第六章 ギルドマスター
ミラの機嫌が戻ると、話は再開された。
「とりあえず、チャットは人間として冒険者登録しとこう。登録しといて損はないしね。オズは普通の登録は無理だろうから、ミラの護衛獣にしとけばいいか」
護衛獣とはその名の通り主人を守る獣の総称だそうだ。調教されたモンスターだけでなく、他にも例を挙げればユニコーンとか色々と護衛獣になる獣がいるのだとか。
ちなみにモンスターと護衛獣になりうる獣との区別の仕方は無闇に人を襲うかどうかだとか。意外と適当である。
チャットがカーラに指示されるままに登録を終えた時、扉がノックされた。
「おっ、やべ」
護衛獣の登録が済んだが、自由に動き回っていいのかはまだ聞いてない。なので用心の為に檻の中に戻っておいた。
カーラがそれを横目で確認して 扉の外にいる人物に応えた。
「はい」
「カーラ君、少しいいかな?」
この声を聞いたカーラが慌てた様子で背筋を伸ばした。見えもしない相手にこの緊張した態度、どれだけの相手なのやら。
「ギ、ギルドマスター!? ど、どうぞ!」
「失礼するよ」
そう断って扉を開けた人物は壮年の男だった。白髪もあるし結構な齢だろうが、立ち振る舞いがきっちりしていて不思議と年齢を感じさせない紳士の男性というイメージだ。
「話の途中で悪いね。だが、少々僕も話がしたかったんだよ」
「わ、私とですか?」
ミラも緊張した様子で言葉が震えている。唯一、平静を保っているのはチャットくらいのものだった。ただ、この皆が緊張している状況でも欠伸して、眠そうにしているのはどうかとは思うが。
「それも否定はしないが、特にそこの彼と話がしたくてね」
ギルドマスターは真っ直ぐオレの事を見ていた。
「安心してくれ。僕は君達の敵ではないことは神に誓って保証しよう」
「……神に誓うって言って、それでも嘘吐く奴は幾らでもいるけどな」
こいつはカマをかけているのではなく確証を持って話しかけてきている。それがわかったので、このまま黙っていても意味はないと判断したのだ。
「その通りだね。まあ、そこは信じてもらうしかないわけだが」
「それでオレに一体何の用だよ?」
ギルドマスターなんて偉そうな人物に話しかけられる理由なんて思い付かない。そもそも、どうやってオレの事を知ったのか。
「新たに生まれた名付きに関心を示すのはギルドの者としては当然のことだろう? 僕はこれでもここら一帯のギルドの責任者でね。君が危険な対象だと判断すれば、ギルド総力を持って討伐隊を送ることになる」
「敵じゃないと言った途端に脅しとは、良い性格してるな」
「オズさん!」
ミラが窘めるように言葉を投げかけてくる。だが、ミラには悪いがこの態度を改めるつもりはなかった。
「君はモンスターだ。人にとって君は脅威でしかないのだから、それくらいの対処は当然だと思わないかい?」
「その意見が正しいことは理解出来る。だけど納得できるかって言われたら否に決まってんだろ。いきになり現れて喧嘩売るのも大概にしとけよ?」
視線がぶつかって、お互いに一歩も引こうとしないのがわかる。
カーラとミラがどうしたらいいのかわからないで、あたふたと慌てふためいているがそれでもオレ達は一向に視線をぶつかり合わせたままだった。
「その態度はこの場で始末されたいと言っていると判断するよ?」
「やれるもんならやってみろ。言っとくが、タダじゃ死なねえから覚悟とけよ」
まさに一触即発だ。
そして、火蓋を切って落とすかのようにギルドマスターが大きく息を吸い。
「……うん、合格!」
満面の笑顔で言い切った。
予想はしていたとは言え、この態度には呆れるしかない。
「思った通りの性悪だな。人を試すのも大概にしろよ」
「君もわかっていた上で乗って来たのだから人のことは言えないだろう」
「否定はしないでおく」
そう言ってお互いに人の悪い笑みを浮かべた。傍から見たら、どう見たって悪人顔だろう。
「えっと、どういうことです?」
状況を飲み込めていない二人がキョトンとしていた。ハトが豆鉄砲くらったかのような顔ってまさにこれのことを言うのだろうな。
