中編
「はっ!」
セナの剣の一振りで、また一頭のモンスターが一刀両断された。ダンジョンの最上階へと向かう階段の前で彼の行く手を遮るかのように現れた土色の巨大ゴーレムも、呆気なく粉砕されたのだ。普通ならすぐに再生し、冒険者を驚愕の表情で覆う所なのだが、その能力を司るコアをも真っ二つに斬られた事でそれも不可能となり、土の山と化したまま、闇へと消え去って行ったのである。
「……もう少しっぽいな」
薄暗いダンジョンから少しだけ見えた外の景色から、彼はもう少しでダンジョンの終着点に到着する事を感じていた。もしかしたら、チートと呼ばれる凄まじい力を持つ転生者の第六感かもしれない。
先に進む中で、彼は改めて自らの実力の事を考えていた。あらゆる存在を一刀両断する事の出来る自分の力の前には、ダンジョンで待つ罠も魔物も一切効果がない。今回も簡単に難攻不落の場所にあるお宝を手に入れる事が出来、さらに自らの功績や評判は上昇するだろう。そう確信していたのである。
これを『自惚れ』と呼ぶ事に、セナは気付いていない様子だった。
そして、彼はさらにダンジョンを歩み続けた。
何体もの集団で現れ、彼の進路を塞ごうとしたガーゴイル状の魔物の群れも、お決まりの展開通り剣の一振りで呆気なく闇に返し、魔物たちが潜んでいた階段を上った。
その先にあったのは、一本の大きな通路だった。
「ふう……」
溜息と共に、彼はその先に待つ大きな部屋を見据えた。
例え流れ作業で進むと言う退屈な工程を経たとしても、ダンジョンの終着点に辿り着くとそれなりの嬉しさはにじみ出るものである。あの部屋の中に、この『アングラー・エスカ』を突破した事を示す宝が待っている事を確信し、セナは走りだした。
そして、広く大きな最上階の部屋の中央には、これまで何度もあちこちのダンジョンで見た、古ぼけた大きな箱があった。他の場所と同じように、この中に様々な財宝が眠っているに違いない。金銀パール、一体何がプレゼントされるのかと期待しつつ、セナは蓋を開けて確認しようとした。
だが、箱の中身をその目で見た時、彼の表情や心は一瞬で凍りついた。
「……はぁ?」
財宝どころか、大きな箱の中には何も入っていなかったのだ。
しばらく唖然としたまま固まっていたセナだが、次第にその心に怒りの感情が渦巻いてきた。
何が難攻不落のダンジョンだ。何がたくさんのお宝が待つ未知の迷宮だ。自分を襲うはた迷惑な魔物たちを退治し、長いルートを散々歩かせておいて、結果は宝箱どころか単なる空箱と言うこの現状に、自分自身が見事に舐められている、と彼は感じたのである。
やがてその怒りの矛先は、自分自身にこのダンジョンを教えた一組の男女へと行き当たった。そもそも彼らが変な噂を自分に持ち込みさえしなければ、骨折り損のくたびれ儲けなどする必要は無かったのである。
「ったくあいつら……今度会ったらただじゃおかないからな!」
次に顔を見た時は、自分の剣で一刀両断にしてやる。
誰もいない空間にセナの罵声が響いた、まさにその時であった。
「「そこにお宝はありませんよ」」
聞き慣れた声に気付いたセナが通路の方を振り向くと、そこには記憶の中に残る姿があった。見紛う事な無く、彼が怒りを向けていたあの男女だったのである。
だが、それ以前にセナは驚きの感情に包まれた。
確かあの時、彼らは転生者でも攻略する事は不可能なほどこの『アングラー・エスカ』と言うのは恐ろしい場所であると言ったはずである。だが、今こうやって二人がいると言う事は、何らかの形で彼らもこのダンジョンを攻略し、最上階へ辿りついたと言う事になる。それに、彼らの冒険者風の衣装やそこから覗く手や腕には何故か傷一つ着いていなかったのである。
「お前ら、まさか『転生者』なのか……?」
セナの問いに、二人は首を横に振り、否定の意志を示した。元からこの世界に生まれた存在である、と口を揃えて彼に返したのである。
「じゃ、じゃあどうやってここを潜り抜けてきたんだよ!」
と言うか、まずこのダンジョンのどこが『難攻不落』なのか。呆気なくクリアしてしまった自分の空回りをからかうためにこんな嘘をついたのか。セナの口から出るのは、男女を責める罵声ばかりであった。だが、どの問いにも二人は何も答えず、ただ通路の前に立って彼を見つめるだけ。当然セナの苛立ちは増し、とうとう何か言え、と大声で二人に怒鳴るに至ってしまった。無敵のチートな力を有するはずの自分自身が、一切の力を有していない一般市民のはずの彼らに弄ばれている、そんな焦りも感じ始めていたのである。
