけど、あんな強さをきたいされちゃったらぜったいむりだもん。みんなにがっかりされるのもやだから、クラスの子とは行ってないんだ。」
ん~、気持ちはすっごく分かる。けど・・・
「でも、やっぱりそういうの、クラスの子にずっと隠してると後がもっときつくなっちゃうかもよ?」
「ぼくもそうじゃないかとは思ってる。だけどなかなか・・・ね」
まあ、そっちの気持ちも分かるかな。
それから、武器選び。
ここでは、武器は自分で持ってこなくても貸し出ししてもらえる。
よっぽど特殊な武器じゃない限りは大抵そろってるので、手ぶらできても遊んでいけるって言う寸法だ。
ゆーくんが選んだのは、短めの曲刀。
短めって言ってもゆーくんの背も低いから、両手で持って丁度いい感じだ。
あと、私は武器使わないんだけど・・・そうだ、水を持ってかないと。
「ねえゆーくん、水筒に水入れてくんだけど、今紅茶が入ってるから一緒に飲んじゃお?」
そりゃね、1リットルくらい入ってるから私だけじゃ飲み切れない。
「ありがとう・・・でも、コップないよ?」
「ゆーくん、先に半分飲んでいいよ」
そういうと、ゆーくんはちょっとためらってからぺこりとおじぎをして飲み始めた。
あ、もしかしてゆーくん間接キスとか気にしてる?
ゆーくんが飲み終わって、水筒を渡されて・・・
ここでわざわざ向きかえたらかえって変?私の方が気にしすぎてるだけ?
もう、いいや、気にしないで一気に飲んじゃおう。
でも、飲んでる間じゅう、ゆーくんにずっと見られてた気にする・・・
しかも、その視線に気が付いて私がゆーくんの方を見たら、ゆーくんは視線をそらしてしまう。
うーむ・・・。
「ねえゆーくん、どうしたの?」
私は、直接聞いてみた。考えても分かんないからね。
「・・・言っても、おこらない?」
「おこらないよ」
そりゃそうだよね。上級生としては、間接キス、って言われたぐらいで怒ったりはしない。
それでもゆーくんは、
「ほんと??」
「うん。ほんとだよ」
「それじゃ、言うよ・・・」
それでもまだためらってるみたいだったけど。
ゆーくんは一回深く息を大きく吸って、吐いてからこういった。
「あの、いっぱい飲んじゃったから、ダンジョンにはいる前に、トイレに行っとかないとダメ・・・だよ。」
あ・・・ゆーくんが気にしてたのはそっちだった。
ちょっとショック・・・。
たぶん、そのショックが顔に出てたんだと思う。
ゆーくんはあわてて
「ごめんね。へんな意味じゃ、ないから・・・」
って言う。
別に、ゆーくんを責めるつもりはないからね。うん。ちょっと冷や汗出たけど。
「気にしないでいいよ。ゆーくんは、私のためにって思って言ってくれたんでしょ?」
あくまで、上級生らしく・・・って思ってたけど、動揺してるのはバレバレかな・・・?
でも、ゆーくんは申し訳なさそうに、
「うん・・・」
とだけ言ってくれたのだった。
次回の更新は明日11月30日の予定です。




