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竜田の御廟

作者: 賀茂史女

竜田御坊山三号墳から受けたイマジネーションによる情景スケッチ

「いかなることだ、陶邑(すえむら)には高麗(こま)尺で(たけ)を伝えおいた筈だが」

冷え込む季節が終わり、埋葬は急がれているというのに、ようやっと陶邑から届いた棺は、かの君の亡骸には小さすぎ、土師部(はじべ)の工人を急かして竜田の丘に造らせた御墓(みはか)の石のかくに納めるには大きすぎると一目で判ぜられる。

飛ぶ鳥の明日香は板蓋宮(いたぶきのみや)(いま)大王(おおきみ)より貴人の弔を仰せつかったは良いが、この斑鳩に赴いてからというもの、何一つ手配通りに事が運ばず、弔使(とむらいのつかい)は苛立ちを隠せなかった。

「なにぶん誂えた物にありませず、今ご用意できるものはこの棺の他にはございませんで」

運んできた陶邑の使いと匠たちは怖じ怖じと告げた。

棺も蓋も共に黒漆がかけられていたが、どうやら蓋は他の棺のものを合わせたと見え座りが悪い。

しかし棺が無くては発喪(ほちあい)も始められない。

何とも遣り処の無い苛立ちを覚えながら「合わせられる方を合わせるしかあるまいて、急ぎ匠に脚を削らせよ、くれぐれも割らぬよう気を付けるのだぞ」と言い捨てて、弔使は席を立った。


亡骸を納めるにはまた大層な苦労が要った。

挙哀(こあい)の者たちが声を張り上げておらび哭く中、冷たく硬くなった手足を曲げようと、(やっこ)たちは脂汗を滲ませ手を震わせながら口々に「畏れ多いことです」「お許しください」「お堪えください」と呟いていた。


二日二夜の挙哀も明けた埋葬の日。

棺に見合わぬ大きな蓋を今まさに乗せようと、奴たち数人が持ち上げるのを傍らに立って見守りながら、「尊いお方を間に合わせの御廟(ごびょう)にお送りすることになろうとはなあ」と苦く呟いた時、弔使の足元で「どうか、どうかこれを伴に棺にお納め下さい」とすがるような声がした。

仕えていた者か、はたまた今日の埋葬を聞き付けた遠方の所縁からの使いか。

いずれとも判断はつかないものの、身分卑しく無さげな(おみな)が、唐渡りと覚しい色鮮やかな蓋付の硯と、軸が瑠璃硝子で拵えられた筆を捧げ持っていた。

所縁を誰何すると面倒なことになりそうだ、問わぬが最上だろう。

奴たちがこちらの顔色を窺っているのに頷いて「望み通り納めさせよ」と顎をしゃくると、女は叩頭して棺に駆け寄った。

亡骸の有り様に動揺したものか、女は息を呑んだものの、気丈に腕を差し伸べ、硯と筆を琥珀の枕の左右にそれぞれ置いた。

永の眠りに赴こうというのに、棺が身の丈に合わぬために亡骸はまるで押し込められたかのようなありさまだ。

貴人に生まれたとてままならぬこと多いまま生き、突然その生を奪われ、葬られるに当たってさえも己が望むように眠りに着けるでもない。

いずれはこのお方が大王となられるのだと思った頃もあったものだが。

生きるも死ぬも悼ましいことよ。

自然と眉根が寄ってくる。

せめて自らの所領内でお眠りになれるを善しとして頂けようか。

轜車(じしゃ)が引かれて来たのを見て、弔使は感情を振り払うように首を振った。

まだ果たさねばならない務めは多い、今日は長い一日になるだろう。

造営を終えた御墓では土師部の工人が葬列の到着を待ち受けている筈だ。

大きく重い陶器の棺の蓋が閉められ、白絹の帷帳いちょうが掛けられた時、誰かが嗚咽を漏らし、洟をすすりあげた。

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