「このジジイはオレの事を挑発して試してたんだよ」
「はっはっは、大正解だがジジイはやめてくれ」
未だに頭が付いて行かないのか二人の顔は元に戻らない。仕方ないので一から説明することにした。
「よく考えてみろよ。このジジイは何のためにわざわざオレに会いに来たと思うんだ?」
「それは……オズさんを排除するか確認するためじゃないんですか?」
オレは首を横に振る。
「考え方は悪くないが、それって直接ギルドマスターが確認する必要があるか? わざわざ組織のお偉い方がそんな危険なことする必要はないだろう。そんなのは下っ端にやらせればいいだけだ」
直接その眼で確認したかったという可能性もなくはないが、それもかなり低い可能性だ。
何故だか知らないが、こいつはオレのことを名付きだと知っていた。それはオレの知らない、しかもこっちに気付かれない何らかの情報収集の手段があるという証でもある。そんな力があるならそれを使えばいい。わざわざ危険を冒す必要はない。
「それにもしオレを排除するか迷っているんだったら、この街に入る時点で調べてなきゃおかしいだろうが。なんでわざわざ街中に入れるんだよ」
それで戦いになったら被害が大きくなるだけだ。本当にオレを殺す気なら街には入れるのは何としてでも阻止したはずだ。
「でも、それはギルドっていう自分達の本拠地に誘い込むためかもしれないじゃないですか。ここで準備して待ち伏せしていてもおかしくはないですよ」
「ミラ、一つ忘れているぞ。この街は今、討伐隊がいなくて戦力が落ちているんだぞ」
「あ!」
ギルドランクの話からも名付きに対抗できる奴がそうはいるとは思えない。その数が更に減っている状態で待ち伏せなんてリターンよりもリスクが大き過ぎだ。
「以上のことから、こいつにはオレと戦う気がないと推測した。そうじゃなくても、なんでこんなに敵意剥き出しなのかって疑問が出てきた時に気付いたんだよ。試されているんじゃないかって」
「何をですか?」
「これは多分だけどオレの性格を調べるため。更に言うなら脅しとか権力に屈するか否か、かな?」
確認のためにギルドマスターを見ると頷いていた。
「彼がこの程度の脅しに屈するなら、ギルドとしてもこのまま放置することはできないからね。残念なことに犯罪組織は腐る程世界に溢れかえっている。それらに脅されないとも限らない」
脅されたから暴れました、じゃ済まないからな。特にオレのような名付きが暴れたら被害は甚大だろうし。
「幸い彼はこちらの意図を推察する高い洞察力と力に屈しない誇りを持っていたようだけどね」
そう言ってギルドマスターはこちらにウインクしてくる。持ち上げたって何も出ないぞ。
「そう言っときながら、もしオレが脅しに屈するようなら他の奴より先にギルドが首輪をつけるつもりだったんだろ?」
「まあ、そうなれば我々の利益にもつながるだろう?」
このタヌキジジイは肉屋と同レベルで性質が悪いようだ。
「補足すると、僕がわざわざ出向いたのは他の者にはこのことを知られてないし、出来る限り知られたくなかったから。後は単純に彼を見てみたかったから。こんなところかな?」
「それで、オレはあんたの眼鏡に適ったのか?」
「それはもう。君はやはり僕の思った通りの人物だったよ」
そう言われても裏がある気がして素直に喜べないっての。
「さて、カーラ君」
「は、はい!」
呆然自失の状態からその一言で現実に引き戻されるカーラ。この様子かこいつがどれだけ偉いのか嫌でもわかるというものだ。
「あれを持ってきてくれるかな。彼らなら適任だろう」
「わ、わかりました!」
カーラはそのまま駆け足で部屋から出て行ってしまった。
「さて、君達に一つお願いしたいことがある」
「断る」
性悪の提案にろくなものがあったためしがない。そういうのは肉屋だけで十分間に合ってるっての。
「いやいや、話を聞いてくれてからでもいいだろう。あ、そうだ、名乗り忘れていたね」
深々とお辞儀をしてそいつは言った。
「ギルドマスターの一人、ランディ・クオルソンだ。今後ともよろしく頼むよ」




