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後編

 これまで数え切れないほどの魔物を一刀両断し、その度にセナの持つ実力を示し続けてきた剣。それが、突然形を変え始めたダンジョンの前に手も足も出ず、ドロドロに溶け始めた石と同じように溶け始めたのだ。焼けるような音と煙を上げるその様相は、まるで強烈な酸性の液体をかけられたかのようなものである。

 何がどうなっているのか。余裕が無くなっていた彼の元に、二つの声が混ざって響き始めた。部屋を包み込むその声の主がどこにいるのか、彼には既に見当もつかなくなっていた。


「「セナさん、『疑似餌』と言う物を知っていますか?」」


 知る訳ない、と必死の形相で首を横に振ったセナの様子に、声は笑い交じりに説明を始めた。


 疑似餌とは、海に住む魚の仲間「アンコウ」が、餌を捕まえるに使う体の器官の事。頭から生やした細長い釣り竿のような体の器官の先に付いており、形は丸いものから小さな虫のようなものまで様々である。彼らはそれを利用し、大好物の小魚を口元までおびき寄せ、美味しく頂いてしまうのである。

 

「「中でも、この疑似餌を非常に巧みに使うのは……」」

「やかましい!何が言いたいんだよ!早く言えよ!」



 ダンジョンに浸食され、朽ち果て続けていく剣を持つ彼に、生物の勉強などしている暇は無かった。

 あらゆる物を一刀両断するチート能力を駆使する場も無いまま恐怖で顔が歪むセナに、声は怪訝そうな口調で告げた。


「「貴方、まだ気づいていないんですか?」」


 何故最後の魔物が、例の男女の姿を模して現れたのか。

 ――それは、セナ・ミツクールの心を揺さぶるため?


 何故あの時、あの男女は彼を止めず、素直に場所を教えたのか。

 ――それは、セナ・ミツクールの実力に屈したため?


 何故、このダンジョンの事をセナも含めて今まで誰も知らなかったのか。

 ――それは、あまりに危険すぎて……誰も語らなかったため?


 では、何故この「男女」はその事についてやたら詳しかったのか。

 ――それは……


 そして、何故このダンジョン――『アングラー・エスカ』から聞こえる声は、その男女の声が合わさったものなのか。

 

 

 恐るべき事実に気付いた彼の顔が、みるみる青ざめ始めた。

 『アングラー・エスカ』の話題を聞いてしまった時、全ては始まってしまったのだ。非常に危険なダンジョンである事をあえて強調し、そのうえで止めた方が良いと彼に忠告する事で、逆に彼の挑戦心や反骨精神を煽り、自らの意志でこの巨大な石の建造物……いや、建造物を模したものへ進ませるきっかけを作っていたのだ。

 そう、声が示す『疑似餌』というのは……そして、それにおびき寄せられた『餌』というのは……!


「うわあああああああああ!!!」


 絶望に満ちた叫び声を上げ、セナは巨大な最上階の部屋から逃げ、猛烈な勢いでダンジョンを脱出しようと試みた。大量の魔物を一刀両断しつつ楽勝で潜り抜け、欠伸まで出るほど退屈だった空間は、今や自らの命が再び失われると言う恐怖に溢れた空間へと変わっていた。そして、彼の心が具現化するかのように、ダンジョンの周りを取り囲んでいた石造りの壁も、既に崩壊を始めていた……いや、正確に言うと、セナを取りこまんとするかの如く、その姿を変え始めていたのである。


「や、やめろおおお!!!」


 不定形に姿を変えた石が、次々にセナを『ダンジョン』の中に取り込もうと襲いかかり続けた。何とか彼は得意の剣で払いのけようとするも、その度に剣が石に触れ、溶け続けていった。行きの魔物たちとは逆に、今度は彼が追い込まれる立場になったようだ。

 そして、信じられない事に、今まで幾度の危機を乗り越えてきたはずの彼のチート能力は、ダンジョンの前ではほぼ通用しなかった。いくら敵を倒してもダンジョンは形を変え続け、延々と彼に迫り続ける。それを払いのけようとすると、今度は剣が……。


「な、な、なんなんだよこれは!?」


 その悲痛な声に、『声』が反応した。


「「セナさん、覚えてますか?

