幕間 チャットの秘めたる素養
二人はこちらの質問に答えようとする素振りすら見せなかった。
「ねえ、聞いてるの?」
「この状況が見てわからないのか! 後にしろ!」
もう一度呼びかけると男の人の方が怒鳴るようにして答えた。
「来るにゃ!」
もう一人の女の子が敵の動きを察知してそう叫ぶ。それと同時に私は魔法を使った。
「マジックシールド・スフィア!」
魔法障壁を球体状に展開。その中に二体の敵をしっかりと収めるようにして。
「さようなら」
抵抗が激しいので、壊されるまでにそのまま障壁を宙に浮かせてそれごと扉の外へ放り出す。そして扉の所に障壁を五枚程重ねて展開。これでちょっとやそっとじゃ破られることもないはず。
「これでしばらくは大丈夫だから今の内に逃げましょ」
この人達を安全な場所に逃がして早くオズの元へ戻らなくては。というかミラの事も心配だし戻りたくてしょうがないのが本当のところだった。
「チャット嬢。障壁を張るのはいい手ですが、それで入口を塞いでは逃げることはできませんよ」
「あ、そっか」
窓から逃げればいいと思っていたが、ここは三階だ。普通の人は降りられない高さだっけ。
「でも、私が運べば大丈夫よ」
今のスフィアを使えば大人数を運ぶことも出来る。速度が出ないのでさっきは使わなかったが、今回はこれが一番のはず。
「逃げてもあのモンスターは追ってくるでしょうし、倒してしまわれた方がいいと思いますが」
「そんなの、出来たらとっくの昔にやってるわ」
私には攻撃手段が全くと言っていいほどないのだ。攻撃魔法も使えないし、肉弾戦に至ってはセンスの欠片もない。それでどうやって倒せというのだろうか。
「うーん、困ったわね」
オズに散々考えてから行動しろと言われてきたので、一生懸命考えてみた。
既にモンスターはスフィアの方は破壊して入口に張った障壁に攻撃を始めている。
逃げても追われるなら、スフィアの速度では簡単に追いつかれてしまうだろう。だからといって普通の飛翔では運べるのは手を繋いだ二人まで。
この部屋をよく見てみると奥にまだ人がいるみたいだし、誰かを置いて行くことになる。万が一、私がいない間に障壁が壊れされたらと考えるとそれも無理。
それ以外に何も思い付かずに悩んでいると、ふとこちらを見ている二人の視線に気付く。さっきの奴隷らしき男女が私の事をポカンと口を開けた表情で凝視していた。
「何かしら?」
そんな目で見られる心当たりはないので聞いてみる。
「いや、あれってどう見てもランクD-のディザスターキャットとアウラウネだよな。それを一蹴するなんてアンタ一体何者だ?」
「何を言ってるの? あれぐらいの相手、別に倒すわけじゃないならこれくらい簡単じゃない」
当然のことを言ったつもりだったのに、二人とも変な笑い方をして固まっていた。
「何か変な事いったかしら?」
「いや、まああんたが俺達よりずっと強いってのはわかったよ。さっきのスライムといい、一体何がどうなってるんだ……」
後半の言葉は愚痴のように呟いていたが聞こえた。どうやらこの人達はオズの事を知っているらしい。
スライムじゃなくてオズワルドってちゃんとした名前があるって言おうとして、他人に言わないように口止めされていたのを思い出す。危ない、ついうっかり話してしまうところだった。
考えても仕方ないが、ここにオズのような攻撃役がいれば、あいつらを倒すことも簡単に出来たのに、と思ってしまう。
そこでふと、思い付いた。
「そうだ! あなた達、戦えるみたいだしあいつらを倒すの手伝ってくれない?」
名案を思い付いたつもりだったのだが、二人の表情は露骨に否定を表していた。
「俺達ではあのモンスターには勝てない。申し訳ないが力不足だ」
「ネイ達の力は良くてEくらいにゃ。どう考えても敵うわけないにゃ」
「私が動きを封じるから、その間だけ攻撃してくれればいいわ。いくら強くても殴られ続ければいつかは倒せるわよ」
とてもいい作戦だと思うのだが、誰も賛成してくれない。なんでなんだろう。
