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前編

 人里から遠く離れた薄暗い森のさらに奥深く。そこに、ある巨大な建造物があった。

 

 石造りの城を思わせるこの建物がいつどうやって作られたのかは誰も分からないし、調べられた事も無い。何故なら、中に入ったが最後、迷路のように複雑に入り組んだ建物の中で確実に迷ってしまうからだ。

 しかし、抜け出す事を決意し、出口への道を発見したとしても、脱出するのは非常に困難である。この巨大な迷路の中には、人間を始めとする普通の生き物の常識を超えた『魔物』と呼ばれる存在が大量にひしめき、愚かな人間たちを虎視眈々と狙い続けているからである。彼らに見つかると言う事は、命を失う事に限りなく等しい。


 だが、これらの困難を乗り越えた者には、大いなる報酬が待っている。

 巨大な迷路の終着点には、想像もできないほどの莫大な財産が眠っているからである。しかも、得られる報酬はそれだけではない。この摩訶不思議な建造物の「攻略」に成功したと言う評判や、それに伴う地位も好きなだけ得る事が出来るのだ。


 人々は、こういった建造物の事を総称して『ダンジョン』と呼んでいる。

 


 ――そんな死の迷路に挑む、一人の男がいた。


「ったく、まだ宝に着かないのかよ……」


 彼の名前は『セナ・ミツクール』。人智も及ばないとされてきたダンジョンに挑み、様々な報酬を欲しいままにしている冒険者である。背中には武器となる巨大な剣、肩からはダンジョン内の攻略に欠かせない食料や飲み物を入れた鞄をぶら下げている。

 だが、念には念を入れたかのような装備とは裏腹に、セナの態度には緊張感があまり見られなかった。いくら歩いても目的地まで着かない現状に、あくびまで出てしまうほどだ。

 どう見てもダンジョンを舐めてかかっているような様相だが、これにはちゃんとした裏付けがあった。


 彼の足音に紛れこむかのように、背後からいくつもの別の足音が続いていた。その主は、セナの数倍もありそうな巨大な体を持つ三頭の「魔物」。トカゲやドラゴンを思わせる風貌の彼らは、四本の脚を駆使した素早い動きは勿論、丈夫な皮膚や鋭い牙、爪を武器としている。さらに頭脳も発達しており、集団行動で相手を翻弄してしまう。 

 この魔物の同族たちを含め、他のダンジョンでも彼らはその恐るべき力を活かし、数え切れないほどの冒険者の命を奪い、ダンジョンの攻略を阻止し続けてきた。


 だが、このセナ・ミツクールには、その常識は通用しなかった。


 相手が油断していると信じ込み、慎重に背後を取った三頭の魔物は、凶暴そうな鳴き声と共に一気に彼に向けて襲いかかり、爪や牙を用いてその体を引き裂こうとした。しかし、次の瞬間……


「はあっ!」


 背後を振り向いたセナは、一声と同時に背中に抱えた剣を取り出し、魔物をなぎ払うかのように一気に振り回した。

 その直後、魔物たちの動きが止まった。いや、正確には動きを「止められた」と言った方が良いだろう。頑丈なはずの彼らの皮膚は、たった一撃で真っ二つに裂かれ、息の根も同時に止められてしまっていたからである。断末魔もあげられぬまま、先程まで魔物だった肉体は地面に落ちた。そして、下から影のように現れた闇の中に消えていった。

 魔物が息絶える様子を見た事がある者は数少ない。その一人がセナなのだが、この光景に喜んだり悲しんだりする様子は無く、むしろどこかうんざりする表情を見せていた。今まで何百何千と同じ光景を見てきた彼は既にこの状況に飽きが来ていたのである。それほど、彼は強かったのだ。特にこのダンジョン……『アングラー・エスカ』では、今までにない頻度で魔物が現れ、その度に影に消える彼らを見続けてきたから尚更である。


「もっと歯ごたえのない奴いないのかよ……本当に難攻不落か、これ?」


 セナ・ミツクールがここまで凄まじい力を持つ事になった要因は、彼の出生にある。

 実は、彼は元からこの世界で生まれ育った訳では無く、元々別の世界で一度死んだ後、何らかの要因で記憶を有したままこの世界で改めて性を受けた、と言う事情を抱えているのである。俗に『転生者』と呼ばれる類だが、決して珍しい物では無く、彼以外にも多くの転生者が現れ、そして自らそれを名乗っている。

 そして彼らには、ある一つの共通点がある。

 元々この世界で生まれ育った人々や生物、そして魔物などと比較して、圧倒的な力を有しているのである。ある者は天才的な頭脳、ある者は天変地異を起こすほどの魔力、そしてある者は凄まじい筋力を身につけていた。彼らはその力を生かし、人々から支持を集め、彼らを襲う魔物たちからは非常に恐れられている。そして、転生者の間では自らの能力を「チート」と呼んでいるのだ。


 このセナ・ミツクールもまた、あらゆる存在を越えた最強クラスの剣の腕を、成長する過程で身につけていた。何故この力だけ大きく発達したのかは定かではないが、元の世界でも何かしらの形で剣に触れていた事が影響したようだ、と本人は考えている。

 以前はしっかりとした形や技を駆使していた彼だが、今やそのような形式ばった方法を使わずとも、ただ剣を縦や横に思いっきり動かすだけで、先程のドラゴンを始めとするどんな魔者も闇に返してしまうほどの実力を身につけていた。そして、この圧倒的な強さからセナは各地のダンジョンを次々と攻略し、多数の財産や知名度を欲しいままにしていた。今や顔を知らずとも名前を聞いただけで彼であるとすぐに分かるほどである。