 このダンジョンに入りこんだ転生者が、行方知らずになった事を」」


 『アングラー・エスカ』の中に自然に住みついた魔物たちは、転生者に対して圧倒的な弱者であり、次々に命を奪われていく存在である。だが、自らはそれとは逆だ、と逃亡を続ける彼に『声』が語り掛けた。別の世界からこの世界に改めて生を受けた者からの攻撃は、一切無効化される。その言葉が正しい事は、もはやボロボロに腐りかけていた剣から見ても一目瞭然だった。


 ふざけるな、幾ら何でもチートにも程がある。

 自らの存在を棚にあげるような発言をした彼に対し、『声』は不満そうに言った。


「「何を言っているんですか?

 私をここまで強くさせたのは、貴方達『転生者』だと言うのに」」


 どんな世界に生まれても、逃げる事の出来ない存在――それは『天敵』と呼ばれるものである。人間でも動物でも、魔物でさえも、自らの力に相反し、ライバルや恐ろしい存在となりうるものは必ず現れる。それが些細な力の場合では影響力は小さいものの、非常に大きな力が一度生まれてしまえば、それに対抗する天敵と言うのも同等、もしくはそれ以上に大きな力を有するものだ。

 そして、あまりに凄まじい力……チートな力を持つ転生者に対しても、一切の例外なくその法則は働いてしまった。自らよりも弱いものを圧倒し、時にその命も奪い取る存在に対抗するべく生を受けた、転生者の『天敵』――


 それが、『アングラー・エスカ』なのだ。


 しかし、その言葉を聞く余力はもはやセナには残されていなかった。


 階段から転げ落ちた彼の手から投げ出された剣は、溶岩が湧き立つように形を変えた床に呑み込まれ、跡形も無く溶かされてしまった。セナ・ミツクールの大事な武器が消えてしまった事は、即ち彼のチート能力が失われたに等しい。それでも彼は何とか立ち上がり、逃げようとしたが、もはや彼の命脈は尽きていた。


「!?!!?」


 セナには、立ち上がる力すら残っていなかった。物理的にも、彼は前に進む事が不可能になっていたのである。

 文字にあらわす事の出来ない悲鳴を上げる彼に、声が優しく語りかけた。


「「ご安心ください、貴方は最強の剣士。


 ゆっくりとその味を堪能しますからね」」





――セナ・ミツクールの魂は、二度と新たな生を受ける事は無かった。



===================================


「肉だけじゃなくて、ダンジョンも歯応えが欲しいもんだな……」


 食堂の中で独り言を漏らしながら、大きな肉ににかぶりつく彼の名前は『ゴーン・アンディ』。背中に背負っている巨大な斧を片手に、様々なダンジョンを攻略し、数多くの魔物を粉砕してきた名うての冒険者である。当然、今までに手に入れた報酬や名誉の数は計り知れない。


 そんな彼は、少々複雑な出生の事情を持っている。遠く離れた別の世界で一度絶命した後、何らかの理由でその記憶を有したままこの世界で第二の人生を送る事になった、俗に言う『転生者』である。そして、こういう事情を抱えた者は、総じて常人を遥かに凌ぐ力を有する場合が多いと言う。

 ゴーンもまた例外では無く、彼の操る斧の前に敵は一切いないと言う状況になっていた。だがそのせいで、どのダンジョンに行っても魔物の方が逃げ出すという事が続き、準備運動にすらならないものになっていた。そして、彼ならどこを攻略しても当たり前と言う嫌な空気も、ゴーンを包み始めていた。

 最強である自分の力をもっと誇示できる場所が欲しい。しかし、そんな場所などもうこの世界には無いのだろうか。


 悩み始めた彼の耳に、近くにいた一組の男女の会話が留まった。


 今まで何人もの挑戦者が入って行ったが、そこから戻る事に成功したのは誰もいない。

 あんな場所、とても怖くて行けない。

 だからあまり知られていないんじゃないか。


 盗み聞きしているうち、次第に彼はその内容に興味を持ち始めた。これまでもこういう会話は何度も耳にしてきたが、今回はそれとは違う、何か惹かれるものを感じたのである。

 そして、我慢できなくなった彼は、そのまま男女の会話に加わった。



「なあ、その話もう少し詳しく聞かせてくれないか?

『アングラー・エスカ』って奴」

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