「そうは言っても俺はこの通り、両腕が拘束されてる。これじゃまともな攻撃が出来ないし、そもそも本当に動きを止められるのか?」
「それなら大丈夫。もし破られそうになったら障壁を張って守るし、攻撃力が足りないなら私が強化できるわ。それに」
そして、男の人の手に嵌められた手錠に対して魔法を使った。
「アンロック」
開錠の魔法はちゃんと発動し、手錠が外れて地面に落ちる。
「これで拘束はなくなったでしょ?」
「あ、ああ」
「し、信じられないにゃ。魔法で何重にも施錠されてたはずにゃのに」
別にたいしたことではないと思うのだけれど。確かに開錠の魔法を阻害するようになっていたが、私から見たらそれは穴だらけの魔法だった。
人間の使う魔法なんてこんなものなのだろうか。だとしたら幼稚にも程があると思う。まあ、楽なのでよかったけど。
「それじゃあ準備はいい?」
「いや、まだやるとは言ってないんだが」
「じゃあ他に手はあるの?」
「それは……ないが」
「だったらやるしかないでしょ。エンチャント・パワーアップ!」
そう言いながら、二人に力を強化する魔法を掛ける。これで攻撃力不足は補えるはず。
「ついでにスピードアップも掛けてっと。これで大丈夫かしら?」
「ち、力が溢れて来るにゃ」
「……これならイケるかもしれない」
ようやく乗り気なってくれたみたいだった。
敵の方を見ると既に障壁を三枚程破壊していた。さっきより明らかに強くなっているみたいだった。そこもしっかり計算しないといけない。
「じゃあ、行くわよ」
二人が目を合わせて、そして頷くのを確認した後、私は障壁を消し去った。当然、モンスターはこちらに目掛けて向かってくる。
(まずは動きを止めるっと)
「マジックシールド・プリズン!」
瞬時に展開した障壁で、二体同時に牢獄の中に閉じ込める。だが、これだとこちらの攻撃も届かないのでここままじゃいけない。
「マジックシールド・バインド」
牢獄が壊される前に大量の輪っか状の障壁をそれぞれの体に通すように展開して、
「ロック!」
そのすべてを一気に締め上げた。これで絞め殺せたら良かったんだけど、残念なことにこれは防御魔法の応用。攻撃力はないに等しく、それは無理だった。
ただ、頭から尻尾の先に至るまで、ありとあらゆる所に展開された障壁の束縛はそう簡単には壊れない。破壊しようと暴れても数があるから一つ一つに掛かる負担はかなり軽減されるのだ。
「ほら、今の内に」
「あ、ああ」
「わ、わかったにゃ」
プリズンだけ解除して呆けている二人をそう急かすと、慌てて我に返った様子で攻撃を繰り出し始める。男の方は素手で殴りかかり、女の子の方はダガーのような短剣で攻撃している。
無防備な体に突き立てられる攻撃に二体のモンスターは苦悶の声を上げる。可哀そうだが、だからといって襲ってくる相手に情けを掛けるわけにもいかなかった。
「ごめんね」
ちなみに私もその辺にあった瓦礫を拾って攻撃に参加しようとしたが、残念なことに瓦礫を持ち上げることが出来なかったのでそれは断念。仕方なく女の子に余りのダガーを借りて攻撃したら逆に手首を痛めてしまって、二人にも離れていて欲しいと言われてしまった。
途中アルラウネという方が隙を突いて何かを吐き出そうとしたので、すぐさまスフィアで顔を包み込む。吐いた毒は障壁内に溜まり自分の顔を焼くことになっていた。
五分ほど一方的な虐殺が続いて、やがて二体とも動かなくなる。
「終わったぞ」
「ネイもにゃ」
「ふう、疲れた」
溜め息を吐いて、すべての障壁を解除する。そんなに魔力を使う魔法じゃないが、ずっと維持するとなるとそれなりに疲れるのだ。
「じゃあ危険もなくなったしここから避難しましょっか」
その前にふとあることに気付いた。
「そう言えばあなた達の名前って聞いてなかったわね。私はチャット、よろしくね」
その言葉を聞いた二人の反応は呆れたといわんばかりにこちらを見るというものだった。




