第四章 親しき人
そうしてミラに案内されて辿り着いたギルドは想像以上に立派な場所だった。建物のサイズも周辺の物と比較してもかなり大きい。
外界を眺めに来たわけではないので、先にミラが扉を開けて入って行き、チャットがオレの入った籠を抱えたまま付いて行く。
中はやはり広かった。幾つもテーブルとイスがあり、そこに冒険者らしき男共が座っている。女性もいないわけではないが、やはり比率的には少なめだった。
そして、奥の方がカウンターのようになっていて受付らしき人物が何人も配置されている。どうやらあそこで依頼を受けるみたいだ。
ミラは迷いのない足取りでカウンターまで歩いて行くと、
「……そこにいるのはミラかい?」
「カーラさん! お久しぶりです!」
一人の女性の受付が反応してきた。どうやら顔見知りらしい。
「こうして仕事に戻ってるってことは旦那さんの病気はよくなったんですか?」
「まあね。それより、あんた無事だったのかい。砂漠方面に行ったきり、現れなくなったって聞いたから心配してたんだよ」
「ごめんなさい。向こうの村に思った以上に長く滞在させてもらったんです」
随分親しげだ。
「それで、妖精には会えたのかい?」
これにミラは首を横に振る。
「残念ながらガセでした。まあ、予想はしてましたけど」
チャットが妖精だと知られれば狙われる危険が増す。そのことを危惧したミラとオレはあらかじめ、そのことを隠すと決めてあった。
そこから談笑を続けている二人だったが、不意にカーラと呼ばれた人物がこちらを見てくる。
「それで後ろの一人と一匹はあんたの仲間かい?」
「はい。彼女はチャット、こっちは森で捕まえたスライムです」
「ふうん、ここら辺で黒いスライムなんて珍しい個体がいたもんだ。殺さず捕えたのは正解だったかもね。売れば結構な金額になりそうじゃないか」
「そうかもしれないですね」
ミラは苦笑いをして誤魔化した。まあ、本当のことを言うわけにも行かないし、話を合わせるしかないだろう。
「なんなら、アタシがその筋の商人を紹介してあげようかい?」
「いえ、大丈夫で……」
そこでミラの口が止まる。疑問に思ってミラを見ると、その視線はカーラの手元へ向かっていた。
カーラの手には一切れの紙が握られており、そこには何かも文字が書いてあるが、オレには読めなかった。
急いで書いたのだろうか。文字はかなり崩れているようだった、たぶん。
「話を合わせろ、そう書いてあるわ」
幸いなことにチャットが読めたのか小声で教えてくれる。
「読めるのか?」
「もちろんよ。お母様から人間に成りすます為に言葉とかは教え込まれたんだから」
それならもう少し常識も教えておいて欲しかったぞ、母親よ。知らない人を無闇に信用しないとか。
「やっぱりお願いしてもいいですか」
ミラはそう言葉を訂正する。そして、こちらに目配せすると微かに頷いた。なので、任せるという意味を込めて頷き返す
こっちにはミラしか、この状況を把握できる人物はいないのだからまかせる以外に選択肢はない。それに相手はギルドの職員だ。ミラとも親しいようだし、罠に嵌めようとはしないだろう。
「ここで待たせるのもなんだし、応接室を用意するから付いてきな」
カーラが立ち上がってカウンターの奥にある一室に通される。
オレ達全員が入り終えると、カーラは後ろ手の扉を閉めた。と思ったら駆け出すようにしたミラに詰め寄ると、そのまま抱きしめる。
「え、ちょ、カーラさん?」
ミラは困惑していたが、カーラはそのまま離そうとしない。
(そういう関係か?)
半分ボケ、半分本気で目線にその言葉を込める。それに気付いたミラは全力で首を振っていたが、視線に込めた意味が通じたのか。
「……あんた、よく無事だったね」
カーラはさっきと違って、心の底から心配したことがわかる声でそう言った。
「あんただろう? 名付き、ネームドモンスターが発生したって伝えてきたのは」
この言葉にミラは一瞬、息を呑む。だが、すぐに誤魔化すように言葉を口にした。
「な、何の事?」
「バカ、誤魔化さなくてもいいんだよ。アタシは言いふらすつもりなんてないんだから」
完全に確証を得ているかのような口ぶりにミラはどう答えるか迷ってしまった。そして、それこそが最大の答えとなってしまう。
その事をミラも気付いたのか、力なく項垂れた。
「……何でわかったんですか?」
「あんな辺鄙な村に魔法で遠距離での通信が出来る人物がそういるもんかい。すぐに砂漠方面に向かった、あんただってわかったよ」
そう言ってカーラは笑った。
「安心しな。今のところ気付いているのは、あんたと親しくしていたアタシくらいのはずさ。まあ、ギルドマスターなら気付いていても不思議はないけどね」
「……ですよね。そこは正直、諦めてます」
ミラも開き直ったのか笑っていた。
オレとチャットは話について行けずに黙ってこの場を見ているしかない。
「まあ、あんたのことだからうまく逃げおおせているとは思っていたけどね。こうして戻ってこられたってことは、名付きと出会わずに済んだみたいだし」
「あ、あはははは……」
ミラが冷や汗をかいている。実際には自殺覚悟の特攻をしたのだった。
「ただ、一つだけ疑問があるんだよね」
カーラはミラの頭に手を置きながらそう言った。
「ついさっき、討伐隊から連絡が入ったそうなんだ。なんでも、名付きは既に倒されていたって」
「あ、ちょ……い、痛いよ、カーラさん?」
カーラの手に段々と力が込められているのが傍目から見てもわかる。
「色々と情報が錯綜しているけど、その中にスライムを連れたエルフが名付きを倒したっていうものがあったんだ。ミラは何か知っているかい」
「し、知ってる! 知ってるからその手を離して!」
ギリギリとこちらに締め付ける音が聞こえてくるって、一体どんな力を込めているのやら。まあ、ここまで来たらミラも誤魔化すのは不可能だろうし、正直に言うしかないだろう。
じゃないと頭蓋骨が圧潰させられかねないし。
「チャット、檻を開けてくれ」
「あら、いいの?」
「ああ、ここなら人目につくことはないだろうしな」
それに、このままだとミラは自分が名付きを倒したと説明するだろう。オレの事を庇って。そうなると万が一ここでの話が漏れた時、ミラが狙われる可能性が高くなってしまう。
もしかしたらミラとチャットとは状況次第では、ここで別れることになるかもしれない。だったらオレが狙われた方がマシだった。
チャットが檻を開けると同時に、オレは飛び出してミラの肩の上、つまりカーラの目の前に着地する。
そして、
「初めまして、カーラさん。見ての通り軟体生物、スライムのオズワルドと申します。以後、お見知りおきを」
「……は?」
ふざけてかしこまった口調で挨拶をすると、カーラは口を開けてポカンとしていた。まあ、そりゃそうだわな。
ミラは額を押さえて、何かを諦めるように溜息を吐いた。こうなってはすべて話すしかない。
「ま、色々聞きたいことはあるだろうけど、それはこっちの話を聞いてからでいいよな?」
この言葉に驚きすぎて、思考停止に陥っていたカーラは呆然と頷くしかなかったのだった。




