第二十九章 結集からの離散
障壁が壊れて一番初めに突っ込んできたのは豚の頭を持った人型のモンスターだった。人型のくせに両手まで地面について獣のように駆けてくる、その顔面目がけて槍を刺した。
槍は簡単に肉を貫き、まるで豚の丸焼きをするかのような状態でそいつは絶命する。
「ハイオークを一刺しですか」
「肉屋、無事だったのか」
すぐに跳躍してその場を離れたところで肉屋の声がする。姿が見えないところを見るとまた透明になっているのか。
すぐさま追撃してこようとした狐のようなモンスターにそのハイオークとやらの死体を投げつけてぶち当てる。そしてその上から棍棒で叩き潰した。
「残り六体!」
他の個体は死体の肉に群がっている。戦うことより食欲を優先しているその姿を見る限り、どうやらゲオルギウスの支配とやらも完璧とはいかないらしい。
「残念ながら右腕は失ったままですが」
「身軽になってよかったじゃないか」
軽口を叩いていると、すぐ傍に上空へと退避した二人が着地した。
「これで全員集合ね。なんだかそんな時間が経ってないのに、すごい久しぶりな気がするわ」
「再会を喜ぶのはいいが、この状況をよく見てみような。結構なピンチだぞ?」
「ふむ、上質な肉がたくさんありますね。皆様、頑張って商品の補充をお願いします」
「肉屋さん、敵を商品扱いしないでください。それにちゃっかり私達まで補充するメンバーに入れないでください」
それぞれ好き勝手なこと言っているこの姿を他人が見たら本当に戦闘中かと疑いたくなる光景だろう。まあ、変に気負いしていないだけましかもしれないが。
「さてと、そろそろ敵の方もお腹いっぱいになったらしいぜ」
ゲオルギウスを抜いた残り六体のモンスターは顔を血だらけにしてこちらを睨んできていた。もしかしたらまだ腹が減っているのかもしれない。
「悪いが餌になる気はないんだよ」
残っているモンスターは通路であった虎と同じ奴とさっきの狐と同じ奴が一体ずつ。鷹か鷲かわからないがでかい鳥みたいなのが二体。最後に毒々しい花を頭に咲かせた緑の肌をした子供くらいの大きさの奴が二体だ。
「ディザスターキャットにリングフォックス、デザートイーグルにアルラウネ。ギルドのランクで言えば、E+からD-程度のモンスターですな」
大体アリティアもこれぐらいの力だったし、あいつもランクとしてはそのくらいだろうか。名付きとして下半分に分類されるのはどうなのだろう。
「ちなみにグーラはC-と言ったところでしょう。そしてあのゲオルギウスは分身体でもCか下手すればC+の力あります。本体は予想も付きません」
「その本体には会わないことを祈るよ」
ただでさえ苦戦しているのに、これ以上の力をもった個体となんて戦いたいとも思わない。
「おやおや、お仲間が勢揃いというわけですか」
ゲオルギウスは何故か発火能力などで攻めてくることもなく、悠然と佇んでいた。一体何が目的なのか、まるで焦らずにそうしている姿は不気味ですらあった。
「流石に邪魔者が多過ぎますね。ふむ、ではこうしましょう」
ゲオルギウスの目がまたしても赤く光る。ただ、今回は地面が発光することもなく一見すると何も起きていないようだった。
「何をした?」
答えが返ってくるとは思わなかったが、
「いえ、そこのモンスターの支配を強めて命令を与えただけです」
そうゲオルギウスが言った瞬間、ディザスターキャットと一体のアルラウネが闘技場の入り口に向って走り始める。一体、何を命じたというのか。
「なに、簡単なことです。先程、あなたが逃がした奴隷や救援隊の奴らを探し出して殺すように指示しただけですよ」
「な!? てめえ!」
「居場所は大体見当がついています。助けに行かなければどうなるでしょうね?」
「その前にそいつらを仕留めればいいだけだ!」
飛び出してそいつらに触手を伸ばす。だが、それを遮るように他のモンスターが壁になって攻撃を防ぎにかかる。
オレの攻撃で一体のデザートイーグルの翼を貫いた後、ミラが放った矢が動きと止めるように他のモンスターの足に向って放たれる。当たらなかった奴も足元の矢が刺さったことで動きに躊躇が生まれた。
その隙を逃さず先へと進む。あの二体を逃がすわけにはいかない。
チャットもそれを理解しているので、すぐさま障壁を張ってオレの進む道を作り出してくれた。
(これなら間に合う!)
あと少しというところまで来て、二本の触手を今にも外へ出て行こうとしているそれぞれの背中に放った。
「おっと、そうはさせませんよ」
だが、その声と同時に下の地面が赤く光る。発火する方が早いと判断しオレはその場から退避するしかなかった。
そうして次の攻撃を放とうとしたときには、既にその二体は姿を消している。間に合わなかったらしい。
「くそが!」
すぐさまその後を追いかけようとしたが、それを許すゲオルギウスではなかった。発火能力でオレが入り口付近に近づこうとするのを巧みに牽制してくる。しかも、自らもそこに立つことで更に近寄りがたくなった。
途中で先程翼を貫いたデザートイーグルが地面に倒れて悶えていたので、首を触手で掴んで折る。そしてその死体をゲオルギウスに投げつけるが、呆気なく燃え散らされて隙を作ることはできなかった。
(どう考えても、こいつらを全部片付けてからじゃ間に合わない)
ゲオルギウスはそんな簡単に勝てる相手ではないし、勝てたとしても余力が残っているかも不安だ。疲れ果てて動けないことも十分あり得る。
「オズ、私に任せて!」
どうにかしてこの堅牢な壁を突破しようとした時、そう言いながらチャットが高速でゲオルギウスに向って飛んでいった。
「バカ、無茶するな!」
「私と肉屋さんでその人達を安全な場所に避難させてくるわ!」
どうやら肉屋も付いて行っているらしい。
当然、チャットに対してもゲオルギウスの発火能力は振るわれたが、圧倒的な機動力で火炎が発生する頃には既にその身は遥か前方にある。被弾する気配が欠片もない身のこなしだった。
そして最後の関門のゲオルギウスは、
「どうぞ、お通りください」
何をすることなくすんなりとチャットのことを通した。こいつは本当に何がしたいのかわからないにも程がある。
「すぐに戻ってくるから!」
その言葉を最後にチャットの姿も見えなくなった。こうなっては信じて任せるしかないか。
「戦力分断ってわけか?」
「いえいえ、私とあなたの戦いに水を差されたくなかったのですよ。多少のことは我慢しますが、さすがに邪魔でしたので退場していただいただけです。もっとも、」
そう言ってゲオルギウスの瞳がまた光る。
「死んでいただくのが一番なのですがね」
現在の情勢は四対二。半分以上削ったとはいえまだまだこちらの不利は否めなかった。
感想を送ってくれると嬉しいです。よければドシドシ送ってください!