第二十章 世間知らず
そこからオレとミラは近くで野宿の準備をすると、肉屋に見張りを任せて爆睡した。あれだけの戦いを潜り抜けたのだ。疲れていないわけがなかった。
当初はどちらかが眠り続ける女性の世話をするべきかとも思ったが、二人ともその最中にうたた寝を繰り返したので、これでは意味がないという結論に至った次第である。最終的にはこれも肉屋に任せることになった。
オレの進化した肉を与えてくれるなら、それらをサービスでしてもいいと言っていた肉屋は大変、上機嫌だったことをここにつけ加えておこう。決してあいつは善意だけで行動したわけではないと。
そんなわけでガッツリ眠っていたオレが目を覚ましたのは、とてもいい匂いが漂ってきたからだった。
(……いい香りだな)
肉が焼ける香ばしい匂いが夢半ばの意識を刺激する。そういえばまともに飯を食ったのも妖精郷に連れ去られる前だ。肉屋に与えられた肉はまともな飯ではないのでカウントしない。
少し迷ったが睡眠欲より食欲が勝ったので、ゆっくりと目を開ける。それにオレ以外に料理をするとしたらミラしかいないので、さすがに作らせっぱなしは申し訳ないと思ったからだ。
だが目を開けると、毛布にくるまって気持ち良さそうに眠るミラの姿がそこにあった。
(だったら誰が?)
まさか肉屋がと思って匂いのする方を見ると、そこには
「あらあら、起しちゃった?」
助け出した、あの緑の髪の女性が焚火の前に座っていた。普通に何の違和感もなく。
「そうそう、おなか減ってるでしょ? ちょうど出来立てだし、どうぞ召し上がれ」
「あ、ああ、いただくよ」
腹が減っていたので差し出された串に刺さった肉を受け取る。って、ちょっと待て。
「お前、オレのこと怖くないのか?」
モンスターが近くにいたら怖がって逃げるのが普通だ。そうじゃなくても何らかの疑念であったり、嫌悪であったりするのが当然だ。だというのにこの女性からはまったくそういう感情が感じられなかった。
この質問に彼女は可愛らしく小首を傾げる。
「なんで私を助けてくれた、あなた達を怖がる必要があるのかしら?」
「覚えているのか?」
てっきり分身の時の記憶は消えるものだと思っていたのだが。
「もちろんよ。チャットは私の分身だって聞いたでしょう。あの子が私の中に戻って来た時に記憶もちゃんと引き継いだんだから」
なるほど、それなら納得だ。
「でも、分身に渡せたのは力のほんの一部だったからあんな風に幼児化してしまったの。本当は自分の意識すべてをあっちに移して助けを呼ぼうとしてたんだけど、失敗しちゃった」
てへっ、て効果音が付きそうな照れ笑いだった。
というか照れる部分がいろいろ間違っている気がしてならない。そこは一歩間違えればかなり大変なことになっていたところだろうに失敗しちゃった、で済ませていいものなのか。
「それで、あんたはなんでアベルなんかに囚われるはめになったんだ?」
ひとまずスルーしておいた。なんか突っ込んだら負けな気がする。
「えーと、あの人が妖精郷の近くで行き倒れていたの、だから妖精郷に連れ帰って治療したんだけど……」
「そしたらあいつが悪人でいつの間にか妖精郷も乗っ取られたと?」
だとしたら間抜けにも程がある。その善意は尊いが、それに付け込まれたら元も子もない。もちろん、それはオレには言えることだが。
「ほとんどあってるけど少しだけ違うわ」
「ほう、どこが?」
「いつの間にかじゃなくて私が見ている前で乗っ取られたの」
「抵抗しろよ!」
つい、ツッコんでしまった。
いや、よく考えれば抵抗できない状況だったに違いない。さすがに自ら乗っ取らせるなんてバカなことはしないだろう。
そう聞いてみたら、
「もちろん、そんなことしないわ!」
っと、何故だが偉そうに胸を張っていた。囚われたくせに。
「彼が乗っ取った後、すぐ返してくれるって約束したから何もせず見てたの!」
「バカか!? お前はバカなのか!?」
返すつもりなら乗っ取るわけがないだろうが!
「そうなのよね。そのことに気付いた時には全部彼に乗っ取られて、あの結晶に囚われていた後だったけど」
「ああ……そうですか」
なんだろうこの落胆は。
あの囚われているときの幻想的な姿を見てしまったせいか、勝手にハードルを上げていたのだろうか。こんな世間知らずなお嬢様のような人物だとは思わなかったのだ。
まあ、綺麗であることは否定しないが。
「とにかく色々あったけど助けてもらったからお礼をしなきゃね」
「色々で片付けるには大きすぎ気がするんだが」
「というわけで、ここでお礼をあげたいと思います」
オレのツッコミは無視かい。
「ほらほら、早く目を瞑って」
「はいはい、わかったよ」
下手に断っても面倒そうだし、さっさと済ませてしまおう。そう思って、目を瞑ると口に何かが押し付けられた。柔らかい感触にほんのり甘い香りが漂う、って待て。
(まさかな……?)
予想と違うことを祈りながら目を開けるが、その予想は的中していた。
「お、お前、何してんだ!?」
慌てて離れるがもう遅い。バッチリしてしまった。
「何って言わせないでよ、恥ずかしいわ」
「恥ずかしいならそもそもやるな!」
目の前の人物はほんのり赤くなった頬を抑えている。だからそんなに恥ずかしいなら何故やるのだ。
「お母様に教わったの。自分の危機を救ってくれた王子様にはキスで感謝の意を示すものって」
「その頭の中メルヘンババアを今すぐオレの前に連れてこい!」
「そんな……結婚の許しをもらうなんて早過ぎるわ」
「てめえも一緒に説教くらいたいらしいな!」
まあ、役得って部分も無きにしも有らずだが、それは黙っておこう。
そう内心で余裕ぶっていられたのも僅かな間だけだった。
「随分楽しそうな事してますね、オズさん」
「ひっ!?」
背後に夜叉がいる。間違いない、この殺気はガチだ。
「いや、これはオレも被害者であって」
「話は後で聞きますね?」
「あ、嘘、待って」
その後、ミラにしこたま怒られたのだが納得いかなかった。オレの所為じゃないのに。
次、第二部エピローグです