そして、ようやく男女は口を開いた。だが、その内容は驚くべきものだった。
「貴方は、魔物を全て倒していない」
「このダンジョンにいる全ての魔物を倒すまで」
「「宝は手に入りませんよ」」
その言葉に、セナの背筋は不気味な感触で震えあがった。目の前にいる男女の言葉があまりにも同調しすぎて、まるで二人の意志が一つに統一されているように感じたからである。それに、あの食堂で合った時の敬語口調をそのまま維持し続けているはずなのに、どこか無機質で人間離れしたようにも聞こえてしまう……
そう考えた時、彼はすぐに結論に達した。
彼らこそ、このダンジョンを攻略するために残された最後の壁である「魔物」に違いない。何らかの形で例の男女に化け、自分をおちょくって精神を不安定にしているつもりだ。これまで積んできた様々な経験……いや、舐めプレイとでも言うのだろうか、その中で得たパターンから、セナはそう読みとったのである。
そうなれば、一切の躊躇は要らない。目の前にいる人間の姿をした何者かを一刀両断すれば良い話だ。
「くたばれええ!!」
怒りを込めた彼の一撃は、見事に男女を一刀両断した。一切の抵抗もしないまま形が崩れ、闇の中に沈んでいったのが、彼らが魔物である明確な証拠である。
自分の力が強すぎるとは言え、呆気なさすぎるラスボスだな、と彼が思ったその時であった。
「貴方は最後の魔物を倒す事は出来ない」
「だから宝は決して貴方の元には渡らない」
セナの後ろに、先程一刀両断したはずの男女の魔物が再び姿を現したのである。再び彼の心を逆立てるような発言をした魔物は、またもや一切の無抵抗のまま彼の剣の前に一刀両断され、闇へと返って行った。だが、その直後、また別の場所に、全く同じ姿形の男女が出現したのである。
このまま斬り続けても無駄だと言わんばかりの彼らの姿に、セナはある一つの考えに至った。
最後の魔物にしては呆気なさすぎるやられ方には明確な理由がある。彼ら自身が最後に控える者では無く、その背後に潜む別の存在こそが、宝を得るために最後に残された存在である、と。それが幻影か何かを操り、男女の姿を模した端末を生み出しているに違いない。そう彼は確信したのである。
相当高度な魔法を使うタイプの魔物のようだが、チート能力の自分の前には一切敵わないだろう。そのままセナは、大声で叫んだ。
「本体がいるんだろ、早く出てこい!」
隠れてこそこそやっているよりは、自らの剣で斬られた方が楽になるだろう。
彼がそう言った瞬間、ずっとこの空間の中に現れ続けていた男女の姿が消え去った。そして、巨大な部屋の中に、二人が同時に喋っているような声が響き始めた。
「「このダンジョンの本当の『宝』を教えてあげましょう。
それは、『セナ・ミツクール』――貴方の事ですよ」」
謎に満ちているであろうその言葉の意味を掴む暇は、彼に与えられていなかった。それ以上に驚愕する事態が、この空間に起き始めていたからである。
石造りの建物の形をしたこのダンジョン『アングラー・エスカ』の外壁や床は、当然ながら全て石畳や石の壁で覆われ、頑丈な作りになっていた。魔物たちが暴れ回っても壊れる気配を見せないと言う所から、彼もしっかりと認識していた。だが、その硬いはずの石が、突如として姿を変え始めた。まるで氷が水へと変化するかのように、セナの目の前で次々と溶け始めたのである!
「な、な、何だ!?」
これまで様々なダンジョンを巡って来た彼だが、こういう経験は今まで一度も無かった。このまま石が全て溶てしまえば、間違いなくこのダンジョンは崩壊する。ただ、セナの取った手段は、姿を変え続ける石を自らの剣で斬る事だった。
一体どうなっているのかは知らないが、この石もどうやら魔物に違いない。そしてそいつらは間違いなく最後に控える大物に関連するものだ。ならこの剣で一撃で倒すのが先決である、と考えたのである。
だが、すぐにそれが大きな間違いである事に彼は気付かされてしまった。
「……は、は、はあっ!?」
溶ける石に剣が触れた途端、その部分が煙を上げ、溶け始めていたのだ。まるで、「消化」されているかのように。