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案内人をゲットして、学園都市にやってきました。
さてさて、情報は手に入るかな?
やってきました、学園都市ケリティス。完全独立地帯の浮遊島で、治外法権かつ、ここでは外部の身分は何一つ関係ないという立場を貫く、学徒の都。浮遊島内でありとあらゆるものが回っているというか、食材の自給自足さえやっちまってる、むしろ独立国といっても過言ではない都市だ。
ちなみに、どうやってやってきたのかと言うと、大陸各地に点在する転移門と呼ばれるゲートを通ってです。実はガエリアの王都にもゲートがあったらしい。申請すれば誰でも通れるらしく、手続きを踏んでワタシ達も転移門を使ってケリティスにやってきたわけである。
……いやー、転移門で移動するのは知ってたけど、王都にあるとは思ってなかったよね。だって、ワタシの知る限り覇王様ケリティスに行ってないし。うん、仕方ない。
「ミュー様、該当する教授に連絡がつきましたので、研究室棟へと向かいましょう」
「はい。ありがとうございます、エレオノーラさん」
「私に敬称は必要ありませんわ」
「いや、そう言われましても……」
にこにこと笑っているのは赤毛の美少女、エレオノーラ嬢。今日も麗しの美貌である。相手が皇妹殿下だというのに、完全ため口で喋るのはちょっと……。まだちょっと……。そこはほら、慣れが必要だと思うんですよね。
「兄上を相手にされているときと同じもので構いませんよ?」
「心の準備が必要なんで勘弁してください、クラウさん……」
柔らかく微笑んでくれるのは、凜々しく麗しい男装の麗人である皇妹殿下その1のクラウディアさんだ。……え?何でこの人いるのかって?何か知らんけど、アーダルベルトが留守番だって知ったら、嬉々としてくっついてきたんですよね。表向きはエレオノーラ嬢と久しぶりに会ったからとか言ってましたけど、どう考えても自主的にワタシの護衛してんじゃないっすか?
思わず遠い目になっちゃうぜ……。何でワタシは皇妹殿下に護衛されにゃならんのだろう。いや、クラウディアさんはそれはそれは目の保養になる宝塚系の麗しの美人だから、いてもらっても良いのだけれど。……端的に言って、彼女の愛が重い。重すぎる。
「……ライナーさん、あの人、絶対ワタシの護衛のつもりですよね?」
「まぁ、エレオノーラ様をダシにしてらっしゃるとは思います」
「デスヨネー」
それにしても、エレオノーラ嬢の案内でケリティスにやってくるのが目的だったのに、とんだオマケがくっついているもんである。さっきから周囲の視線が超突き刺さる。別にワタシへの視線ではないけれど。格好良い美人であるクラウディアさんへの、男女問わない視線がビシバシ飛んでくるのである。
こちらも文句なしの美少女であるエレオノーラ嬢への視線は、少ない。彼女は学園で学んで三年と言っていたから、皆も見慣れたんだろう。ただ、その美少女の隣に格好良い美人がいたら、気になるに違いない。初見だとうっかり男に見えるクラウディアさんなので、なおさらだ。
……いやー、美少女と男装の麗人の陰で、相変わらずワタシ、性別不明街道驀進中らしいですね。いつもの侍従服っぽい服装なんですが、刺さる視線が困惑ばっかりですよ。悪かったな!男装女子に見えなくて!
