第三十一章 目覚めつつあるもの
ミラと分断されて、オレはゲオルギウスと一対一で相対することになった。すぐに助けに行かないとミラの身が危ないのに呑気に敵と話すわけがない。
「今すぐこの邪魔な炎の壁を消せ」
耐えがたい怒りと焦燥にオレの心は燃え上がる。だというのに絞り出された声は冷徹そのもの。まるで自分じゃない奴が話しているかのようにすら感じた。
ゲオルギウスの瞳は、今は光ってはいない。だが少しでもオレがミラの方に向おうとするとそれを阻止するかのように炎の壁を生み出すのだった。
やはりこいつを倒さない事には救援に行くのはまず無理だ。出来る限り早くこいつを殺すしかない。
殺気を隠しもしないオレの態度にもゲオルギウスは揺るがなかった。
「おやおや、先程までとは随分と纏う雰囲気が違っていますね。初めからその姿が見たかったのですよ」
「お前の意見なんて聞いてない。消さないなら……」
「どうする気ですか?」
「殺して無理矢理にでも消し去る、それだけだ」
そう言うとオレは容赦なく襲い掛かる。
これまでが手を抜いていたわけではない。だが、この時のオレの攻撃は先程までとは比べ物にならないほど強く速かった。まるで怒りが力に変わったかのように。
右半身を狙った触手の槍をゲオルギウスは横に飛んで避ける。
躱されたが、それは逆に言えばこの攻撃が有効ということだ。それに、スキル無効化能力がある装甲で防がなかったことから、こいつもこの速度の攻撃は躱すのが精一杯なことがわかる。無効化した方が安全なのだからわざわざ避ける意味はない。
「攻撃の速度も威力も強化されるとは。 やはりオズワルドとの戦いはこうでなくてはいけません」
「黙って死ね」
二つの触手で剣を作る。問答をしている時間はないのだ。一気に終わらせる。
怒りのせいか頭が妙な感じだった。どこか靄が掛かっているのにそれと同時に今までにないくらいに冴えているし、勝手に体が動いてくれている。オレの中のオレじゃない誰かが命令してくるのだ。
敵を仕留めろと、この宿敵を許すなと。
もちろんオレにとってもこいつは許すことが出来ない相手だから、その声に逆らうつもりもないし、怒りやその声に身を任せることになろうが関係ない。ただ早く倒す、それだけが頭にあった。
「くたばれ」
双剣を繰り弱点である右半身に斬りかかるが、ゲオルギウスはこちらを近づけまいと口から火球を吐き出してきた。三つ首だけあってその数は一度の攻撃で三発もある。
瞳による発火能力を別の事に裂いているからの攻撃だろうが、一体いくつこいつは炎系のスキルを持っているやら。
迫る火球もくらえばタダで済まない威力を持っていそうだった。だが時間がない今、躱している余裕はない。なので、オレはその炎を掻き消すことを選択する。
選んだスキルは「中鬼の威嚇の鳴き声」。全力での咆哮は空気を震わせ、その衝撃を相まって二つの火球を消し去ることに成功する。残った火球は闇の魔力を込めた剣で斬り裂いて終了。やはり予備のスキルなのか、瞳で生み出す火炎ほどの威力はない。
炎の壁もこれと同じ要領でぶち抜いてしまいたかったが、さすがにそれは威力的にも厳しいし、そもそも相手がそれを許してくれるわけがないので断念した。
止まることなく近づくことに成功した後は残ったもう一振りの剣で斬りつける。だがこれでは相手もバカじゃないし読んでいるだろう。もう一手、あいつの上を行くには必要だ。
案の定、剣の一撃が躱されたところで、頭にある言葉が浮かんでくる。そして、気付いた時にはそれを唱えていた。
「シャドウランス」
ゲオルギウスの影から黒い槍が現れて、そのまま敵の体に突き刺さった。
「くっ! ここで闇魔法ですか。まだまだ手札は残っているというわけですね」
ゲオルギウスは勘違いしているがそうじゃない。オレは魔法の使い方なんて知らなかった。スキルを習得してからどうにか発動できないかと四苦八苦を繰り返しても使える気配すらなかったくらいだ。
だというのに、今はこうしてちゃんと使っている。頭の中の声に従ってただ一言唱えただけなのに。
(わからない。けど、利用できるならなんでもいい)
敵を倒せるならばそれでいい。まとまらない思考がそう判断し、また攻撃を仕掛けようとしたところで背後から衝撃音が聞こえてくる。
振り返るとそこには倒れたミラの姿があった。
「ミラ!」
