第二十四章 アリティアの真実
ゲオルギウス、その名はどこかで聞いたことがある。もちろん、こちらに転生して来てからだ。
記憶を遡って思い出そうとしたが、残念ながらその時間は与えられなかった。
「ふむ、今すぐ戦いを始めてもいいのですが、その前に少し話でもしましょうか。あなたも聞きたいことがあるでしょうし」
「……」
これには頷いていいものか迷った。
こいつはすぐに殺さないと不味いと本能が告げている。だけど、ここで本格的に戦いを始めてはネイ達や生き残った救援隊の奴まで巻き込む可能性が高い。
(っち! 仕方ないか)
「肉屋、ネイ達と協力して生存者を一か所にまとめて、すぐに逃げられるようにしといてくれ」
「ですが」
「いいから。それが終わるまでオレはこいつと話がある」
「……承りました」
肉屋は身をひるがえすと、ネイ達を連れて素早い身のこなしでこの場から立ち去る。これで邪魔ものはいなくなった。
「それでゲオルギウスとか言ったな。お前はオレの敵ってことでいいんだよな?」
「はい。オズワルドであるあなたの敵であり、ギルドの刺客であるあなたにとって倒すべきレゾナス教団の一員です」
名前があるってことは名付きで間違いないだろう。それにこの流暢な話し方を見る限り、
「人間の転生者なのか?」
「その通りです」
この質問にもあっさりと頷いた。どうやら嘘を吐く気はないようだ。
「アリティアとはどんな関係なんだ?」
「簡単に言えば私は裏からアリティアを操っていたのですよ。まあ、アリティア本人はそのことに気付いてはいなかったでしょうがね」
考えてみればアリティアがこいつの存在を知っていたなら殺される時にでも助けを求めていただろう。知らないというのは本当らしい。
それにしても操っていたというのはどういう意味なのだろうか。アリティアに別にそんな様子はなかったように思うが。
「操っていたって言ったな。だったら何故アリティアを見殺しにしたんだ?」
「弱過ぎて不合格だったので教団には不必要だったからです。私が手を貸せばもう少しまともな戦いができたでしょうが、生きていられても教団の情報が漏れかねないので死んでいただきました。彼の役目は獣人の村を襲った時点で終わっていましたからね」
こいつにとってアリティアは駒の一つでしかなかったという事か。利用しているつもりで利用されていたアリティアももしかしたら可哀そうな奴だったのかもしれない。
(まあ、それでも自業自得だな)
だからと言ってあいつのしたことを許す気はない。そして、そのアリティア以上のクズであるこいつもだ。
「本当はアリティアの始末が終わった時点でこの分身体は逃げ出す予定だったのですが、宿敵が目の前に現れたとなれば話は別です。ここであなたを殺しておけば後々の障害を排除できるのですから」
「オレが障害になるって決まっているみたいな言い方だな」
タイミングによっては互いに知り合うこともなく済んだ可能性だってあるというのに。
「ええ、高い可能性でそうなるでしょうから」
「どういう意味だ?」
そこまで言い切れるからには理由があるはずだ。だが、ゲオルギウスは急に話題を変えてくる。
「そもそも疑問に思いませんでしたか? 名付きにしてはアリティアは弱過ぎると」
「……ああ、思ったな。でもそれは覚醒してなかったからじゃないのか?」
「確かにそれも理由の一つです。ですがもっと大きな理由があるのですよ」
そうしてゲオルギウスは驚くべきことを口にした。
「なぜなら、そもそも人間の転生体ではなかったのですよ。彼はああなる前はただの山賊をしているごく普通の人間でした」
「……どういうことだ?」
あいつは自分で自分のことを転生体だと確かに言っていた。それが嘘だったとでも言うのだろうか。
「もったいぶるつもりはないので教えましょう。答えは簡単、彼は私のスキルでモンスターに変質させられたのですよ。その時に記憶の一部もいじったのです。彼が自分は人の転生体であると思うように」
「な! スキルってのはそんなことまで可能なのか!?」
「通常スキルでは流石に無理でしょう。ですが、それこそが私の特殊スキルなのです」
人間をモンスターに変えてしまう。アベルなんかよりよっぽどヤバい人体実験そのものだ。
「狂ってやがる」
「それはあなたが人の心を持っているからそう感じるだけです。モンスターなら同胞が増えるからむしろ喜ぶべきでしょうに」
