第二十五章 倉庫内での対決
その死の一撃は地面を穿った。
その瞬間に地面は割れて、爆発したかのようにその周りの瓦礫が吹き飛ぶ。攻撃を躱したのにそれらに被弾するだけでかなり痛いくらいだ。
ここが一階で本当に良かった。でなければこの一撃だけで床が抜けていてもおかしくなかっただろう。そうなれば下にいる人を巻き込むことになるし被害は大変なものになっていたはずだ。
(それでも被害が出るのは抑えられそうにないけどな)
ネイ達がどうなったか気になるが、そんなことを気に掛けている余裕はなかった。グーラの時と同じで一撃当たれば終わり。集中が求められる。
続いて横薙ぎに振るわれた攻撃を下がって回避した。
(落ち着け。まずは情報の確認だ)
あの白い装甲はケルベロスの左半身を覆うようにして展開している。装甲すべてにスキル無効化があるのかはわからないが、どっちにしてもそこは攻撃しても意味がないのはわかっている。アリティアの時も攻撃が通らなかったのだから。
狙うとしたら剥き出しになっている右半身。ただ、どこまで無効化されるかをまずは確認するところからだ。
ケルベロスの体を使ったゲオルギウスの一撃は周囲の檻なんて関係なく振るわれた。頑丈のはずの檻が紙のように吹き飛ぶさまは呆れを通して笑いさえ起こってしまう。
幸いなのは大体の中のモンスターもその一撃に巻き込まれるようにして死亡するか戦闘不能になってくれることか。あれで他のモンスターまで外に出られた日にはオレだけじゃ対処しきれなかったろう。
そのことにゲオルギウスが気付く前に倒すまでは行かなくても状況を好転させなくてはならない。
基本的に攻撃は左の前足でしか行われてこないし、出来る限り右半身を庇うようにしている。どうやら相手も装甲を最大限に有効活用する気らしい。
こいつはバカではなさそうだし、ある意味弱点を晒すような行動をしているのは知られても問題ないと判断したのだろう。
実際、
(これじゃあ、近寄れねえ)
攻撃が激しすぎて近寄る隙がない。
此奴の体格だと多少離れた程度じゃ数歩で接近される。だが、安全な距離まで離れるとオレの攻撃の手段がないのだ。毒や火炎を吐いても俊敏な身のこなしからして躱されるだけ。
ミラが居れば弓によって遠距離からでも躱せない高速の攻撃が可能だったのだが、泣き言を言っている暇はない。
このままではじり貧なので一旦体勢を整えることにした。
オレは大きく距離を取ると、思いっきり息を吸い込んで
「かあ!」
「暗黒吐き」のスキルを使用した。
これで吐き出した闇は「黒閃」程の威力がない代わりに消費する魔力も少ないし、何より闇という実体のない攻撃だから物理的に防がれることがないのが利点だ。しかも闇なので目潰しにもなるという優れもの。
黒い霧のように広がった闇はゲオルギウスに纏わりつくように広がっていく。
「こんなもの!」
ゲオルギウスが装甲の付いた前足を振るうと、それに触れた闇は跡形もなく消え去ってしまう。体に展開されている物に触れた闇も同じだった。
だが、右半身に触れた闇は確かに消えずに纏わり続けているのをオレは見逃さなかった。やはり装甲がない部分にスキルは通じるのだ。
オレはゲオルギウスがその闇に気を取られている内に「隠密」を使って身を隠す。周囲はゲオルギウスはが暴れたせいで檻の残骸が散らばっているし隠れるのは訳なかった。
しかもこちとらゼリーの如き軟体生物だ。僅かな隙間さえあれば体をねじ込むことは容易い。
そのまま瓦礫の隙間を縫うようにしてゆっくりと、けれど確実にゲオルギウスに近づいていく。
そして十分に近づいたところで、
「おら!」
闇の力を纏った剣を無防備な右半身へと振り下ろした。「黒閃」を放つにはかなりの溜めがいるため気付かれると判断したのだ。流石に「黒閃」を放つだけの力を溜めれば、その気配を察知するのは容易いだろうし。