呼びかけるが反応はない。動いているから生きてはいるだろうが、こちらの声を聞く余裕すらないのだ。それほどまでに追い詰められているのが気配だけでわかる。
すぐさま駆け寄ろうとするが、目の前には炎の壁が立ち塞がった。
もう限界だ。これ以上、この苛立ちと怒りを我慢することは出来そうにない。
「……確かにお前はオレの宿敵みたいだな」
ゲオルギウスは隙が出来たオレの事を攻撃せずにただ佇んでいた。その余裕の舐めた態度もここで終わりだ。
「対極だとか相容れない敵とか言ってたが、その意味がよくわかったよ」
オレの中の何かが動き始める。まるでオレの怒りに呼応するかのように。怒りで視界が真っ赤に染まるような錯覚を覚えた瞬間、
「殺す」
自然とその言葉が口から出ていた。それと同時に体から圧倒的なまでの闇の力が溢れ出る。それは魔力の奔流となり周囲に広がっていった。
今なら「黒閃」も溜めなしで放てる。それ程に力に満ちているのだ。
湧き上がる力に身を任せるままにゲオルギウスを見ると、あいつは一歩だけだが後ずさる。この力に脅威を感じているのだ。
何か取り返しの着かない何かが目覚めようとしているのがわかっても、オレは止めはしなかった。こいつを今すぐ殺せるなら何でもいい。何だろうと受け入れてやる。
そして、それが覚醒すると思われた刹那、ミラの声が聞こえた。手を出すな、大丈夫だという声が。
その瞬間、頭から水をぶっかけられたかのように怒りの炎が消えて我に返る。
(今、オレは何をしようとしていたんだ?)
詳しい内容はわからないが危険な状態だったことだけはわかる。
オレは途轍もないものを解き放とうしていたのだ。もしあれをここで解き放っていたらどうなっていたか想像もつかない。けれど、まず間違いなく大参事は避けられなかっただろう。それが何故だか理解できた。理由などない、本能が知っているかのように教えてくれるのだ。
あれはまさに諸刃の剣だと。使い方を誤れば己を滅ぼすことになると。
「……もう少しで完全覚醒するところだったというのに、あの娘は本当に邪魔ばかりしてくれますね」
「お前、さっきのが何か理解しているのか?」
完全覚醒、それは現状で半覚醒の魔剣が目覚める事を指しているのだろうか。
しかもこいつのこの口振りだと、オレが覚醒することを望んでいたかのようだった。敵が強くなることを望むなんて、本当にこいつは一体何を考えているだろうか。
「まあ、この分身体では覚醒したオズワルドの相手はさすがに不可能でしょうから丁度よかったのかもしれませんね。それに、ほとんど目覚めかけているのは間違いないですし、時間の問題でしょう」
「お前は一体何を考えてるんだ? 何が目的なんだ?」
オレを障害になるから滅ぼすと言ったくせに全力を出し合う戦いを望み、そして強くなることを促してくる。いくら宿敵相手との全力勝負を望んでいるとは言え、その行動は異常だった。
「教えて構わないですが、先に倒れた彼女のことを介抱しなくてもいいのですか?」
「何!?」
その言葉に振り返ると、いつの間にか戦いは終わっていた。ミラはその場で膝を着いているものの意識がまだあり、敵はどこにもいない。
「彼女の勝ちです。この結果は予想外でしたね」
「ミラ!」
オレが背中を見せてもミラに駆け寄ってもゲオルギウスは何もしなかった。オレの隙を突くわけでもないし疲労で動けないであろうミラに対して攻撃を仕掛ける様子もない。
そうして傍までやって来たが、ミラは疲労困憊と言った様子だった。怪我もしているし、辛勝だったのだろう。
「さて、オズワルド。彼女が回復するまでの間どうしますか? 戦うならこちらは容赦なく彼女を狙いますよ」
「……させねえよ」
ミラを庇いながら戦うとなれば勝機はほとんどないと言ってもいい。だけど、だからと言って見捨てる選択肢はあり得なかった。
「大丈夫、です。私は、まだ、戦えます」
息を切らしながらそう言う姿には説得力は皆無。無理しているのが丸わかりだった。
「そこで、一つ提案があります」
「提案だと?」
「はい。まあ先程も言ったことなのですが、倉庫内で語りきれなかったことをこの場ですべて話すのはどうですか? その間、私は一切攻撃を仕掛けないことを誓いますし、何なら彼女が動けるまで回復するのを待ってもいい」
こちらに有利過ぎる条件だ。どうみても裏があると思っていい。
けれど、それに乗る以外オレに方法はなかった。