 その生活が続く中で、彼もまた自分は最強の剣士である、という自覚をしていた。ただし、自分に敵う物はもう現れないだろう、と言う自惚れ交じりの。


そんなセナが、山の奥深くにあると言うダンジョン『アングラー・エスカ』に挑む決意を固めたのは、数日前の事だった。


 彼がいつもお世話になっている高級食堂でのんびりと食事を取っている時、ある話が耳に入った。彼の近くにいた、冒険者風の衣装に身を包んだ一組の男女の会話であった。


 今まで何人もの挑戦者が入って行ったが、そこから戻る事に成功したのは誰もいない。

 あんな場所、とても怖くて行けない。

 だからあまり知られていないんじゃないか。


 盗み聞きしているうち、次第に彼はその内容に興味を持ち始めた。これまでもこういう会話は何度も耳にしてきたが、今回はそれとは違う、何か惹かれるものを感じたのである。

 そして、我慢できなくなった彼は、そのまま男女の会話に加わった。


「なあ、何の話してるんだ?」


 最初は驚いてしまったが、彼があのセナ・ミツクールである事を知った後は、男女は好意的に彼を話の輪に加えた。

 

 これまで様々なダンジョンに挑戦し、数多くの栄冠を手に入れてきた彼だったが、この男女が話していた『アングラー・エスカ』と言う名前の場所は、意外にも全く知らなかった。様々な地方を巡ってきたにもかかわらず、一切その名を耳にした事が無かったのである。あまりにも危険すぎて都市や国から直接情報統制が入ったか、それとも誰も返ってこないから情報が伝わっていなかったのだろう、と男女は彼に話した。

 当然、セナはその話に興味を持ち始めた。あまりにも各地のダンジョンを巡り過ぎたがために、どこの場所も大まかな配置や現れる魔物を予測できるようになってしまい、各地の攻略が退屈極まりない事態になっていた彼にとって、こういった話は天からの恵みのようだったのである。ダンジョンが危険なのはもはや常識だが、自分にはそれを打ち破る「チート」級の剣の腕がある。


「ま、数日くらいでクリアしてやるよ」


 自信満々にセナが言った時、男が彼に一つ提案をした。


「確かにセナさんが強いのは僕も知ってます。でも……」


 あそこは一人で行くにはあまりにも危険すぎる場所。だから、もし彼が出発する時は自分たちも一緒に来ても良いか、と。

 

 しかし、セナはその誘いを断った。ダンジョンに挑むのは、自分ひとりだけで十分だと告げたのである。


「そんな……油断しちゃ駄目ですよ」  


 自分なら絶対に大丈夫だ、と言う慢心が大変な事態を引き起こすかもしれない、と女性はセナを止めようとしたが、彼は聞く耳を持たなかった。油断しても慢心しても、どんなダンジョンでも乗り越えられるだけの力が自分に備わっている、だからいちいち心配する必要は無い。彼は『アングラー・エスカ』と言う場所を楽観的に捉えていたのだ。 

 しかし、それでもこの男女はセナが一人で行く事を勧めようとはしなかった。その頑なな態度に、次第に彼は苛立ちを覚えてきた。そして、一つの疑問が浮かんで来た。

 何故難攻不落のダンジョンの内容を、彼らはよく知っているのか。何か事情があるのか。セナからの指摘に黙りこんだ二人だが、やがて男性が口を開いた。


「て、転生者が……?」

「はい、僕の友人の知り合いにいまして……だよな?」

「その通りです」


 かつてこの『アングラー・エスカ』に挑んだ彼らの友人のパーティーには、セナと同様の存在である転生者が混ざっていた。その存在の効果は絶大で、これまで幾多ものダンジョンを制覇し、多数の報酬を得てきたと言う。しかし、その友人たちの行方は、あの場所に挑む姿が目撃されたのを最後に一切分からなくなった。そして、未だに消息が分からないメンバーの中には、あの転生者も含まれているのである。

 いくら凄まじい力があったとしても、攻略はおろか脱出すら不可能だと言う恐るべきダンジョン『アングラー・エスカ』。その後、この場所に挑もうとする者は現れず、知る人ぞ知る幻の場所と言われるようになった。だからこそ、一人で行くのは止した方が良い。そう二人は声を揃えて言った。


 だが、セナの考えも変化する事は無かった。


「その転生者さんは、きっと油断してたんだろーな」


 自らに自惚れ、十分な力が備わっていないからこの悲劇に繋がったのだ、と彼は断言した。

 そして、俺はそう言う事をする人間では無い、とも言った。多数のダンジョンを「一人」で戦い抜いてきた実力や技がそれを証明している、だから全然大丈夫だ、と。


「それとも何だ?二人して、俺を舐めてるのか?」


 この論争の結果は、男女側の敗北に終わった。不可能を可能にするだけのチートな力を持つ彼には、何を言っても無駄だったのである。

 その後、彼は『アングラー・エスカ』が待つだいたいの場所を二人から聞き、準備を整えた後にたった一人で挑んでいった。財宝は勿論の事、より自分の知名度や実績を上げ、空前絶後、史上最強とも称されるであろう自分の剣の実力をさらに知らしめるために。

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