剣が走るとその体を易々と斬り裂いた。やはり装甲がないケルベロスの肉体である右半身にはスキルを無効化もできないし、耐久力も格段に落ちる。これなら十分戦えそうだった。だが、
「この程度!」
このまま追撃したいところだったが、すぐさま反撃が襲いかかってきたので撤退せざるを得ない。今のところ攻撃は四足か牙によるものだからそれらの動き出しさえ見ていれば軌道を読むのは容易い。躱すことだけに集中すれば回避するのはそう難しいことではなかった。
オレが下がったことで、互いに睨み合う静寂の時間が生まれる。相手もこちらの特徴や癖を理解したのか、むやみやたらと攻めることはなくなった。
恐らくゲオルギウスが狙っているのはカウンター。単純な力や体力なら相手のほうが上だから相打ちでも向こうに分がある。
(くそ、厄介だな)
暴れてくれればその隙を突けるが、こうも警戒されて構えていられると攻めるところがない。ゲオルギウスはこちらの攻撃に合わせて相打ちになればいいだけ。
(一か八か「黒閃」を使うか?)
最強の攻撃を見せてしまえば不意を打ってくらわせることはできなくなる。けれど、こちらに相手を一撃で殺しうる力があるとわかればそうそう相打ちを狙うことはできなくなるはずだ。
だが、それには相手の隙を作らなければならない。こんな警戒されている状態で溜めに入れば攻撃してくださいと言っているようなものだった。
そうやってどうするべきか悩んでいるとゲオルギウスの三つ首の内の一つの目が赤く光る。
「まずっ!」
明らかに怪しい動作に慌ててその場から離れる。そのすぐ後にオレがいた個所の地面が赤く発光すると、勢いよく天井にまで届く火炎が立ち上った。
こんなのまともに受けたら流石に丸焦げになる。どう考えてもオレの耐性の許容範囲を超えているし。
(それにしてもこっちには発火能力まであんのかよ)
前の世界なら超能力だが、こっちじゃスキルがあればどうということはない訳か。やはり、この世界はつくづく常識外れだと思う。
「って、嘘だろ!」
そんなことを考えていたら三つ首すべて、合計六つの目が赤く光り始める。それと同期するかのように地面も三ヶ所赤く発光した。
次に起こることは簡単に予想がつく。つくだけで対処の仕方は一通りしかないのだが。
「ふざけんな! チート過ぎだろ!」
次々と立ち上る火炎を動くことによって躱すしか手はない。幸い着火地点が発光してくれるので、間抜けなことをしない限り攻撃を受けることはないが防戦一方なのは不味い。
ゲオルギウスにとってこれはボクシングで例えるとジャブみたいなもの。本丸であるストレートなどを当てるために下準備に過ぎない。現にあいつはオレから目を離さずに隙を探っている。
ジャブでこの威力なのはもはや反則だと思うのだが、あいにく殺し合いにそれを取ってくれる審判はいない。自分でどうにかするしかなかった。
今のゲオルギウスの最大の狙いはカウンターによる相打ちだから特攻しても相手の思うつぼ。離れたところで様子見しようにもこうして絶えず猛火に追われていてはそれもできない。
それもゲオルギウスの狙いなのだろう。下手に考える時間を与えればさっきみたいに不意打ちする準備をさせることになるとわかっているのだ。
「どうしたのです。まさかこのまま一方的にやられるだけですか?」
「うるせえぞ、犬風情が!」
そうは言うものの攻め手がないどころか躱すだけで精一杯。
何かこの状況を打破できるスキルはないものかと持っているスキルを頭の中で思い返してみる。
そこで一つ思い付いた。成功する可能性は低いが、これが効くならば隙を作れるかもしれない。
「やるだけやってみるか」
このままじゃジリ貧だ。打てる手は何でも打つしかない。