「お似合いということでは?」
「ライナーさん、男装が似合うと言われて喜ぶ女子は、多分クラウさんタイプの特殊な人です」
「そうですね」
「あっさり認めるんですね……」
「……いえ、クラウディア様が特殊なのは事実かと……」
「……うん、まぁ、ソウデスネー」
覇王様と付き合いが長くて、必然的に妹であるクラウディアさんとも付き合いが長いライナーさんの遠い目に、ワタシは同調するしか出来なかった。確かに、クラウディアさんは特殊だ。綺麗で有能で優しい人ではあるが、回路が多分色々とアレだ。全力で兄上のお役に立とうという方向に振り切っている。
……これが身内じゃなくてただの臣下だったら、まだ使いやすかっただろうに。身内だからな。皇女様だからな。部下としてこき使うわけにもいかないし、むしろ大人しく引っ込んでてくれた方が穏便に話が済みそうなポジションだもんな。
……テオドールがバカやらかしたときに、クラウディアさんいなくて本当に良かった!マジで良かった!当人目の前にしたら、あの美人何やらかすか解ったもんじゃねぇ。ワタシもテオドール嫌いだけど、アーダルベルトが大事にしてる弟なので、流石に首ちょんぱはアカンと思うんだ。クラウディアさん、一撃でぶっ飛ばしそうなんだもん……。
とりあえず、エレオノーラさんの案内で研究室棟に移動する。今回ワタシが会いたいと願ったのは、風土病について調べている先生だ。ここは世界の叡智が集う場所と言われるほどなので、もしかしたらと思ってだ。案の定、古文書を紐解いたりしながらあちこちの風土病を調べている先生がいるとのことで、こうしてお会いすることになったのだ。
……なお、エレオノーラ嬢には、重ね重ね「ちゃんと言葉が通じる、会話が成立する、暴走しないタイプの人でお願いします」と言い含めてある。大事!これ物凄く大事!会話通じないレベルでぶっ飛んでる先生とか、情報源にならないから!
広い学園都市内の移動は、各所にある転移門を活用している。いや、リアルに歩いて移動するには苦痛すぎるから。あちこちにポイントが作ってあって、転移門で行き先を選択するのだ。ちなみに、外との転移は固定されている。この選択式の転移門は、学園都市内部だからこそ可能ということだった。
……本当に可能なのは学園都市内部だけなのか、外界にこの知識を流出させるのが嫌なのかは、判別出来ない。ただ、ここの長である理事長様ならば、後者のような気がする。有り余る知識と技術を、外に出して良いものと駄目なものにきっちり分けてる筈だ。ワタシの記憶が確かならば、だけれど。
そしてたどり着いた研究室棟の一室は、ファンタジー世界に不似合いなどこか近未来的な内装をしていた。ただ、フロアごとに内装は違うらしい。このフロアの内装は、病院とか近現代的な研究室っぽかった。……スタッフよ、これはお茶目な仕様なのか?
「ミュー様、こちらが風土病について研究されている、ロクサル教授です」
「ようこそお越しくださいました。ロクサルです」
「初めまして、ミューと言います。この度は無理をお願いして申し訳ありません」
「いえいえ、私の知識がお役に立てるのであれば、これほど嬉しいことはありません」
にこやかに微笑むロクサル教授は、おっとりとした雰囲気の好青年だった。尖った耳からエルフっぽいなと思ったけれど、肌が若干色黒だった。紺色の髪に黒が混ざったような赤い瞳をしているので、多分この人はダークエルフだなと思う。まぁ、ダークエルフっていう種族なだけで、中身は個別判定だけど。
とりあえず、常識人を引き当てたらしい。エレオノーラ嬢、ぐっじょぶ。なんて素晴らしい。ツテがなければこんな有望な人に遭遇できなかったに違いない。ありがたすぎて感謝する。
「それで、お知りになりたいのはどの病のことでしょうか?」
「イゾラ熱という病についてです。何かご存じか、或いは記載されている文献をご存じではないでしょうか?」
「イゾラ熱……」
ワタシの問い掛けに、ロクサルさんは考え込む仕草をした。細いフレームの眼鏡を直しながら、文献の索引なのか手帳をのぞき込みながらぶつぶつと呟いている。即座に記憶が出てこない程度には、マイナーな病気なんだろうなと思った。
まぁ、そもそもこの辺りの大陸には存在していない病気なので、仕方ないかもしれない。遙か遠くの、今は船ですら行くことが出来ない遠くの大陸の風土病。そんなものの記述が本当にあるのかと言われたら、解らないとしかワタシにも言えない。ただ、一縷の望みをかけてここに来ているだけですが。
だって、せめて感染源の特定とか、それが無理でも治療法の確認とかしたいじゃないですか!他の種族が罹患した場合はちょっと強力な風邪ぐらいだから対処療法でもどうにかなるけど、特効ついてる獣人の皆さんだった場合は、マジで死ぬから。ワタシ、覇王様だけでなくその周囲の皆さんにも死んで欲しくないからね!?