ゲオルギウスはやはり罪悪感などないようにそう言った。こいつはどんなに人間のように話が出来ても、その心はモンスターそのものだ。
どうやっても相容れないという予感は間違っていなかったらしい。
「これまで適当な信者の人間を捕まえてモンスターに変えてきたのですが、彼らは弱くてそのままでは使い物になりませんでした。だから私は彼らを改良することにしたのです。モンスターが手早く強くなるにはやはり進化するか名付きになるのが一番ですからね」
「人工的に名付きを生み出したってのか」
「ええ、その通りです」
こいつはどこまでこの世界のことを把握しているというのか。名付きを作り出すこと簡単と言わんばかりに平然と肯定するその姿は恐ろしかった。
これまでのどんな敵よりもずっと。
「名付きとは特殊な条件を満たすことで世界から名を与えられた存在の事を指します。その条件さえわかっていれば、ある程度の名付きを生み出すことはそう難しくありません。例えばアリティアを生み出す方法は並外れて欲深くなることと意外に簡単なものもあるのですよ。もちろん多少記憶を操作できても感情までは操れないので、そうなる人材を選ぶのは大変なのですがね。彼は山賊だったこともあってすぐにその素養を見せてくれたのまではよかったのですが、元が人ではやはり力不足は否めなかったというわけです」
ここで気付いた。気付いてしまった。
「まさか、獣人族や人獣族の村を襲ったのは……」
「気付きましたか。それらならば人より丈夫ですし、良い素材になりましたよ。出来れば全部変えてしまいたかったですが、さすがにそうなるとギルド側に怪しまれますからね。一部の適性がない個体は売り払って、教団が金儲けのためにそうしていると思わせていたのです」
狂っているなんてもんじゃない。やはりこいつはすぐにでも殺さなければならない。しかもこの口振りだと教団はこいつの思い通りに動いているってことだ。そうじゃなきゃモンスターのこいつが組織の運営に口を挟めるわけがない。
既に十分な時間が経ったし肉屋達も逃げる準備は整っているはずだ。
「もう十分だ。お前の話に付き合うのはここまでだよ」
「そうですか。こちらとしてはもう少し話していたかったのですが残念です。まあ、時間は十分に稼げましたがね」
そう言ったゲオルギウスの鎧が急に光り出す。
「てめえ、何しやがった!」
そう問いかけながらも触手で攻撃するが、すり抜けてしまう。まるで幽霊のように。
幽体でもミスリル化した触手ならダメージは与えられるはずだから、その可能性はない。
(だとしたら一体何が?)
「今の私はあくまで分身体なので、このままでは力をほとんど発揮できません。宿主が必要だったのですが、ここにはその候補が腐る程いたのは幸いでした。話している最中に思念での会話をして契約を結べる個体を探し出せましたよ」
その為の長話だったのか。完全にやられた。
こっちとしてもネイ達を無事に逃がすためにそうするしかなかったとは言え、こいつの思惑を見抜けずにみすみすとそれを達成させてしまったのは失態以外の何者でもない。
「本選から出るだけあって中々の個体ですね」
その言葉を最後に白い光の玉になったゲオルギウスは高速で近くに有った檻へと飛んでいく。
「肉屋、ネイ達を連れて逃げろ!」
光の玉は中にいた三つの首を持つ巨大な犬のモンスターの体の中に入り込むと、その半身にアリティアの時と同じような、鎧というよりは今回は装甲が展開される。
こいつの名前は絶対ケルベロスだ。例え正式名称が違ってもオレはそう呼ぶ。そいつは寝そべった体勢から起き上がると、赤く光る六つの眼がオレのことを睨んだ。獲物を見定めたかのように。
「さてオズワルド。あなたは排除させていただきましょう」
「今度は意識まで乗っ取ってるってか!」
その言葉の答えは檻が砕かれる音だった。白い装甲が張り付いた左の前足の一撃は魔力の拘束なんてないかの如く檻を玩具のようにぶち壊す。恐らくあの装甲が檻に掛けられていたスキルを無効化したのだろう。
(どうする?)
あの装甲の一撃を貰えばスキルの加護もないし、一撃でお陀仏するのは間違ない。かと言って遠距離からの攻撃は無効化されるのがオチだ。
「来ないならこちらから行きますよ」
そうして、圧倒的な死の爪が振り降ろされた。