オレは発火するタイミングを見計らって避けると同時にゲオルギウスに向かって突っ込んでいく。はたから見たら特攻を仕掛けたようにしか見えないだろう。
「愚かな!」
ゲオルギウスもそう思ったのかカウンターを狙うために構えている。狙い通りだ。
「愚かなのは……」
オレは触手を目一杯肥大化させると、もう一つスキルと全開に発動させて、
「てめえの方だ!」
その触手をゲオルギウスの顔目掛けて斬り飛ばした。当然、体から切り離された触手は形を保っていられずに液体に戻ってゲオルギウスに降りかかる。
それを浴びたゲオルギウス、いやこの場合はケルベロスがといった方が正確か。
「キャン!」
とまるで犬のような鳴き声を上げて情けなく地面をのた打ち回った。
「な、なんですか、これは!」
感覚を共有しているのかゲオルギウスも辛そうにしている。
「効いたみたいだな」
オレが触手で発生させていたのは各種毒や熱だけでなく今回は香りも追加しておいたのだ。しかもオレが生成できる中で一番強烈な奴を。平時に嗅いだミラ達が鼻を押さえるほどの匂いだ。
「鼻がいいのだが仇になったな、犬っころ!」
単に嗅ぐだけならこうはならなかったかもしれないが、匂いの元が液体となって鼻の中に入ってくれば話は別。鼻が良いほどこれは拷問のような効果を持つはず。
匂いなんて効かなそうなゲオルギウスが完全にケルベロスを支配しているかどうかは確かめようがなかったからこれは賭けだった。もしそうだったならこれは自分の身を削っただけで何の意味もない行動になっていただろう。
だが、オレは賭けに勝った。このチャンスを逃すわけがない。
「隙だらけだ!」
すぐさま新たな触手で剣を二本作り出すとがら空きの右の腹部に深々と突き刺した。当然、闇の力は十分に込めてある。
「「がああああああああ!」」
ケルベロスとゲオルギウスの二つの声が重なって悲鳴を上げる。流石のこいつでもこの攻撃はかなり効いているようだ。
「もう一発!」
攻撃力と機動力を削ぐために今度はあえて足を狙って剣を振り下ろす。一刀両断とはいかなかった剣は深く食い込む。この傷じゃすぐに回復は不可能だろう。
ゲオルギウス達はさらなる悲鳴を上げる。ここが勝負どころだ。
(このまま仕留める!)
二つの剣を合わせて大剣にすると、全力で装甲がない三つ首の一つの頭部に攻撃を仕掛ける。
「くたばれ!」
大剣が頭部に食い込む、そう思った瞬間その目が赤く輝いた。
それと同時にゲオルギウスの下の地面が赤く発光し、
「な!?」
猛火が吹き荒れ、堪え切れずにオレは吹き飛ばされる。
「自爆か?」
あちこち炎に焼かれてしまったが、一番の被害を受けたのは直撃を受けたのは真上にいたゲオルギウスのはず。
「いや、自分が傷つくことを承知でオレの攻撃を回避するためか」
あの発火能力で自身を巻き込みながらも炎の壁を作り出したのだ。仕留められるのを防ぐために。
だがそれも完全ではなかった。大剣の先に血が付着しているし、確かに攻撃が当たった手応えがあった。少なくともダメージは与えているはず。
ゲオルギウスは未だに炎の中にいる。これでは近づいて攻撃するのは不可能だ。
「だが好都合だ!」
向こうが炎の中に引きこもっているならば、その間は時間が稼げるということだ。今なら「黒閃」を溜めることができる。
「……は!」
大剣に大量の暗黒を、闇を流し込む。それを注ぎこまれた大剣は黒く染まり始め、禍々しいオーラを纏う。更にそこに暗黒の加護で闇を強化、倍増。
前回と変わらない手順、これで準備はできた。
未だ炎の中にいるゲオルギウス、このまま消し飛ばしてしまえばこちらの勝ちだ。
オレは剣を振りかぶり、
「これで、終わりだ!」
振り下ろそうとした瞬間、扉が開いた。