ぶっちゃけ、このまま感染源が特定できなくてアーダルベルトがイゾラ熱になったら、高確率で近衛兵ズは死にそう。接触の多い女官長のツェツィーリアさんとか、ワタシ経由で感染する可能性のあるユリアーネちゃんとかも心配だし!そんなの絶対に嫌ですから!
確かに真綾さんという最強の切り札は手に入れた。どんな病気だろうが、彼女に見せれば特効薬は作ってくれるだろう。でもそれは、材料がある場合だ。ここ重要。いくら真綾さんがチート能力持ってたとしても、手元に無い材料を探している間に死ぬ可能性はある。
……考えれば考えるほどに詰みゲーだな。何この苛めみたいな状況。そもそも何で『ブレイブ・ファンタジア』のスタッフは覇王様を殺したんだ。殺す理由が解らなかったぞ。ファンにあれだけ愛されてる彼を殺すだけの理由があったのか、5を全部プレイしてエンディングまで見たワタシでも、未だに納得できてない。
確かに、5の主人公くんは滅んだガエリア帝国の出身と言うことで、世界救済にやる気満々だったけど。そこは別に、ガエリア帝国滅んでなくても、世界を救うために頑張る勇者くんっぽい感じで良かったと思うんだ。やっぱりアーダルベルト殺した理由がわからねぇ。スタッフ、マジ謎。
「教授、見つかりませんか……?」
心配そうに問い掛けたのはエレオノーラ嬢だ。彼女達には、ワタシが何故イゾラ熱を調べているのかは、詳しく説明していない。ただ、帝国の未来に関わるとだけ伝えてある。……流石にな、《予言の参謀》なんて呼ばれているワタシから覇王様の死因ですとか伝えたら、混乱すると思うんだ。特に彼女達はアーダルベルトを好きみたいだし。無駄な心配は与えたくない。
彼女の問い掛けに、ロクサル教授は答えない。真剣に調べてくれているらしい。……良い人だ。物凄く良い人だ。どうしよう。この学園都市ケリティスに、こんなマトモで腕の良い教授がいてくれるとか思わなかった。感謝しかない。
そんな風に暢気に考えていたら、カツンと足音がした。思わず振り返った先は、入り口じゃ無くて部屋の奥。というか、奥に続く扉の前、だ。扉が開いた音も気配も無かったのに、そこには人が居た。
ライナーさんとクラウディアさんが瞬間的に警戒態勢に入っている。気配もなく、突然現れたとしか思えないから、だろうか。そして、エレオノーラ嬢は驚いたようにその人を見ていた。ただしその顔にあるのは、不思議そうな驚きであって、相手への警戒はない。
そして、ワタシ、は。
「…………な、んで…………」
目の前に居る人物を見て、生唾を飲み込んだ。いるわけがないと思っていた相手の登場に、顔が思わず引きつる。冷や汗が流れる。身体の横で握った拳に力が入っているのかどうかすら、解らない。ただただ、困惑して《彼》を見る。
そこにいるのは、絶世の美丈夫と言われても納得するほどの、圧倒的な美貌の持ち主だ。抜けるように白い肌、透き通った絹糸のような金髪、虹色の煌めきを封じた不思議な光彩の瞳。辛うじて男性と解る骨格の、真っ白なローブを纏ったまるで宗教画から抜け出したような、神々しいまでの美形。
無条件で畏怖を引き出されそうな存在。現に、ライナーさんとクラウディアさんは、警戒しているのに出来ないという感じで、混乱している。辛うじてそれを認識できる程度にはワタシはまだ、意識があった。ちなみにワタシは、畏怖など、抱いていない。
ワタシが彼に抱くのは、どちらかというと、恐怖だ。会いたくなかった。会うわけがなかった。この時間軸、例えここが《彼》の領域であったとしても、出会うわけがないと知っていたから、ケリティスに足を運んだのに……!
「何でお前起きてんだ、この魔王ぉおおおおおおお!!!」
それでもどうしても我慢できずに、ワタシは眼前の規格外の美形に向かって、魂の底から叫ぶのだった。
章タイトルをご覧になればお解りかと思います。
ジョーカー様の登場です。
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